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榊原は更に真希にダメージを落としていく。

「ギリギリ結界が機能してたんですが、こちらの世界から扉が開いちゃったんですよね。」

…それって…

真希は負けを認めた。

「…私がエレベーターを呼んだから…よね?」

「そうですね。薄皮一枚で繋がっていた結界に亀裂が入りました。で、真希さんがエレベーターに乗り込んだ時点で結界が破れました。」


うっ


「申し訳ありませんでした。」

真希は深々と頭を下げた。ミスったら謝る。たとえ不可抗力だとしても。それが社会人だ。


「いえいえ。こういう事態にならないように我々が管理すべきだったのですから。巻き込んでしまったのは申し訳ないと思いますが、大丈夫。なんせ一年で一番短い夜ですから。なんとかなりますよ。」


——ガタンガタン


エレベーターがまた揺れた。

「何!?」

「揺すぶられてるんですねー、中に美味しそうな人間が入ってるって分かってるんですよ。」

「そんな悠長なこと言ってないでなんとかしてよ!避難!避難しましょう!」

真希は急いでドアを開けようとした。


「それはやめておいたほうがいいです。奴らの思うツボですよ。開けた瞬間にパックリ喰われます。」

「…パックリ?」

「ええ。丸呑み。」


—— ガタンガタン


「でもこのまま落とされたらどうするのよ!?ドラマだとエレベーターを吊ってる線が切れて下にザァァァッて落ちたりするじゃない!」

だいたい間一髪のところで止まるけど。

「大丈夫です。」

榊原が自信満々に答えた。

「え、なんとか—— 」

なるの、と続けようとした真希に榊原はにっこりと笑う。

「そんなことがあったらいずれにしても助かりません。重力はそんなに簡単に止まりませんよー。」

「全然大丈夫じゃないわっ!」


   ◆


それから数十分か数時間か。時間の感覚の消え失せた真希を襲っているのは猛烈な寒気だ。体はブルブルと震え、吐き出す息は白い。

しゃがみこんで体を丸めたいところだが、床から迫り上がってくる冷気にお尻が冷えるし、何かあった時に対応が遅れる。

真希はカチカチなる歯で榊原に問うた、今度は何事だと。


「揺すっても出てこないから冷たくしてみようと思ったんじゃないでしょうか。」

「…何がって魔物がよね。」

「はい。さ、どうぞ。」

先ほどから無視しているが、榊原は真希に向かい合って両腕を広げている。

真希は榊原を見ないようにして、寒さを紛らわせるために会話を続けた。


「だいたいさ、夏至ってパッとしなくない?冬至ならカボチャを食べたり柚子湯に入ったりするけどさ。」

真希は去年の冬至のことを思い出した。毎年、水川家は冬至に柚子の実をまるごと湯船に浸けるのが恒例だったが、去年は柚子風味の入浴剤だった。インフレと円安の影響らしい。

柚子一つくらいケチケチすんなよ、一、二千円もするわけでもないし、と文句を言った父に母が放った言葉は強烈だった。


じゃあお父さんが家計を預かればいいじゃない!お父さんも、あんたも、どれだけご飯食べると思ってるのよ!あんたとお兄ちゃんが育ち盛りの頃なんて一升米を炊いてたんだからね!お母さん、料理のしすぎで腱鞘炎になったんだから!


とばっちりを受けた真希はソファーで首をすくめるしかなかった。


「夏至の時期はちょうどお百姓さんが田植えに忙しい時期ですからね。祭りごとをする余裕はないんでしょうね。」

榊原がのんびりと答えた。どさくさに紛れて真希を抱きしめている。

寒さが限界に達した真希はそれをしぶしぶ受け入れた。背に腹はかえられぬ。

「カボチャもねぇ、ハロウィンでカボチャ系スイーツ食べすぎて、わざわざ冬至に食べる気にもあんまりなんないけどね。今の時期はフルーツも微妙だし、あんまりぱっとしないわよね。」

カボチャは煮たのよ?好きなだけ食べなさい、と笑顔で母に圧をかけられた真希はたらふく食べたが。

「そうですねえ。」

どうでもいいが榊原の髪の毛が顔に当たってムズムズする。胸の長さほどの髪の毛をサイドでひとくくりにして前に流しているのだ。猫っ毛なのにツヤツヤで、その手入れの行き届いた感じにまたイラッとする。ついでにカラーリングが見事すぎて女子のプライドがチクチクと刺激される。


何がそんなに引っかかるんだろう?

真希は首を傾げた。確かに短気な方ではあるが、そんなにしょっちゅうイラつくことも普段はないのに。


まあ疲れてるからだろうね。真希は肩をすくめた。

異性と夜に二人っきり。吊り橋効果的なもので、ときめきが生まれやすいシチュエーションではある。でも、この男とはナイわ。ナイ。ナイ。


真希は榊原をじっと見つめた。

相手の目を必要以上に凝視するのは圧迫感があるらしいとは知っているが、真希の癖のようなものだ。


不思議な男だ。穏やかそうに見えるが、間抜けメガネから覗く眼光は意外と鋭い。

今のところ聞けばいろいろ答えてはくれるが、全ては話していない気がする。のらりくらりという言葉がよく似合う。


底が見えないのだ。この男が何に怒るのかが分からない。

怒りとはその人間の奥底。

人間は自尊心を傷つけられたときに一番怒りを感じると言う。全ての行動の源。その怒りが見えてこない。


榊原は真希の視線に気づくと、

「そんなに見つめられると照れます…」

と目元を伏せてはにかんだ。乙女のようである。

肌トラブルとは無縁そうな頬に、長いまつ毛が影を落とした。

真希はその頭を引っ叩くべきか、わりと真剣に悩んだ。

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