第九話 グラシア共和国
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アリーズからグラシア共和国に普通に行こうと思うと少々面倒だ。
まず、アリーズを出て東に進み、王都の辺りまで行く。
王都からはグラシア共和国に向かう街道が伸びている。その街道を北に進んで行けばグラシア共和国にたどり着く。
これだけだと簡単そうに思えるが、やってみるとかなり大変だ。
まず、王都に行くまでが長い。
アリーズはファース男爵領の西の端にあるのだが、ファース男爵領自体がマーレイ王国の西の端にあるど田舎だ。
街道沿いに進むと王都まで三つくらいの領を通過する必要がある。
領地の境にはだいたい関所がある。全ての領境を監視しているわけではないが、街道のある辺りにはたいていある。
領地というのは小さな国みたいなもので、領民が勝手に出入りすることを認めない。関所を通る者はみっちりと取り調べを受けることになる。
もちろん、冒険者は自由に通ることができる。登録するだけでなれるFランクでは無理だが、一度でもランクアップしていれば冒険者として活動しているとみなされて越境も認められる。
だが、最終的に通れるとしてもやはり関所の手続きは面倒だ。特に事件や紛争などが起こると本人確認が厳重になったり持ち物検査が厳しくなったりする。
質の悪い役人に当たると、金を渡さないと何日も足止めを喰らうこともあるらしい。
これがAランクの冒険者や有名パーティーならば、貴族の依頼を受けて動いていたり、下手な貴族よりも権力があったるすることも多いから最優先で通してもらえるらしいが、無名の低ランク冒険者ではそんな優遇は期待できない。
関所の他にも、街道沿いでもたまに魔物に襲われる場所とか、治安が悪くて盗賊の出没する場所なんかもあるから素人にはお勧めできない。
まあ、一般人に領地をいくつも越えて王都まで行く機会なんてまずないだろうが。
どうしても王都まで行くことになったら、旅慣れた冒険者を護衛に雇うか、金を払って王都方面に戻る大きめの隊商に同行させてもらうのがお勧めだ。
俺もアリーズまでやって来た商人の護衛で王都まで行ったことがあるが、あの時は三ヶ月くらいかかったな。途中立ち寄った町なんかでも商売やっていたというのもあるが。
王都に着いてからもまた長い。
他国に向かう街道は、王都から離れたところで大きく蛇行していて、直線距離よりだいぶ長くなっているらしい。
地形の問題ではなく、戦争になった時に他国の軍が街道を通って王都を攻撃することを防ぐためらしい。途中の関所も砦になっていてかなり物々しいそうだ。
俺は行ったことが無いから全部伝聞だけどな。
それから、街道が続く先はグラシア共和国の東部で、北の荒野に接する辺りに行くには、そこからさらに西に移動する必要がある。
かなり大回りすることになるのだ。
アリーズから行くならば、マーレイ王国の王都よりも、隣国のスウィントン公国の公都の方が近かったりする。
『深淵』のダンジョンを半周すればオングに出る。
今は領都方面への街道も整備されたが、かつてはアリーズ村にない物を手に入れたければ、オングに買に行くのが当たり前だったそうだ。関所を通らずに領境や国境を越えるのは本当なら違法なのだが、取り締まり切れないからある程度は黙認されているし、冒険者なら問題ない。
迷宮都市として栄えたオングには立派な街道が整備され、馬車を使えば公都――当時のホランド王国王都――まで二日かとからず到着したそうだ。
東西に細長いグラシア共和国にはスウィントン公国からも行くことができる。
だが、このルートにも問題がある。
グラシア共和国とスウィントン公国の間には山脈が走っている。
東端はアリーズからも北に見えるアーヌ山脈を避けて通るスウィントン公国の街道は、グラシア共和国の西部に続いている。
つまり、こちらのルートもかなり大回りだ。
単純に拠点を変えるだけならば時間をかけて行っても良いのだが、俺としては適当なところで勇者の様子を見に戻って来たい。
ならば、どうすればよいか?
答えは簡単だ。街道を使わなければよい。
グラシア共和国の北部は、魔王とは関係なく魔物の被害の多い地域だ。国内の冒険者で手が足りない時は他国の冒険者ギルドに対しても応援を求めることがある。
その際に応援に行くことのできる実力者が人数揃っているのは、高ランク冒険者のいる王都か、『深淵』のダンジョンを攻略しているかつての迷宮都市オングくらいしかなかった。
だが、移動だけで何ヶ月もかけていたらとてもでないが間に合わない。
そこで、迷宮都市オングからグラシア共和国へと向かうルートが作られた。
と言っても、新たな街道が作られたわけじゃない。道なき道を突き進んで行っただけのことだ。
『深淵』の北に広がる森を突き進み、アーヌ山脈の東を抜けてグラシア共和国に入る。後は南北に狭いグラシア共和国内を北上すれば、北の荒野にぶち当たる。
最初に実行した奴は間違いなくバカだ。
一直線に進めば距離は近くなるが、整備された道じゃないから馬車も通れないし、魔物もうようよ出て来る。道に迷えば行き着くこともできずに野垂れ死ぬこともあるだろう。
ある程度の実力を持った冒険者にしか使えないルートだ。だが、それが実力ある冒険者を選別することになった。
迷宮都市オングにいた高ランクの冒険者がグラシア共和国に駆け付けたことが何度かあったらしい。
一度成功した結果、緊急時に使用するルートとして正式に認められてしまった。
オングが没落した後は、その役割は迷宮都市アリーズに引き継がれた。今のアリーズにグラシア共和国まで応援に行けるやつが何人いるか知らんが。
まあ、そんなわけで、アリーズやオングからグラシア共和国に行く方法が実体験に基いて詳しく伝わっている。
冒険者ギルドの推奨はCランク以上でパーティーを組むことだが、高ランクの冒険者なら単独で行くことも珍しくない。
そう言えば、元冒険者の爺さんが何日か姿を見せないと思ったら、見たことのない酒を飲んでいたことがあった。もしかするとあれはグラシア共和国で買った酒か?
別に非常時に応援に駆け付けるためにしか使っていけない決まりもないし、冒険者ギルドの推奨も単なる目安だ。
それで無茶して死んでも自己責任、と言うのが冒険者の流儀だ。
俺は今はDランクだから、パーティーを組んでも推奨に届かない。単独ならなおさらだ。
冒険者は自己責任とはいえ、普通ならば無謀だといって引き止められるだろう。
だが、一年前の俺はCランクの中でもそろそろBランクに手が届くと云われていた男だ。ランクが下がったのも再登録したからであって、実力が落ちたわけではない。
むしろ、ダンジョン生活でサバイバル能力はガンガン鍛えられたぞ。この程度、問題あるまい。
実際、問題なかった。
出てくる魔物はそれほど強くなかった。一番強そうな奴で、『深淵』のダンジョンで言えば第十数階層程度だ。
Cランク成りたての冒険者が単独で魔物の群れとぶつかったら危ないかもしれない。
群れと言ってもせいぜいが十数体で纏まって動いているだけだから、俺なら正面から戦っても撃破できる。
戦わなかったがな。
魔物をいちいち倒していたらきりがない。索敵と潜伏でほぼ全て避けて通った。
ダンジョンの深部に比べたら楽なものだ。あの時は食糧や水を手に入れる必要があったから戦闘を完全に避けることも難しかった。
魔物肉も食ったぞ。まともな調理どころか塩すらない状況で、ただ切って焼いただけの魔物肉はえらく不味かったがな。
それでも焼けばどうにか食えたんだが、最初は火を熾すこともできなくて困った。必至になって火魔法を覚えたっけ。
今回は食糧も水も十分に持って来たし、夜営道具なんかも収納魔法で突っ込んできたから快適な旅だったぞ。
最大の懸念は道に迷うことだった。俺はグラシア共和国行ったこともなかったし、『深淵』の北の森に入るのも初めてだった。念のために冒険者ギルドでグラシア共和国への行き方を読み直したくらいだ。
だが、実際にやってみるとそれほど問題にならなかった。方向が分からなくなったら高い木の上にでも登ればそれでよかったのだ。
遠くに見えるアーヌ山脈の東へ向かえばグラシア共和国に着く。ここでもフック付きロープは大活躍だった。
グラシア共和国に入ってしまえばあとは簡単だ。大きめの町や魔物の生息域に近い村なんかにはだいたい冒険者ギルドがあるから、ギルドに寄れば情報も得られる。
冒険者ギルドは魔道具を使って各支部同士で連絡を取り合っている。他国の出来事でも何かあれば情報を流して注意喚起を促したり、協力を養成したりしている。
けれども、やはり近い所の方が詳しい情報が得られる場合が多い。
俺はグラシア共和国内の冒険者の手が足りていない、つまり魔物が多く現れる場所を調べた。
そして今、辺境都市ノルムに来ている。
ここは現在グラシア共和国における対魔物防衛線の最前線だった。




