第三話 復讐を決意する
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迷宮都市アリーズはマーレイ王国の西の端に存在する、『深淵』のダンジョンの入口に位置する都市です。
迷宮都市と言うと数多くの冒険者が集まる巨大都市を想像するかもしれません。けれども今のアリーズの実体は単なる辺境の田舎町です。
元々アリーズは『深淵』の周辺に点在する寒村の一つに過ぎませんでした。
ダンジョンの出入口があることから、早くから冒険者ギルドの支部が設置され、冒険者が常駐してはいました。
しかし、ダンジョンの入口付近の魔物は弱いため、アリーズ村に来る冒険者は初心者を卒業したばかりの駆け出しがほとんどでした。村人が兼業で冒険者をやる場合もあったそうです。
迷宮都市として数多くの冒険者でにぎわっていたのは、アリーズよりも『深淵』の反対側にあるオングと言う都市でした。
迷宮都市オングにはアリーズのようなダンジョンへの入口は存在しません。
けれども、オングの辺りの下にダンジョンの安全地帯がありました。それも、第一階層、第二階層、第三階層のほぼ同じ位置に安全地帯が存在するのです。
そこでオングでは、ゴンドラをワイヤーロープで吊り下げた昇降機が設置され、第三階層まで安全に行き来することができるようになっていました。
第三階層までとはいえ、安全かつ楽に移動できるオングは冒険者に人気の迷宮都市となり、栄えたのです。
その状況が変わったのは、二十年ほど前のことです。
実は『深淵』の大穴は国境をまたいで存在しいます。反対側のオングはもう隣の国になります。
『深淵』のダンジョンが国境を越えて活動できる冒険者証または特別な許可が無ければ入れない理由の一つが、ダンジョンを経由して隣国と行き来できるという点です。
さて、『深淵』反対側のオングが所属する国、当時ホランド王国と呼ばれていた国で二十年前に起きた大事件が「勇者災害」です。
勇者様をダンジョンで強制労働させていたそうで、オングに設置されていた昇降機は勇者様の手により完膚なきまでに破壊されました。
国王も勇者様に殺されてスウィントン公国と名を改めたその国は、「勇者災害」からの復興に手いっぱいで、オングの昇降機はいまだに再建される見込みがありません。
今のオングは昇降機の代わりに縄梯子が設置されたものの利用する冒険者はめっきりと減り、すっかり寂れてしまったそうです。
すっかり寂れてしまったオングの代わりに注目を浴びたのが、反対側のアリーズでした。
勇者様の監視を引き受けていた冒険者達がまとめてゴンドラごと『深淵』の底に落とされたそうで、そのショッキングなシーンを目撃した冒険者たちがこぞってアリーズに押し寄せたそうです。
けれども、当時のアリーズは辺境の寒村に過ぎず、数多くの冒険者を受け入れる余裕はありませんでした。
そこで冒険者ギルドが中心となって推し進めたのが「アリーズ迷宮都市化計画」だったのです。
ダンジョンの入口に当たるアリーズを中心に、近隣の村もひとまとめにして大きな一つの都市にしようという構想でした。
この壮大な計画は、しかし、遅々として進みませんでした。
そもそも冒険者ギルドに都市計画を行う権限はありません。できることは、増えて来た冒険者のために宿を誘致したり、ダンジョン産の素材などの流通量を増やすために商人と交渉するくらいです。
迷宮都市を作るには、領主が動く必要があります。しかし、辺境の開拓に熱心ではない領主は迷宮都市と言われても難色を示しました。
旧ホランド王国の王都からもそれほど遠くなかったオングと異なり、アリーズはマーレイ王国の大都市から距離があります。
道も細く険しいため、大型の馬車も通れない。そんなところに都市を作っても意味はないと思ったのでしょう。
領主にとっては、辺境にたむろする冒険者たちが便宜を図れとごねているように見えたのかもしれません。
その認識が変わるまでに、十年以上かかりました。
しかし、ダンジョンから得られる産物には、ダンジョン以外からは入手が困難なものも多くあります。
オングが廃れたことで一部の品の流通量が激減して高騰、辺境のアリーズまで出向く手間を考えても十分に利益が出る、どころかぼろ儲け状態になったのです。
アリーズの冒険者を相手にする商人が急成長する様子を見て、領主もようやくダンジョンの有用性を理解したようです。アリーズを迷宮都市とする計画が認められました。
こうして、ダンジョンを領内の有力産業に押し上げようと領主も本腰を入れましたが、十年近くかけて街道が整備されただけで、アリーズは未だに冒険者の多い寒村を脱却していません。
けれども、街道が整備されたことで多くの人や物が行き来する下地ができました。何かのきっかけでダンジョンに挑む冒険者が増えれば、その冒険者を相手にする商人や職人達も集まって来て一気に都市が発展する可能性があります。
そんな折、勇者様が『深淵』のダンジョンに挑むためにアリーズにやってくることになりました。
あの「勇者災害」の事件があったとはいえ、勇者様は冒険者の憧れであり非常に人気があります。
そこで冒険者ギルドでは、アリーズにやって来た勇者様を冒険者の皆様に大々的にお披露目して、勇者様のいらっしゃった迷宮都市としてして売り出すことにしたのです。
「……で、結局何が言いたいんだ?」
俺はアリーズの生まれ、地元の人間だ。その程度のことは当然知っている。
まあ、勇者で村興しする話はさすがに初耳だが。
それより話がなげーんだよ!
「急な話で人手が足りないんですぅ。会場の設営と当日の警備の依頼受けてください~!」
泣き付かれてしまった。
確かに冒険者が受けたがる依頼じゃねーよな。
会場の設営なんてわざわざ冒険者にやらせる仕事じゃない。そこいらの村人を雇えば十分なんだが、アリーズ村はあんまり人が多くない。迷宮都市に名前が変わってもいきなり住人が増えるわけでもなし、農閑期でもなければ人は集まらないだろう。
警備の仕事は冒険者向きではあるが、そもそもが冒険者に人気の勇者をお披露目するイベントだ。冒険者ならば会場の警備よりも、観客として気楽に見たいところだろう。
「報酬は少ないですけど、ギルドへの貢献値は高いですよ! アランさん、腕は確かですからすぐにランクアップできますよ!」
ぐっ……、痛いところを。
今の俺は最低のFランク。このランクではダンジョンに潜る依頼が受けられない。
初心者を無駄死にさせないためのルールだそうだが、ダンジョンと冒険者以外何もない寒村でダンジョン以外の依頼となると、本当に子供のお使いみたいなものばかりだ。
もちろん俺もやったぞ、ガキの頃に。
Fランクの初心者はそんな依頼を地道にこなすことになる。
依頼を成功させると、報酬の他に冒険者ギルドに対する貢献値と呼ばれる内部評価が加算されることになる。
貢献値が一定以上になり、かつ魔物と戦える腕前が認められるとランクが上がって初心者を卒業できるのだが、しょぼい依頼では貢献値も少なく、相当な数を受けなければならない。
正直もう一度あれをやりたいとは思わない。
本気で子供用の依頼なのだ。しかも、依頼主は全員顔見知りだ。
結局、俺はこの依頼を受けた。これだけでランクを上げられそうだったからな。
Fランクさえ脱出すれば、ダンジョンでいくらでも稼ぐことができる。
「よっしゃぁ! 人員一人確保ぉ~!!」
背後で受付嬢の奇声が聞こえた。そこまで人手が足りなかったのか!?
会場の設営、頑張った。
他に何を言えと?
人手不足は深刻だった。
俺の他には本当の初心者のガキんちょが二人。こいつらは力仕事など一部の作業で戦力外だ。
他には手の空いた村人が何人か応援に来てくれたのだが、本当に手の空いた時間だけなので短い時間で帰ってしまう。
他にも、受付嬢やギルドマスターに捕まった冒険者がちょっとした作業を手伝って行ったりしたが、それでも足りない分はギルドの職員が残業して作業した。
人手の確保に躍起になるわけだ。
俺も夜遅くまで付き合わされた。つーか、昨日は完徹だった。
頑張った甲斐もあって、どうにか準備は間に合った。
勇者一行は昨日のうちに到着していて、式典への出席を依頼して了解をもらったそうだ。
時刻は昼を回り、いよいよ式典が始まった。
受付嬢が勇者の伝説や、今回召喚された経緯の概略などを読み上げる中、俺は会場の警備を行っていた。
警備と言っても大したことをするわけではない。所詮は辺境の田舎だ、村人も冒険者もほとんどが顔見知りで不審者の入る余地が無い。
それでも入れ替わりの激しい冒険者はこの一年で知らない顔が増えているが、そのために詳しい奴が舞台の近くで警備している。
俺はだいぶ遠い位置に配置されたが、まあここからでも勇者の顔ぐらい拝めるだろう。
「それでは勇者様一行に登場いただきましょう! まずはこのアリーズ出身、みなさんご存じ聖女リディア様です!」
呼ばれてリディアが舞台に上がった。一年ぶりに見るリディアは変わらず、しかし随分と上質な衣装を着ていた。
おそらく国から支給された聖女の衣装なのだろう。見た目が豪華になっただけでなく、装備としても優秀なはずだ。
「「「リディアちゃ~ん~!」」」
冒険者の間から奇声が上がった。
お前ら、勇者じゃなくてリディアを見に来たのか!
「続きまして、本日の主役、勇者様です。勇者ユーヤ様、どうぞ!!」
リディアの次はもう勇者か。伝説では勇者の仲間と言えば剣士とか魔法使いとか、各分野の一流の者が何人か参加するのが普通だ。
リディアが最初に出てきたから、仲間を全員紹介してから最後に勇者かと思ったんだが……他の仲間はまだいないのだろうか?
そんなことを考えていたんだが、出て来た勇者を見たとたんに俺は固まった。
出て来たのは、黒髪黒目の小柄な少年だった。
見た感じ、俺よりも年下だろう。緊張感のない顔つきに、鍛えているように見えない体つき。そして覇気のない身のこなし。
正直、全然強そうには見えない。
だが、そんなことはどうでもいい。
問題は身に着けている装備だ。
「勇者様の白い胸当ては聖鎧アイギスです。勇者様しか装備できない、伝説の防具です!」
そんなわけあるか!
あれは一年前まで俺が装備していたブレストプレートだ。
俺がダンジョンで見つけた品で、伝説の防具でもなければ、勇者専用でもない。
「そして、勇者様の腰にあるのが伝説の武器、不滅の聖剣デュランダルです! こちらも勇者様にしか扱えません。」
勇者が鞘から抜いた剣を掲げると、周囲から歓声が上がる。
だが、これも違う!
あの剣も俺がダンジョンで見つけた魔剣だ。伝説の聖剣であるはずがない!
あの剣と鎧を手に入れたことで冒険者として大きく活躍できるようになったんだ。俺が見間違えることは絶対にない。
まだ解説が続いているようだが、ショックで全然頭に入らない。
俺は勇者を凝視しながら考える。
考える。
考える。
そして理解した。思い当たった。
全ては、このためだったのだ!
リディアが聖女になったのも。
たったの一年で俺が死亡扱いになったことも。
そして俺が『深淵』の底に投げ込まれたことも!
全ては勇者に優秀な俺の装備を、そしておそらくは俺の稼いだ金も使わせるため!
そのためだけに俺は全てを奪われたのだ!
冒険者としての名声も。
稼いだ金も。
苦労して手に入れた装備も。
そして命さえも。
実際にやったのは国だろう。能天気そうな顔の勇者は知りもしないに違いない。
だがそれでも許せない、許さない!
俺が犠牲になったことすら知らずに、その装備を身に着けていると思うだけで腹が立つ。
復讐してやる。
勇者を倒して、俺は奪われたもの全てを取り戻す!




