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戦う理由

「おい舞花、如意棒がどこにいったか知らねえか? 昨日、確かにここに置いてたはずなんだが」



日が差し、小鳥のさえずりが聞こえる朝。



「え。も……もしかして父さん、アレ失くしたんじゃ」



「い、いや違う! 俺は昨日確かにここに……」



そう言いながら、足元へと視線を落とす。悟空の家の、玄関先に置かれていたはずの如意棒が、今朝見てみると跡形もなくなっていたのだ。



「バカな……戸は閉め切ってたし、泥棒が入るわけがねえんだが」



悟空は仕方なしに、頭をうなだれたまま部屋へと戻っていった。



(……………)



舞花は部屋へ戻る子どもを確認した後、家から出た。











「如意棒をなくしたぁっ!? ど、どうすんですか、あれ大事な物なんでしょ!?」



「いや、だからなくなるわけねぇんだ!! 玄関先に置いてはいたが、戸は閉め切ってたんだからよ! 部屋中探しても見つかんなかったから、もしもの可能性も考えてだな……」



「小僧! 貴様、よりにもよって客人の俺達を疑ってかかるとは!! よかろう、こうなれば真剣で白黒」



「いやいやいや、真剣じゃ解決しない問題ですよこれは! 浦島さん、お願いだから構えないでください! お姉ちゃんもなんで構えてんの! 危ないよ、刀なんか持っちゃあ!!」



浦島がついに桃太にまで矛先を向けた時、本部の中に安土が入ってきた。



「安土の、おやっさん……」



「ここにいたんですか、悟空さん。……聞きましたよ、如意棒のこと」



うっ、と悟空が顔をしかめる。それを見て、安土はどこか満足したように頷いた。



「……それでは、祭音の討伐には同伴させることはできませんな。大人しく、ここで待っていてもらいます」




(……!)



悟空が息を呑むのを、桃太は確かに感じ取った。



「……でも、あいつは俺の」



「わかっております。ですが、今のあなたでは戦えない。今までの身体能力は如意棒の力があってこそ。故にあなたは、如意棒を手にしている時だけ本来の力を取り戻していた。しかし、それを放せばあなたはただの子供。あの鬼は通常の鬼より強力だ、あなたを守りつつ鬼と戦うなどという芸当は我々には為し得ません」



「……っ」



悟空は唇を噛むと、それきり押し黙ってしまった。



(…………)



安土は何やら考え込むような顔をして悟空に一礼すると、他の村守達を引き連れて森へと向かっていった。



「……くそっ」



毒づく悟空を、桃太は眉をひそめて見つめていた。












「だぁーもう、なんでったってこの大事になくなっちまうんだよ!!」



昼間だというのに、酒を飲みつつ怒鳴る悟空。あれから三時間は経つが、安土達から連絡は一向になく、悟空のイライラは募るばかりだった。



「……ねえ、桃太。なんでこの……ガキ、はここにいんのよ」



「同感だ。なんでこの……オッサン、はここにいるのだ」



「ガキかオッサンかはっきりしてくださいよ……えと、悟空さん。家には戻らないんですか?」



村守本部。村人と交渉し、食糧を船へと運び込んでもらった桃太達は、いつのまにやら酒びたっていた悟空に荷造りの邪魔をされていた。



「はっ、知るかよ。なくなるわけねえんだ、お前らがとったんだろう」



「きっさまぁ、その酔い一息に断ち切って……!!」



「はい、ストップ浦島さん。……あれ? 何してんのお姉ちゃん」



「……『吐くまで飲ませる』を現実にする奴らがいる」



「こ、怖いこと言わないでよ!! ダメだって! 悟空さん、一気飲みしちゃだめー!!」



悟空は半ベソをかきながら二人を止める桃太にしびれを切らしたように立ち上がり、鼻息も荒く本部を出て行った。



(……冷静になれ。戸を閉め切っていて、物がなくなる? ……やはり、ありえん)



蒸し暑い風にさらされながら、悟空は家へと帰り着いた。本部にいたときよりも幾分冷静になったのか、今は落ち着いている。



(…………?)



家の中には、舞花がいた。



(いや、気になるのはそこじゃねえ。あいつが今、手に……持ってんのは…………!!)



「舞花!!」



突然の怒鳴り声に、舞花は手に持っていた棒を取り落とす。それは、紛れもなく悟空の如意棒だった。



「と……父さん」



「お前……か。お前が隠してたのか」



「…………!!」



舞花は唇を噛んだまま、何も言わない。悟空が近づくたびに後ずさりし、遂にはへたりこんでしまった。



「舞花……お前!!」



「ご、ごめんなさい父さん。でも、悪気はなかったのよ? 私はただ、父さんがそんな体だから……」



「……お前、俺を舐めてんのか!!」



悟空の怒声が辺りに轟く。あまりの声に、数人の村人、はては桃太達まで姿を現した。



「お前だって妙の娘だ、あの鬼が憎くないわけがねえ!! だってのに、危ないから如意棒を隠しただぁ……!?」



(如意棒を……隠した?)



桃太は舞花を見る。誤魔化す気はないのか、彼女は弁解する様子も見せずに俯いている。もちろん、如意棒をしっかりと抱きかかえて。



「……確かに、憎い。でも、どうあったって父さんを行かせることは出来ない!! だって、父さんの今の体は」



「舞花……っ」



「今のあなたは、『おきて』に反しているのですよ」



悟空が彼女に掴みかかろうとした時、玄関口に安土が現れた。



「おやっさん……!」



沸き立つ怒りを隠しきれずに、安土を睨みつける悟空。しかし彼は淡々と、その非力な子どもに現実を突きつける。



「我々村守には、絶対の規律として掲げられている掟があります。よもや忘れたわけではありませんでしょう」



安土の突きつける言葉に、口をつぐむ悟空。依然としてあまり状況を把握できていないかぐやを置いて、赤い額当ての少年は辛うじての抵抗を試みる。



「でも、俺は……」



「でも? まるで年端のいかない子どものような物言いですな、孫さん。あなたはこの村の英雄なのです。それを忘れられては困る」



悟空が憎々しげに、舞花の持つ如意棒を見つめる。一人置いてきぼりを喰らっているかぐやが声を潜め、横で呑気に欠伸をしている浦島へ話しかけた。



(浦島さん。『掟』って何ですか?)



(簡単な話よ。村守になるにはいくつかの条件があるのだ。必ず帯刀していなきゃいかんとか、服は赤の装束だとかだな。そして、その中の一つが――――)



「どのような状況であっても、十四に満たない者は村守とは認められない。当然、幼子同然の今のあなたも然り。重々承知しているはずでしょう、悟空さん」



「っ……!」



悟空は押し黙ったまま、静かに安土を睨み付けている。



(十四歳からしか、村守にはなれない)



そんなこと、当たり前じゃないのか? いや、いくら十四でも、体が弱い人なんかじゃ村守は務まらない。暗黙の了解だと思っていた。こんなこと…………



「……それでは、悟空さん。一時間ほど小休止しましたら、また祭音の探索を始めますので」



安土がきびすを返す。しかし悟空はそれを狙っていたかのように舞花から如意棒をひったくり、安土の横を走り抜けた。



「! 悟空さん!」



「父さん!!」



二人の声など聞こえていないかのように、悟空は森へと駆けだしていった。



「あの人は……!! 皆、悟空さんを捕らえよ! あの人に掟を破られては他の者に示しがつかぬ!」



村守達を引き連れ、安土は慌てて悟空を追った。



「……浦島さん。この掟って、そこまで真剣に守らなきゃいけないものなんですか」



桃太の問いに、浦島は鼻で笑って答える。



「……バカ者が。ルールを守るというのは大人として当然のことであろう。…………と言いたい所だが」



浦島は面倒臭そうにガリガリと頭を掻きむしると、どこか遠くを見るように話しだした。



「今のに始まったことではないが、少々やり過ぎな感はあるな。何をそんなに必死なのか。誰が見ておる訳でもないだろうに」



「ふーん? あれじゃないの、大人のメンツってやつ? ばっかみたい」



髪をいじりながらかぐやが言う。桃太は玄関口から、森へと悟空を追いかける安土を眺める。



(……あんな風には、なりたくないかもしれない)



ただただ、選ばれた人間として、掟、鬼を倒すことだけを考えて日々を過ごす。



すごく正しいけど、なにか間違ってるんじゃないかな。












炎天下の熱風を肌で感じながら、赤い額当てをした少年が駆ける。



(あんたに何が分かるってんだ……おやっさん……!)



彼の脳裏に、彼方の光景が浮かび上がる。



懸命に、如意棒を握る手。



光は失われ、血で汚れ、当時の面影はどこにもない。



絶望を纏い、顔を上げる。



目の前にいたのは。



「覚悟してろよ。祭音……!!」



頭の中の地獄を振り払う。如意棒を握りしめ、敵を呪って、悟空は進んだ。



ただ、復讐のために。



自分の妻と同じ目に、遭わせてやるために。











(……私はただ、父さんにこれ以上ケガして欲しくないだけなのに……)



家の中を掃除しながら、舞花はため息をついた。荒い板張りの床をせっせと雑巾で磨き、囲炉裏の埃をはらいながら、手際よく終わらせていく。



(いくら憎くたって……死んじゃったら、どうしようもないんだよ……?)



それが理由であると同時に、言い訳けでもあった。父親を止めたいという思いと、自分の力の無さを隠すための。ふと自分の手が止まっていることに気付き、ため息をついて掃除を再開する。



(よし、あらかた終わりっと……あ、そうだ。父さんを助けてもらったお礼に、何かあの人達にご馳走しよう。土鍋はどこにやったかな……)



何か鍋物でも作ろうと、土鍋を探して家の裏の倉庫に回る。鍋物といえばかなりの奮発になるのだが、父親の窮地を救ってくれたのだからせめて精一杯のお礼を、と思ったのだ。



埃っぽい扉を開け、土鍋を取り出した時。



「この暑いのに鍋物とは。いくらもてなしの為とはいえ、それはいささか季節はずれすぎるのではないかな?」



人外の者の声が響いた。



「!? ……ぁ」



振り向いた先には、舞花の母の敵――――祭音が立っていた。



「やっと見つけだせたな。しかし、こうしてよく見れば見るほど――――」



祭音は舞花の顔をじろりと見ると、ゆっくりと口端を持ち上げた。舞花は声も出せない様子で固まっている。



「――――似ているものだ。まあ、情報伝達には間違いはつきものだと言うし、こうして目標にも接触できたのだ、よしとしよう。さあ娘。私と一緒に」



真っ赤な手が彼女の腹部にめり込み、舞花は激しく咳き込んで気を失った。土鍋が割れて細く鋭い音をあげる。



「……ふむ。しかし気の引ける仕事だ、いくら実験のためとはいえ、人間の女を連れてこいなどと――――」



舞花を抱えあげた祭音は来た道を戻ろうとして振り返り、足を止めた。




「……さっきの土鍋の割れる音か。いや、失敗だった」



祭音が引き返そうとした道に、桃太達がいた。



「祭音……!!」



「舞花をどうするつもりよ!! まさか織姫みたいに連れ去ろうってんじゃ」



かぐやの言葉が終わらない内に、祭音は踵を返して森へと続く茂みの中へ飛び込んだ。



「待てっ!!」



口に発していた桃太より一息速く、浦島が茂みへと飛び込む。かぐやもそれに倣おうとしたが、桃太に止められた。



「何よ!!」



「お姉ちゃんはダメだ、ここにいて! 大丈夫、舞花さんは僕がなんとかするから」



「な……何言ってんのよ、それじゃ何であんたに付いてきたか分かんないじゃない!!」



(~~~~っ!!)



今は一刻を争う時だ。言葉を選んでいる場合じゃない……!



「お姉ちゃんじゃ戦えない!! 相手は鬼なんだ、そこに素人がいちゃ迷惑なんだよ!!」



「――――!!」



かぐやが絶句する。それを確認する間もなく、桃太は茂みに突っ込んだ。姿を消した桃太を、かぐやは沈痛な面持ちで見つめる。



「……何で、待つことしかできないの……」



悔しげに、呟いた。











(どこに行ったんだ、祭音……!)



時間は待ってくれない。かぐやの相手をしていた桃太は、当然ながらも浦島を見失ってしまっていた。



「無事でいて下さい、浦島さん……!!」



焦燥に刈られながら、桃太は地面を蹴った。











浦島は、一足飛びに祭音に追いつき、その退路を断っていた。



「……体を気遣われよ、ご老人。あなたのその体躯、もはや十数年とは保つまい。もっと、余生を楽しむべきだ」



祭音の言葉に、浦島はニヤリと笑う。



「俺の楽しみは、貴様ら鬼を一匹残らず片付けることのみよ。いくら体が傷つこうともな!!」



浦島の腰には大量の刀が差し込まれていた。五、六を優に超える数に、祭音はたじろぐ。



(あれだけの刀を持ちながら、私に追いついたのか……!!)



浦島が刀を抜く。祭音は逃げるのを諦め、舞花を地面に放ると金棒を引き抜いた。



「……仕方のない。ご老人、貴方にはここで逝ってもらおう。恨みなさるな」



祭音の言葉を、浦島は鼻で笑った。



「それは……こちらの台詞だ!!」



鋼の軌跡がはしる。



風を縫うように迫るそれを、祭音の黒光りする金棒が受ける。火花が散り、二人を照らす。それでも彼らは互いから目を逸らさず、鋼を打ち合っていく。しかし数合としない内に、金棒の重みに耐えかねた浦島の刀が砕けてしまった。



「っ!!」



浦島が顔を歪める好機と見た祭音は、すかさずそこに必殺の一撃を――――



「甘いわっ!!」



一際大きな金属音が鳴り響く。



刀を折られた浦島は、その瞬間に次の刀に手をかけ、抜刀と共に金棒を受け流し、祭音の胸を斬りつけた。必殺の力を込めておのが得物を放つ祭音と、相手に届かせる為自身最速の一撃を放った浦島。どちらが速いかは言うまでもない。



「ぬっ……!!」



とっさのことに対応しきれなかった祭音は、浦島の居合い切りに胸を裂かれた。黒い血が飛散し、鬼の顔を苦悶に歪ませる。折れた二本目を投げ捨て、浦島は三本目の刀を抜きながら祭音との間合いを詰めていた。



「さすがに硬い……が、それも手数さえあればどうとでもなる問題だ。だが貴様、俺達の村に来た鬼共に比べるといささか劣っているようだな。鬼の中にも階級のようなものがあると聞いたが、それは本当なのか?」



浦島の問いに、祭音はためらう様子もなく話し始めた。



「その通り。我らの階級はそのまま『強さ』に直結する序列だ。大半の者が最も低い階級『芥』に属するため、芥以上の者は数えるほどしかいないが」



(芥……口振りからすると、俺達が今まで戦っていた自我のない鬼共か)



刀を構え、ジリジリと距離を詰める。



「ほぉ……? ならば、今貴様の属している階級は何だ? その風体ふうていで芥ということもあるまい?」



「……ああ、芥ではない。芥より上……知能の証である瞳と言語を持つ者を、総じて『幽鬼ゆうき』という。数はごく少数だが、質としては芥をはるかに上回る。それはあなたも身をもって体験したはずだ、ご老人」



(……こいつ……)



「妙な口をたたく。貴様以前から俺達を知っていたとでも――――」



言いかけて、口をつぐむ。その様子を見て、祭音はクックッと笑った。



(なるほど、こいつら……)



こいつらは、最早人間と同じだ。下手をすれば、人間などよりずっと優れた――――



「……なかなかに情報伝達が速いようだな。所詮は鬼とたかをくくってたんだが」



浦島が笑って言う。祭音は眉をひそめ、目を細めて彼を睨みつけた。



「驕り《おご》高ぶるな、人間。我らは貴様らの技術力などとうに超えている。今は貴様らが乗り回しているだろうあの船。あれを見れば技術の違いは一目瞭然というものだろう」



(……そんなこと、分かりきっておるわ)



だが、まだ聞かなくてはならないことがある。



「実験とは何なのだ? どうも若い娘を使った実験の様だが」



実験、と聞いて祭音の表情が変わった。……が、すぐにまたいつもの顔へと戻る。



「……いかにも。女性、それも十代半ばの女が相性がいいようなのだ。ただそれだけの話だ」



言うと、祭音は話を打ち切るように金棒を地面に投げ捨てた。



(……? 金棒を……)



「……降参したつもりか?」



向けた刀を下ろさず、浦島が言う。



「いや。元々、私は素手を得意としている。金棒のような無骨な得物は、趣味ではない」



「なに……」



浦島が言葉を紡ぎきる前に、異様な構えをした祭音が彼に襲いかかった。頭を浦島の腰下にまで沈めた姿勢で繰り出される掌底。軌道を見切れず、浦島は刀のみねでそれを防ぐ。



「!? ごっ……!」



二発目の掌底が、浦島の右腿みぎももに命中する。よろける浦島に合わせるような動きで、祭音は追撃を始めた。骨に金属が叩きつけられるような音が響く。



形容するならば、舞。踊り子の様な軽やかな動きで、祭音は舞うように次々と掌底を打ち込んでいく。浦島が苦し紛れに突き出した刀は、鬼の一撃にすら耐えきれずに鉄片と化した。



「手数があれば……と言ったな、ご老人。しかし現にあなたは私の拳を防げない。何故か? 剣だ。あなたには自身に誇れる剣がない。それが、あなたの敗因だ」



そんな中でも、浦島の目は辛うじて祭音の動きの節々を捉えていた。



(……こやつのこの動き、どこかで見た……こと、が)



しかし、それも限界。あごを打ち抜かれ、ゆっくりとその四肢が傾く。渾身の力を携えた祭音の決着の一撃が、浦島の腹を貫かんと放たれた。










「――――」



金属質の鬼瓦が、更に上の強度を誇る鋼に阻まれた。祭音は大きく距離をあけ、新参した敵を見据える。



「……小僧」



「すみません、遅くなりました」



額に村守の紋章を携えた桃太が、自身の刀、桃太郎を構えて祭音と対峙する。



「……いい剣だ、小僧。しかし、先のご老人と比べて経験面で劣るお前では、私の動きに付いてくることはできまいよ」



呼吸を整え、祭音が独特の姿勢をとる。初めて見るその構えに、桃太も息を呑んだ。



(……小僧)



今にも走り出しそうな桃太に、浦島が何かを耳打ちする。



(……!)



浦島の言葉に大きく頷き、桃太は祭音に向き直った。



「……どうした、小僧。死の恐怖を克服する秘訣でも教授されたのか」



「……行くぞ、祭音」



「…………、っ!」



一呼吸置いて、祭音が進撃する。それを見て、不謹慎にも微笑む桃太。鬼が肉薄する気配を見せてなお、彼は微動だにしなかった。



(勝負を捨てたか……?)



勢いを殺すことなく、祭音は初撃を繰り出した。



……はずだった。



放たれた掌底は、いや



『放たれるはずだった』その掌底は、それよりも早く出された桃太の刀によって、その進路を断たれていた。



(二撃目を…………!?)



左手は既に桃太に掴まれ、押さえ込まれている。



右手が、空を切る感覚。



「な……」



右手を押さえ込んでいた筈の刀はそこになく、刀を押し返さんと力んでいた右手の力だけが空へと霧散する。同時に、左手からも圧力がなくなった。



「!!」



「はあああぁぁぁ!!」



呆然と見上げた先には、刀の切っ先。それが、軌跡となって祭音に襲いかかった。



(バカな――――)



右手は、溜め込んだ力のせいで、動きが遅い。間に合わない。



泳いでいるだけの左手で――――!



「遅い!!」



降り下ろされた刃は、祭音の左肩から腰までを切り裂いた。直後、祭音の左手が突き出される。しかし、ただ突き出されただけ。行き場を失った手は宙をさまよい、地面へと傾く。



「はぁっ……!!」



黒血がしたたる。



倒れかかった体を四肢で支え、吹き出る黒血を見守る鬼は、まだ負けを認めてはいなかった。



「あぁっ!!」



歩み寄る桃太から距離をとり、舞の構えをとる。鮮血の中、初撃を見舞うため突進し、



「無駄だ!!」



峰で受け止められる。先程までの力が入っていないためか、その拳は弾かれ、鬼の体は地面を転がった。



「ぐう……ぬ……!!」



苦悶の表情を浮かべ、桃太を見上げる鬼。



「浦島さんのおかげだ。お前のその技は、初撃さえ封じれば次に繋げない」



地面に爪を食い込ませる祭音。その横には、捨てられた金棒が転がっていた。



「! よせっ」



「ぬおぉぉぉ!!」



右手に金棒が握られる。鬼は立ち上がって腰を落とすと右足を踏ん張り、下から上へとそれを凪いだ。



「バカ!!」



一瞬遅れ、桃太も刀をはしらせる。肩口から切り結ばれた祭音に、本来の力など残っているわけもない。桃太の桃太郎は、祭音が凪ぐより速く、金棒を握る腕を肩まで真っ直ぐに切り裂いた。



「――――」



金棒が、祭音の手から離れる。地につかれた手は、しかし鬼の体重を支えきれずに屈した。鬼の体が力なく横たわる。



「くっ……」



荒い息を整えながら見下ろす桃太。祭音は歯軋りし、振りかざされる刀を見る。



(………………)



桃太も一瞬迷う素振りをみせたものの、すぐに振り払うように頭を振った。



「…………終わりだ」



心残りなど、関係ない。



いくら人語を操り、感情の起伏を示そうとも、相手は鬼なんだ。どこから生まれたかも定かでない、ただ人に不幸を招く存在。



そんなものに、心残りなどあるもんか――――!!



桃太の眉がつり上がると同時に、動かない鬼の頭を目掛けて刀が振り下ろされる。



「――――夜姫よるひめっ」



聞こえた。



「っ――――!!」



頭を狙っていたはずの軌道が急にれ、左肩を切る。鬼は呻きをあげさえしたものの、それは断末魔ではなかった。



「――――!?」



その驚愕は、他でもない祭音と浦島のものだ。



「小僧!! 貴様、自分が何をしたか分かっておるのか!? 早くトドメをさせ!! 殺すんだ、早く!!」



「~~~~っ!!」



桃太は、自身を責めるように、またどこか安堵したように顔を伏せる。やがて桃太は顔を上げると、躊躇ためらいもなく浦島に、



「浦島さん。この鬼、僕はまだ殺しません」



――――と言った。



「な……」



「それでは、代わりに私が殺しましょう」



茂みの奥には、悟空と安土達の姿があった。



「……安土さん」



「あなたには殺せないのでしょう? ならば私がやります」



近づく安土を、桃太は刀で制する。



「……ほう? あなたはこの大勢の前で鬼の肩を持つ、とでも仰るのですかな? それでしたら、私共も然るべき態度を取らせていただきますが」



安土が刀に手をかける。



「そんなに大袈裟おおげさなことを言っているつもりはありません。この鬼は殺します。けれど、何も今すぐでなくともいいはずです。(ロウ)を一部屋貸してください。そこに、縄をかけて閉じ込める」



「何甘いこと言ってやがる!!」



悟空が怒鳴った。自分を捕らえる村守を逃れ、下から桃太の胸ぐらを掴む。



「分かるか、そいつは俺の妙を殺したんだぞ!! こんなクズに同情なんかしてどうするつもりだ!? 目を覚ましやがれ坊主、いくら人の言葉を話そうがこいつは鬼――――」



次々と怒りを吐く悟空を、桃太は手で制する。



「勘違いしないで下さい。言ったはずです、『この鬼は殺す』と。だけど、僕はまだ妖術についてこの鬼に聞いていない。新しい鬼への対抗策にもなるし、何よりあなたを元に戻せるかもしれない」



元に戻れる、と聞いて悟空は押し黙ってしまった。それを確認した後、桃太は安土に目を向ける。



「あなたもいささか勘違いしている。僕はこの鬼からまだ有益な情報が入手できると踏んで生かしただけです。拷問して、吐かないようならそのまま首をはねます」



「…………」



安土はしばらく思案した後、仕方なげに頷いた。



「分かりました。ならば、見張りの村守を二人、拷問役を三人おいて」



「その必要はありません。拷問も見張りも僕が一人でやります。その間、一日たりとも牢を離れません」



村守達の中にどよめきが広がる。安土は深くため息をつくと、桃太に背を向け、村へと歩き出した。



「――――仕方ないですな。命を()してその鬼を捕らえたのだ、生かすも殺すもあなたの自由というのが妥当でしょう。しかし、もし鬼を逃がしてしまうようなことがあれば……その時は、必ず討伐させてもらいます。そして、貴方達にもこの村を出ていただきますよ? 掟です」



安土の背に、桃太は力強く頷いた。浦島を抱え、去っていく村守衆。それを目で追った後、桃太は祭音を見た。



「……何のつもりだ」



祭音の問いに、桃太は少し笑った。



「さっき言ったとおりだよ。行こう、祭音。それだけ怪我してるなら、縄なんていらないだろ?」

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