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桃太郎

村守本部横の、救護詰所。意識を失った桃太達は、あれから三日間目を覚まさないままだった。



「――――う、ん……」



意識を取り戻した桃太が体を起こす。傷付いた体は、あちこち包帯で巻かれていた。



「僕、は……」



体を動かすと鋭い痛みが走る。戦闘中には痺れていた痛みが、落ち着いたことで鮮明になってきているのだ。



「目覚めたか、小僧」



桃太が目を向けた先に、右目を失った浦島が横たわっていた。右目には眼帯、右手には包帯がそれぞれ巻かれている。



「具合、どうだ」



「……もう、大丈夫です。浦島さんは、右目」



浦島は少し口端を持ち上げて、窓の外を見た。



「同情などしてくれるなよ。今更片目がどうなろうと大したことではないし、七節の者にそんなことをされるのは耐えられん」



開け放たれた窓から、小鳥のさえずりが聞こえてくる。差し込む光を浴びながらじっとしていると、鬼の現れたあの日が嘘のようだった。



「……負けたんですよね、僕達」



肩を落とす桃太だったが、浦島は至って平静にそれを受け流す。



「……今更悔やんでどうなる。敗北の経験など、早く忘れてしまえ」



「…………そうですね」



「そうだ。何があったか知らんが、俺達は生きてる。それでとりあえずは十分だ」



再び布団に身を任せ、桃太は目を閉じた。体が覚えている痛みと恐怖。目に焼き付く、鬼王丸の狂気に満ちた顔。それが、桃太の頭からあの二人の存在を消させようとはしなかった。










「桃太っ」



病室に来るなり、かぐやは布団にとびついた。



「どうなの、大丈夫なの!? ああどうしよう、桃太…………」



「…………死にたいのか? 小娘が!!」



「すみませんっしたぁぁぁ!!」



かぐやは浦島からあわてて飛びのいたので、一緒に見舞いに来た早乃にぶつかってしまった。彼女は後ろからかぐやの顔面に拳骨を喰らわせ、ゆったりとした足取りで桃太に近づく。



「……やっぱりまだ痛むかい」



「うん。でも大丈夫だよ。わざわざありがとう、おかあさん」



床でうずくまっているかぐやを尻目に、早乃は先程の大声のせいか痛そうに傷口をさする浦島を見た。



「……あんたも。死ななくてよかったね、そんな体で……」



「ふん。貴様ら七節の最期を見届けん限りは死ねんわ! うぐっ、むぅ……」



「頭に血をあげすぎだよ浦島。そんなに怒鳴ったら傷口が開いちまうよ」



「くそっ……こんな傷で……」



「これからは、年相応に動くことだね」



浦島がまた何か言いかけたが、いつの間にか復活していたかぐやがそれを制した。



「でも、浦島さんがいたからかぐや、父さん達を呼びに行けたのよ? そんな言い方は止めてよ」



「そりゃあ初耳だ。でも、アタシは浦島をバカにしてるわけじゃない。これ以上人死にを見たくないだけさ」



早乃が窓の外をみて呟く。爽やかに晴れ渡っている空をしばらく見上げ、桃太は早乃に視線を戻した。



「おかあさん。あいつらについて何か分かったこと、ある?」



三人の目が、早乃に集まる。早乃はキセルを取り出し、火は着けずにクルクルまわしながら話し始めた。



「まず言っとこうか。あんな風に人語を話したり、空間を裂いて移動したり、桃太や浦島をザコ呼ばわりするような鬼は、今回が世界初だろうさ」



「それじゃあ、情報は……」



早乃は首を横に振る。かぐやが顔を伏せ、悔しそうに顔を歪ませた。



「辛うじて分かってる事と言えば、人語を話す鬼は瞳があって、何体いるにしてもずば抜けて力のある連中だってことぐらいかね。後は……」



早乃はキセルを回すのを止め、浦島と桃太を見る。



「実際に戦ったあんた達しか分からない、って訳さ。どうだった、桃太」



早乃の言葉に、桃太はうなずいて目を閉じた。あの日の光景が目蓋(まぶた)の上に浮かぶ。



「まず、あいつらはとんでもなく硬い。あの皮膚の硬さは、ほかの鬼共の比ではないな」



桃太より先に、浦島が口を開いていた。桃太が続く。



「それと、鬼王丸のやつは『ここに放った芥共が帰ってこない』って言ってた。もしかしたら、鬼の中に階級みたいなのがあるのかもしれない」



「……階級、ね」



かぐやが相づちをうつ。



「そんなとこかい?」



早乃がせかす。無理もない。鬼が去ってからもう三日。今このときも、鬼にどこかの村が襲われているかもしれないのだ。



「いや、待て。そういえば奴ら、『人間を使う』とかなんとか言っておったぞ」



浦島の言葉に、三人が顔をあげる。いち早く口を開いたのはかぐやだった。



「それ、詳しく教えて!!」



「戦ってるとき、奴に聞いたのだ。『何故人間をさらう』とな。すると奴め、『使う為』とはっきりぬかしおった。安心せい小娘、間違いなく織姫は生きておるだろうよ。何に使われているかはともかく、な」



「まだ生きてるのね……よし」



曖昧な希望が確信に変わり、かぐやが自然と顔をほころばせる。



「後は? 桃太、まだ何かあるかい?」



桃太は何か一つ、と必死に記憶をさかのぼっていく。



(最初は……お姉ちゃんと……)



「そうだ!! おかあさん、船だよ!!」



「船……? 船がなんだい」



「あいつらが乗ってきてた船があるんだよ、海岸に!! 何か手がかりがあるかもしれない!!」



「なんだって!?」



「ホントか小僧!!」



言うなり早乃は駆けていった。かぐやもその後を追う。乗じて浦島も立ち上がろうとしたが、やはり傷が大きく痛むのか布団に座り込んだ。もちろん、それは桃太も同じ。



「……くそっ。こんな時に何をやっておるのだ、俺は!!」



浦島が布団にあたる。桃太は誰もいないのを確認して、彼に向き直った。



「浦島さん」



桃太は睨み返してくる浦島を見据え、一度深呼吸をしてから目を閉じた。



「……頼みがあるんです」



鬼を止め、各地の襲撃を防ぎ、なおかつこれ以上強くなるため。



桃太には、この方法しか思いつかなかった。










砂利だらけの、およそ普通の海岸とはかけ離れたそこに、船は乗り捨てられていた。



「……どうだい、アンタ。中は」



半ば呆然としながら船内から出てきた海児に、早乃が声をかける。



「……なんなんだ、ありゃあ? 見たこともねぇモノばっかだ」



「……モノ?」



要領を得ない海児に疑問を感じ、早乃は船内へ足を踏み入れた。



「なんだい、こりゃ……!?」



船内にはかじの他に、見たこともないような鉄の『モノ』が所狭しと並んでいた。まだ機能しているようで、様々な色の明かりが次々と灯っては消えていく。



「これが鬼共の文化だとでも言うのかい……!?」



船を出てくるまでには、早乃も海児と似たような顔付きになっていた。駆けつけたかぐやが詰め寄る。



「中はどう? 危なくなかった?」



「……アタシにはなんとも言えないね。一体何なんだい、あれは」



「……?」



要領を得ない早乃に痺れを切らし、かぐやは船内へと入っていった。











桃太達が救護詰所の村守に連れてきてもらう頃には、海児も、早乃も、かぐやも、他の村守も同じような顔になっていた。



「……貴様ら、どうした? 顔を洗濯板みたいにしおって」



「入れば、分かる。入れば……」



海児がげっそりした顔で言う。浦島はそれを鼻で笑い、海児の肩をバシバシ叩いた。



「はっ、情けない男よ! これで村守頭首とはな! 中に何があったか知らんが……」



そう言いながら、浦島はずかずかと船内へ入っていった。桃太もあとに続く。



「……………………」



「浦島さん?」



「俺は……やるのか……」



――――ダメだ。顔が洗濯板みたくなってる。



力なく座り込む浦島を外に運び、改めて桃太は船内を見回した。ありとあらゆる鉄の物体が並び、ありとあらゆる色を生み出している。



(……ずっと見てたら気が変になりそうだ)



ブンブンと頭を振り、頭で固まっていた熱を冷ます。人語を話していただけあってか、船内に記される文字は桃太にも理解できた。緑色の画面に浮き出ている地図らしきものの目印を見る。慣れない手つきで操作し照準を合わせると、地図に記された地点の名前が表示された。



「……『鬼ヶ島』……」











日が暮れ、ようやく洗濯板顔の人がいなくなり始めた頃。



桃太は海児の部屋へ立ち寄り、決意を伝えることを決めた。



「……おとうさん、話があるんだ」



「お、なんだ恋バナか? 早乃との出会いを語れってか? あいつと出会ったのはな、俺がいつもより遠くの山に」



「それは……また今度聞かせてよ。今から話すのは、もっと真剣な話」



桃太の表情を見て、海児は座布団を二つ取り出し座り込んだ。



「……ダメだぞ。何があっても、そんなこた俺は許さねえ」



「え? 僕まだ何も」



「言いたいことは大体分かる。だが、それだけはやっちゃならねぇ」



ひどく真剣な顔をしている海児を見て、恐らく僕が一人で行くと思っているのだろう、と桃太は思った。



(伝えなきゃ。そのことも含めて、おとうさんに――――)



「よりにもよって自分の姉と婚約したいとは」



「おとうさんには分かってたんだね。でも大丈夫、僕は…………え?」



「絶対ダメだ!! かっ、かぐやを嫁になんて考えられん!! ああそうとも、どこへもやるものか!!」



「……おとうさん、落ち着い……」



「きょ、姉弟で結婚なんて……そうだ! 結納を邪魔しさえすれば……」



「いっぺん頭冷やしてきな痴呆男!!」



現れた早乃が海児の尻を思い切り蹴飛ばし、海児は障子を突き破って池に落ちていった。



「ったく……」



キセルに火を着け、早乃が海児のいた場所へ腰を下ろす。



「さっきの話、聞いてたよ。一体何をしようってんだ、そんな体で」



「あ。えーと、うん。……言うなら早めがいいかな、と思って。準備とか、あるし」



風の向きに合わせるようにして虫の鳴き声が響く。反対されるのが分かっていた桃太は十分に間をおいた後、口を開いた。



「僕……あの船で鬼を追おうと思うんだ」



早乃の手からキセルが落ちた。



「……正気の沙汰じゃあないね。お前はこの前、ボロボロにやられたばかりじゃないか。どこからそんな考えが出てくるんだい」



早乃が、かぐやを突き飛ばしたあの時の気迫で迫る。しかし桃太は動じず、早乃の目をしかと見据えた。



「分からない。でも、このままここにいても何も変わらないと思うんだ。相手が村を滅ぼすって言ってきたんだ、だったらここで待つよりこっちから行った方が」



「半端な気持ちで言うんじゃないよ!!」



早乃が怒鳴った。落ちたキセルの火が消え、風が強く吹きつけた。



「半端なんかじゃない!!」



桃太も負けじと怒鳴る。



「行かせないよ。あれだけ力の差があるんだ、死にに行くようなもんじゃないか」



「それは分かってる! だから、ケガが治ったら今よりもずっと修練して」



「口ではなんとでも言えるんだよ!! あんたは今までもこの村で立派に村守として戦って、鬼を倒してたじゃないか。それだけにあきたらず、わざわざ命を捨てに行ってまで鬼と戦いたいってのかい!!」



「僕は戦うために行くんじゃない!! 確かに今までは、ここで村守をやってるだけで僕は満足だったよ。村の外の人まで助けるなんて縁のない話だったし、具体的にどんな状況なのかを知ることもできなかったからね。でも今は違う。鬼が他の村を襲うと分かってて、このままのうのうと村にいるなんて僕にはできない!!」



「身の程を知るんだね! どんなにフカした所で、所詮あんたはちっぽけな人間なんだ! そんな風に粋がって、世界中の人を助けたりでもするつもりかい!!」



「世界中の人だなんて言わないっ! それでも僕は行きたいんだ、少しでも多くの人を守りたいんだよ!!」



ここまで譲らない桃太を初めて見たのか、早乃は言葉に詰まった。



「……それが傲慢ごうまんだってのさ!! 人をそんなに簡単に救えると思うんじゃないっ!!」



「だから考えたよ!! でも、ただ他の村で村人達を助けるだけじゃダメなんだ。それじゃ、いつまでたっても鬼に怯えながら暮らしていかなきゃいけない。だからこそ僕は沢山の人を救うために、その恐怖の根底にある『鬼』を叩かなきゃいけないって思うんだよ!!」



一時の静寂が、二人を包む。早乃はキセルを拾い上げると、再び火を着け、荒い呼吸を整える。



「……帰ってこれる保証は?」



「それは……分からないけど……」



「色々言ったけどね、結局アタシは…………心配なのさ、あんたが」



キセルから、かすかな煙が上がる。早乃は顔を伏せ、柱にもたれかかった。



「おかあさん……大丈夫だよ。きっと帰ってくるから。約束する」



そう言って、桃太は海児の部屋を出た。早乃はキセルをふかし、破れた障子から外へ語りかける。



「……アンタにしちゃ珍しいね。話に割り込んできやしないかとヒヤヒヤしたよ」



池から上がり障子の下であぐらをかいて座っていた海児は、鼻をすすりながら早乃の声に答える。



「いや、久々にお前の怒鳴る姿が見れたもんでな。こりゃもらいもんと思って聞いてたんだが……あのハナタレ小僧、いっちょまえに言うようになったもんだ」



「何も言ってこなかったってことは……アンタ、賛成なのかい?」



「そうさな……夜中辺り、またあいつの部屋にでも行って話すさ。それまでに俺も考える」



海児が言う。隣の部屋で耳をそばだてていたかぐやは、気持ちの整理がつかないまま部屋へ戻っていった。











桃太は部屋で、海児をどう説得するか考え込んでいた。



「おかあさんが話してくれればそれが一番楽なんだけど……自分で決めたことだし、そういうわけにもいかないよな」



ケガさえ治れば出発しようと思っている桃太にとって、海児の説得に時間をかけている暇などなかった。鬼王丸の乗ってきた船を扱えるようにならなければならなかったし、鬼ヶ島までどの位かかるかも分からないので、食糧をどう調達するかも問題だ。解決するべき問題は山とある。



「あっ……ていうか、おとうさん池に落ちっぱなしだよ……助けなくていいのかな……」



そんなことを考えながら布団にうずまっていると、外から戸を叩く音が聞こえた。



「桃太? ……入るよ」



やってきたのはかぐやだった。



「お姉ちゃん。どうしたの、こんな時間に」



布団から顔を上げる桃太に、かぐやは俯きがちに言う。



「……今日、ここで一緒に寝るから。いいよね?」



「――――え?」



桃太にしてみれば拍子抜けだった。いつも事を強引に決めようとしてくる彼女が、請うような視線を投げかけてきたのだから。



「いいけど……布団は一人用だよ? すこし狭くなっちゃうけど」



「いいの。そのくらい近い方が話しやすいから」



「え?」



「ほら、いいからちょっと場所空けて」



桃太が少し横にずれると、かぐやはそそくさとそこへもぐり込んだ。桃太とかぐやの身長差のせいで、彼が布団を被ると彼女の頭しか見えなくなってしまう。



「……眠れる?」



「眠れないと思うならもっと下げてよ……!」



半ば強引に布団を下げたかぐやは、それをそのまま自分の肩辺りにまで移動させた。桃太は仕方なくそのままかぐやに背を向けようとする。



「ダメ。こっちむいてなさい」



左手で腰を掴まれ、かぐやの方へ向かされる。彼女はそのまま頭を桃太の胸に預けた。



「……?」



「……さっきの母さんとの話、聞いてたよ」



桃太の体が固まる。かぐやは彼の胸を指でなぞるように触り、頭を押し付ける。



「……いくつもりなの」



「……うん」



「行かせないわよ」



「そういうわけにはいかないよ」



「だったら、かぐやも……」



「危険な旅なんだ。お姉ちゃんを連れては行けない」



かぐやが黙り込む。



「……なんで勝手に決めてんのよ」



「なんで……って。全部自分で考えてのことだから。他の人に迷惑はかけられないでしょ?」



そう、迷惑をかけるわけにはいかない。誰が何と言おうと、これは自分の決めたことだ。



「大丈夫。きっと戻ってくる。だから、それまでここで安全に……」



「何にも知らないくせに!!」



頭を胸に押さえつけて、かぐやは叫んだ。



「おっ……お姉ちゃ」



「あんたには分かんないのよ!! 友達や家族が戦いに出て、それを待ってる間がどれだけ怖いのか……辛いのか!!」



かぐやは泣いていた。姉の涙を初めて見た桃太は、慌てて彼女をなだめる。



「お姉ちゃん、落ち着いて」



両手でしっかりと桃太を抱き締めるかぐや。涙を抑えることも、顔を隠すこともしない。



「……消えないって言ったじゃない……!!」



「!」



『それが傲慢だってのさ!! 人をそんなに簡単に救えると思うんじゃないっ!!』



桃太の胸を、早乃の言葉がよぎる。



静かに涙を流すかぐやを、桃太はそばで見守ることしかできなかった。



(……沢山の人を助けるなんて、出来るわけない。おかあさんの言うとおり、僕はちっぽけな人間だ。その証拠に、たったひとりの姉さえ助けてやれないじゃないか。こんなに、近くにいる大切な人でさえ……!)



鬼を倒しに行くこと。全ての責任は自分にある。それなら、他の誰が危害を被る訳でもないから大丈夫だ、と彼は思っていた。



……自分が行けば、その間中、大切な人たちを不安にさせてしまう。



……自分が行かなければ、何も知らない村の人々が殺されてしまう。



一体どうすれば、皆を、全てを救えるのか。桃太には、もう分からなくなっていた。



「……お姉ちゃん、とりあえず落ち着いて。泣いてちゃ話せないよ」



「はな、さ……ないで。どうせ、かぐや、を説得、するための方便だもの。そんなの絶対聞かないっ」



嗚咽(おえつ)を繰り返しながら、かぐやは頭を胸に押し付けたまま首を横に振る。桃太はため息をついて、しがみついて離れないかぐやを、体勢を変えて布団に組み敷いた。



「っ……!? 桃太……」



「お姉ちゃん、聞いて。僕はただ、鬼を倒しに行くわけじゃない。鬼ヶ島って所にいるはずの織姫さんを」



「おーう桃太。入るぞー。実はオメーに話が……あってだな…………」



唐突に、戸を開けて海児が現れた。当然、かぐやを組み敷く桃太が視界に入る。



「……桃太、貴様実の姉になんてバカなことを……!!」



桃太はハッとして、今の自分の体勢を改めて確認する。慌ててかぐやを解放し、布団から這い出る。



「おっ……とうさん? 待ってよ、これは別に……!!」



「問答……無用……」



そう言うと、海児は抱えていた身の丈ほどもある刀を桃太に向ける。



「滅べぇぇぇぇとぅおぅたぁぁぁあ」



「ワケの分からんことをしてんじゃねぇぇぇ!!」



目を光らせ、獣じみた形相で桃太にせまる海児の股を、後ろから現れた早乃が勢いよく蹴り上げた。海児は声も上げずに顔をひきつらせ、その場に倒れ込んでしまう。



「……まったく、場の空気も読めないのかい、アンタは」



早乃がキセルを回す。 桃太は布団から這い出てうずくまっている海児を起こした。



「おとうさん。話ってなんだったの?」



「……だってよ、アンタ。かぐやにも聞いてもらったらどうだい」



「……あぁ、そうだな」



海児が立ち上がる。



「こんな場所で話すの……でも構わねぇか。桃太お前、鬼を倒すって決心はかわらないのか?」



真剣な面持ちで尋ねてくる。桃太の横にはかぐやが、海児の横には早乃がそれぞれ座った。



「……うん。絶対に変わらない。浦島さんも、付いてきてくれることになった」



「浦島だと!?」



海児が驚く。無理もない。浦島は、つい先日まで桃太を毛嫌いしていたのだから。



「うん。もし、それでダメなら僕は一人で行く。それで、僕の覚悟を分かってもらえるなら」



「いや、まあ……むぅ……浦島……」



口をもごもごさせて黙り込む海児を呆れたように見て、今度は早乃が口を開いた。



「それは、あんたも浦島も同意の上なんだね? だったら構わないさ」



淡々とした口調で話す早乃に疑問を感じたのか、かぐやが彼女に問いかける。



「母さんは……許すの? 桃太が村を出ること」



「……ああ。かわいい子には旅をさせろと言うし、何より亭主の決定だ、アタシは何も言えないね。ま、いい世間勉強だと思って送り出すさ」



そう言って桃太に向き直る。せわしなくキセルを回しながら、早乃は再び話し始めた。



「ところで、行き先は決まってるんだろうね」



「うん。鬼が乗ってきた船に地図……みたいなものがあって、そこに『鬼ヶ島』って書かれた文字が浮かんでたんだ。多分鬼王丸も、織姫さんもそこにいる」



「遠そうかい?」



「……分からない。でも船内の地図をたどればなんとかなると思う。問題は鬼ヶ島に行き着くまでの食糧なんだ」



「弱ったね。なんだかんだでうちの村は小さい。そんな遠くへ行く食糧なんて渡せないねえ」



「……そっか」



桃太が視線を落とす。その時、急にかぐやが顔を輝かせた。



「母さん、茶栄(さえ)の集落なら! あそこはここらへんで一番賑やかな土地だから、食べ物だってきっと沢山あるわよ!!」



早乃がハッとし、口端を上げる。



「……そうだね。確かに茶栄ならどうにかなる。決まりだ、桃太。とりあえずはまっすぐ鬼ヶ島じゃなくて、茶栄に向かう」











五日後。



船に乗り込む浦島。沢山の村人が、見送りに海岸へ集まっていた。



「小僧!! 何をしておるのだ、モタモタしてると俺が運転するぞ!!」



「ま、待って下さい!! そんなことしたらまた顔が洗濯板……ほら、言わないことじゃない!」



「これが地図と、簡単だけど、帷子(かたびら)だ。大事に使っとくれ、特注品だからね……って、聞いてんのかいあんたは」



「あ、うん、聞いてる聞いてる。よし、刀も出来るだけ持ったし……ん?」



桃太が早乃の肩の向こうを見る。早乃が振り返ると、なんとも大仰な物をはためかせながら海児が走ってきていた。



「はぁっ……間に合ってよかった。ほら桃太、結局これしか出来なかった」



そう言って、海児は桃太に『鬼打ち』と書かれた大きな旗と、村守の紋を縫い付けた鉢巻を渡した。



「……何コレ」



「どうせならカッコよく行きたいだろ? つけてみつけてみ、そしたら……ほら、うむ、いいじゃねえか」



ウンウン、と海児が頷く。桃太が照れくさそうに早乃へ笑いかけると、彼女は半ば呆れたように笑った。



「あれ? そういえばお姉ちゃんは?」



桃太はそこでようやく、かぐやの姿がないことに気付いた。



「……いいんだよ。あの子のことだ、きっとまた泣いてるんじゃないかね」



「でも……」



「かぐやは大丈夫だ。それとも、きちんと別れないと気が済まねえってか?」



しばらく家の方を眺めていた桃太だったが、やがて振り切るように視線を海児達に戻した。



「――――ああ、それでいい。なかなかいっちょまえのツラができるようになったじゃねえか」



海児が頼もしそうに桃太を見る。



「……待っててください。きっと帰ってきますから」



「何が『きっと』だ。必ず帰ってきな。帰ってこないなんてふざけんじゃない」



「……うん。絶対。じゃあ、いってきます」



桃太が背を向ける。海岸を抜け、船へと乗り込む……



『ちょっと待った!!!』



早乃と海児が同時に呼び止める。カッコよく別れようとしていた桃太は、少しムスッとした顔で振り向いた。



「どうしたの?」



「忘れるとこだった」



そう言って海児が差し出したのは、桃太の肩程もある少し変わった刀だった。



「……これは?」



尋ねる桃太に、海児はフン、と鼻を鳴らす。



「これは『桃太郎』って呼ばれる『厄刀(やくとう)』だ。普通の刀なんか足元にも及ばない強度でな、こと鬼との戦いでは最高の力を発揮する。だがその分扱いが難しい。俺には扱えなかったが、お前ならもしかして、と思ってな」



「え……いいの? おとうさんでも扱えなかった刀を、僕なんかが」



「いいんだ。お前は今からとんでもない場所へ行こうってんだからな。俺なんかが持ってちゃ宝の持ち腐れだ」



海児はその身の丈ほどもある刀をボロボロの布で巻き、桃太に手渡した。



「……うん。ありがとう、おとうさん」



「全く。アタシら、そろいも揃って一番大事な物を渡し忘れてるなんてね。似たもの同士、ってやつかねぇ」



早乃はイヤだイヤだ、と言って桃太に両手で抱えられる位の包みを渡す。



「わっ……と、コレ何なの、おかあさん」



「アタシが作ったきびだんごだよ。こんなもんしか作れなかったけど、これでもしっかり作ったんだ、持ってっとくれ」



「……ありがとう」



桃太郎を背負い、きびだんごの入った腕いっぱいの袋を抱えて桃太は船に乗り込んだ。手慣れた様子で船のエンジンを入れる。汽笛のようなモノがあがり、ゆっくりと海岸を離れ始めた。



「いってきます!! 待っててください、絶対に鬼を倒して帰ってきます!!」



そう言って大きく手をふる。そうしている間にも船は進み、海岸からどんどん遠ざかっていく。海児達が豆粒程の大きさでしか捉えられなくなったとき。



「待っててねー!! 絶対織姫連れて帰ってくるからねー!!」



甲板から海岸へ叫ぶ、少女の声。その姿が目に入り、桃太と浦島は揃って驚愕した。



「こっ……小娘!? なんで貴様がおるのだ!」



「お姉ちゃぁん!? なにやってんだよ、ダメじゃんか乗ってちゃ!!」



得意気な顔で胸を張っているのは、家にいたはずのかぐやだった。



「うっさい! いつか言ったでしょ、今度行くときは連れてってもらうって。それにね、織姫はかぐやの友達よ? あんた達なんかに任せられますか!!」



「……おい、どうすんだ小僧。戻るのか?」



「……そうしたいのは山々なんですけど、この船を動かしているものが何なのか分からないんで、下手に浪費したくないんです」



浦島は舌打ちし、かぐやを睨む。



「……はぁ。どうなるんだろ、これから」



甲板に立つ三人。照りつける太陽が、いやに輝いていた。

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