13. 男同士の密談
アレクシスに呼ばれたエドガーは即、医務室に駆けつけた。アレクシスはまだ診察の真っ最中だった。
「早すぎるだろう」
「最優先事項だから」
キリっと答えたエドガーにあきれながらも、アレクシスは、もったいぶったしぐさで、ガーデンパーティの招待状を手渡した。
「約束は果たしたぞ。あとは頑張ってくれ」
エドガーは、どんな重要な作戦会議より熱心に聞き入る。さすがはアレクシスだと感心しながら。
「この恩は一生忘れない、本当にありがとう」
手渡された招待状を開いて読むと、エドガーはうれしそうに頭を深く下げる。アレクシスはふんぞり返っていた椅子から身を起こして叫んだ。
「お前がそんな風に言うなんて、気味悪い! そんなに必死なのか!?」
「何とでも言ってくれ。手段を選ぶつもりはないが、いろいろ試してみないと」
(……よく言うよ。選ぶ余裕がないだけだろう)
「いや、手段は選んでくれ。法的にも倫理的にも問題がないように頼む。できれば穏便に」
「俺のことを何だと思ってるんだ……。そういえば、俺、ガーデンパーティなんて子供の時以来なんだけど……。誰が来るの?」
婚約者探しに全くやる気がなかったエドガーは、出世しはじめると、社交界からさらに遠ざかっていた。
顔を出すのは、侯爵家主催のパーティと、王宮の舞踏会だけ。しかも、国王主催の会では護衛の責任者となっているから仕事だ。
「そ、そうか。……来るのは知っている顔ばかりだと思う。令嬢はブロックするし、意地悪なやつは客から除外したから、平和な会になるはずだ」
興奮気味のエドガーは、もっと話がしたくなって、アレクシスを宿舎へ招いた。
いつもより早めの帰宅ではあったけれど、誰もいないはずの扉がすごい勢いで開いたので、エドガーもアレクシスも飛び上がる。
とっくにいないはずの、通いの侍女メアリが出てきたのだ。彼女は侯爵家のタウンハウスから通いできているのだが、帰宅時間を二時間すぎている。
しかし、メアリは目を輝かせながら、預かりものがあると、恭しくエドガーに箱を差し出した。シシーからの届け物だった。
「奥様に急ぎ、使いをやったところ、ことのほかお喜びとのことでした。私は、エドガー様から事情を聞いてくるようにと」
うら若き、可愛らしい女性がエドガーを訪ねてきたばかりか、お礼の品だというので、メアリは待ち構えていたのだ。侯爵夫人も、今頃、メアリの帰りを待ちわびているのだろう。
「おぼっちゃまが、ついにおぼっちゃまが……。小耳に挟んではいたのですが、まさか本当だなんて!」
「メアリ、アレクシスの前だ。『おぼっちゃま』と呼ぶのは勘弁してくれ」
メアリはエドガーを幼い頃から知っているため、ちょっと気を抜くと『おぼっちゃま』呼びになる。アレクシスは、気にするなと手をひらひら振った。
(やれやれ、参ったな。一刻も早くメアリをタウンハウスに帰さないと、母上が乗りこんできそうだな)
しかし、エドガーは、メアリからシシーとほとんど入れ違いと聞くと、顔色を変えた。すぐ玄関から飛び出し、周囲を見回す。
(女神に一目でいいから会いたかった……。アレクシスの所なんかに寄ってないでまっすぐ帰ってくるべきだった!!!)
それでも気を取り直して、シシーからの箱を開けた。アレクシスもメアリも一緒にのぞきこんでくる。ココアの香りが広がった。焼きたてらしい四角のココアパンだった。
手紙が添えてある。震える手で開くと、美しく、几帳面な文字が並んでいた。定型の令状だったが、最後のくだりでエドガーは胸が高鳴った。食事会を楽しみにしていることや、異国のパンも焼いてまた届けてくれるとも書いてあったからだ。
「ちょっと読ませろよ! 私の話を参考にして良かっただろう。シシー、ものすごく喜んで、私にもパンを焼いてきた」
アレクシスも当然のように、手紙をくまなく読む。
エドガーは、おもしろくない。アレクシスまで、シシーの手作りパン、―正確に言うと自動パン焼き機のパンなのだが―、を食べたことが、しゃくにさわった。
しかし、今はアレクシス頼みなのでこらえる。
「そうか」
「毎朝焼いて、朝食の残りでサンドイッチを作ってランチかおやつにしてるらしい。今日はハムとチーズ、レタスを挟んだのをおやつにしていた」
「そうか、良かった」
「あんなテンション高いシシーは見たことない。よほど嬉しかったんだろうな。エドガーくん、君にふかーく感謝しているようだった。相変わらず、エドガーくんについて何も聞いてこないんだが。俺にもエドガーくんにも興味ないってある意味、珍しいよな」
「……仕方がない。でも、聞いてくれ。今度食事会に誘ったんだ、母と妹も同席だが。お互いを知る時間をまずは作りたい。自分の気持ちも確かめたいし」
「でも、そんなもの、考えてわかるもんじゃないからな」
「勘違いだった、というのはあるものか……?」
「若い頃はあったよ、二十歳くらいまでは。だが、適齢期を過ぎかけの今はない。というか……なかったのか? そういうの」
エドガーはあごに手を当て考えて黙り込んだので、アレクシスが驚く。
「あったのか!? 下半身と脳みそが別々の頃が、おまえにも!?」
「……俺の昔の話なんてどうでもいい。それより、シシー嬢のことだ」
「……そうだったな、本当にどうでもいい話だ」
幼馴染でありながら、思春期から今に至るまで、異性の話をしたことがなかった二人は、照れながら話をシシーに戻した。




