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うつむいたきもち

「……止まないね、雨」



「……そうだな」



囲炉裏のある居間から少し右手の縁側で、孫悟空は舞花と共に、灰色の空からしとしとと降る雨を特に何をするでもなく見上げていた。幾重にも重なった雲は流れることを知らないかのようにじっと同じ空に居座り、天空から降り注いでいるであろう太陽の光を遮る。そのせいか、悟空の持つ如意棒は以前ほどの輝きをその胴に宿さなくなっていた。



「……おかしいね、どうしたんだろコレ。おとといくらいまではもっと綺麗だったのにな」



舞花はそう呟きながら、如意棒を指先で弄んでいる。悟空はため息をつくと腰を上げ、横に置いてあった風呂敷包みを肩に引っさげた。



「……行くの?」



舞花が諦めたように言う。父が一度決めたことなら何を言っても聞かない人間であるのを身をもって知っていた彼女は、最初から彼を思いとどまらせようなどとは考えていなかった。



彼女はただ立ち上がり、如意棒を悟空に手渡す。



「まだ今から、色々寄るところがあるんだ。如意棒はなくていい」



彼は舞花に背を向けると、荒い足音をたてながら家を出た。



彼女は寂しそうに顔を俯かせると、再び縁側へとへたり込んで灰色の空を見上げる。



彼女の、悟空達家族の願いは『平穏無事な生活』だった。悟空はそれだけを求め、それを得るために自らを英雄たらしめていた村守という職を放り、舞花の母である妙に一生を捧げた。舞花が生まれ、家族はいよいよ求めてやまなかった幸福と平穏を手にする。それは家族の誰にとっても幸福な時間であっただろう。



この幸せを奪ったのは、やはり鬼だった。自我をもつ新種の鬼、祭音。



その鬼の出現により悟空は、妻と永らく続いた平穏を奪われた。しかし、まだ彼には救われる余地があるだろう。彼は敵である祭音を殺し、伴侶を奪われる苦しみをもう一体の鬼にも味わわせ、殺した。



今の彼にとって、これに変わる鬼への報復はない。



不憫ふびんなのは、舞花である。両親を失い、自身の幸福のほとんどを鬼によって奪われ。そして、彼女には何もできないのだ。



「…………」



声にならない嘆息を発し、舞花は居間へと姿を消した。











「おや、悟空さん……どうなされましたかな? いよいよご出立で?」



村守本部横の、三尺(一尺約30センチ)の柵で囲まれただけの訓練所。日々竹刀の音が鳴り響くそこを、悟空は訪れていた。



「ああ。もうすぐ出る。だからその前に、あんたにくらいは挨拶しとこうと思ってな」



安土は仕方無げに笑うと、手で悟空を自分の横に招いた。



「……? お」



安土の近くに来た悟空が何気なく柵の中を見ると、そこでは見知った顔の青年、七節桃太が竹刀を振るっていた。



「……何で、あいつらがここを」



悟空の問い。それは安土にではなく、安土達村守が遵守じゅんしゅしている掟に対して発せられた言葉だった。



「彼らも、もうすぐ出発なさるそうで。だというのに、彼はそれまでここで鍛錬させてくれ、と言うのですよ。まあ、私は掟さえ守られれば後のことがどうなろうと構いませんからな。許可したんです」



「そういうところは変わらないよな、おやっさんは」



悟空はニヤリと笑うと安土の傍に寄り、練兵場の中を眺める。桃太と互角の動きを見せていたのは、意外にも佐奈坂だった。



「あの若僧……あんなに戦えるのか?」



普段の彼を思い出していた悟空には、桃太と戦えている佐奈坂が信じがたいものであったのだ。



一通りの村守に怒られ、一通りの任務には失敗し、一通りの相手に模擬戦で敗れている彼。しかし村守に対する憧れと情熱は人一倍強く、未だ村守へと籍を置いている。



そんな彼だからこそ、皆笑いはするものの、この村の村守は佐奈坂を認めているのだ。



「何か、おかしなことでも思い出したんですかな」



安土の声に、悟空は自分が知らずに笑みを浮かべていたことに気が付き、ばつの悪そうな顔をする。



「……いや。なんで佐奈坂のやつが、あの他村の小僧相手にあそこまで戦えているのか、と思ってな」



安土は静かに笑うと、その目を桃太、そして佐奈坂へと移す。



「若者同士、何かしら譲れないものでもあったのではないでしょうかね。重吉くんがあんなにまで一生懸命になるのは、何かに熱意を持ったときだけですからね」











舞花は浦島の看病に残り、桃太、かぐや、佐奈坂の三人は出立を前に鬼の船へと訪れていた。



「うわぁ……これが、鬼が乗ってきた船?」



「中に入るのはいいですけど、その……洗濯板みたいになっても知りませんよ?」



興奮気味に話す佐奈坂をいさめながら、桃太は横にいるかぐやへと目を向ける。彼女は暗い面持ちで、広い海へと視線を向けていた。



佐奈坂が船内へと入ったのを見計らって、桃太はかぐやに声をかける。



「具合でも悪いの? お姉ちゃん」



「ん……違う。気にしないで」



「気にするよ。目の前でそんな顔されて、心配しないわけないじゃんか」



う、とかぐやが顔を強ばらせる。



広大な青の世界から、静かな小波さざなみが聞こえる。優しく頬をなぜる潮風に目を細めながら、かぐやが口を開いた。



「……もう。話してほしいなら言いなさいよ。あんた、話を催促するときっていっつも黙ってるわよね」



(催促したらやかましい! ってはたかれたんだけどな、前に)



しびれを切らしたように、かぐやがため息をつく。風が止み、同時に佐奈坂が船から出てきた。



「ほら、やっぱり洗濯板」



「……何なんだい、あの鉄は」



「分かりません。でも、しばらくいると慣れますよ」



桃太は苦笑いして、姉に目配せをする。かぐやはフンと鼻をならすと、元来た道を歩き出した。



「………………」



桃太は、そんなかぐやをほうけて眺めている佐奈坂に気が付く。



「? どうしました、佐奈坂さん」



「っ!? ああいや、な、なんでもないよ」



顔をひきつらせ、明らかに動揺している佐奈坂だったが、桃太は特に気が付かずに『はあ』と返した。











来た道を戻る中、佐奈坂は何かを決心したように頷いてかぐやに話しかける。



「あの、かぐやちゃん!」



「? なんです、佐奈坂さん」



きょと。っとしたかぐやに、佐奈坂はわずかにたじろぐ。



「あ、えーと……今、何人で旅してるんだっけ」



「え。三人ですけど……見ませんでしたっけ」



「あ……そうだ、そうだったね! うん」



かぐやは首をかしげるだけだったが、桃太の目にはしどろもどろな佐奈坂が際だって映った。



(佐奈坂さん……もしかして)



少しぎこちないながらも、佐奈坂と楽しそうに話すかぐやを見て、桃太は形容し難い妙な感覚を覚える。



(……! ダメだ、僕はお姉ちゃんの姉弟じゃないか!! そんなこと、あっていいわけないっ!!)



桃太は頭をブンブンと振って、ふっと浮かび上がった雑念を振り捨てる。そうして目に入ったのは、心底楽しそうにかぐやと話す佐奈坂だった。



(むぅ……佐奈坂さん)



端から見ればお似合いの様な男女を、桃太は複雑な心境で見つめていた。



「でも、どうして旅の人数なんか知りたがったんですか?」



かぐやの疑問は当然だろう。それはこの村を訪れたときに伝えたはずであったのだから。



この青年の言動。それはまるで――――



「え、えっと。あの!」



佐奈坂はまるでずっと息を止めていたかのように大きく息を吸い込む。



「お、俺もその旅に同行させてくれ!!」



――――雨のしずくが一滴、かぐやの肩に落ちた。



「え、ええぇぇー!?」



困ったのはかぐやだ。昨日今日会ったばかりの彼に、まさかこんなことを言われるとは予想だにしなかったからである。



そして、その言葉に一番過敏に反応したのは桃太だ。



「だめ! ダメです、危険です!! 死にます!!」



佐奈坂をかぐやに同行させたくない一心で、彼の言葉をとにかく否定する。そんな桃太の心中を察したのか、佐奈坂もムキになって反論する。



「いやいや、死なないよ!! 俺は村守になって相当なんだし、第一危なさでいったら高いのは君とかぐやちゃんだろ!!」



「ぼ、僕のことは気にしないでください!! お姉ちゃんには僕がいるし、僕には浦島さんがいるし! 十分なんです!!」



「な、仲間が多いにこしたことはないだろ? 危険な旅だ、人数がいた方が安全だ!!」



「増えるとゴチャゴチャして、まとまった隊列を組んで移動できなくなります!! 統制が取れなくて、共倒れしては元も子もありません!!」



押し問答の末、桃太が『じゃあ、僕と戦って勝ってください! そしたら連れていきますよ!』と言ったのを皮切りに、『どちらが練兵場に先に着くか』までも競い合いながら、三人は決着をつけるため練兵場へと向かった。



そんなこんなで、二人は雨の降る中、練兵場にて戦っていたのである。











また、雨が激しくなってきた。先ほどまで近くで観戦していたかぐやも、濡れないように本部の軒下にまで下がっていた。雨粒を砕いて、佐奈坂の竹刀がはしる。振り払われたそれは、桃太の鼻の頭をギリギリの所でかすめていく。



「っ……!!」



「……、よしっ!!」



勢いに乗った佐奈坂は、劣勢の相手に次々連撃を加えていく。



(…………)



地をうつ、雨粒の不規則な音。目を開けることすらはばかられる雨天の中、桃太はある男を思い出していた。降りしきる雨の中、乾いた竹刀が桃太の顔を直撃する。



「あっ……だ」



大丈夫か、と声を発しかけ、慌てて口をつぐむ佐奈坂。心を鬼にし、更に打撃を与えるべく桃太に迫る。



(……祭音)



桃太の意志は、既に佐奈坂には向けられてはいなかった。彼の中には、ただ祭音への後悔が渦巻く。



(『守って、やれなかった』)



気のない防御しかしない桃太の体は、確実に叩かれていく。その姿に、外野のかぐやと悟空はいち早く異変を察した。



(何してやがる、七節桃太!!)



(ちょっと、どうしたのよ桃太!!)



あごへの一撃に、ついに桃太の体が地に倒れ伏す。それでも、彼は動かなかった。



(これから先も、祭音のような鬼と戦うのか)



佐奈坂に負けてはならない。それは、どちらのためにもならない。その一心で、何とか四肢を持ち上げる桃太。



「~~~~……っ!!」



傷付いた桃太に、佐奈坂は竹刀をむけることさえ躊躇ためらったが、背後からの安土の眼力にあわてて竹刀を構える。



今までは、よかった。



これまで鬼と呼ばれていたのは、感情も自我も意志もない、いわば『無生物』だったのだから。それ故に桃太であっても、鬼を殺すことに何の感慨も湧かなかった。自分の周りにたかる蚊を落とすだけの作業と何ら変わりなかったのである。



だが、彼らは違うのだ。



(……多分、僕には殺せない)



どうしたらいい。



殺さなければ、やられる。自分が死ぬのはいい。でもそうなれば、僕の周りにいる仲間や他の村守達まで巻き込む。



みんな、死んでしまう……!!



(それだけは、させら)



思考すら断絶する一撃が、桃太に見舞われる。竹刀を弾かれ、次の刺突によって桃太はまたも地に倒された。



「!!」



不安な表情で見守るかぐや。握りしめられた手は、雨に濡れたようにぐっしょりだった。



(――――)



無意識ながらに立ち上がり、先の思考の跡をまた初めから、辿る――――



『――――お前では、戦いに向かん』



「っ!?」



それは、何の幻影だったか。



(今の声、は――――)



痺れるような痛みが、桃太の右手を支配する。とっさに竹刀を握りしめたが、力を入れ損ね、竹刀は足下へ転がった。容赦のない一撃が、桃太の右肩へと振るわれる。



『――――その曖昧な決意は、いつかお前に災いをもたらすぞ』



(なんだ、言われたままじゃないか)



ここ一番の勝負で、僕は自身の心の内にさいなまれ、負ける。



(――――そんなことで、いいのか)



『いつか、そのツケを払うときがやって来よう』



「……うるさい」



尚も繰り出される刺突。桃太は竹刀の柄の先を思い切り踏みつけ、自分の目の前へと跳躍させる。



「えっ――――」



あっけにとられている佐奈坂に桃太は竹刀を手にして踏み込み、左脇腹へ一撃を放ちながら彼の背後へと移動する。



「うぁっ!!」



体を曲げる佐奈坂を背後から一撃。



『今の何倍、何十倍もの苦痛を伴ってな』



「――――黙ってろ!!!」



桃太が叫ぶ。この場にいる全員が驚きの表情を浮かべた刹那。



決着の一太刀を振るわれた佐奈坂が、声もなく倒れ伏した。



呼吸を荒くする桃太に、激しい雨が打ち注ぐ。その雨を降らす雲を、桃太は声もなく見上げる。その向こう。雨を降らす雲の向こうに、桃太は自分を見下ろす影を感じ取った。そして、彼はその影の主を知っている。



(……見てろよ、祭音)



鬼は鬼だ。人間とは違う。



もうためらうことはない。僕にとって今大事なのは、この瞬間そばにいる人間なのだ。



自分が、今言葉を交わすことのできる大切な人達。それを護らなくては。



竹刀を放って佐奈坂を抱えると、桃太は練兵場を出た。



「……結構押されてたじゃない。拍子抜け、した」



「らしくなかったじゃねえか桃太。祭音を倒した男だろ? ウチのヘタレに押されててどーするよ」



本部の軒下に佐奈坂をおろすと、悟空とかぐやはそう話しかけてきた。



そんな言葉も、届かないくらいに。



「――――行こう、お姉ちゃん。村を出るよ」



桃太は、自分で自分の決意の強さにうち震えていた。










「もう、出発前にこんなに怪我しちゃってさ!! 青アザだらけだし!」



悟空の家へと戻ってきたかぐやと悟空は、二人で桃太と佐奈坂の治療に当たる。



数発で倒された佐奈坂は意識こそ失っていたものの、たいした外傷はなく、その意識も家へ運び込まれる前には回復していた。逆に桃太は中盤、佐奈坂の猛攻にさらされていたためあざだらけになっていたのである。



「大丈夫だよ、こんな傷慣れっこだし」



「大丈夫じゃないの! ちょっとでも痛かったらそれはもう大丈夫じゃないの!!」



いまにも噛み付かんばかりのかぐやの気迫に気圧され、桃太は仕方なく彼女に身をゆだねた。



「でも、やっぱりすごいや桃太君は。俺なんかあれが精一杯だったのに」



佐奈坂が、特に悔しがる様子もなく言う。悟空はそんな佐奈坂を小突きながら、桃太に向き直った。



「もう発つのか?」



「ええ。お姉ちゃんの気が落ち着いて、浦島さんが目を覚ましたら――――」



「もう俺は起きているぞ、小僧」



桃太たちが振り返ると、そこには舞花を引き連れた浦島が立っていた。夜姫に受けた傷はそうたいしたことはなかったらしく、もう全快しているようだ。



「……その様子じゃもう問題はないみたいですねー、浦島さん」



「フン、貴様のような小娘に心配をかけるような真似をしてしまうとは、恥だな」



いつもと変わらない浦島の雰囲気に、桃太は顔をほころばせながら立ち上がった。



「じゃあ、出発しましょう浦島さん。荷物の準備は悟空さんがしてくれましたから、後は――――」



「おっと! 少し待ってもらおうか、七節桃太」



玄関へと向かおうとする桃太を、悟空が引き止める。桃太がきょとんとしている横で、舞花がやれやれと首を振った。



「……もう。村を追い出されるのにやけに元気だと思ったら、そういうことだったの?」



先に家を出ていた浦島が、玄関先で顔を引きつらせている。全く状況がつかめない桃太とかぐやは、そろって悟空の顔を凝視した。



悟空は、そんな二人を見てにんまりと笑い、一言。



「荷物を整理したとき、俺の荷物も中に入れといた。よろしくなお二人さん。今日から、俺もお前らの旅に同行させてもらう」










妙の墓が掘り返される。まだ真新しいその壷の横に、二つ目の骨壷が埋葬された。



これで、ようやく妙の墓は完全になったのだ。



「……」



線香とわずかな花を添え、悟空、かぐやと舞花は腰を下ろした。雨は止んだものの、暗鬱あんうつとした雲はいまだ空を支配し、墓に陰を作り出す。不意に吹いた風が、線香の香りを辺りに漂わせた。



「そうだったん、ですか。妙さんは、体を……」



桃太の酷な問いに、悟空はためらうことなく答える。



「ああ。俺が祭音を見つけた時、そこには妙の右腕しかなかった。昨日妙の体を見つけるまでは、あいつが……食い尽くしちまったんだと思ってた」



食い尽くした、という言葉に舞花が体を強張らせる。震える舞花の肩に優しく手を置きながら、かぐやは妙の墓を眺めた。



「……いいんですか。自分の妻と子を、置き去りになんかして」



置き去りにされる子の気持ち。それを、かぐやは知っている。肉親を失い、それでも気丈に振舞おうとしていた織姫。戦場から遠ざけられ、ただ待つことしか許されなかったかぐや。



そんな彼女だからこそ、『置いていかれる気持ち』は、誰よりも心へ刻み込まれている。



「村にはおやっさんもいるし、舞花はそんなに弱かねえ。それに……妙は、いつだってここにいるからな。大丈夫だ」



「嘘!! いく当てがないから、かぐやたちに付いていきたいだけのくせに!! 舞花のことなんか、ちっとも考えてないくせに!!」



食って掛かるかぐやを、桃太はあわてていさめる。悟空は鼻を鳴らして舞花のもとに歩み寄り、彼女の頭を撫でた。



「行く先がない? ……ふざけんな。俺の行く先なんて、とうに決まってんだよ」



殺意を込めた瞳を桃太に向け、立ち上がる悟空。その決意には、どこか浦島と似通うものがあった。



「――――鬼を殺す。妙を殺し、村を殺そうとしたあいつらを殺す。俺たちが味わったもの、その何十倍の苦痛を与えて一匹残らず殺し尽くしてやるんだよ!!」



理由は、至極単純。



復讐だった。



己の全てのため、ただ鬼を皆殺しにする。



孫悟空は、たった一人の娘を置き去りに、自らに非道を尽くす権利を与えたのだ。



(……鬼を、殺し尽くす)



桃太は、悟空に気づいて欲しかった。



鬼を殺すためだけに、動く。それ自体が、最早鬼によって操られているようなものでしかない、ということに。



しかしいかに操られたものでも、悟空の気持ちは本物だ。それを、どうして他人の桃太がないがしろにすることができようか。



桃太は、悟空の言葉に黙って頷いた。今回の旅への、孫悟空同伴が決まったのである。











船の動力を入れる。豪快な旋回音が響き、船が前進する。遠ざかっていく舞花、安土、佐奈坂の姿を悟空は一度も振り返らなかった。それでも船は歩を進め、目的地へ向けて進む。そんな彼に、言葉をかけるものは誰もいなかった。いや、かける言葉など、持つ者自体いなかった。



顔を別れの悲哀に歪ませる事無く、ただ復讐に燃えて不敵な笑みを浮かべる少年に、一体どんな言葉をかけられるというのか。



終始黙り込む四人を乗せ、船は前進する。



まだまだ、鬼退治は始まったばかりだ。

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