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孤高の老将

桃太は村守の仕事のため、村の中央にある村守の本部へと向かっていた。



「……で、なんでお姉ちゃんがついてくるのさ」



「体験入部」



「……あのね……」



「いいじゃない、女性でも入隊出来るんでしょ」



「いや、でもお姉ちゃんみたいに小柄な体じゃなかなか」



「あんた今また貧相な体って言わなかった?」



「言ってないよ!」



桃太の泣きどころを蹴りつけたかぐやは、一人悠々と本部へと歩いていく。



「確かに運動神経はあるかも知れないけどさ……はぁ」



ため息をつきつつ、何とか引き止めるために小走りでかぐやの後を追う。



「お姉ちゃん……」



「戻らないわよ。大体、母さんだって女だけど立派に村守やってるじゃない」



止まるもんかといった顔で、かぐやは桃太の制止を振り払う。



「おかあさんは努力してるんだよ。女を捨てて」



「それあとで母さんにチクっとくから」



「……僕をいじめて楽しい?」



もはや引き止める気力さえ失った桃太は、まあ見学くらいなら大丈夫かな、と肩を落とした。











「どうした、もう終わりか!? どいつもこいつも相手にならんではないか!!」



本部の真横にある練兵場。


四方五丈(一丈約3メートル)を三尺(一尺約30センチ)の柵で囲まれた場所で怒号を発しているのが、浦島 太郎(うらしまたろう)だ。 胸まで届く白髭をはためかせ、白髪を後ろで束ね、ボロボロの村守装束を着こなす姿は歴戦の老将を思わせる。


外見通り、そのいまだ衰えない肉体と容赦のない攻撃、そして幾千もの鬼との戦闘経験によって数多くの武功を打ち立ててきた、言わばこの村の『英雄』とでも呼ばれるべき存在である。



「ぐぅ……も、もう無理ですよ浦島さん」



「まだ息があったかぁ!!」



「わあぁぁ!!」



そして今日も情け容赦を知らない浦島の渾身の一撃によって、本日何人目かすら分からない村守が気絶させられた。 気絶した中堅村守を見て、外野がざわつきだす。



「あ〜あ……気の毒に」



「仕方ないよ。浦島さんに選ばれちまったんだからなあ」



「大体あの人、もうだいぶ歳だろ。なんであんなに強いんだ?」



「噂では、海児さんと同じくらい強いとか何とか」



一人、また一人と、口々に浦島の伝説とも噂ともとれないようなことを話し出す。浦島には確かに実力はあったが、その威圧感のある目つきと言動で、とても好かれているとは言えなかった。



「でも、浦島さんは海児さんより十は年上だろ?」



「ここだけの話だけどよ、若い頃の浦島さんを見た事がある奴ぁいないんだと」



「百年位前の人間だってのも聞いたことあるぞ」



「ある国の女王から貰った呪いの箱によって、若いまま老人にされたとか……」



「いや、止めましょうよ……浦島さん、めっちゃこっち見てますよ」



そう言ったのは、かぐやとこの戦いを見ていた桃太だ。



「確かにあのおじさん、強いわね……あんたの言ってたことは嘘じゃなかったわけね」



「でしょ? 毎日五、六人は犠牲になってるよ」



「ふ〜ん。で、あんたは?」



かぐやが腕組みをして、まるでいじめっ子のような笑みを桃太に向ける。



「え、僕? 僕は別に、戦いたくないしさ」



「はいおじさーん!! 次コイツねー!」



「……ねえ、僕をいじめて楽しい? お姉ちゃん」



手拭いでガシガシと頭を擦っていた浦島が振り向き、桃太をギッと睨みつける。



「次は貴様か、小僧」



「……お姉ちゃん、行く?」



「初戦が達人じゃ話になんないじゃん。てゆーかかぐや、戦いたくないし」



(こんな時ばっかり……)



「ほら、さっさと入ってこい小僧! 今日はお前で最後だ!」



「さ、行ってらっしゃーい!」



「はぁ……分かったよ」



ニコニコしているかぐやを半べそをかきながら見つめ、桃太はしぶしぶ柵の中へ入った。



(うわぁ……素振りしてるよ)



「……ふむ、こんなものか。さて、いくぞ小僧!」



言うが早いか、浦島は桃太めがけて突進してきた。



「っわ……!!」



慌てて竹刀を構えるが、浦島はもう目の前まで迫っていた。やむを得ず浦島の一撃を防ぐ。



(ぐっ……!? 重い……!!)



「どうしたどうした小僧!! 素人か貴様は!!」



次々繰り出される浦島の猛攻に桃太はなす術もなく、じりじりと後退していく。



「くっ……そお!!」



桃太は隙を見て、苦し紛れに横の一太刀を打ち込む。しかし浦島は桃太の頭まで飛び上がりそれを避けると、そのまま避けた竹刀を踏みつけた。



「っ!」



地面にめり込んだ竹刀に気をとられた一瞬に、浦島の蹴りが桃太の頬へと命中する。 七尺程蹴り飛ばされたが、桃太はとっさに受け身をとり瞬時に目で浦島をとらえた。



「フン!! なかなかタフだな。思い切り蹴ったつもりだったが」



「まだまだ……こんなもんじゃやられませんよ」



「言ったな、小僧!!」



同時に踏み込み、竹刀を打ち合う。あまりの激しさに、外で見守っていた村守達から驚きの声が漏れた。



「さすがは海児さんの息子と言ったところか……」



「桃太君、あんなに強かったのか!」



振り下ろされる浦島の竹刀を横に避け、首に一撃を打ち込んだ。



「っ……! 小僧っ!!」



桃太は横に払われた竹刀を跳んでかわし、空中で一回転して間合いをとった。その目はいまだに浦島を見据えている。



(あれだけ大げさな動きをしても、息切れしておらん。そして打ち込むやいなや、遠くへ跳躍するあの脚力! 誰もそんな所、見てはおらんだろうが……)



「まだまだいくぞ小僧!!」



「……、はい」



桃太は一呼吸置くと、再び踏み込んだ。乾いた音が鳴り響き、竹刀の欠片が飛び散っていく。











「やれやれ……もう日が暮れるよ。こんな時間まで何やってんだい」



「あ、お母様」



「やめなかぐや。アタシはあのじいさんみたいにバカじゃないんだから」



「……そーですか」



すまし顔で柵の中へ目をむけるかぐや。



柵の周りには、今や村人全員なのではないかと思われるほどの人だかりができていた。群集をかき分けてきた早乃は、一体誰がこんなに見せ物になっているのかと柵の中で戦っている二人を見る。



「と、桃太じゃないかい!!」



「え、気付いてなかったの母さん。あいつ、昼前からずっと浦島さんと戦ってるんだよ」



「なんであんたはそんな他人事なんだい!! 早く助けて……」



「違うのよ、母さん」



かぐやが語気を強める。早乃が対峙する二人の竹刀をよく見ると、切っ先と柄を包む鹿革しかがわがボロボロに破れ、竹刀の(つる)もあちこち欠けていた。



「違うって……」



「浦島さんに強制されてるんじゃない。まだ決着がつかないのよ」



「決着が……!? 昼前からやっててかい!?」



かぐやがうなずく。騒ぎの最中、浦島と桃太の間だけが静寂に包まれていた。



「はっ、はっ、はっ……」



息を荒げ、尋常ではない汗をかいているのは浦島の方だった。



「浦島さん……もう、よしましょう……何、も、見えなくなって、きました、し……」



だが、極度に疲労しているのは桃太も同じ。



「ふっざ、けるな……はっ、はっ……俺が、貴様のような、若造に……!!」



「参り、ました。降参です。僕の、負け……です」



「ふざけたことをぬかすな!!」



浦島の怒号が響き、木々のカラス達が一羽残らず飛び去った。



「浦島さん……」



「負ける、ものか。き、貴様等七節に、に、二度と……」



「七節に……二度と?」



桃太に向けられたはずの言葉に、早乃が反応する。



「どうしたの? 母さん」



「おかあさん……?」



「なあぁりゃあぁぁ!!」



桃太が目をそらした一瞬に彼めがけて突っ込んだ浦島だったが、疲労してしまっているせいで足がもつれ、ついにうつ伏せに倒れてしまった。



「浦島さん」



「はあっ……はぁっ……!!」



桃太が浦島に駆け寄ろうとすると、浦島は目を見開いて再び立ち上がった。



「負けん……負けられんのだ!!」



桃太が姿勢を低くし、竹刀を短く握る。まっすぐに突進してくる浦島に備えて正面から見据え、その半壊した竹刀を構えた。



(これで……終わりにする!!)



両者の竹刀が、空気を裂く。











刹那ののち。桃太の竹刀は真っ二つに切られ、浦島の竹刀は矢によって貫かれて地面に固定されていた。



「!?」



「おとう……さん」



桃太の背後には海児、柵の外には弓を構える早乃の姿。止められたのだと気がつくのに、桃太は少々時間がかかった。



「か……海児、貴様……」



「桃太、さがれ。後は俺に任せろ」



「あ……うん」



「早乃! かぐやと桃太連れて先に帰っててくれ!! 野次馬連中は邪魔だ、とっとと失せやがれ!!」



海児の声で、今日の戦いは終わった。











「ねえ母さん。どうして浦島さんは七節を目の敵だー、みたいに言ってたの?」



「……あそこは村守の施設だろ。あんたが行っていいとこじゃァないんだ。もう二度と行くんじゃないよ」



早乃は、かぐやの問いには答えずにこう言い放った。一瞬かぐやは目を大きく見開いたが、すぐに視線を落ち着ける。



「……ねえ、なんでかぐやは村守になっちゃいけないの? 桃太はかぐやの弟なのに村守だし、母さんも若い頃から村守なんでしょ?」



早乃は頭巾の後ろで束ねている髪にかんざしのようにさしていたキセルを取り、マッチで火を着けた。



「簡単なことさね。あんたなんかじゃ村守は務まらないよ」



かぐやの眉間にヒビが入る。桃太がそれに気付いた時には、既にかぐやは早乃の胸ぐらに掴みかかり、木へと押し付けていた。



「務まらないって……どういうことよ?」



激昂しているかぐやをよそに、早乃は無表情でキセルをふかしている。



「言葉通りだよ。あんたの力じゃ、みんなの足手まといになるだけだ」



「言うじゃない。じゃあ、今かぐやに押さえ込まれてるあんたに村守なんてつとまるわけ……ないっ……!?」



早乃はかぐやの胸ぐらを掴み、片手で宙に浮かせていた。



「な……!?」



「これがアタシとあんたの差さ。村守はあきらめるんだね」



キセルから吸い込んだ煙をかぐやに吹き付ける早乃。かぐやはものすごい形相で彼女を睨みつけ、こめかみに青筋を浮かべながら黙り込んでいる。そんなかぐやを早乃は投げ出すように放り、歩いていってしまった。桃太は無言のまま体の土を払っているかぐやに声をかける。



「お姉ちゃん……大丈夫?」



「………………」



かぐやが桃太のもとへ来た。



そして。











桃太の顔面を思い切り殴りつけた。



「ぶっ……!? お、おねえちゃ、ん」



「うざったいのよ……あんたばっかりっ!! なんでかぐやだけこんな狭い世界に閉じこめられるのよ!! かぐやも戦いたい……もっと自由に生きたい!!」



かぐやは怒りがおさまらないのか、何度も桃太を殴りつけていく。その拳があまりに弱々しいことに、桃太はようやく気付いた。



「お姉ちゃん」



「なんでっ……!! なんでっ!!」



振り上げられた腕を掴み、桃太はかぐやを抱きしめた。



「……っ」



「知ってるよ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは助けたいんだよね。いなくなった織姫さんを」



かぐやは腕から逃れようと抵抗していたが、織姫の名前が出ると、諦めたように大人しくなった。



「……母さんが話したのね。ったく、余計なことしてくれちゃってさ」



桃太にもたれかかったまま、かぐやはため息をついた。日は完全に落ち、辺りはすっかり真っ暗になっていた。



「……ごめん」



「なんで謝るのよ。別にいいって」



「……聞いちゃいけなかったかな、って」



海からの潮風が、二人を撫でていく。かぐやは桃太から離れると、海岸に向かって歩き出した。 海児がいつも洗濯をしている川を少し下ると、すぐに海へと合流する。村をあげての漁が行われる場所でもある。



「久しぶりに来たなー、ここ。よく二人で遊びに来たよね」



「うん。僕は最近でも村守の行事とかでちょくちょく来てるけど」



蒸し暑い季節にもかかわらず、ひんやりとした風が二人を通り過ぎていく。かぐやは髪をかきあげながら、海の向こうを見た。



「……ずるいよ、桃太はさ。やっぱり」



「僕が……ずるい?」



「かぐやだって、村守……ううん、外で自由に暮らせれば、それでいいの。みんなと一緒に生活して、たまにちょっと規則破ったりして。それなのに、あの日からかぐやはあまり外に出してもらえなくなった」



(あの日……)



桃太の拳が無意識に強く握られる。彼には、すぐに織姫のいなくなった事件だと理解できた。



「それが、織姫さんの……」



桃太に背を向けたまま、かぐやが頷いた。



「最初は何で織姫が消えたのかわかんなかった。でも大人達の話を聞いているうちに、村にはもういないってことだけははっきり分かったの。それでかぐやは、『あいつだ』って思った」



(……鬼王丸、か……)



かぐやは海を見つめ、地平線の向こうに敵を見たように眉根を寄せて話す。



「昔からこういう、鬼が現れた日に誰かが消えるってことはあったみたい。村守頭領達や一部の人の間では『厄暴れ』と言われてるんだ、って男の人に聞いたことあるの」



「おかあさんに聞いたよ。鬼王丸、だっけ」



かぐやが振り向く。その瞳は悲痛の色に染まり、今にもかぐやごと崩れ落ちてしまいそうな気さえさせた。



「みんなに言ってまわったの。鬼王丸が、って。でも、誰も相手にしてくれなかった! 鬼にそんな知能なんてないんだって!!」



「お姉ちゃん、落ち着いて話して。僕はお姉ちゃんの話を信じるから。詳しく聞かせてほしい」



かぐやは桃太の言葉に一瞬戸惑ったようだったが、コホ、と咳払いを一つすると、髪に手ぐしを通しながら話し出した。











「海児……なんでだ、何で止めた!!」



「当たり前だろ。確かに村守である以上、ある程度の訓練は必要だ。だがあんたのはやりすぎてる。いつも言ってただろう」



「貴様の言うことなど聞く耳持てんわ。大体何なんだ、あの貴様の子だという二人は。似ておらぬどころか、実の子でもないそうじゃないか?」



「……ああ、そうだ。かぐやは竹から、桃太は桃から出た」



「……何故そんなあからさまな嘘をつく? もっとマシな言い訳があるだろうに」



「ホントなんだから仕方ないだろうが。俺の子ども達を引き合いに出して、一体何が言いたい?」



浦島はフン、と鼻を鳴らすと立ち上がり、手拭いをとって練兵場を出た。海児もそれに続く。



「貴様とて気付いておるだろうが。鬼だ。あの二人がお前の所に現れたのと、鬼の活動が活発化してきた時期は一致してる。根も葉もない噂だが、ほとんど皆そう信じてしまっておるのよ。貴様の言う話が本当なら尚更、な」



浦島がニヤリとしながら言う。



「……偶然時期が重なっただけだ。かぐや達と鬼は関係ない」



そう言いながらも顔を曇らせる海児を見て、浦島は満足そうに笑って頷いた。



「……貴様ら七節家が村守の伝説から、この村から消えるのも時間の問題よな。それまでせいぜい気張るがいい、村守頭首よ」



浦島は海児の肩を叩くと、足取りも軽く練兵場を去っていった。



(……確かに、鬼が頻繁に村を襲撃してくるようになったのは、かぐやと桃太がうちに来てからだ。でも、だから何だ? 俺はあいつらの父親だ。誰に何と言われようと、あいつらを守ってやるのが道理じゃなかったのか?)



海児は俯くと、悔しそうに歯噛みした。











「――――かぐやと織姫はいつもと同じように、夜の浜辺にいたの。そう、ちょうど今みたいにね」



「よく怒られなかったね」



「見つからないように、ちょいちょいっとね」



かぐやは笑って言ったが、その笑顔が本心からのものでないことは桃太にもはっきり分かった。



「で、いつものように遊んでると……突然大きな水音がしたの。何かが水と一緒に砂利にぶつかったような」



「……? 砂利っていうと、この地面だよね?」



たぶん、とかぐやが言う。



「水と一緒に大きな音って……もしかして船か何かかな」



「あ、そうそう! 船だったかも!」



そう言って、かぐやは昔の記憶をさらに鮮明にしていく。



「それで、気がついたら鬼が目の前にいて……逃げようとしたら、目の前の鬼がいきなり喋りだしたの」



「……人語を?」



「そう、人語を」



激しい潮風が、桃太の髪を乱す。二人はその風に導かれるように歩いていく。



「そして……そして、鬼王丸は言ったの。『こいつが』……何だっけ。思い出せないや」



「……ううん。十分だよ」



潮風にのせられた波の音が二人を包み込む。一際強い波が打ちつけ、桃太の顔にしぶきを降らせる。



「それで? こんな話をかぐやから聞いて、どうするつもり?」



「それは……考えてなかった」



桃太が視線を落とすと、かぐやはやっぱり、と言ってクスクス笑った。



「あんたって、そんな風にいっつもどっか肝心な所ヌケてんだよね。ほんっと、イライラする!!」



「うわっ!?」



急に突っ込んできたかぐやに対応しきれず、桃太は彼女に抱え込まれたまま、地面に倒れ込んだ。



「も、もう! 何するんだよお姉ちゃん!」



「なっさけなー。あんた村守なんでしょ? もっと機敏に対応してみせなさいよね、バカ」



そう言ってかぐやは桃太の腰に手を回し、彼をきつく抱きしめた。



「お姉ちゃん? どうし……」



「桃太は!」



桃太を強く抱きしめたまま、かぐやは口を開いた。



「桃太は、消えないでね。急に私の前からいなくならないでね?」



桃太は、目の前のか弱い姉を優しく抱きしめた。



「……大丈夫。僕は消えないよ」



それが、今の桃太に言える精一杯だった。











「かしらぁ、またここかいィ」



船の甲板で潮風に当たる鬼。質素な着物の上に、女物の羽織を着ているその鬼は、後ろからの声に振り返った。



「どうした、金助(きんすけ)



金助と呼ばれた一本角をその金髪の中心にたたえる鬼は、ヘェ、と言って懐から一枚の紙を取り出した。



「どうも、彼方の国の一寸程の小僧に岩里(いわざと)の野郎がやられたらしいんでさァ」



同族の訃音(ふいん)に、鬼は顔をしかめる。



「あの岩里がか……鬼の中でも最高硬度をほこる『鬼瓦』を持った奴だぞ。その一寸小僧、一体どんな力を……」



「なんだか目やら急所なんかを滅多刺しにされたんだそーです、縫い針で」



「……そこは硬くなかったのか」



二人がそう話していると、船の向かう先に陸が見え始めた。



「着いたんで?」



「ああ、俺もここに来んのは十何年振りだ。なんせ頭だから、なかなか自由に動けなくてな」



「来たことがあるんですかィ?」



「ああ。あん時は小娘を一人連れてきた。名前は忘れちまったが」



金助は高く口笛を鳴らし、考え込むように顔を上げた。



「……随分少なかったんすねェ」



「ま、『お月さん』の特例だったからな。村守の連中には預かり知らない話だから、気の毒っちゃあ気の毒だったが」



「んで、今日は何で俺ら二人なんで? 船だって、一々使わなくても『獣道けものみち』使えば簡単に……」



「今回は、拉致が目的じゃないからだ」



緑の髪に、同じく深緑の瞳を携えた鬼は傍らに立てかけてあった金棒を手に取り、鬼特有の牙をちらつかせながらニヤリと笑って腰にたくしこんだ。



「最近この村の村守の中に一際強い奴が出てきたらしくてな。ここを襲撃した『芥』どもが一匹も帰ってこないんだ。だから、とりあえず偵察、って感じだな」



「ヘェ……。久々に腕試しができそうですねィ」



金助は腰の身の丈程も長く細い金棒を触り、フッと笑う。そうこうしているうちに船は村へと着き、荒々しい音をたてて陸へと乗り上げた。



「いよいよっすねェ」



「仮にも偵察だ。静かに、すみやかに。……派手にいくとしようや」



空に瞬く月が、二人の姿を妖しく光らせる。二つの『厄』が、村へと足を踏み入れた。

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