第十三話 勇者を追って
『深淵』のダンジョンに挑む冒険者は、幾度も壁に突き当たることになる。
階層が深くなるにつれ強い魔物が出て来るから、勝てない魔物が出てくる前に引き返す必要がある。
戦闘に余裕がなくなってきたら引き返するがセオリーだが、ダンジョンには出てくる魔物が急に強くなる場所がある。
知らずに突き進んだり、自分の力量を過信した者が命を落とすそうした場所は、未熟な者を弾き返す壁として冒険者の前に立ちはだかっている。
最初の壁は、ガキんちょの天敵、第三階層に現れるゴブリンだ。
ゴブリンは子供くらいの大きさの人型の魔物で、大群で襲って来たのならともかく、一対一ならば冒険者ではない一般人でも対処できるほど弱い。
ただし、大人ならば勝てる相手でも、同じくらいの体格のガキんちょでは力負けする。
ダンジョンに入り込んで第一階層や第二階層で遊んでいたガキんちょが、調子こいて第三階層にまで足を延ばすと死ぬ破目になる。
あの時は本当に死ぬかと……いや、それはどうでもいい。
とにかく、第一階層や第二階層ならば見逃す冒険者も、第三階層に向かうガキんちょがいたら本気で捕まえて連れ帰る。
そして、冒険者ギルドでFランクからランクアップする条件の一つが、単独でゴブリンを倒せる実力があると認められることだったりする。
初心者を卒業した駆け出し冒険者が次にぶつかる壁は第五階層になる。
第五階層から現れる魔物は、オークだ。
辺境都市ノルムでもよく食っ……戦った魔物だが、あれが単独で出て来る。
第四階層までの魔物はそれほど力が強くないから油断していなければ問題ないんだが、オークは普通に人より力が強い。
力押しでここまで進んで来た冒険者はここで躓くことになる。ここから先は、武器の扱いと戦い方の技術が必要になる。
第五階層を越えられなければ冒険者とは呼べないなどと言われているくらいだ。
まあ、鍛えまくった冒険者なら力押しでオークに勝てる奴もいるがな。俺も素手でオークを倒せるぞ。背後から首をくいっとやると、仲間に知られずに倒せるから便利なんだ。
だが、攻撃役ではない、それどころか戦闘職でないリディアではオーク相手に攻撃力が足りない。
だから、第五階層辺りでもたもたしているだろうと思っていたんだが……。
第五階層を抜けてその先を目指すということは、オークを余裕をもって倒せるようになっているということだ。
追加メンバーが頑張っているのかもしれないが、目的はダンジョンの踏破ではなく勇者の育成だ。
第五階層辺りでオーク狩りをするよりも、先に進んだ方が効率がいいと判断したのだろう。
勇者が成長していることは間違いない。
第五階層の次は第十階層が壁になる。
第十階層で出て来る主な魔物は、ゴブリンだ。
第三階層との違いは、複数まとめて出て来るところだ。
最初の方は三~五匹くらいだが、進むにつれて数が増え、十匹以上の集団で襲ってくる。
ゴブリンのくせに連携とかしてくるし、数が増えると色々な武器を使うやつも出て来る。
ゴブリン剣士、ゴブリン槍使い、ゴブリン盾使い、ゴブリン弓使い。
あいつらの武器が何処から湧いて出て来たのかは謎だ。冒険者の間では「ダンジョンだから」で済ましているがな。
魔王を倒すために北の荒野に入るならば必要な経験だろう。壁を出たすぐそこにゴブリンやオークの集団がいるのだから。
そう言えば、北の荒野のゴブリンやオークにも武器を持っている奴がいたな。
ダンジョンの外の魔物は、冒険者などが落とした武器を拾って使うことがあるらしい。
粗雑な棍棒くらいならともかく、金属製の剣や槍を魔物が作れるはずがない。武器の手入れもできないから、錆びてボロボロになった剣を振るってくることもある。
錆びた剣は武器としては質が悪いんだが、万が一刺されたりすると厄介だ。傷口は塞がり難いし、化膿して後から悪化することもある。
狙ってやっているわけじゃないだろうが、武器を持つ魔物はそれだけ厄介だ。
ただ、ダンジョンの魔物の場合はちょっと事情が異なる。
ダンジョンで放棄した荷物は、時間が経つと消滅する。
なぜかは分からないが、ダンジョンに持ち込んだ物のを放置しておくと、数日後にはきれいさっぱり消えて無くなるのだ。
物だけでなく、ダンジョンで死んだ冒険者の遺体も同じように消えてしまう。
止むを得ず置いてきた荷物や仲間の遺体を後日回収しようと思っても、よほど急がない限り不可能なのだ。
だから、魔物が冒険者の装備を拾う機会はほとんどない。
それに倒した魔物の使っていた武器が回収されることがあるが、だいたいが粗悪品で冒険者が使ったとは思えない品ばかりらしい。
そんなわけで、ダンジョンに放置した物がどこへ行くのかと、ダンジョンで魔物の持つ武器はどこから来たのかは謎なのだ。
魔物の持つ武器は、ダンジョンが魔物と一緒に武器も生み出した説と魔物専用の宝箱がある説が有名だ。どちらも確認されたことはないがな。
ダンジョンに放置されたものは、ダンジョンに吸収されて養分になるか、長い時間魔力に晒されて変質して宝箱の中に入るアイテムになるのではないかと思われている。
そう言えば、『深淵』の底もダンジョンの一部らしく、人工物がほとんど落ちていなかったな。
『深淵』のダンジョンの魔物はどういうわけか『深淵』の大穴の部分には近寄らない。空を飛んだり壁に貼り付いたりできる魔物でも大穴部分にまでは出てこようとしないのだ。
だから階層をショートカットするために大穴の壁を昇り降りしていても襲われないのだが、それは大穴の底の部分も同じだった。大穴の底は最下層最大の安全地帯だったわけだ。
魔物が全然出てこないから、俺は日が昇ってから『深淵』の底を調べて回った。
だが、年に一人くらいは落ちる人の遺体も、不注意で落としてしまった荷物も、二十年前に勇者が切って落としたと云われるオングの昇降機のゴンドラも、何も見つからなかった。
唯一見つかったのが一本の剣だった。たぶん俺が落とされる前数日以内に誰かが落としたもので、奇跡的に消える前に拾うことができたのだろう。
あの剣を拾えたおかげで俺はダンジョンに挑む気になれたようなものだ。
おっ、勇者発見!
予想通り、第九回階層の一番奥の安全地帯にいる。
ここで一晩明かして、明日第十階層に挑むようだな。
勇者、リディア、そしてもう一人男がいる。
あれが追加メンバーだろう。名前は確か、ヴィリアム。冒険者ギルドで見た憶えがある。Cランクの冒険者だ。
アリーズにはBランク以上の高ランクの冒険者はいない。
Bランクへの昇格試験はアリーズでは行えないから王都とかの冒険者ギルドに行く必要があるし、王都なら高ランクの冒険者には割のいい仕事がある。
だから、Cランクの冒険者でもでもBランクに、手が届きそうになったらアリーズを離れることが多い。
結果としてアリーズに残る実力者は、俺のようにアリーズが地元か、上を目指すことを諦めた者になる。
ヴィリアムは後者だったはずだ。
勇者に触発されて世界を救う勇者パーティーの一員として頑張る気になったのか、それとも『深淵』のダンジョンだけの一時雇いか。
どちらにしても、当面はこの三人でダンジョンに潜るつもりなのだろう。
ん? 野営の準備を始めたようだ。
小さなテント? ああ、便所か。リディアもいるからな。
やはり勇者の能力――インベントリは強力だ。必要な物がどんどん出て来る。
ダンジョンでは基本的にテントは必要が無い。雨が降らないからな。
『深淵』のダンジョンの場合は、大穴に近いところなら雨が吹き込むこともあるが、奥までは届かない。
便所も普通はそこいらに穴を掘って用を足す。男女混合のパーティーであっても気にしないのが冒険者の流儀だ。
視界が遮られた状態で魔物に襲われると危険だし、仲間の状態が相互に把握できないのも問題だ。
だから、特に必要となる事情が無ければ嵩張るテントは持ち込むことはない。
ダンジョンでもものによっては雨が降ったり、強風が吹き荒れたりとテントくらいないとろくに休めないこともあるらしいが、幸い『深淵』のダンジョンにはそんな場所はない。
まあ、冒険者生活に慣れていない勇者に配慮して持ち込んだのだろうが、それなりに嵩張るテントを持ち込めるだけの余裕があるということだ。やはり勇者のインベントリはかなりの容量がある。
おいおい、今度は大きな鍋を取り出したぞ。しかも、調理済みの中身入りかよ!
鍋の中身を人数分の容器に取り分けて……スープから湯気が出ているじゃないか!
いくらなんでもダンジョンの中で料理をする余裕はないはずだ。出発前に作ったとすると……勇者のインベントリの中では冷めないのか?
そんなことは、収納魔法ではあり得ない。
勇者のインベントリは、収納魔法とは別物と考えた方が良いかも知れない。
やはり、勇者の能力は謎が多いな。
さて、俺もそろそろ休むとするか。
俺は一旦勇者一行と距離を取った。
いくら安全地帯でも、見張りも立てずにぐっす眠ることはない。あまり近いと俺が見つかってしまうかもしれない。
視認できないくらい離れても、気配で分かるから問題ない。
余裕をもって距離を取ると安全地帯の外に出てしまうのだが、それも問題はない。
俺がダンジョンから脱出しようと頑張った一年間、安全地帯で休めたことなんてなかった。
そもそも、安全地帯というのは、時間をかけて調べた結果魔物がほとんど出てこない場所のことをそう呼んでいるだけだ。ダンジョンに「ここは安全地帯」なんて立札が立っているわけじゃない。
だから、未踏領域に安全地帯なんかない。魔物が出てきたことで「ああ、ここは安全地帯じゃないんだな」と気付くだけだ。
苦労したぞ。
寝不足でフラフラしながらダンジョンを歩いていたこともあった。あの時うっかり魔物と出会っていたら終わりだった。
魔物から隠れられるねぐらを作ろうとしたり、魔物が近付くと音を立てる細工を行ってみたり、色々と工夫もした。
寝たまま索敵を行って危険が迫れば一瞬で目が覚めるようになってからはましになったが、熟睡はできないから慣れるまでしんどかった。
その気になれば、フック付きロープでダンジョンの天井にぶら下がりながら寝ることもできるぞ。場所によってはそれでも安心できないのがダンジョンなんだが。
一晩や二晩徹夜したところでどうということもないのだが、そこまでする必要はないだろう。
勇者パーティーも含めて寝ながらでも監視できる。
そんじゃ、おやすみ~。




