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10. 嫉妬と惑いと

 エドガーは、頭の中で、貴族名鑑と国内の地図を広げた。そして、ギャラントとシシーの実家が隣であることを思い出していた。


(領地が近い貴族の子女たちは、交流を深めるものじゃないか。俺だって……いや、俺はそういう相手はいない)


 二人の気を許し合った雰囲気は、頭から離れなかった。


「君のところのギャラント・デュラス伯爵令息のことなんだが」


 翌日、たまった業務をこなしながらも、エドガーは、ギャラントの上司に探りを入れずにいられなかった。


「ギャラントがどうかしましたか?」


 エドガーはまじめくさった顔で、年齢や勤務状況など聞いていく。


「…………彼は、独身だったよな」

「? 独身ですが、つい最近婚約いたしました」

「そうだったか」


 エドガーは、膝をつくほど安堵した。


 騎士団の中でも有名な話であるとのこと。しかもその相手は、エドガーも知っている侯爵家令嬢で、彼女の兄は、同級生だ。これからは社交界の噂にも注意を払おうと、エドガーは心に決める。


(一気に晴れた胸のもやもや……さっきのあれは嫉妬というものなんだろうな)


 幼い頃より、家柄、才能、容姿に恵まれていたエドガーは、性別を問わず、いつも人に囲まれ関心を持たれてきた。なのに、エドガー自身は、誰に対しても大して関心を持てなかった。もちろん、執着や嫉妬の経験もない。


 それなのに、退院して多忙な中でも、シシーに一目会いたくてしかたがないし、ギャラントが気になる。ため息ばかりついている間に日は暮れた。


(シシー嬢は夕食を食堂でとると言っていたな。医務室から近いところだと、中央大食堂だろう)


 エドガーは、夕食を王宮でとることはほとんどなかったし、幹部は特別食堂でとる。なのに、夕食時間になるとすぐ、早足で中央大食堂へ向かった。シシーを一目見たい一心だった。


 静かな王宮内のどこにひそんでいたのかと思うほどの文官や騎士が集まってくる。エドガーはシシーを探した。


「オルレアン騎士団長閣下!」


 エドガーに気づいた騎士は敬礼を、騎士以外の者は黙礼をしてくる。『冷血騎士団長』として名高いエドガーに普段は気軽に声をかける者はいないのだけれど、今日は話が違った。


「お身体は大丈夫ですか?」

「お元気になられて何よりです」

 

 顔見知りの騎士や文官に囲まれて焦っていると、シシーが急ぎ足で近づいてきた。


(シシー嬢だ! 今は俺のことはほっといてくれ! それどころじゃない!)  


 けれど、シシーはエドガーに気づかず、階段を駆け上がった。エドガーも、騎士たちを振り切って、階段を駆け上がる。


(シシー嬢、待ってくれ)

 

 食堂に入ると、配膳の列に並ぶシシーを見ながら、通路を横切った。ざわめきの中で、エドガーが通るそばから静けさが広がっていった。


 エドガーのまとう上級騎士服は目立つ上に、彼には輝かしいオーラと威厳が備わっており、どこにいても目立つ。


(ええい。こんなに目立ったら、話しかけられない)

 

 配膳を終えたシシーとエドガーはやっと一瞬目が合った。シシーは、軽く会釈をすると背を向けた。


(彼女の立場で、俺に話しかけられるわけがないから仕方ない。それに俺が話しかけるのも迷惑だ。わかっているのに、俺は一体何がしたかったんだろう)


 エドガーは肩を落とし、食堂から出て行った。


 あくる日、騎士団の全体修練が開かれた。エドガーは、幹部団員三百名の前で堂々と訓話を述べる。台から降りると、最前列に並んでいたギャラントの前で、立ち止まった。誰もが息をつめている。


(ギャラントは婚約者いるのだし、気にしなくて良いはずだ。でも、ライバルはたくさんいるはずだ。シシー嬢はあんなにかわいいのだから。アレクシスだけに頼らないで、自分でもできることをやっていくべきだろう。しかし何をどうすればいいんだ?)


 例えば。怪我か病気になって医務室へ行く。


(アリだが、ナイフで自傷するのか? かすり傷だと笑われてしまうし、深傷は痛い。腹痛? これはカッコ悪いし、頭痛がいいだろう。だが、また世話になって、それでどうするつもりなのか俺は。介護されたいわけじゃない。ナシだな)


 もしくは朝、配送室の前で待ちぶせをする。それとも夕方、医務室の前で待つ。


(わざとらしいか。いや、一回ずつならアリか……? いや、怪しまれて、忌み嫌われるのがオチだ。ナシだ)


 やはり、助けてもらったお礼と言って、家族同伴のディナーかランチに誘う。手紙かアレクシスにことづてして……。


(結局、家族かアレクシス頼みか。誰かを好きになると、誰かに気持ちを打ち明けないと、話がはじまらないんだな。みんな、こっぱずかしいことをしているのか……、よくやるな……)

 

 エドガーは悩みに悩んだ末、まずは、以前から考えていたお礼を持参することにした。


 シシーは夕方まで留守らしいから、管理人にお礼を預け、その翌日、医務室を訪問し会話を交わすことにした。


(これしかない。絶対に失敗は許されないぞ。何回も職場である医務室を訪問するわけにはいかない。待ちぶせも当然ナシだし)


 何度か顔を合わせて、会話を交わす。それから、機会があれば誘う。そして、アレクシスの協力に全力ですがる。


(いろいろやっていけば何とかなるのではないか) 

 エドガーは結論を出すと、ようやく気を落ち着かせることができた。


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