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——ギギギギギ


重そうな音を立てながら扉が閉じた。


——キャキャ、キャキャ

—— ギャー!キャー!


扉が閉じる瞬間、誰かの笑い声のような、悲鳴のような音がした。


真希はえっと思って扉の方を見たが、すでに扉は閉じられており、何の音もしなくなった。

無音。聞こえるはずのエレベーターが動く音も、機械音も何もしない。


…なに?


体が固まって動かない。何かに全身を押さえつけられているような圧迫感。息が浅くなっていく。空間がどんどん迫ってくるように体が重い。つんざくような無音。鼓膜がキリキリと痛くなる。


待て待て待て、落ち着こう。パニックになったらだめだ。息して、息。


真希は自分に言い聞かせると、無理やり息を吐いた。吐こうとした。が、それから息を吸えているのかはわからない。胸が苦しい。

待って、私、息吸ってるの?吐いてるの?どっち?


胸が焼けるように痛い。目が涙で滲んでくる。目の奥がチカチカする。

口を開けてハアハアと犬のように酸素を取り込もうと思うのに、肺にまで入っていかない。空間の中に溺れていく。


怖い、怖い!


—— 真希、息をしろ。


お兄ちゃんの声が頭に響いた。真希は右手をぐっと握り締めると、自分の頬を思いっきり叩いた。


—— パシン!


「いっったあ!」

奥歯を噛み締めていなかったので舌を噛んだようだ。口の中に血の味が広がる。


真希はエレベーターの壁に体を預けた。壁がモゾっと動いたような気がした。


ふざけんな。

真希は荒い息で壁を思いっきり押した。

知るか。壁は動かない。私は息をする。私の体は私のもので、ここは山の上じゃなくてただのエレベーター。


自分を落ち着かせるために真希は何度か深呼吸をした。吸って、吐いて。それだけに意識を集中させる。

ドキドキと自分の鼓動が鳴り響いていた耳も、脈が落ち着くにつれ楽になる。

息が整ったのを感じて、真希はほっと息を吐いた。


いやー、お兄ちゃんのあの経験がこんなところで役に立つとはねえ。


はははと真希は空笑いをした。

真希の兄はノマドワーカー兼登山家だ。国内外、山を目指してはいろんなところを転々としている。兄のできることは自分にもできるはずと信じて疑わなかった真希は、小さい頃から兄に引っ付いてよく登山をしていた。

「ここはちょっと真希には難しいからやめとけ」と言われてムキになって登った山で、真希は過呼吸を起こしかけたことがある。山の薄い空気に体が慣れず、パニックを起こしかけたのだ。

兄がとった行動はなんともストレートなものだった。真希の頬を平手打ちしたのだ。もちろん加減はしてくれた。真希はその怒りで呼吸を取り戻した。ついでに間髪入れずに兄の腹を登山ブーツで思いっきり蹴った。


あー、おっかっしい。

真希はその当時のことを思い出して笑った。平手打ちされて蹴り返して。兄もその後笑ったのだ。つられて真希も笑った。そして言った、笑う余裕があれば大丈夫だ、と。


よし。現状は把握した。このエレベーターはなんかヤバい。出よう。


真希は開くのボタンを押した。予想通り(外れてくれればよかったんだけど)、扉は開かなかった。


うん。だよね。


真希は非常用ボタンを押そうとしたが、そもそもそんなものは元から付いていないようだ。


まあ、そんなこともあるのかも。


残る手段は一つ。手で開ける。


真希は扉の隙間に両手の指を引っ掛けると、思いっきり左右に引いてみた。一ミリほど扉が動いたような気がした。顔にもわっと生暖かい空気がかかった。


—— キャキャキャキャ


扉の先からまた声がした。


気のせい、気のせい。これはただの隙間風の音。よし、もう一回。


……

……………ゼイゼイゼイ


「っ!なんなのよ!開けよ!開け、ゴマ!!!!」

真希は苛立ちついでにドアを今度こそガンッと蹴った。何度試しても、扉はうんともすんとも言わないのだ。


真希はよろけながら後ろに後ずさると、壁に背中を預けた。途端に、背中からもぞっと体を撫でられるような感触がした。

「うざい!触んな!ボケ!」

真希は壁を拳で叩いた。ピタリと壁は静かになった。


「ほんと、勘弁してよ…」

さすがに泣きたくもなってくる。自分は家に帰りたかっただけだ。それがどうしてこうなった。


肩で息をしながら親の仇のように扉を睨んでいると、ギギギギと扉から音がした。今度は何だ!と警戒する真希をよそに、扉がゆっくりと開いていく。

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