第二話 帰ってきた男
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「はい、アランさん。冒険者証、発行しましたよ。次からは期限が切れる前に更新してくださいね。」
俺はどうにか地上に戻ってきた。
いやー、大変だった。何度死ぬかと思ったことか。生還できたことは奇跡に近い。
一生分の冒険をした気分だ。
実際、一生とは言わないが地上に戻るまでに一年以上かかってしまった。
冒険者にとっての一年は結構長い。
冒険者証が失効してしまうほどに長い。
長期間拘束される護衛の依頼を受けた場合とかでない限り、一年間も冒険者ギルドに顔を出さなければ冒険者証は失効してしまう。
ダンジョンから脱出した後にそのことを思い出して、慌てて冒険者ギルドに来たんだが、遅かったらしい。
仕方が無いから再発行してもらった。
冒険者証が無いと冒険者として依頼を受けられない。
それ以前にギルドに預けてある金や装備を受け取れない。
優秀な装備は高価だから、休みの日にはギルドに預ける冒険者も多い。自宅や安宿に置いておくよりもよほど安全だからだ。
金は最悪また稼げばよいとして、俺の装備はダンジョンで見つけた特別製だ。金を出しても同じものは買えない。
俺の装備があればと何度思ったことか……
冒険者証の再発行は有料だが、そのくらいすぐに稼げるさ。今なら最高難度の依頼だってこなせる気がする!
「それからアランさん、死亡扱いになってましたよ~。新規登録扱いになるので再発行手数料はかかりませんが、ランクはFからやり直しですね。」
「ええー!?」
ちょっと早くないか? 冒険者証を失効して即死亡扱い?
普通、何年か猶予があるんじゃないのか?
俺、既にCランクでもうすぐBランクと言われていたんだけど、またFランクからやり直し?
ランクが低いと受けられる依頼が制限されるから面倒なんだよな。
「アランさんはこの一年と一月の間、冒険者ギルドだけじゃなくて商店にも宿にも実家にも顔を出していなかったじゃないですか。死んだと思われて当然です! いったいどこに行っていたんですか?」
「だからそれは、『深淵』の底に……」
「そんな与太話はどうでもいいですから。」
「くっ、……」
本当のことなのに……
だがまあ仕方がない。「未踏破ダンジョンの最深部を見た!」なんて言うのは、引退した元冒険者の定番の法螺だ。
俺だって他の奴が言っても信じなかっただろう。
ダンジョン最深部の魔物の素材か、いっそダンジョンコアでも持ち込めば話は変わるのだろうが、そいつは無理な相談だ。
ダンジョンの心臓部であるダンジョンコアはそのダンジョンで一番強い魔物が守っていると相場が決まっている。
もちろん避けてきたぞ。ダンジョンコアがありそうな部屋を大きく迂回して素通りだ。ダンジョンコアも守っている魔物も見てもいない。
深層部ではひたすら逃げ隠れしていたからな。魔物と戦うなんて論外! たとえ倒せても解体している余裕もない。そもそも素材を持ち帰るための袋すらなかったからな。
フル装備でもう一度行けと言われても断るぞ! 二度目は絶対に死ぬ。
それに、『深淵』の底から生還したことを認めさせても、俺が死亡扱いになっていたことに変わりはないんだよなぁ。
『深淵』に投げ込まれたと知られたら、死んだと思うよ普通! よく生きて帰ったもんだよ、俺!
……ちょっと待てよ。
「なあ、俺が死亡扱いになっていたってことは……」
「はい。お預かりしていたアランさんのお金と装備は処分させていただきました。」
「うっそぉ~~~」
俺は頭を抱えた。俺の装備がぁ~!
「えーと、アランさんの遺品は、最後にパーティーを組んでいたリディアさんに渡していますね。」
いや、俺は死んでないから!
でも、まあ、最悪ではないか。
「リディアだったら、話せば返してもらえるか。」
リディアは俺の幼馴染だ。
俺は冒険者になったが、あいつは回復魔法の適性があって、教会で治癒士の修行をしている。
修行の一環として怪我人の治療をしたり、ダンジョンに潜って薬草などを採取をしたりすることもある。
俺とパーティーを組んだのも、ダンジョンに潜る修行のためだった。
知らない仲じゃないし、事情を話せば装備くらいは返してもらえるだろう。
「リディアさんは聖女様になったから、なかなか会えないかもしれませんね。」
「え? リディアが聖女に?」
回復魔法の練習台になるのは主に怪我をした冒険者だった。迷宮都市には掃いて捨てるほどいるからな。その関係でリディアは冒険者達から人気があり、『迷宮都市アリーズの聖女』などと呼ばれていた。
もちろんそれはただ冒険者たちが言っているだけで、正式なものじゃない。
「教会が認めたのか? 何年もかかるという話だったが。」
正式な聖女になるには、才能を認められた上で王都にあるような大きな教会で何年かそれ用の修行する必要があるらしい。リディア自身がそんなことを言っていた。
「いえ、国による任命です。勇者様に同行する聖女様という扱いですね。」
「勇者? 魔王が現れたという噂は本当だったのか?」
勇者と言えば、おとぎ話の存在だ。
魔王によって世界が脅かされる時、颯爽と登場した勇者が魔王を倒して世界を救う。
地域によっては細かいところに違いがあるそうだが、魔王を倒して世界を救う英雄が勇者だ。
遠い昔のおとぎ話。
だが俺たちは勇者がただの昔話でないことを知っている。
今から二十年ほど前、お隣の国に勇者が現れた。勇者召喚と呼ばれる儀式を行って、どこか別の世界から勇者を呼び出したそうだ。
別に世界が危機に陥ったわけではない。世界を救う英雄の力を、自国の戦力にするつもりだったらしい。
身勝手な理由で呼び出された勇者は怒り狂い、国を滅ぼす勢いで暴れ回ったという。
後に「勇者災害」と呼ばれる大事件だ。
俺の生まれる前の出来事だが、当時を知る、特に国の偉い連中は今でも勇者を恐れているらしい。
『本当に必要なとき以外は勇者召喚を禁止する』などと言う国際条約を作るほどに戦々恐々としているという噂だ。
「一年くらい前に、『魔王を討伐するために勇者を召喚する』って発表があって国中の話題ですよ。本当に、どこの山奥に籠ってたんですか?」
「だから山奥じゃなくて、『深遠』の底だって……」
しかし、大々的に公表したのなら『本当に必要なとき』だと認めたのだろう。すぐ隣の国での事件だっただけに、この国の政府も勇者を怖がっているというのは有名だった。
俺が『深淵』に落とされる前から、「魔王が出現したのではないか?」という噂はあったのだ。
だから、「なら次は勇者が現れるのだな」という冗談が流行っていたんだが、どうやら冗談が本当になったらしい。
それにしても、リディアも出世したものだ。
教会の聖女というのは、勇者に随行した聖女の伝説が元になっているが、教会という組織内での役職に過ぎない。
教会の広告塔のような存在である聖女は、能力よりも容姿や家柄で選ばれ、貴族との繋がりを作って寄付を集めることが主な仕事だ、と内情を知ったリディアが愚痴っていた。
一方、国の任命した聖女は公的な身分だ。伝説に従い、勇者を支援する聖女として国内外に通用する権限を与えられているはずだ。
しかし、困った。そんなに偉くなっていると会いに行くのも大変だ。
勇者と一緒に王都にいるだろうし、重要人物になっているから簡単には面会できないだろう。
家族ならばまだしも、俺は単なる幼馴染でしかないからな。
「あ、三日後に勇者様がここアリーズに来ることになっていますから、リディアさんも一緒に来るんじゃないですか。」
「勇者が来るのか? こんな何もない辺境に?」
迷宮都市アリーズと言うと大都市のように思えるかもしれないが、その実態は国の端っこにあるダンジョン以外何もない田舎にすぎない。
冒険者と冒険者を相手にする商人以外、あまり用のある場所ではない。
「魔物と戦う訓練に来るそうですよ。」
ああ、なるほど。
伝説では魔王は魔物を引き連れていると云われているから、魔王と戦う前にダンジョンで訓練するのか。
ダンジョンならば、入口近くは弱い魔物、奥に進むにつれて強い魔物と大体の傾向があるから訓練にはちょうど良い。
それに、戦闘訓練ならば回復役であるリディアも一緒に来るはず。王都よりは会う機会もあるだろう。
ならば、リディアが来るまで待つとするか。ついでに勇者ってやつの顔も見てみよう。
そうなると、当面の生活費を稼ぐ必要があるか。今の俺は一文無しだ。
俺はここアリーズの出身なので、いざとなったら実家を頼ることもできるのだが、それは最後の手段にしておきたい。
今からFランク向けの簡単な依頼を受けるのも手だが、とりあえずは手持ちの物を売ってしまうか。
「魔物素材の買取を頼む。」
「冒険者証が失効したままダンジョンに潜ったんですか? 見つかると捕まりますよ……って、どこから出したんですか!?」
俺が取り出した魔物素材を見て驚く受付嬢。そう言えば、収納魔法の使い手は少ないんだったっけ。
「……なるほど、収納魔法を習得するために山に籠って特訓していたんですね! 査定しますからしばらくお待ちください。」
何だか変な誤解をしたみたいだが、面倒だから放置する。
俺は元々、魔法は得意じゃなかったんだが、ダンジョンで生き延びるために必死になって覚えた。
特に収納魔法は死活問題だった。
なにしろ着の身着のままだったから、服のポケットに入るものと手に持てるもの以外持ち運べないのだ。
ダンジョンを進むのに両手を塞ぐわけにもいかないから、さらに荷物が制限されてしまう。
ちょっと多めに食糧を手に入れても、硬い石をうまいこと割ってナイフを作っても、大きな葉っぱで食器を作っても、嵩張る物はすべて捨てて行くしかなかった。
実は収納魔法を憶えること自体は難しいことではない。使いこなせれば便利な魔法ということで習う冒険者も多い。
ただ、習得したばかりの収納魔法は容量が小さいのだ。コイン一枚分くらいの大きさの物が入るかどうかというところだ。
それを練習繰り返して少しずつ大きくしていくのだが、これが大変でたいていの奴は挫折する。
なにしろ慣れないうちは物を収納しているだけでガンガン魔力を消費してしまううのだ。何度も何度も魔力切れの苦しみを味わうことになる。
収納を維持する魔力量が自然回復する魔力量と釣り合って半人前、維持にかかる魔力をほぼ気にしなくなって一人前だそうだ。
収納魔法を実用レベルで使えるようになったが冒険者としての他の技能はほとんど身に付かず、パーティの荷物持ちになったとか、商人に鞍替えしたとかいう話も聞いたことがある。
俺も以前挫折した口だが、今回は命がかかっている。必死になって練習したぞ。
魔力切れでだるいままダンジョンを進まなければならなかったのは大変だったが、おかげで魔力量そのものがずいぶんと増えたみたいだ。
収納魔法の容量もだいぶ大きくなって、浅い階層まで登って来た時に倒した魔物の素材を持ち帰ることができたのだ。
「ちょっと、アランさん! 何で第三十二階層のブラッドオーガの角があるんですかぁ!?」
査定が終わったと思ったら、別室に呼び出されて開口一番叫ばれた。
うーん、いちいち階層を数えていなかったが、『深淵』のダンジョンはたぶん百階層以上あった。
「ああ、三十二階層だったのか……」
俺としてはその程度の感想しかない。
『深淵』のダンジョンは階層が深くなるほど強い魔物が出て来るが、十階層前後降りると急に強くなる傾向がある。
だから二十階層代か三十階層代かで魔物の強さが違ってくるのだが……まあ、最深部の怪物に比べたら誤差みたいなもんだったな。
深い階層の魔物は本当にヤバかった。特に最深部の魔物は見つかったら終わりだ、と本気で思った。
半年ほどはひたすら隠れながら進んだと思う。
階層をいくつも登り、出てくる魔物も何度も変わって、一対一ならば倒せそうな魔物ばかり出て来るようになってから少しペースを上げた。
勝てても負傷するだろうし二体以上現れたら勝てないから、極力戦闘は避けたのだが、避けきれずに死にそうになったのも一度や二度ではない。例の丸薬もすっかり使い切ってしまった。
あの辺りの絶望的な状況に比べたら、二十階層も三十階層も大差ない。
俺としてはそんな感覚だったんだが、冒険者ギルドとしては違ったらしい。
そう言えば、『深淵』のダンジョンの到達記録は第二十九階層だったはず。この一年間で更新されていなればだが。
つまり、俺が記録更新したのでなければ、深い階層の魔物が浅い階層にまで登ってきたという異常事態が発生したことになる。
そりゃあ、冒険者ギルドとしては大慌てだな。
ギルドマスターを交えて『深淵』の底から這い上がって来る過程を詳細に聞かれた。
俺も生き延びるのに必死であまり細かく憶えていなかったが、できる範囲で協力したぞ。参考資料として記録だけは残すのだそうだ。
『深淵』に放り込まれたらしいと言う件には半信半疑だったが、役人に届け出て犯人を捜してくれることになった。
まあ、一年も前のことだし、見つかるとは思えないが仕方ない。
この一年間、俺が『深淵』のダンジョンにいたことは認められたが、冒険者証失効によるFランクスタートは覆らなかった。
無念。