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3. 目覚めのとき

 エドガーが目を覚ますと、両親や友人のアレクシスたちに、顔をのぞきこまれていた。『あ』と、小さく声をあげただけで、胃に激痛が走る。


「今日は陛下のご公務の護衛(ごえい)の……」


 エドガーが起きあがろうとすると、アレクシスが押しとどめた。


 王立病院の貴賓室(きひんしつ)のようだった。殺風景な部屋だけれど、広くて、応接セットもあるし、寝心地の良いベッドも立派だ。エドガーが幼い頃、祖父を看取(みと)った場所に似ていた。


「私は死ぬのか?」

「エドガー、君の胃のことなら瀕死(ひんし)状態だ」


 アレクシスが言うと、エドガーの母の侯爵夫人が泣き出した。父の侯爵があわてて夫人の肩を抱きしめる。


「お兄様!」


 入ってきたのはエドガーの妹のダリアだった。 彼女の顔は真っ青で、エドガーを一目見るなり泣き出した。


 エドガーは、自分がそんなひどい顔をしているのか心配になる。侯爵夫人は嗚咽(おえつ)をもらし、侯爵は沈痛(ちんつう)な面持ちだった。

 

  吐き気をこらえながらエドガーはアレクシスに尊大(そんだい)な態度で聞いた。


「それで、何の病気で、いつ退院できるんだ。それから私を助けてくれたのは誰だ」


 アレクシスは笑みを浮かべた。


「胃に悪いできものができていないか、検査をする必要はあるが、胃の壁が傷つき、破れ、大きな穴が開いているだけだろう」

「じゃあ、もう帰っていいのか?」 

「そんなわけないでしょう!」


 侯爵夫人がすごい剣幕(けんまく)で割りこんできたので、エドガーは顔をしかめた。


「おばさまの言うとおりだ。エドガー、君には三週間入院してもらう」 

「そんなに休むわけにいかない」


「胃に大きな穴があいている。しばらく水分くらいだな、摂れるのは。今は痛み止めの魔法で一時的に痛くないだけだ。今まで休まなかったからこういうことになったんだから、休まなければ死ぬ。私からは以上だ」

「そんな大げさな」


「休まなければ何回でも繰り返す。そのうち、ただの穴が腫瘍(しゅよう)になって広がり、死に至るかもしれないな。わかったか」

 

 アレクシスは言い捨てると、エドガーの家族たちを廊下に促しながら、振り向きざまに言った。


「君を助けたのはマインドスケープ子爵家の長女、ヴァランシー嬢だ。愛称はシシー。医学生で、ここでも働いている。その話はまたあとだ。気になるか?」


 言葉に詰まったエドガーに、アレクシスは肩をすくめた。


「とにかく寝るんだ、エドガーくん」

「ちょっと待てよ! 誰が私の仕事をするというんだ!」

「さ、あちらで今後な話を……」


 アレクシスが侯爵夫妻にうやうやしく言うと、侯爵がエドガーに(けわ)しい顔でびしっと言いつけた。


「命あっての物種(ものだね)、休むことだ。話はこれで終わりだ。お前がいないと周りは困るだろうが、何とでもなる。そうでなければ騎士団は終わりだ。私はこれから陛下に事情説明に登城する」

「でも……」


 言いつのるエドガーを無視し、侯爵は侯爵夫人の肩を抱き、顔をのぞきこんだ。


「君も一緒に登城しよう」


 侯爵は当然、という風に言ったけれど、侯爵夫人はふりむきざまに言い捨てた。


「私は愚息(ぐそく)の入院準備と、助けてくれたマインドスケープ子爵令嬢にお礼にうかがわなくては」


 エドガーは母親を呼び止めた。


「子爵令嬢を知っておいでですか、母上」

「いいえ。娘時代に、お母様は何度かお目にかかったことがあるけど。何年か前にご主人と事故に()われて亡くなられたの。バーグ伯爵家の令嬢で、才色兼備で人柄もよかったものだから、人気があったものよ。お父様は騎士団の副団長だったかしら」

 

 エドガーは眉間にしわを寄せたまま、『そうですか』とだけつぶやいた。


 しかし、ピンと来た侯爵夫人はベッドに駆け寄った。注意深く息子を見ながら、はやる気持ちを抑えて聞いた。


「きれいなお嬢さんだったの?」

「暗い朝に彼女だけが生き生きしていて。とても素敵な人だと思いました」


 ドアで立ち止まっていたアレクシスは、口をあんぐり開けた。侯爵は完全に固まっていた。侯爵夫人は、目を(またた)かせている。昔からエドガーをよく知る三人は、我が耳を疑い、おそるおそる顔を見合わせた。


(((え、今なんて言った!? 空耳じゃないよね)))


 エドガーを背負った、という部分は完全に飛んでいた。なぜなら、エドガーが女性に好意的なコメントをした上に、素敵だと言ったからだ。これまでエドガーは女性をほめたことがない。

 

 王家の血を引く名家の嫡男、異例の若さで騎士団長までのぼりつめた上に、容姿端麗。昔から引く手あまたなのに、エドガーは誰にも興味を持ったことはない。結婚適齢期すぎかけの二十九歳になった今も婚約者はいない。若い頃にはいくらか付き合いもあったようだがうまくいかなかったようだし、それも真偽のほどは不明だ。

 

 もちろん、侯爵夫妻や周囲は手をこまねいていたわけではない。特に侯爵夫人はエドガーを見るたび泣いたり懇願(こんがん)したり(おど)したりとありとあらゆる方法で、縁談をすすめたけれど、失敗続きだ。


 そんなエドガーが親に隠せないほど強く女性に関心をもち、しかも『とても素敵だ』と言った! 侯爵夫人は震える手で胸を押さえながら言った。


「ええと。そうなのね。あなたも会ってお礼が言いたいわよね」


 侯爵夫人は声も震えていた。そんな母親の姿に気付くことなく、エドガーは肯いた。


「ぜひ。本当に助かったと、くれぐれも宜しくお伝えください」 

「早く良くなって、マインドスケープ子爵令嬢に直接お礼を言うのがいいわね」 


 エドガーは肯くと、安心したかのように息を吐いて目を閉じた。


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