15. 反省会(2回目)
それから十日ほど過ぎたある日のこと。黄昏どきの騎士団長室には、ため息がたちこめていた。風でピシピシと音を立てる窓からは、舞い散る木の葉が見える。誰かさんの心情と同じくらいに寒々しいと、アレクシスは思った。
「あんなにおぜん立てしてやったのに……、二回も大きな好機があったのに、前進どころか後退ししてないか!?」
「……申し訳ない」
よどみきった空気を逃がそうと、アレクシスは窓を開ける。とたんに入って来た風は、カーテンと二人の髪を乱す。エドガーは、力なくうっぷした。
アレクシスの実家である伯爵家のガーデンパーティに、シーフードレストランでの食事会。意気込んでいたエドガーだったが、何の成果も出すことができなかった。
「なあ……どれだけ俺が頑張ったと思ってるんだ……」
アレクシスまで何度目かの深いため息をつく。力なく、エドガーの肩を叩く。
「何回も言っているが、落ち着こう。気負いすぎだ。まずはシシーと一緒に過ごし、たくさん話をしないと始まらない。わかっていたじゃないか。なぜ、せっかく二人で話すチャンスがあるのに話をしないんだ?」
「……申し訳ない……。隙がなさすぎて心が折れた……」
「シシーに隙がないのは今に始まったことじゃないぞ……」
わずかに顔を上げて、エドガーがうめき声をあげる。
一週間前、アレクシスの実家であるヒールダー伯爵家で開かれたガーデンパーティーには、伯爵家と親しい知人友人が招かれていた。そこに、シシーとリリア、それにエドガーも急遽招かれた。
ヒールダー伯爵夫人の薔薇のお披露目は二の次。エドガーがシシーに接近できるように、そして、シシーが嫌な思いをしないように。それがガーデンパーティの主な運営方針だった。
アレクシスと彼の母、ヒールダー伯爵夫人の緻密な計らいによって、会は穏やかに和やかに進行した。計算しつくされた席と人員の配置。招待客には、うすうす気が付いていた者もいた。けれど、背に腹は代えられない。
軽食がはじまると、五人用の丸テーブルで、エドガーの席は、アレクシスの妹ベッツィを挟んで、シシーの斜め向かい側だった。シシーの横はアレクシスとリリアが並ぶように、侍女やアレクシスが巧みに誘導した。
それなのに、エドガーがなかなかシシーに話しかけない。もちろん、ベッツィは何とか二人の会話を弾ませようと、エドガーとシシー二人に話しかけるも、エドガーが話を発展させられない。
シシーはフラワーケーキに夢中になりながら、エドガーの態度に気を留めることもなく、ベッツィやリリアとおしゃべりに花を咲かせる。
見かねたアレクシスが助け舟を出すが、なぜか自動パン焼き機の話にしかならない。
「エドガー、どうしてパンの話ばっかりするんだ。シシー嬢の中で、お前は『自動パン焼き機をくれた親切なおじさん』だけじゃなくて、『自動パン焼き機で焼くパンが大好きな変人』ということになっているぞ……」
「本当にすまない……」
エドガーが何度も謝るので、アレクシスも言いづらいのだけれど、言わないともうおしまいだ。
「宮廷画家と親しそうに話していたな……」
エドガーはすでに虫の息だ。自動パン焼き機の話をしつくしたとき、アレクシスの従弟である宮廷上席画家ミハエル・アントワープ子爵がやってきて、シシーと話し始めた。すでに王宮で顔見知りだったらしい二人は、親しげに会話を交わし、ハーブ園の見学に執事と行ってしまった。そこでエンド。
「ミハエルのことか……。奴は欠席と聞いていたんだが、自由奔放な奴だからな……。恋人も何人かいることだし、ライバルにはなりえないが……」
恋人が何人か、と聞いたエドガーが青筋を立てるも、力なくまたうっぷす。
「……せっかく作ってくれたチャンスなのに申し訳ない」
「病院では、おばさまや俺がいるときに、あんなに大胆に迫ったのに、両極端すぎないか!?」
「あのときは、まだ怖いもの知らずだったんだ……」
それに、とアレクシスは違う話を持ち出す。エドガーは、もう力尽きているのだが。
「おばさまとダリアと出かけたランチも不発に終わったんだって?」
「……母から聞いたのか?」
「いや、あきれ返ったダリアから連絡があった。おばさまは、我が息子のあまりの不甲斐なさに抜け殻になってるって」
そう、エドガーが誘って実現した、シーフードレストランでの食事会でも彼は手も足も出なかった。
「その話はしないでくれると、助かる……。今日、これから母に呼びだしをくらっているんだ……」
「そ、そうか……。頑張って来いよ……」
武士の情けとばかりにアレクシスが、これ以上言うのも聞くのもやめると、悲壮な顔をしたエドガーはふらふらと団長室から出て行った。




