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真希まきは自分の意識が覚醒しつつあるのを感じた。滑らかに滑っていた水中で、コツンと小石に引っかかったような感覚。意識が急に上に引っ張られていく。


…朝?


真希はゆっくりと目を開けると、ぱちぱちと瞬きをした。暗い室内では、薄手のカーテンで仕切られた外から非常灯の緑の灯りだけがほのかに光っている。真希は頭の横にあるスマホをタッチした。ピカッと光るスクリーンが目に眩しい。目を細めながらなんとか時間を確認して…


え。23時45分?

え、23時って夜の?

…当たり前だ。他に何があるというのだ。

あー、やっちまった。


真希は頭を抱えようとしたが、それすらも億劫で手が上がらない。起き上がる気になど到底なれない。真希は寝転んだまま体をモゾモゾと動かしてみた。ギシっとベッドが軋んだ。

会社の仮眠室…とはよく言ったものの、ただの更衣室にパイプの簡易ベッドが置いてあるだけの空間。当然素晴らしい寝心地など期待できるはずもなく、身じろぎもせずに眠りこけていた体は節々が痛い。


どうしよっかなー。もうこのまま朝まで寝ちゃおっかな。

この硬い、寝返りを打つたびにギシギシと音がするベッドとは一週間以上のお友達だ。今更重いからどけなどと文句も言われるまい。

うーん、うーん。


真希は半分寝ぼけた頭で考えた。


仕事が忙しすぎてここ一週間家に帰れていない。土日?何それ、オイシイノ?状態だ。日中は外回りをして、会社に戻ったらパソコンとにらめっこして、限界がきたら仮眠室で休むというのが最近のルーティーンになりつつある。

ちなみにシャワーは会社が法人契約している近くのジムで済ませる。

今日は夜の10時ごろまでパソコンのブルーライトをたっぷり浴びて、目がチカチカし始めたから少し仮眠を取ろうと思ってベッドにダイブしたのだ。アラームは11時にセットしておいたはずだけど。


真希は目を顰めながらスマホのアラーム機能をタップして…今度こそ本当に脱力した。

確かに11時にセットされている。…昼の11時だが。


脱力ついでに腹が鳴った。最後に食べたのはマカロン。優しい女子社員たちが真希の仕事量に同情してお菓子をお供えしてくれるのだ。惜しむべきは、高級菓子も味わう間も無く胃の中に放り込んでいることか。


あー、でもだめだ。シャツもスーツももうストックが切れている。家に取りに帰らないと。明日はプレゼンだ。さすがによれよれのスーツで挑むわけにはいかないだろう。少し休んで、始発で家に帰って戻ってくる?うーん、それでもいいけど…

家、家か。家のことを久しぶりに考えたら家のベッドが恋しくなってきた。なにが悲しくてこのトタン板みたいなベッドにあと数時間寝転がっていなければならないのだ。


よし、帰ろう。

真希は腹に力を込めて起き上がった。決断したら行動は早い方だ。

家までの終電はとっくに出てる。タクろう。深夜料金なんてこの際どうでもいい。私は自分のベッドで寝るのだ。


真希は素早く身支度を整えると、足早に廊下を歩いていった。誰もいない深夜のオフィスに真希のローヒールのパンプスの音が響く。エレベーターの前まで来ると、ぶるっと身震いをした。省エネ設定の空調でも夜は十分冷えるらしい。

真希はエレベーターのボタンを押して、ぼうっとエレベーターが来るのを待った。


帰りにコンビニでおでんを買って帰ろうかな。梅雨の湿気と暑さに体がだるいけど、これくらいの涼しさだったらおでんもありかもしれない。近所のコンビニは年中無休でおでんを提供する優良店なのだ。煮汁が染み込んで端がちょっとくたっとした大根が美味しい。でもまだ煮汁が芯まで入りきれてなくてちょっと固めのやつもまたイケる。ちくわぶも。あ、巾着も食べたい。


早く、早く。

はやる気持ちで真希はもう一度スマホで時間を確認した。23:57の文字がスクリーンに光っている。


あー、これぞまさに午前様。私が奥さんだったらとっくに別れてるかも。

それにしても、エレベーター来ないな。


真希はもう一度下りのボタンを押した。

ボタンが光らない。エレベーターの上を見ても、電気が点いていない。上がるボタンを押しても、下がるボタンを押しても、まったく反応しない。


故障かよ。

真希は舌打ちした。ここは10階だ。下ろうと思えば階段で下れるが、人間とは楽をしたい生き物。ヤケになってボタンを連打しても、エレベーターはうんともすんとも言わない。


なんなのよっ!

疲れで怒りの沸点が低くなっている真希は、苛立ちまぎれにドアを蹴る…のは足が痛そうだからやめておいた。


——チン


エレベーターが到着した音がした。真希が音がした方を見ると、一番奥のエレベーターの扉がちょうど開いたところだった。


エレベーターって2基じゃなかったっけ?

扉が開いたエレベーターは、真希が躍起になってボタンを押していた2基のさらに奥にある。違和感に眉を顰めた真希だが、まあいっかと早々に考えを放棄すると、急いでエレベーターに乗り込んだ。扉が閉じかけていたからだ。

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