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誇りをかけた戦い

「桃太ぁー。まだつかない? かぐやお腹空いた」



「もうすぐだよ、多分。だからもうちょっと待とうよ」



「根性が足らんのだ、小娘が。暑い? 腹が空いた? 鍛錬の一環にもならん」



勝手に進む船に身を揺られながら、桃太達は照りつける太陽から隠れてぐったりしていた。海面が澄んだ青に輝き、微風に揺られてたゆたう。



「あつぃ~。桃太ぁ」



「僕も暑いよ。もうすぐだから我慢して」



「脱いじゃっていい? かぐや」



「脱ぎたかったらどうぞ。……僕も少し脱ごうかな」



「……そうだな。ふむ、俺も脱ごう」



「だあぁっ! 浦島さんはダメですよ、それとったらもうマッパじゃないですか!!」



ふんどしに手をかけようとした浦島を、桃太が慌てて止める。その間にも船は進み、行く手に陸地が見え始めた。



「なんだ小僧! 貴様に俺の自由を拘束されるいわれはないわ! よいぞ、かくなる上は真剣で」



「いや、浦島さん! だから……あ! ほら浦島さん、陸! 陸!」



「やった陸だ! 食べ物! 避暑地! 雉奈(きじな)ちゃん!」



「キジナちゃん?」



聞き慣れない名前に桃太が反応する。かぐやは頷くとえへん、と胸をはった。



「そ。何回か村に来たことがあってね、その時に仲良くなったの。すごいのよ雉奈ちゃん、その頃から村守だったんだから。てか、あんたも会ったことなかったっけ?」



「その頃って……今いくつ? 雉奈さんて」



「え? ん~、あの時かぐやと同じ十歳だったから……今十六歳くらいかな」



「同い年!? っていうか、十歳で村守だったの!? そんな、僕でも十四からなのに」



「ほう……十歳からか……」



浦島はニヤリと笑い、刀を鞘におさめたまま素振りを始めた。



「浦島さん。お願いですから村に入ってすぐ騒いだりしないでくださいね?」



桃太は釘を刺したが、浦島は聞こえていないのかにやけながら素振りを続けている。



「……大丈夫かなぁ、ホントに」



船を停め、砂地へと足を踏み入れる。



――――その瞬間。二人の村守は立ち止まり、互いに目を合わせた。



「……わかってるな、小僧。近くにいるぞ」



「はい。この感じ、あの森からでしょうか」



鬼の放つ気配は、どれも殺気じみたものばかりである。しかし、この鬼の気配は桃太達の村を襲撃していた鬼とは全く異なるものだった。



「ちょっと、どうしたの? 何があったのよ」



「気をつけてお姉ちゃん。もしかしたら、鬼王丸みたいなやつが近くにいるかもしれない」



鬼王丸、という言葉を聞いたかぐやは少なからず体をこわばらせた。



「鬼王丸みたいな、ってことは……」



「……よくわからないけど、感じる気配が同じなんだ。普通の鬼から感じるような、理不尽な殺気とは違うから」



「その小娘を離すなよ、小僧。行くぞ」



言うなり、浦島は森へと駆け出していく。桃太は海児から受け取った桃太郎を背負い、かぐやの手を引いて森へと歩を進めた。











木々が鬱蒼うっそうと生い茂り、足を踏み入れる者を拒むように視界を塞ぐ。外ではこれでもかというほど太陽が照りつけているにも関わらず、緑の群れはそれすら通そうとはしない。じめじめとした土を踏みしめながら、草木の閉じ込めた熱を体に浴びて三人は歩いていた。



「なんなのよ……この熱気は」



「…………」



浦島と桃太はあれから一度とも口を動かさない。話さないのでなく、話せないのだ。口を開けば、あの日の夜のことが思い出され、否応なく感じなければならなくなる。二人を追い詰めた、例えようのない地力の差。自分の身を顧みることを失念させるほどの、死の恐怖。それが場を支配しないよう、無言で虚勢を張るより仕方がないのだ。



張り詰めた空気を破り、遠くから木を折るような轟音が響いた。



「!!」



音を聞いた途端、浦島は火がついたように音源へと走っていった。桃太も少々遅れながらかぐやを連れて後を追う。



「桃太……!」



「大丈夫だよ、お姉ちゃん。今度こそは……!!」



かぐやの手を握りしめる桃太。彼女は、彼の手がじっとりしていることにとっくに気が付いていた。











生い茂る背の高い雑草をかき分け、浦島の元へ辿り着く桃太。



「浦島さん、鬼は……」



「後ろだ、小僧!!」



「っ!」



一瞬だった。



桃太は左腕でかぐやを浦島のいる方へ突き飛ばし、そのまま振り返る。自分の背後で凶器が薙がれる気配がしたからだ。



しかし、薙がれたはずの『棒』は桃太の眼前で静止した。



「……?」



「気ィ抜くな、小僧!!」



浦島の言葉に桃太が反応するのと、桃太に突きつけられていた『何か』が伸縮したのは同時だった。その棒状のものは的確に桃太の腹部を捉え、彼を空中へと投げ出す。驚きと苦痛の声をあげる彼をめがけ、飛び出してきた小さな影。誰がどう見ても、十才にも満たない容姿の子どもだった。



「やっと見つけたぜ、『祭音(まつりね)』! って……誰だ、お前ら」



「……おのれ餓鬼! 脅かしおって!!」



浦島がくってかかる。桃太は腹部を押さえながら立ち上がり、金色に縁取られた、大きさの合わない赤い額当てをしている少年に声をかけた。



「君は、ここで何をしていたのかな?」



「うっせ。ガキあやすみてーに言うんじゃねえよ小僧」



「こらこら。君、そんな言葉づかいはダメだよ? 目上の人にはちゃんと敬語で話さなきゃ」



少年は、落ち着き払った態度で自分を(さと)すかぐやを品定めするように眺めた後、



「わりぃなガキ、俺嫁さんにしか興味ねーんだ。俺に惚れちまったのはまあ分からんでもないが、諦めな。体もあれだし」



暴言を吐いた。



「だぁれが貧相な体だコラ!! よーしこっち来なさい、その髪ハゲるまでぶっちめてやるぅぅ!!」



「お姉ちゃん、ダメ! 相手は子供なんだから!!」



怒り狂うかぐやと浦島を後ろから羽交い締めにしていさめる桃太。



「ったく……てめえら、どこのモンだ? ここいらじゃ見ない顔だが――――」



再び響く木の裂ける音。



桃太がかぐやの手を引き、一同は反射的に横っ飛びする。



先程まで桃太達がいた場所には、なぎ倒された大木が横たわっていた。すみかを無くした野鳥達が飛び交い、倒された木の向こうの敵の姿を徐々に明らかにしていく。



「見つけたぜ祭音! 今日こそはケリつけてやる!!」



激昂する少年。対して、藍色の瞳をもつ長髪の鬼は冷めた目で彼を見つめる。



「今日こそは? ……まず二度もやられておいて、どこからそんな言葉がでてくるのか疑問だな。今のお前じでは私に勝てん。そんなもの、先刻承知済みだろう」



そう言って笑うと、鬼は腰から金棒を取り出しそれを地面へ投げ捨てた。



「……何のつもりだ、祭音」



「なに。元々無手が私の流儀だというだけの話だ」



「ああ、そうかよ!!」



少年の持つ棒が伸びる。紙一重でそれをかわした鬼は、その棒を振り回し彼もろとも木に叩きつけた。



「がっ……は……!!」



地面に倒れ伏す少年に、祭音は間髪入れずに詰め寄り、その爪で彼の体を――――



――――拳は桃太に止められ、弾き返された。



「!!」



半ば吹き飛ぶように後退する祭音の背後で、浦島の刀が抜かれる。











とっさに手をかざして軌道をそらしたが、絶好の機会を掴んでいた浦島の斬撃がそれを見逃すはずもなく。祭音は、その横腹を切り裂かれた。



「む……何者だ、貴様等……!!」



横腹を手で押さえつけ、祭音が唸る。易々と祭音に一太刀与えた桃太達を、少年は驚愕の表情で見つめている。



「……お前も、鬼王丸の仲間なのか?」



「……! 頭を知ってるのか」



祭音は少し目を見開いた後、顔を伏せて笑い出した。



「何がおかしい!?」



その仕草が頭にきたのか、浦島が怒鳴る。祭音は笑いながらもジリジリと後退していき、やがて後ろを向いて走り出した。



「っ!! 待ちやがれ!」



慌てて少年が後を追おうとしたが、体勢を崩して地面に倒れ込んだ。鬼が遠ざかり、茂みの中へと姿を消すのを確認すると、桃太は倒れている少年に声をかけた。



「君、大丈夫?」



「うるせぇな……問題ねぇ……!!」



少年は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、そのまま気を失った。



「えっ……? ちょ、ちょっと君!! しっかりしてよ、ねえ」



「落ち着きなさい桃太!!」



「黙らんか餓鬼共! 誰か来ておるぞ」



浦島に言われて、桃太とかぐやも四、五人の村守を確認した。











茶栄(さえ)の村は、桃太達がこれまでに感じたことのないほどに栄えた村だった。



ただ、それは桃太達の様な小さな村の出だからこそ感じたこと。今の茶栄の村は、これまでにないほど衰弱しきっていた。



「なんなのだこれは。茶栄と言えば、この辺りじゃ有数の農村であろう? もう少し活気溢れる所だと聞いておったが」



言いながら、浦島は周りを見回す。



何となく影が射している村人達の顔。



晴天であるにも関わらず、輝いて見えない村の風景。



村全体を取り巻く負の空気。



「あの鬼のせいですよ」



年老いた村守が言う。桃太はちら、と背中の少年を見て、村守に目を戻した。



「鬼……祭音は、他にも仲間を連れてるんですか?」



桃太の質問に、村守はかぶりを振る。



「いえ。他に連れてるのは見たことがないですな。まあ、だからこそ恐ろしいのですが」



「だからこそ? それは……」



「おかしいと思いませんか。鬼が出るなんてどこの村でもあるようなことです。しかも相手は一人。それなのに、茶栄はこんなにも弱っている。まあ、私達が不甲斐ないと言われればそれまでなのですが」



村守の言葉に、かぐやが首をかしげる。



「ねぇ、おじさま。確かここに、『雉奈』って子がいたと思うんですけど」



「キジナ……? さあ、分からんね。誰か、この村にいた人の名前かい?」



「あ、いえ……分からないなら、結構です。すみません、お手数おかけして。もう十年程も前のことですので」



かぐやはそれきり黙ってしまった。沈黙に耐えきれず、桃太が口を開く。



「……それで、ええと。あなたは……」



「ああ、挨拶が遅れたましたな。私はこの村の村守頭首、安土娘太郎(あずちじょうたろう)。とにかく、孫さんを助けてくれてありがとうございます」



そう言って、安土は桃太の肩にもたれかかる少年を見た。聞き違いか、と桃太が聞き返す。



「……ソン『さん』?」



安土は少し驚いたような顔をしたが、仕方がない、という風に肩をすくめた。



「あの、安土さん。どういう……」



「……詳しくは中で。それが、あの鬼が普通の鬼とは違ってやっかいな理由にも繋がりましょう」



村守の本部だという建物に案内され、中へ入る。石畳の玄関をあがると、正面には囲炉裏(いろり)が据えられていた。左右に延びる廊下には仕切のためのすだれが下りていて、中が見えない作りになっている。



「ささ、孫さんを。まだこの体になって数日と経たない。相当無理をなさっていたんでしょう。皆様はここでしばらくおくつろぎになって下さい、じきに戻ります」



安土は桃太の背中の少年を抱きかかえると、簾の向こうへ消えていった。座布団に座り込み、火のない囲炉裏を囲む。



「……どんな人なんだろうね、孫さんって」



「どんな人って、ただのガキじゃん。村守の頭領の子とかじゃないの?」



「……にしては、えらく教養のないガキではあったがな。成金の息子というのは皆あんなドラ息子だと相場は決まっておるが」



「そうですか? 僕には何だか尊敬されてるような感じがしたんですけど」



「ええ、この村の者は皆、父を尊敬しています」



三人が話していると、安土が消えた反対側の廊下からお茶を盆に乗せた少女が現れた。質素な着物を着込み、整った顔立ちをした、かぐやや桃太と同い年かと思われる少女だ。



「え……えっと、あなたは」



「はい。孫舞花(そんまいか)でございます。先程は父を助けていただいたようで、本当にありがとうございました」



三人の頭に、同様の違和感がよぎった。



「ち……」



「父……親……?」



三人の顔を見て、舞花は苦笑いすると、



「……はい。お話しいたします」



舞花はお茶を三人の目の前に置くと、座布団に座って居住まいを正した。



「まず、私の父、孫悟空(そんごくう)について話そうと思います。父はいまこそあのような姿ですが、本当はもうすぐ四十路(よそじ)を迎えようという年齢なんです」



「よ、四十……!? え、だってその、ふぇ!?」



「お姉ちゃん、落ち着こうよとりあえず。ほら、お茶」



お茶をすすり気を落ち着かせるかぐやをおいて、今度は桃太が口を開く。



「……なぜ、今のような姿に? 見た感じまだ十にも満たないというようでしたが」



「はい。今の年齢は恐らくその位でしょう。子どもの姿になっているのは、最近この近辺で騒ぎを起こしている祭音という鬼によってかけられた呪いのせいです」



「祭音……安土さんにも確認しましたが、本当に敵はそいつだけなんですか? これだけの村を襲うんだ、いくら鬼でも一人じゃ無理じゃないかと思うんですが」



悟空の件にも釈然としない気持ちを拭えない桃太だったが、彼がそれ以上聞くことはなかった。早く祭音のことを聞きたいこともあったが、何より舞花自身、父の身に何が起こっているか完全に把握しているわけではなさそうだったからだ。



「……それが、あの鬼の特異な点です。あれは何故か、他の鬼が持たない瞳を持ち、人語を語るのです」



「そんなことは群れる群れないに関係ない。もっと他にないのか?」



浦島がしびれを切らしたように言う。舞花は、この話を聞いて動揺の一つも示さない三人に驚いた。



「あの……驚かれないので?」



「いや、その……あの手の鬼を見るのは初めてではないですから。元々、僕らがここに来たのもその人語を話す鬼が原因なんです」



「まあ……それでは、あのような鬼が現れるのはこの辺りだけではないのですか?」



舞花が驚く。横からお茶のおかわりを要求してくるかぐやを押しのけて、桃太が更に続けた。



「はい。でも、僕達の村へやってきた人語を話す鬼でも二体いました。一度しか見ていませんから、必ず群れを成すかと言われればそうとは言い切れませんが……」



「……ふむ。それではあなた方。その鬼らが、妖術の類のものを使っていた覚えはありませんかな?」



簾を上げ、安土が出てきた。と同時に、舞花が桃太を恨めしそうに見つめていたかぐやの湯のみを盆に乗せ、簾の奥に消えていった。



「……妖術、ですか。僕らの所では、そのようなものを使っていたという記憶はありませんが」



桃太は浦島を見たが、彼も髭をいじりながら顔をしかめるだけだった。



「……そうですか。いや、気になさらずに。我らとて、他の村にも現れているのは知らなかったのですから」



安土が座布団を出してきて座ると、新たに二つの湯のみを盆に乗せた舞花が帰ってきた。



「安土さん。妖術のこと……詳しく聞かせてください」



詳しく、と言われて、安土はあからさまに困ったような顔をした。



「……誠に申し訳ない。我らはその妖術を実際に見た訳ではないのです。我らが妖術について分かっていることといえば、それは――――」



そう言って、安土は悟空の眠る部屋に目を向けた。



「彼が鬼の妖術でああなった、というのは間違いないですか?」



桃太の問いに、舞花、安土が頷く。



「父に直接聞きましたので、そこに間違いはありません」



「そうですか。それじゃあ悟空さんの代わりに、僕達があの鬼を倒します。妖術についても色々と聞いてみたいですし」



「えっ!? い、いえ、そんなことは……」



「そうだ、あなたがたはまがいなりにも客人なんだ。そんなことはさせられません」



舞花と安土が慌てて引き止めるが、桃太達は意気揚々と立ち上がった。



「いえ。こういう時のために僕らは村を出てきたんですから。あなた方は、悟空さんを看てあげていて下さい」



桃太が立ち上がる。浦島は既に外へ出て、真っ直ぐ船へと向かっていた。



「浦島さーん! 森はこっちですよー?」



後ろから呼びかけるかぐやに、浦島は刀を持ち上げて答える。先程祭音を切り裂いた浦島の刀は、刃先が折れてなくなっていた。











「しかし、こう戦う度に折れていてはいくらあっても足りやせん。普通の鬼を相手にするぶんには問題なかろうが、敵は普通ではないし……」



夜。



村守の本部をそのまま貸し与えられた桃太達は、明くる日の祭音との戦いに備えて休んでいた。



「浦島さーん、まだ刀とにらめっこしてんですか? もう夜も遅いですよ」



「うるさいわ、小娘が。小僧はどこに行ったのだ? 鬼探しから戻った後、暮れ時に出ていったきりだが」



「え、嘘!」



かぐやは裏返った声を出すと、羽織りを一枚着て慌てて外に飛び出していった。



「――――今から行きおったのか。もう夜も遅いというのに」



数十に及ぶ刀を壁に立てかけ、浦島は床についた。











村守の本部からすこし離れた、見渡す限りの野菜畑に桃太はいた。



「……なにやってんのよ、あんたは」



何のことはなく、ただ村で収穫された野菜を運んでいるだけだった。



「あ、お姉ちゃん。ごめんね、もうすぐ終わるから先に寝ててよ」



「…………」



かぐやは辺りを見回したが、辺りに桃太以外の人影は見当たらない。それも気にせずせっせと籠に入れた野菜を運ぶ彼を、彼女は心底呆れた顔で見上げる。



「あんた……まさか一人で全部引き受けたってんじゃないでしょうね?」



「いや、みんな一緒にいたよ? けどもう日も暮れたし、皆さん鬼のことでお疲れっぽかったから……」



かぐやは軽くため息をつくと、桃太の前の荷台にある野菜をわらで編まれたかごに入れ、桃太の横についた。



「お姉ちゃん?」



「かぐやもやるから、さっさと終わらせるわよ。自分の村でもないのに、なんでここまでお人好しなんだか」



(……そういいながら手伝ってくれるお姉ちゃんも、なんだかんだでお人好しなんだよね)



桃太は一人笑うと、かぐやを連れて野菜の保管してある倉庫へと向かった。










「これで……全部?」



うん、と頷きながら桃太は高床倉庫の戸を閉めた。



「そっか。……ん、それじゃ帰ろ。かぐや眠いし」



「そうだね。明日も早いから、しっかり休んどかないと。わざわざありがとう、お姉ちゃん」



「いーってことよ。ぅあ~、なんか終わったら急に眠気が……」



大あくびをしながら目をこするかぐやの手を引き、桃太は倉庫に背をむける。



目の前に、あの少年が立っていた。



「あっ……悟空、さん」



「……なんだ、客人か。こんな時間まで頼まれ事やってたのか?」



その容姿にそぐわない口調で話す悟空。体調がすぐれないのを安土に聞いて知っていた桃太にしてみれば、こんな夜中に怪我人が出歩くのを見て放ってはおけなかった。



「悟空さんこそ、ケガしてるんですよね? 明日は頼りにしてるんですから、今日はもう休んだ方が……」



「俺のことの前に、その後ろの嬢ちゃん寝かしてやりな。見てみろ」



「え」



後ろを見ると、かぐやは桃太に寄りかかる様にして立ったまま眠りこけていた。











村の中央にある、市場。



朝方は賑わうその場所も、今は朝日が登るのをひっそりと待ち続けている。悟空の先導で、桃太は市場の中へと誘われていた。



(……朝の市の、仕込みか何かかな)



桃太は真意が掴めずにいた。こんな夜更けに、こんな人気のない所へ連れてくる、彼の真意が。



「……そういや、まだ名前聞いてなかったな。なんてんだ」



「あ、えと……七節桃太です。よろしくお願いします」



「ああ。よろしくな」



幼いが貫禄のある顔で悟空は笑った。心なしか、悟空の周りは光を(まと)っているように明るい。



(――――いや)



違う。



本当に、光っているのだ。



「あの……悟空さん、その棒」



「ん? ああ、これか」



悟空は慣れた手つきで、自分の背丈の以上の長さがあろうかという棒を取り出した。桃太はそれを見つめる。硝子ガラスで出来ていて透き通る棒の胴は、夜空の星をそのまま持ってきたように輝いていた。無数の光の粒が中で乱反射し、更にその数を増やしていく。



「……綺麗、ですね」



「そうか。……これな、俺の女房のなんだ」



「女房……奥さんの」



「ああ。ひょんなきっかけで一緒になってな、その時からあいつが持ってた。相当大事なモンだったんだろうな、俺だって触らせてもらえなかったしよ」



ガハハ、と悟空が笑う。



(……この先は、聞いてはいけないこと)



分かっていた。この先、どんなことが話されるのか。だから聞いてはいけない。分かっていたのに――――



「――――奥さん、どうされたんですか」



光が霧散するように数を減らす。悟空は顔を上げず、目だけで桃太を見据えた。



「……すみません、無粋なことを」



「……いや、気にすんな。俺も、そのことを話すためにお前を呼んだんだからな」



「え?」



桃太が戸惑っていると、彼に向かい合うようにして悟空が立った。



「――――あの鬼。祭音には、手を出さないでくれ」



素直には頷けない願いに、桃太が眉をひそめる。



「……理由を。理由を聞かせてください」



市場は依然として静寂に包まれ、しんとしている。星の見えない空を仰いで、悟空は棒をかざした。



「ああ、言われなくても話す。俺の女房は、(たえ)は……祭音に殺されたんだ」



「――――!」



十歳の少年とは思えない表情。



沸き立つ激情を瞳の奥にしまい込み、悟空は手元の光を見つめる。



「こいつは『如意棒(にょいぼう)』って言ってな、中に『チカラ』がため込まれてる。つっても妙が勝手にため込んでたやつだから、出所もため方も俺は分からないけどな。多分この光がそうなんだろ」



言って、悟空は光の粒を指す。淡いながらも華やかに光る白い粒を、桃太は穴のあくほどに眺める。



(……きっと、妙さんだからこそ集められた光なんだろうな)



一体どんな人だったのだろうかと、桃太は舞花がそのまま大きくなった姿を思い浮かべた。



「まあ、なんにせよ」



悟空が市場の出口に体を翻す。



「これで分かっただろ? 俺は俺だけの力で祭音を倒したい。だから、手出しはしないでくれ」



(……すごいな、悟空さんは。これだけしっかり覚悟を話せるんだから。そんな人の戦いを、邪魔しちゃいけないんじゃないか)



「…………、はい」



「ん……悪いな。だがお前達だって、鬼を倒すためにわざわざ寄った、ってわけでもないんだろ? こっちの心配なんていらないから、お前達はお前達の目的を果たせばいい」



満足したように市場を出る悟空。桃太もそれに続く。



僕達の目的は、食料を――――



妖術だ。



「悟空さん。一つ聞いておきたいことがあります」



「ん? なんだ」



「妖術のことです。舞花さん、安土さんからも聞きました」



桃太の言葉を聞いて、悟空は自嘲気味に笑い、自分の体に視線を落とした。



「……あぁ、それか。それはあいつらが言った通りだ。俺は二度目にあいつと戦った時、術をかけられた。安土のおやっさん達に介抱されてるのに気付いた時には、俺はもうこの体だったんだ。体の力はガキだし、今でも慣れないが、それでも本調子に戻ってきてる」



(……?)



「あの、もし覚えていたらでいいんですが……その妖術は、確かに祭音にかけられたものなんですか?」



ん? と悟空が答える。



「……あー、いや。でも間違いねぇだろ」



「どうなんですか。大切なことです、はっきりしてください」



「いや、確かに祭音だぞ。そりゃあ気絶させられたが、俺と対峙してたのはあいつだけだったしな。他に誰が俺に妖術をかけられるかってんだ」



「気絶……それじゃあ、自分が妖術をかけられる瞬間を見てはいないんですね?」



「あ、ああ、そうだけど……ってかそんな近寄るな、近いっての。鼻息かかるっての!」



凄い気迫で迫る桃太を押しのけ、再び悟空は歩き出した。



(…………)



村守本部に戻るまで、桃太は押し黙ったままだった。











「いや、まだだ。まあ、明日には仕上げにかかるが」



祭音は、雲間にかすかに光をたたえる月に向けて語りかけていた。



「しかし、なぜ女ばかりなんだ?」



「――――なんだそれは。いくらなんでもそれは女遊びが過ぎるのでは? ……いえ、分かっておりますとも」



「それではな。明日には必ず」



一人芝居を終えた鬼は、ふっとため息をついた。

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