第6話 危ないヤンキーは疑り深い
午後六時、プール裏。
めぐみは時間ちょうどに指定場所へ足を踏み入れた。
「坂本めぐみだな?」
「……はい。あなたが藤山さんですか?」
声だけしかしないが、めぐみは丁寧に答える。
「…………」
「……沈黙は、肯定と受け取りますよ……」
ぱちぱちと乾いた拍手とともに、建物の陰から藤山が現れた。
「なるほど落ち着いている。その余裕はどこから来るのかな」
「…………」
「もう一つ聞こう。転校したばかりでよくこの場所がわかったな」
「……クラスメイトに、教えていただきましたので……」
「そうか。ならそろそろ質問はやめにしようか……」
藤山がそう言った瞬間だった。
そのすらりとした上背が少し揺らいで、長い脚がめぐみをまっすぐに狙った。
「!」
めぐみは思わず屈んで一回転し、避ける。
藤山のつま先はプールの建物に突き刺さった。
「――――」
コンクリートがパラパラと音を立てて崩れる。
そのつま先の硬さ。
ゴツい靴を履いているようだが、ただのシューズではなさそうだった。
してみると安全靴でも履いているのかもしれなかった。
「さすがだな。この一撃を避けるとは」
「……突然……何のおつもりですか……」
「試したのさ。お前なら避けられると思ったよ、レディース仮面」
「……何のことでしょう……?」
めぐみは地に手をつけたまま上目遣いで藤山を見た。
「単刀直入に言おう。お前はレディース仮面だな、坂本めぐみ」
「……違います……」
藤山は嬉しそうに笑った。
「ふっふ……そうでなくてはつまらん」
「……証拠は、おありですか……」
「物的証拠はないが、状況証拠なら十分にあるさ。時期外れの、しかもわざわざここを選んでの転校、そしていまの身のこなし。九十九人が違うと言っても、俺だけはお前がレディース仮面だと思うね」
「…………」
めぐみは何も言わなかった。
「沈黙は肯定と受け取るぞ」
「…………」
がり……めぐみは親指の爪を噛んだ。
目つきが一瞬、危険な色を放つ。
「ほう……?」
藤山はいかにも面白げに笑った。
だが、めぐみは瞬間、ハッとして――静かに立ち上がり、黙ったまま踵を返した。
彼女はそのまま走り去るつもりでいたのだ。
しかし――――
ストン、と音がして、目の前にあった木に、ダーツの矢が刺さった。
「次は、狙う」
どこを? と聞けるだけの余裕は、めぐみにはすでになかった。
藤山の声は冷たく、そして本気のものだった。
こいつは危ない、と頭の中がシグナルを鳴らしている。
「来てもらおう、坂本めぐみ。レディース仮面でなかったとしてもな」
やにわに藤山はめぐみの腕をつかんだ。
「放し……」
ひねっためぐみの身体に、一瞬で藤山の拳がめり込み、彼女はそのまま動かなくなった。
美幸は校舎の六階に来ていた。
ここに一般生徒が立ち入ることはめったにない。
美幸も初めて立ち入った。
というのも、この階には理事長室しかないからだった。
「ここでいいんだよね……?」
――もし、三十分経っても私が教室に戻ってこなかったら、六階の理事長室へ行ってください――
めぐみはお願いと称して、美幸にそう言った。
そして実際彼女は戻ってこなかったため、美幸はエレベーターで六階を目指したのであった。
「それにしてもなんで理事長室? 坂本さん、コネでもあるのかなぁ?」
とんとんと扉をノックする。
「誰だね?」
柔和な声がした。
校長はしょっちゅう見ているが、理事長に会うのは美幸自身初めてだ。
どんな人なのだろう?
いち生徒の話を――しかも、クラスメイトがヤンキーに呼び出されて戻ってこない、なんて日常茶飯事的な話を――聞いてくれるのだろうか?
「失礼します、二年五組、岡部美幸です」
美幸は意を決して扉を開ける。
声と同じく柔和な雰囲気の老紳士が、美幸を迎えた。