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   ◆


「…暑くない?」

真希は榊原の胸を押して体を引き剥がすと、シャツの第一ボタンを外した。

極寒から一転、今度は熱帯夜だ。

「冷たいのがダメなら熱いのだって思ったんでしょうねー。」

なにがってもちろん魔物がだろう。すでに共通認識が成り立っている。


「水飲みます?」

榊原がよれよれのスーツからペットボトルを取り出した。細身のスーツなのにどこに入っていたのだろうか。

どこにでもあるプラスチックのボトルにラベルは付いていない。

真希はじっとそれを見つめた。

「あ、いつもはマイボトルを持ち歩いてるんですよ!でも今日はちょっと急いでたんで。ポイ捨てはしません。」

榊原は右手を顔の横に持ってきて宣誓した。

「うん。ありがとう。」

そういえば喉乾いていたんだ。テンションがおかしくなっているから気づかなかった。この際ボトルはどうでもいい。

真希は一口飲ませてもらうと、榊原に返した。

「もういいんですか?いっぱいありますからどんどん飲んでください。」

「うん…でもトイレ行きたくなると困るし。」

「脱水になったら危ないです。夏は特に、水分だけじゃなくミネラル分もしっかり摂らないと。」

榊原はぐりぐりとペットボトルを押し付けてくる。

「あ、なんだったら口移しのほうが——」

「いただきます。」

真希は榊原が言い終わる前にペットボトルを引ったくって一気飲みした。

半分になったと思った水は、一瞬のうちに満タンまで満たされた。

真希は見なかったことにした。

「なんか美味しいわね。少ししょっぱくて甘い?」

「はい、天然の経口補水液です。」

「…天然?」

「はい、この世で一番きれいな海水です。」

「海水って飲めば飲むほど喉が渇くんじゃないの?」

「海水も適度な量ならむしろ体にいいんですよ。でも安心してください。これは海洋深層水ですから。きれいな海の底から取っていますからね、清浄だし、ミネラル分たっぷりですよ。あ、塩分は取り除いていますから。それから甘みをひとつまみ。」

真希は一口、また一口と水を飲んだ。体の中にすっと入っていく感じが心地いい。



真希は床に直に座った。若干モゾモゾする感じはあるが、冷たくて気持ちいいし、なんかあったら榊原が対応するだろうと投げている。

この男は底が知れないが、故意に人を傷つける性格ではないと真希は判断した。少なくとも、真希を魔物に放り投げて自分だけ助かろうとする人ではなさそうだ。


榊原も真希の隣にしゃがみこんで体育座りをした。榊原は上を向くと、エレベーターの天井を指差した。

「真希さん、見てください。あそこの光、金星に見えてきませんか?」

「金星?」

今度は何を言い出すんだ、こいつは、と思いつつ、真希は律儀に上を見た。

確かに壁にポツンと光が差している箇所がある。

「すぐそばにある赤っぽいのが火星ですよ。」

大きめの光の左上に、確かに赤っぽい光が見えた。こっちのほうが明るさは鈍い。

「月の代わりになる光はさすがにありませんねえ。明日の夕方の西空では月、金星、火星が集まって見えるんですよ。一緒に見ます?」

真希はもちろん無視をした。榊原は気にせず続けた。


「それからこっち。ちょうど真ん中に見えるのが夏の大三角形と呼ばれる明るい星ですね。」

榊原は今度は天井を指差した。ちょうど天辺あたりだ。

「夏の大三角形は、はくちょう座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガです。天の川を挟んで並ぶアルタイルとベガは七夕のお話で有名ですね。アルタイルが彦星、ベガがおり姫星です。ロマンチックですね。やっと出会えた僕たちみたいだ。」

榊原が真希の顔を覗き込んだ。少しづつ近寄ってくるので、真希はじりじりと尻を移動させている。すでに壁に体がつきそうだ。


「…あなたは誰?」

エレベーターに閉じ込められてから、ずっと考えていたことだ。

魔物だの、魔の扉だの、この怪しい男だの、なんなんだ、一体。

「僕は榊原 努です。真希さんより少しばかり年上ですが、独身です。貯金もあります。持ち家もあります。それから——」

真希がぐっと拳を握りしめたのを見て、榊原は大袈裟に仰け反った。

「真希さんが知りたいのは、僕が何者かってことですよね?僕は、魔安まあんの職員です。」

「魔安?」

「はい。魔物専門の国際機関、まあインターポールみたいなものですかね。」

真希の頭に思い浮かんだのはトレンチコートがトレードマークのとっつあんだ。

手錠を振り回しながら大怪盗を地の果てまで追いかける苦労人である。

目の前の涼しげな美形とは似ても似つかない。


あ。スーツがよれよれなところは一緒だわ。世界を股にかけると大変なのねえ。

出てきた感想はそんなほわっとしたものだった。今更驚くのもめんどくさい。

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