18. 反省会(4回目)
エドガーはシシーと別れたあと、実家に立ち寄った。前侯爵夫人を迎えるため、侯爵家はてんやわんやの大騒ぎだった。さいわい、妹のダリアは留守だった。
「あきれたわ、この子ったら」
開き直るしかなかったエドガーは、求婚スルーされた事実を正直に告げた。侯爵夫人は深いため息をついた。
「仕方がないでしょう、彼女のペースは母上もわかるはずです」
エドガーの声は苦々しい。
「私の求婚はないことになってます、少なくとも彼女のなかでは」
侯爵夫人は笑いがこみあげてきた。
想像をはるかに超える展開だ。あまりの展開に、一周回ってジワる。耐えられず、震えながら顔をおおった。
やがてエドガーの抗議に顔をあげると、ハンカチで目尻をぬぐう。侯爵夫人は平静を装って執事を呼ぶと、ダリアの帰宅時間を聞いた。しかし、まだ震えている。
「やるわね、シシー嬢。求婚者殺しだわ。想像以上ね」
「母上……」
「わかるわよ。シシー嬢があまりにもボケ…じゃなくて、ニブ…でもなくて、純情だから。医学校の校長夫人は、私の友人だから、シシー嬢のこと聞いてみたのよ」
侯爵夫人は、聞いてきたままをエドガーに話す。
校長夫人曰く、マインドスケープ子爵家ならではの努力型で優秀、性格はおだやかなので、人望がある。けれど、学校でもはっきりと『結婚しない』と宣言しているし、異性との噂は聞かない。
「私が言っていることはよくわかると。なぜか、シシーには恋、とか結婚というものが想像できない、と言っていたわ」
「なるほど……」
「まだこどもなのかしら」
「あなた……シシー嬢の、こう、アンバランスなところがいいの? 彼女の少女的なところに魅力を感じてるとか?」
侯爵夫人は、親なら聞きにくい質問を、聞きにくそうなわりにはしっかり聞いた。
「違いますよ! そういう部分は、その……たぶん、いえ、絶対に違います」
エドガーは、一瞬だけ自分の性的趣向が心配になったけれど、否定する。でも否定すればするほど、自信も説得力もなくなるような気がする。
「悪くないなとは思いますが。一目見たときから、理屈ではなく、彼女がどういう人であってもあまり関係ないというか」
「それ、亡くなった義父上がおっしゃっていたわ。義母上が何か問題起こすたびに。惚れた弱みだと」
「……おばあさま、そんなに問題を?」
「知らなかったの? 旦那様を産んで二週間でコンサート開いたとか、赤ちゃんの旦那様を置いて留学しようとしたとか。姑に叱られても平気だったとか」
「……別にいいんじゃないですか? それくらい、あの方なら朝飯前というか。ちなみにおじいさまは何と?」
「浮気以外は全て許す、と沈痛な面持ちでおっしゃったそうよ、前の執事が言っていたわ」
「……わからないでもないです」
「義父上といい、あなたといい。遺伝子ってすごいわね……」
エドガーからすれば、亡き祖父の沈痛な面持ちというのは、他人へのパフォーマンスで、何とも思ってなかったはずだ。熱愛する祖母を見つめる目はいつも幸せそうだったから。
「でも、前々侯爵夫人とはかなり折り合い悪かったとか」
エドガーが産まれたときはすでに亡くなっていた、曽祖母の若き日の肖像画を思い出す。典雅な美貌と厳格なたたずまい。間違いなく、祖母とは合わなかっただろう。
「万人受けする必要はないとおじいさまは割り切っていたのでは」
その言葉に侯爵夫人は視線を揺らす。彼女は人にどう思われるか気にする性分だ。
「シシー嬢はとってもいい子だし、あなたを地位や金、顔で判断しないわよね。だから私はお嫁さんに来て欲しいと思ったの」
エドガーは黙って肯いた。
「でも、冷静に考えてみると、義母上のようなふるまいは私も不愉快になると思うの。弟さんのことや、医師の仕事のことで頭いっぱいになって、あなたはともかく、孫までないがしろにされたら、叱りつけてしまいそう。それでもあなたはシシー嬢の味方でいるの?」
エドガーはためらいなく肯く。
「母上には申し訳ありませんが、そうするつもりです」
侯爵夫人は微妙な面持ちにはなったが、肩をすくめた。
「じゃあ、あなたはいいとして。必死に口説き落として侯爵家に迎えても、シシーはきっと苦労するでしょう。あなた、彼女を助けて支えられるのかしら? 出ていかれたらどうするの?」
「彼女が王都で社交に疲れたら、侯爵領に一緒に帰りますよ。望むところです。……もし彼女が私を捨て、出て行こうとしたら閉じ込めます」
エドガーは自信満々に即答した。その答えに、侯爵夫人は軽く引いたが、しばらく考えてから肯いた。




