14. 作戦会議
「まぁ、うだうだしてると、どっかの馬の骨にかっさらわれるぞ」
アレクシスが軽い気持ちでからかった。すると、エドガーは中腰になった。顔は真っ青だ。
「そういう話がやはりあるのか!? 誰だ、相手は! 教えてくれ!」
「お前ほどの男が気になるんだからな。そりゃ他の男から見たって……」
「もったいぶらないでくれ! 何かあるなら今すぐ求婚に行かねば!」
「いろいろ協力してやっているのに、その言い草はなんだ。少し落ち着こうぜ」
「わ、わかった」
アレクシスは肩をすくめながら、大した話じゃない、と前置きして言った。
「ギャラント・デュラス伯爵子息、騎士団にいるだろう。その母親のデュラス伯爵夫人がシシーの後見人で、『できれば息子と結婚させたい』と言っていたらしい。でも、二人の仲が全く進展しないから諦めたし、ギャラントは侯爵家の跡取り娘と婚約しただろう。だから、シシーは、婚活市場で少々注目される存在になったそうだ」
嫉妬したギャラントの名前が出てきたこと、そんな話は初耳だったエドガーは歯噛みし、両腕の血管が浮き出るほど拳を握りしめた。
「マインドスケープの血筋で、医学校の優等生。かわいくて、明るく、働き者。そこらのご令嬢とは明らかに一線を画している。保守的ではい男には、かなり新鮮で魅力的、」
エドガーは突然立ち上がったかと思うと、アレクシスの肩をがくがくと揺さぶったものだから、アレクシスはたまらず叫んだ。
「何するんだ!」
「ギャラントなんぞにビビってアプローチしなかったひ弱な奴らに、この俺が負けるわけがないだろう!」
「大した自信だな。でも、その通りだよ、常識で考えたら、お前を拒む女は正気じゃない」
「す、すまない。彼女は俺に清々しいほど興味がないからそんな話を聞くと焦る」
エドガーはがっくりと肩を落とす。 いかなるときでも冷静沈着、冷酷でさえある英雄、女性のことなぞで眉ひとつ動かすことのないエドガーのあまりにストレートな告白と落胆ぶりにアレクシスは目を見はる。想像以上に重症なようだ。
「俺は、ずっと欲しかった魔道具を買ってくれた親戚のおじちゃんといったところなんだ」
エドガーは今や苦悶の表情を浮かべていた。
「シシー嬢から、全く異性として意識されていないのだけはわかる。こんなことは初めてだ。引き下がったら終わりだから、次の約束を取り付けようと躍起になって。かなり困惑された」
「なるほど。シシーは『私なんかにものすごく気を遣われて』みたいなこと言っていたけど、そういうことか」
アレクシスは、見解を述べた。
「落ち着こう。もっと自信もてよ、普通に考えたらフラれるわけがないんだ。ただ、お前は『ご立派な方』枠に入ってるだけだ」
「困るそれは」
「でも、野心的で、玉の輿狙うような子じゃないから、気に入ったんだろう? そりゃ、遠慮するよ。身分差を気にしてるのかもしれないし、噂になって、エドガーに迷惑かかると思っているのかもしれない」
『噂? そんなもの気にしない』と力強く言いかけたエドガーは少し固まる。
侯爵家と子爵家では、かなり身分差がある上に、エドガーの家は、王女の降嫁先になるほどの名門だ。しかも侯爵夫人は現王の姪で、エドガーは王太子の従兄弟であり、騎士団長なのである。片や、才媛とはいえ、デビュタントさえ見送った没落寸前の子爵令嬢。
噂になったら、特にシシーが無傷ではいられないのだ。エドガーは喜んで責任を取るつもりだったが。
「……もう噂になっているんだ。知っているか?」
「何だそれは!?」
誰もが恐れ尊敬する騎士団長、退院したからと言って、わざわざそんな噂の真偽を聞きに行ける強者はおらず、エドガーは何も知らなかった。
アレクシスは、侯爵夫人とシシーが、ガンダーラカフェやエドガーの病室に入る目撃談から広まった噂や、興味津々の連中が詮索していることを説明した。
「シシーは全く気にしていないらしい。さすがとしか言いようがないが」
「それは……彼女に申し訳ない。どうしたものか」
「なあ、もう家同士の話にしたらどうだ?」
侯爵と同じ提案をアレクシスは口にした。家同士の話というのは、いわゆる政略結婚か、高位貴族から見染められて断れない結婚となる。
いつからかこの国では廃れ始めた結婚の形態であり、今や恋愛結婚が半数以上を占める。現王をはじめ、エドガーやアレクシスの両親も恋愛結婚だ。
平民との結婚は貴賤結婚として忌避される傾向はあるけれど、貴族同士の侯爵家と子爵家の縁組は十分ありえる話だ。
そうは言っても結婚後、シシーが高位貴族との付き合いや各方面からの激しい嫉妬で苦労するのは間違いない。
それに高位貴族の侯爵夫人が職業をもつのはまだ珍しいから、シシーが医師になるなら、波紋を呼びそうだ。
そんな難題を乗り越えるには、エドガー一人が頑張ってどうなるものでもなく、シシーの気持ちが必要なのだけれど、何より結婚願望が彼女にない上に、弟と領地を支えるため、ゆくゆくは帰郷するつもりなのだ。
侯爵家に嫁げば金銭面の心配はなくなるとはいえ、シシーは誇り高く、自力で何とかする気概も力も持っている。シシーがエドガーと結婚したいと強く思わない限り、二人の結婚はありえない。
そんな話をアレクシスがすると、エドガーは侯爵夫人と同じように衝撃を受けた。
「領地に帰るつもりなのか……、それは困る!!」
「俺も聞いたばかりなんだ。だから、家同士の話にするのが一番話が早いと」
「いや、でも、家同士の話にするのは避けたい。シシー嬢は断れないだろうから」
「……いや、平気であっさりと断るかもしれんぞ、あの子なら」
「それはさらに困るじゃないか!」
エドガーの悲劇を想像して、アレクシスはぶるっと身を震わせて考える。
(……血の雨が降るかもしれないな。やっぱり手を引こうか……。しかし、手を引いたらまた違った意味で大変なことに……)
「……とにかく、会う機会を増やすこと。異性と認識してもらうこと。それからひたすら尽くすしかない」
建設的なアレクシスの提案にエドガーは深く肯いて、決意を表明した。
「交際を申し込むとか生ぬるいことはするつもりはない。彼女に少しでも異性として認識してもらえたことがわかったらすぐに求婚する」
アレクシスも深く肯きながら、付け加える。
「シシーが男と意識したらすぐわかるだろうな、今意識していないのが丸わかりなだけに。しかし、あの子は難敵だ。結婚願望がない上に、鈍感すぎる。だからアプローチはわかりやすくな。直球勝負も必要だ」
どんな厳しい戦いにも怖気づかなかったエドガーが遠い目になる。
「大変な難敵だよ……。直球で、たたみかけるように攻めようと思うんだが、嫌がられないだろうか?」
「シシーはおいしいものと菓子に目がない。攻めるにしても食べ物とセットにしてれば大丈夫じゃないかな」
令嬢に対してはあまりに失礼なアレクシスの助言をまじめに聞きながら、エドガーは、アレクシスのガーデンパーティと、自ら企画した食事会で必ずやシシーと親しくなってみせると固く心に誓った。




