第五話 ダンジョンの勇者
ブックマーク登録及び「いいね」ありがとうございました。
翌日のこと。
今日も資料整理の依頼を受けようと冒険者ギルドに向かったが、どうにも様子がおかしい。
話を聞いてみると、今日勇者がダンジョンに挑むという。
ちょっと早くないか?
昨日読んだ資料によると、勇者はこことは異なる別の世界から召喚されてきたらしい。
その世界には魔物もおらず、とても安全で、本人は戦った経験もなかったそうだ。
つまり、見た目通りのド素人だ。
ダンジョンに潜る前に剣や魔法の修行をするなり、魔物についての勉強をするなり、数日は準備に費やすものだと思っていた。
王都である程度の訓練をしてきたのだろうか? 勇者が召喚された日付と王都からアリーズまでの移動時間を考えると、十分な訓練をするほどの時間はないはずだが。
それとも、とりあえず弱い魔物と戦ってみてから訓練の方針を決めるつものか? まあ、魔物を全く知らないなら、言葉で説明するよりも実物を見た方が早いか。
ダンジョンでも第一階層辺りの魔物ならば、リディア一人でも撃退できる。試しに軽くダンジョンを体験して見ようということかもしれない。
確かめた方が良さそうだな。勇者の実力を見られるかもしれない。
俺は今日の予定を変更し、ダンジョン関連の簡単な依頼を見繕って受けることにした。
ダンジョンの入口はなんか賑わっていた。
ダンジョンに入る勇者を見送るために、村人や冒険者たちが集まっていたらしい。
みんな暇人か?
まあ、冒険者たちの目当てはリディアかも知れないが。
やがて勇者がダンジョンに入って行くと、集まっていた連中は自然と解散した。
冒険者には、勇者に纏わり付かないように通達が出ていた。よほどの勇者マニアか勇者の仲間として売り込もうと躍起になっている奴でなければダンジョンの中まで付いて行くことはないだろう。
もちろんこんな辺境にそこまでやる奇特なやつはおらず、勇者の後を追う冒険者はいなかった。
俺としては、都合がいい。
周囲に人気が無くなったことを確認して、俺はダンジョンへと入って行った。
さて、勇者の様子を見に行く前に、俺の依頼を終わらせておくか。
ランクアップしたとはいえ、俺はまだEランク。簡単な依頼しか受けられないが、勇者を探るついでだからその方が都合がよい。
俺が受けたのは薬草採取の依頼を三つだ。低ランクの冒険者の定番だな。
一口に薬草といってもその種類は多い。そのままでも効果のあるもの、加工して薬の原料になるもの。薬効も様々だ。
受けた依頼は三つとも別の種類の薬草だ。三種類とも第一階層に生えているが、広範囲にまばらに生えているから規定の数を揃えるにはかなり広い範囲を探し回ることになる。
苦労する割に報酬も低いから冒険者に不人気の依頼なのだが、俺はこの三種類まとめて大量に生えている群生地を知っている。
それは第二階層の入口近く、つまりこの真下だ。
第一階層をぐるっと一周すればここに生えている薬草はだいたい揃うし、第二階層や第三階層に降りたければ反対側、オングのある辺りにショートカットがある。冒険者があまり来ない穴場だった。
もちろんまともに行くならば第一階層を一周踏破しなければならない。俺にとってはさほど難しいことではないが、少々時間がかかってしまう。
だが、俺には一つとっておきの手がある。
俺は収納魔法で収納していた道具を一つ取り出した。
フック付きのロープ。
ありふれた道具に見えるが、ダンジョン手に入れた品だ。
ダンジョンでは稀に宝箱と呼ばれるものが見つかることがある。宝箱の中には強力な武具や便利な道具、あるいは魔法薬等が入っていることも多い。
勇者が使っている俺の魔剣とブレストプレートも、ダンジョンを探索していて俺が宝箱から見つけ出したものだ。
一年前、身一つで『深淵』の底に落とされた俺は、ダンジョンで見つけた宝箱を開けまくった。ダンジョンで道具を手に入れる手段は、自分で作るか宝箱を開けるかのどちらかしかない。
前人未到のダンジョン最深部だけあって、色々と凄いものが出てきたぞ。ただ、収納魔法が使い物になるまではそのほとんどを捨てざるを得なかったのだが。
そんな感じで手に入れたものの一つがこのフック付きロープだ。
宝箱から出て来る道具は、ダンジョンの魔力のせいか、だいたいが魔道具になっている。
このフック付きロープも魔道具だ。派手さはないが、なかなかに優秀だぞ。こいつを手に入れたことで、俺はダンジョンを脱出できたと言っても過言ではない。
まずはダンジョンの端の方、『深淵』の大穴の側に移動する。
そして、ロープの先端についているフックを地面に引っ掛ける。
これは魔法的に固定されるらしく、引っ掛けられるような突起が無くてもたいがいの場所には引っ掛けることができる。そして魔力を流し続けている限り、外れない。
後は一端が固定されたロープをつかんでそのまま『深淵』に飛び出し、ロープを伝ってするすると下に降りる。
あっという間に第二階層に到着した。
この『深淵』の大穴を利用して下の階層に降りるショートカットは、その気になればどこでも行うことができる。ただ、リスクが大きいために安全地帯間でしか行われないだけだ。
ダンジョンの魔物は、どういうわけか『深淵』の大穴には近付こうとしない。空を飛ぶ鳥型の魔物でも大穴の部分に飛び出そうとはしないのだ。だから階層間を移動している最中に直接魔物に襲われることはほぼ無い。
しかし、上の階層で打ち込んだ杭を破壊されたりロープを切られることはあり得る。ダンジョンに持ち込まれた人工物を破壊したがる魔物は結構いるからだ。
そして、下の階層に降り立つ前に魔物に見つかると、ロープや縄梯子に掴まったまま魔物と戦う破目になる。下手をすると、自分の振り回した剣でロープを切ってしまう惨事が待っている。
だから普通の冒険者はリスクを避けて安全地帯に作られたショートカットを利用する。ショートカットを利用せずにダンジョンを地道に進む冒険者もいる。
しかし、俺のフック付きロープならば地面にそのまま固定できるから杭を打つ必要はない。魔道具だけに、並の魔物には切られないだけの強度もある。
そして、俺ならば第二階層の魔物くらいロープに掴まりながらでも片手で瞬殺できる。
……もっと強い魔物と何度も戦ったからなぁ、ロープにぶら下がりながら。
下の階層に到着したら、まずやることはロープの回収だ。
このフック付きロープは魔力で固定しているから、手を放してそのままにしておくと固定が外れて落ちる可能性がある。『深淵』の底まで落ちたら回収は不可能だ。
ロープを握って魔力を流している状態なら操作できるので、フックの固定を解除する。ロープの長さもある程度かえられるので、一番短くなるようにして……はい、回収完了。
次は依頼の薬草の採取……ちゃんと三種類ともありそうだな。
雑草や毒草なんかも生えているから間違えないように注意して……よし、必要な数は採った。
採取した薬草は種類ごとに袋に小分けして収納魔法で収納。
これで依頼の方は終わり。後は第一階層に戻って勇者の様子を見るぞ。
フック付きロープを再び取り出して、フックの部分を上に向けて思いっきり投げる!
さすがに投げただけでは上の階層まで届かないが、ここで念動魔法を使う。
念動魔法は離れた場所にある物体を動かす魔法だ。
あまり重かったり、離れすぎていると動かせないのだが、ロープの先のフックくらいの重さならば上の階層まで持ち上げる程度のことはできる。
そのくらいできるように練習した。
すっごく頑張った。
この魔法も覚えたての時はコイン一枚を手の届く距離でちょっと動かすのが精一杯だったからなぁ。
収納魔法と同じくらい大変だった。
しかし、苦労して練習した念動魔法とフック付きロープのおかげでダンジョンの階層を登る速度がずいぶんと早くなった。
もう浅い階層ならば、ショートカットする場所を選ぶ必要がほとんどなくなったからな。
ギルドで受けた依頼を終わらせ、第一階層に戻ってきた俺は、勇者の様子を見るために移動を開始した。
勇者といってもダンジョンは初めての初心者だ。第一階層の入口からさほど遠くない辺りをぶらぶらしていた。
あれは未知のダンジョンを探索する時の基本的な動作だな。こんな浅い階層であれをやる冒険者はまずいないが、ダンジョン初心者の訓練としては間違っていない。
間違いなくリディアの指導だろう。俺がリディアに教えたのと同じやり方だ。
おっ、もうすぐ勇者が魔物と接敵する。
一年間ダンジョンをさまよっていた俺は、索敵能力を鍛えまくった。あるいは鍛えられまくった。魔物に見つかる前に魔物を見つけないと命に関わるからな。ダンジョンの階層をショートカットするために、上や下の階層に魔物がいるかも判るようになったぞ。
だから、初心者な勇者が見つけるよりもずっと前からこの近辺の魔物はすべて把握している。
ついでに、ダンジョンに入ってからの勇者の位置は常に把握していた。こんなに浅いところで仕事をしている冒険者は皆無だったので間違えようがない。
姿は見えなくても勇者の位置を把握できていたからこそ、慌てることなく自分の依頼を先に片付けに行けたのだ。
勇者の初戦闘にも間に合ったようだし、もう少し近付いてじっくりと見させてもらうか。
俺は気配を消して、勇者とリディアの背後にそっと忍び寄る。
俺がダンジョンで鍛えられたのは索敵能力だけではない。潜伏技術も鍛えられまくった。これも鍛えないと死ぬからな。
魔物の中には目や耳だけでなく、異様に鼻が利いたり、地面の振動を敏感に感じたり、熱に反応したり、魔力を察知したりと様々な感覚を持っていることがあって、隠れおおせるのはなかなかに大変だ。
その点、人間相手に隠れるのは簡単だ。俺は勇者とリディアの視界に入らなように注意しながら、勇者の戦闘がよく見える場所へと移動した。
「あれはスライム! 行くぞ!」
「ちょっとユーヤ様、先走らないで!」
魔物を見つけた勇者が走り出す。それを追って、リディアも走り出す。
それにしても、「スライム」か。魔物の勉強はまだまだのようだな。こんな浅い階層にスライムなんて厄介な魔物が出るはずもない。
スライムは厄介だぞ。体の大部分が動く粘液でできていて、物理攻撃がほとんど効かない。基本的に自分より大きい相手は襲わないのだが、人よりも大きくなったスライムを倒すことは困難だ。内部の小さな核を破壊すれば倒せるのだが、大量の粘液が邪魔をする。
スライムの粘液の内部に取り込まれたら終わりだそうだ。身動きも取れなくなり、圧死か窒息死、後はゆっくりと溶かされて消化されてしまう。
人を襲うほどの巨大スライムと出会ったら、大火力の炎で粘液を削って小さくしていくか、それが無理なら逃げるしかない。
このダンジョンにもいたぞ、でっかいスライム。たぶん五十階層よりも深い場所だ。もちろん俺は気付かれないように避けてきた。
今勇者の目の前にいる魔物は、「水風船」という。冒険者の間で「バルーン」とか「ボール」とか呼ばれるまったく別の魔物だ。
休眠状態で丸まっているスライムとちょっと形は似ているかもしれない。
しかし、こいつは転がったり跳ねたりして体当たりするしか能のない弱い魔物だ。表面の皮を切り裂けば死ぬから、知っていればガキんちょでも倒せる。
そのバルーンに向かって勇者は拳を振り上げ……て、剣はどうした! 俺の魔剣は!
「うわぁ!」
案の定、反撃を受けて勇者が吹っ飛んだ。バルーンは弱い魔物だが、打撃にはそこそこ強い。ぶよぶよした体で衝撃を吸収してしまうのだ。
逆に、バルーンの攻撃も威力が分散して大したダメージを受けない。俺もガキの頃は、わざと吹っ飛ばされる遊びをよくやったものだ。
しかし、あれが本当にスライムだったら、今頃勇者の拳は粘液に包まれて抜けなくなっていただろう。
バルーンくらいのサイズのスライムは普通人を襲わないはずだが、それでも顔面を粘液で覆われたら窒息してしまう。そうなったら、勇者ごとスライムを火で焼くしか助ける方法はないだろう。
スライムじゃなくて助かったな、勇者。
「この!」
目を回している勇者に代わり、リディアが杖で突いてバルーンを倒した。
杖で叩くのではなく、上から体重をかけて押し潰すように突き立てる。刃物が無い場合の一番簡単な倒し方だ。
体液(ほとんど水)をぶちまけながら萎むバルーンに目もくれず、リディアは勇者を助け起こした。そのまま有無を言わせず引き返すようだ。
たぶんリディアは勇者の教育係も兼ねているのだろう。世話焼きなリディアは適任だ。
今の勇者ではダンジョンの魔物と戦えるだけの基礎ができていない。それが分かった以上、しばらくはダンジョンの外で訓練と勉強だろう。
しかし……、勇者は本当に弱かった。
ダンジョンや魔物の相手が初めてだとしても、弱すぎる。
あれなら初心者のガキんちょの方が強いくらいだ。
勇者は短期間で強くなるみたいだけど、本当に強くなるのか、あれ?
バルーン相手に殴りかかる考えなしだぞ。俺の魔剣は何処へやった?
何だか心配になってきたな。
俺が復讐する前に、勝手にくたばっちまうんじゃないか、あいつ。
アランの子供の頃の遊びその2
「バルーントランポリン」
水風船は弱い魔物だが、打撃に対してはそこそこ強く、殴ったくらいでは押し返されてしまう。
そこで、バルーンの上に飛び乗り、押し返してくる力を利用してさらに高く飛びあがる、と言うのがアランの考えた遊びである。
なお、体重の軽い子供だからできる芸当であり、大人の体重でやるとバルーンが破裂する。
子供の体重でも勢いが付いた状態でつま先からぶつかればバルーンは破裂するので、最後はバルーンの体液で水浸しになることが多かった。




