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「魔物を逮捕するの?」
「そうですねえ。大人しく捕まってくれる魔物はほとんどいませんから…魔族の中には話が通じるのもいますが。常に異文化交流ですよ。」
はははと疲れたように榊原は笑った。
「捕まえられなかったらどうするの?」
「滅します。」
即答だった。
「…殺すってこと?」
「姿形を無くす、という意味ではそうですね。ただ魔物は散ってもまた集まってきますので。本当の意味で滅することはできないんですけど。」
ふーん、と真希は相槌を打った。
人の生死と関わることなどほとんどない。ましてや殺し殺され、なんてことはテレビの中でしか見聞きしない真希は、魔物の命についてもいまいちピンとこない。
真希は榊原が星だと称した壁の光を見つめた。肩が壁につきそうなので、光はすぐ目の前だ。
チカ
星が瞬いた気がした。
え?
ビョン!
何かが光から出てきた。
「ギャ!」
驚いた真希は、咄嗟に近くに投げ捨ててあった自分の鞄を鷲掴みにすると、壁に叩きつけた。
「なに!?」
「あー、入ってきちゃいましたね。」
床に放り出された真希の鞄を掴んだ榊原は、壁に当たった側を指した。
「ほら、これ。魔物の残骸です。さすが真希さん、素晴らしい反射神経ですね。」
「は?」
ここ、ここ、と榊原が真希に鞄を近づける。
「近い、近すぎる。やめてよ、虫の残骸じゃないんだから。」
子供が己はっ。
真希は手で払った。
確かに真希の使い古された黒い鞄には、黒というよりドス黒いという表現がぴったりの跡が付いている。
…これ、取れるんだろうか。やめてよ、今鞄を買いに行く余裕なんてないんだってば。
「あ、あそこにも。」
榊原がのんびりと指差した先には、ニョロニョロのような黒い物体が壁から入り込もうとしていた。
「やだ!なんでよ!」
真希はまた鞄を持ち上げて力一杯黒い物体に投げた。カシャンと音がしたのは化粧ポーチの何かが壊れた音か。もう知ったこっちゃない。
「なぜかと言いますと、あの星に見えていた光は、穴が空いているからなんです。」
「は?」
「魔物が溶かしにかかっているんですよー。困っちゃいますね。」
おい!!!
真希は榊原に突っ込むか(物理的に)一瞬迷ったが、それより新たに出現するニョロニョロをどうにかする方を選んだ。榊原は後でも殴れる。
「なんとかしてよ!」
「はい、どうぞ。」
榊原がよれよれのスーツから取り出したのは、ハンマーだった。金属製の物ではない。昔懐かしい、ゲームセンターにあるモグラ叩きゲームで使うもの。木の柄はツヤツヤのコーティングがされていて、子供の頭ほどの大きさのハンマー部分は、原色の赤の合皮。クッション性に富んでいて、これならお子様がうっかり手を打っちゃっても安心…って、おい。
「…それは、なんだか聞いた方がいいのかしらね!?」
怒りに我を忘れそうだった真希は、息を思いっきり吐いてから聞いた。
「真希さんにぴったりかと思いまして。得意そうじゃないですか。」
「たしかに、小さい頃はよく遊んだけど…ってちがーう!」
そう言いつつ、真希はハンマーを榊原から引ったくると魔物を殴った。
——ピョロン
間抜けな音がして、魔物は跡形もなく消えた。
「え、すご。なにこれ。」
「魔物退治用のハンマーです。試作段階で却下されてしまったんですが、僕のお気に入りでして。開発部から一つもらってきたんですよ。お役に立てて何よりです。」
榊原は満足そうに頷いた。
なんじゃそれは!
榊原に当たれない苛立ちは、すべて魔物にぶつけた。
数カ所しか空いていなかった穴は、どんどん数を増やしている。真希がスパンと殴ると、軽快な音を立てて魔物は消える。ついでに穴も消える。
——スパン!
——ピョロン
——スパン!
——チャーチャッチャ
——スパン!
——ピロピロピロ
打ちどころがいいといい音が鳴る。
スカるとフシューとガスが抜けたような音がする。
なんとサービス精神のある魔物たちだろうか。
なにこれ、おもしろい。