第三十七話 賢者の塔六階
五階のフロアボスを撃破した勇者達は、一晩休んで六階へと進んだ。
五階でこのままエレメント相手に魔法の練習をする手もあると思うんだが、先に進むことを選んだようだ。
まさか、あの無茶苦茶で強引な魔法で良しとするつもりか?
六階も迷路状の通路が続いている。ぱっと見、五階と大差ない光景だ。
通路で遭遇する魔物が一種類、一体ずつ出て来るという点も同じだ。
ただし、現れる魔物は異なっている。この階で現れる魔物は……
「来ました、トロールです!」
トロール。それがこの階の魔物だ。
人型をした大きな魔物で、大柄なウラよりも頭一つ分背が高い。
その巨躯から生み出される膂力はミノタウロスを凌駕する。
「サンダーエンチャント! ワイドスラッシュ!」
勇者がいきなり必殺の魔法を放った。
雷魔法を受けてトロールが一瞬ビクンと痙攣した。
ある程度引き付けてから放ったため斬撃も届いているのだが、こちらはかすり傷程度だ。
トロールの皮膚は硬くて厚い。生半可な攻撃ではダメージはほとんど通らないだろう。
その上、せっかく付けた傷も、見る間に塞がってしまう。トロールは高い再生能力も持っていた。
もちろん傷を治すには体力を消耗するはずだが、トロールは体力も並外れいる魔物だ。多少の傷では無いのと同じだろう。
「うわぁ!」
トロールが振り下ろした棍棒を、勇者がどうにか避ける。
先ほどの雷魔法は、効かなかったわけではなさそうだが、麻痺の効果はすぐに解除されてしまったようだ。
雷魔法による麻痺もダメージも無かったかのように振り下ろされた棍棒は、うなりを上げて床に叩きつけられた。
かなりの威力だ。まともに喰らったらただでは済まない。
ブレストプレートの能力で防げばダメージは受けないかもしれないが、小柄な勇者は吹っ飛ばされるだろう。
勇者をフォローすべくヴィリアムが前に出て盾を構えた。
頑丈な盾でもトロールの強力な攻撃を受け続けていたらすぐに壊れてしまうだろう。
ヴィリアムはトロールの棍棒を避ける事を基本に、盾を掠らせるようにして受け流し、トロールの体勢を崩そうとしている。
「スラッシュ!」
トロールの攻撃がヴィリアムに向いた隙に勇者が接近し、一撃を叩き込んだ。
これまで数々の魔物を一撃で屠って来た必殺の剣技はトロールにかすり傷とは言えない深い傷を作り、しかし致命傷には届かない。
トロールが、振り下ろしたばかりの棍棒を握っていない側の腕を振り払うと、勇者は派手に吹っ飛ばされた。
完全に油断していた勇者は、床をゴロゴロと転がり、壁にぶつかって止まった。魔力の鎧で守られてダメージは無いようだが、目が回ったのか少しふらつきながら戻ってきた。
そうこうするうちに、先ほど勇者が付けた傷もだいぶ塞がって来ている。
トロールは強い。
エレメントのような派手な魔法は使わないが、ただ棍棒で殴るだけで盾も鎧も意味をなさない威力を叩きだす。
大ぶりな攻撃は隙も大きいが、その隙を突いても致命傷を与えることが困難なだけの防御力がある。
致命傷でなければ見る間に回復していく強力な再生能力。
傷口を火で焼けば再生を遅らせることもできるらしいが、それは出血により消耗させることも難しいということだ。
エレメントが魔法の怪物ならば、トロールは物理の怪物だ。そして、弱点らしい弱点はない。
トロールを倒すためには、一撃で致命傷に至るだけの攻撃を加えるか、
回復するよりも速く次々に傷を刻んで行くか、
あるいは回復できなくなるまで膨大なトロールの体力を削り切るか。
俺だったら、心臓を一突きを狙うな。
エレメント相手に核を狙ったのと同じやり方だ。
いくらトロールでも心臓を潰すか首を刎ねるかすれば死ぬ。
硬くて分厚い皮膚を貫くにはそれなりの武器と力が要るが、俺の魔剣ならば十分に可能だ。
ただ、勇者には難しいだろう。
勇者の使っている「スキル」は今のところ二つだけだ。
接近戦用の「スラッシュ」と間合いを伸ばした「ワイドスラッシュ」だ。
このうち、「ワイドスラッシュ」では威力が足りないことは先ほどから見ていて分かっている。
一方、「スラッシュ」は斬り下す技だ。心臓を一突きはできないし、首を狙うには勇者の身長が足りない。
トロールを転ばせられれば「スラッシュ」で首切りを狙えるかもしれないが、勇者には難しいだろう。
魔剣を全力で押し込めば今の勇者の力ならばトロールの心臓にまで届くだろうが、「スキル」以外の攻撃は相変わらず素人だからなぁ。下手をすると突き刺した剣が抜けなくなって持って行かれることになる。
その後はウラとミリアも攻撃に参加して、どうにかトロールを倒した。
勇者が斬りつけたところをミリアが焼いて再生を防ぐ、ということを繰り返してダメージを蓄積させていったのだ。
一体を倒し切るまでに、ずいぶんと時間がかかった。
次に遭遇したトロールに対して、勇者は魔剣に火魔法を纏わせて戦った。
斬ると同時に焼くから、与えた傷は簡単には再生されない。
ほとんど役に立たなかった雷魔法よりは有効だと考えたのだろう。
実際、ほとんど勇者とヴィリアムだけで倒せたようだし、倒すまでにかかった時間も短縮された。
ただ、まだまだ苦戦していた感じは拭えないな。
勇者は斬りかかった後、二回に一回は殴り飛ばされていたし。
完全に格下のゴブリン辺りならともかく、ある程度強い相手には勇者は「スキル」を使用しなければ倒せない。
勇者の「スキル」は強力で、魔法を上乗せすることでさらに威力を増している。
だが、応用が利かない。
少なくとも、勇者は「スキル」を決まった形でしか使っていない。
だから、「スキル」と相性の悪い魔物が現れると途端に苦戦することになる。
最初の頃は、槍を持ったゴブリンにも苦労していたな。
魔法を使えるようにならなければ、賢者の塔でもここまでもっと苦労しただろう。
逆に、強力な能力を安易に手に入れたことで、工夫したり応用したりする必要に迫られなかったというべきか。
俺のブレストプレートもそうだな。ブレストプレートの魔力の鎧を使いこなせるだけの魔力があったから、必死になって防御や回避する必要が無かった。
敵の攻撃を恐れることなく積極的に攻めて行けるという点で有意義だが、魔力が切れたらあっさり致命傷を受けそうな危うさがある。
特に魔法を使うようになった今、魔力切れの危険性は高まっただろう。
そのためだろう、勇者達は真直ぐに安全部屋に向かった。
そのまま一刻ほど出てこない。
魔力切れ寸前まで消耗したのかもしれないな。
勇者だけでなく、リディアやミリアもそれなりに魔法を使っていた。
しかし、トロール二体でそこまで消耗しているとなると不安だな。魔王がトロールの軍団を用意していたら勇者パーティーが突破するのは難しいということだ。
まあ、トロールは頭が悪いから、集団戦には向いていないなんて話もあるが。
勇者達は休憩だけでなく、この後どうするかを話し合っているのかもしれないな。
このまま進むのが危険と判断すれば、引き返して五階でエレメントを倒すか。
安全部屋を拠点にして、もうしばらくトロールを一体ずつ倒していくか。
それとも、賢者の塔での修業はここまでにして、戦闘を避けつつダンジョンを出ることを優先するか。
勇者達が安全部屋から出てきた。
方向は、奥。少なくとももう一戦はトロールと戦うつもりらしい。
しばらく進むと、再びトロールと遭遇した。
「ファイアーエンチャント!」
トロールとまだ距離のあるうちに、勇者は魔法を使う。トロールに比較的有効だった火魔法だ。
そして、……何だ? 剣をトロールに突き出すように構えた。
こんな構えは、これまで勇者は取ったことがない。
「トラストブレイク!」
そして、勇者はまるで弾けるように凄い勢いでトロールに突っ込んで行った。
速い。
勇者は一瞬でトロールとの間合いを詰め、次の瞬間跳ね返るように跳び退くとトロールの胸に大穴が開いていた。
トロールは声も無く倒れ、そのまま魔石に変わった。
一瞬で心臓を一突き。
おそらく、新しい「スキル」だろう。
このタイミングで、随分と都合の良い能力を獲得したものだ。
いや、そういうものかもしれないな。
仮にも勇者だ。必要な時に必要な能力に目覚めるような都合の良いことがあっても不思議ではない。
伝説の勇者ならありそうな話だ。
その後、勇者達は快進撃、とは言わないがあまり苦戦しなくなった。
勇者の一撃が決まればそれで終わるからな。
ただ、新しい「スキル」も決して無敵ではない。
一瞬で間合いを詰めて剣を突き立てる恐ろしい技だが、予備動作は大きくタイミングは決まっている。
知っていれば避けることは可能だ。
初見殺しだから、トロールにはよく効いたが。
それでも何回かは腕や棍棒にぶつかって心臓まで届かなかったり、ちょっとずれて急所を外すこともあった。
たぶん、純粋な威力としては「スラッシュ」よりも低い。的確に急所に打ち込まなければ倒せないだろう。
まあ、トロールは頭が悪いから、二度目の攻撃も普通に喰らっている。
剣で心臓を抉るのだから魔法は必要なさそうなものだが、勇者は毎回魔法を使う。
毎回違う魔法を使っているし、魔法の練習のつもりなのかもしれないな。
剣に魔法を乗せるだけだからそれで練習になるのかと思わなくもないが、魔法は繰り返し使うことで効果が上がったり魔力の消費が減ったりする。
勇者の魔法も最初の頃よりも威力が上がっているようだし、魔力に余裕のあるうちは魔法を使い続けるのかもしれないな。
順調にトロールを倒しながら進んだ結果、勇者達はついにフロアボスの部屋までやって来た。
今回は北側の階段にやって来た。まあ、同じ階ならどのフロアボスも変わらないらしいが。
六階のフロアボスは、エルダートロール。
トロールよりも少し頭が良いらしい。体も一回りほど大きい。
そして、エルダートロールの取り巻きとして、普通のトロールが五体いる。
トロールの軍団というほどではないが、新しいスキルを得る前の勇者では倒し切ることは難しかっただろう。
だが、――
「トラストブレイク!」
いきなり勇者が一体のトロールを屠った。
やはりトロールは集団戦には向いていない。エルダートロールが指揮しようと、連携なんてできていなかった。
深く考えて行動しないからヴィリアムならば簡単に誘導できる。
ウラやミリアの支援も受けつつトロールたちを誘導し、一体ずつ引き離して勇者に倒させる。
それを五回繰り返せば取り巻きのトロールは全滅した。
最後に残ったエルダートロールは、さすがに勇者を警戒していたが、ヴィリアムの挑発やウラとミリアの支援攻撃を無視できず、勇者に決定的な隙を晒してしまった。
「トラストブレイク!」
まあ、多少頭が良いと言っても所詮はトロール。
致命傷にならないヴィリアム達を無視して一番危険な勇者をどうにかするという発想はできなかったようだ。
こうして勇者一行は賢者の塔六階を制覇した。
雷魔法対策その4。すぐに回復するので動きを止められない。




