#5
なーちゃんというあだ名は本人が初めての自己紹介の時、自分から言ったものだった。
『なーちゃんって呼んでください!』そんな一言から、男女問わず皆んなが彼女をなーちゃんと呼んでいる。俺と榎本もクラスメイトということ以外大して接点を持っていないにも関わらず、彼女をなーちゃんと呼んでいるのはそう言った理由からであった。
それが4月の入学式。そこから早2ヶ月、俺は彼女への想いを募らせるばかりであった。
彼女と初めてすれ違った時の驚いたような顔、初めての自己紹介の時の少し照れている顔、そして今日体育の時に見せてくれたとびきりの笑顔。彼女の色んな表情を思い出すとすらすらとボールペンが走り始めた。筆は止まることなく、気づけば時間は深夜1時を回っていた。
◇◇◇
「……なんだこれ?集めたプリント?」
放課後に榎本の前にドサリと紙を置く。10数枚のその紙は遠足のしおりくらいはあろうかという厚みだ。紙パックのミルクティーのストローを僅かに噛みながらその紙を不審そうに見つめ、1枚目の角を持ち上げようとする。
「手紙書いてきた!」
俺が目を輝かせて言うと、榎本は激しく咽せこんだ。吸ったミルクティが変な所に入って痛いらしい。鼻にもツンとした痛みが来たようで俺は密かにミルクティーが鼻から出てこないか期待した。痛みが過ぎ去ると榎本はいつも通りの馬鹿笑いを始まる。良い加減にうんざりしてきたが、今回は榎本がバカにすればする程、後から奴の驚く顔を見た時に満足感が得られると確信があった。そんな根拠のない確信が心にゆとりを生んでいた。
「いや…これは…何枚あるんだよ!ぶははは」
「15枚だ!今まで史上最長だ!!書いてて思ったんだけどさ、俺やっぱりなーちゃんのことめっちゃ好きみたいだわ。」
「じゅ…じゅうご…。ちょ…ちょっと読ませて。」
ダメだと言われることを見越して、読ませてといいながら手紙の束を全て奪い、俺からできるだけ離れた位置に手を斜め上に掲げる。奴の無駄に長い腕のせいで机一つ挟んだだけの距離が遠く感じる。
「バカ!やめろ!返せ!」
俺が体を乗り出すとそれに合わせて体をのけぞらせて距離を取る。榎本の上半身は殆ど窓の外に出ている状態だ。紙に手が触れる。あと少し…。
「あ゛」
一瞬バランスを崩したのか榎本の手から紙がするりと抜け落ちる。ひらひらと風に乗って手紙は窓の外へ落ちていく。
「あ゛ぁぁぁーーーー!!!」
自分の行いを悪びれることなく榎本は再び爆笑し始める。そんな榎本に悪態をつく暇もなく俺は教室を飛び出て階段を駆け降りていった。
◇◇◇