第一話 落とされた男
新作連載始めます。
その広い部屋には数人の人物がいて密談を行っていました。
密談と言っても別に悪事を企む犯罪組織とかではありません。
各国のトップが集まった非公開の国際会議です。
「魔王の出現を確認した。確定情報だ。」
「魔王か……本当に世界が滅びるのか?」
「伝承によれば、魔王が生存しているだけで魔物が活性化し、それ以外にもあらゆる災害が襲い、五十年もあればほとんどの生物は息絶えるという話です。そして魔王を倒すことができるのは勇者のみです。」
「伝承の通り、魔王が現れた北の荒野は魔物が活性化し、頻繁に人の領域に攻め込んで来るようになった。その後も伝承の通りになると思った方が良いだろう。」
「勇者は伝承の通りであったからのぉ。」
「「「あんたの国がやらかしたことだからな!!」」」
「『勇者をみだりに召喚してはならない』正にその通りじゃったのぉ。」
「確か自国の戦力にしようと勇者を召喚して、ブチ切れた勇者に逆襲されたんでしたっけ?」
「危うく国が滅びるところじゃったわい。」
「「「滅びればよかったのに!」」」
「とにかく、勇者はこちらの思い通りに動く都合のいい駒では無いし、場合によっては我々に牙をむく危険な力であること忘れてはいけません。」
「勇者召喚が各国で持ち回りになっているのは、リスクを分散するためだったんだな。……なんでオレの国が担当の時に魔王が現れるんだよ!」
「「「頑張れ!」」」
「お前らも手伝えよ! 魔王倒せなかったら世界が滅びるんだからな!」
「勇者は召喚するしかないとして、問題はどうやってこちらの言うことを聞いてもらうかですね。」
「そもそも前回は何やって勇者を怒らせたんだ?」
「言うこと聞かせるために痛めつけたらしいのぉ。拷問とか、薬とか。実際にやった連中は皆殺しになったし、二十年も前のことだからよう分からんけど。」
「「「そら、ブチ切れもするわ!」」」
「力で押さえつける方法は無しだな。勇者が力を付けたところで反抗される。」
「ならば搦め手ですね。エサで釣って、自分から協力するように仕向けるのが良いでしょう。」
「人を動かすための報奨と言えば、金、名誉、女、あたりが定番じゃのぉ。」
「まあ、多少金にがめつい勇者だったとしても所詮は個人だ。各国で持ち寄れば足りないということはないだろう。」
「ワシのところは復興も完全には終わってなくて余裕が無いんじゃが……」
「「「自業自得だ!」」」
「名誉に関しては、戦果を大々的に公表してもてはやしてやればよいでしょう。民衆にとっても良い娯楽になります。」
「後は女か……そう言えば、市井には聖女と呼ばれる美女がいるらしいな。」
「聖女ならば勇者に付けるにはちょうど良いのぉ。その者に勇者の舵取りをやらせるか?」
「しかし、美女なのでしょ? 恋人の一人もいるのではないですか? 勇者が痴情のもつれで醜聞と言うのも避けたいです。」
「確か、恋人はいなかったはずだ。……だが、幼馴染の冒険者がいるそうだ。」
「冒険者ならば金でも渡せば問題なかろう。」
「いや、まずい。そいつはダンジョンで強力な武具を手に入れたとかで最近活躍している奴だ。かなり派手に稼いでいる。」
「……一流の冒険者は下手な貴族よりも金を持っていると言いますし、金で言うことを聞かせるのは難しいかも知れませんね。」
「ダンジョンで一山当てたとなれば、ちょっとした英雄じゃのぉ。」
「そして幼馴染は聖女とまで呼ばれる美女だ。」
「なんてうらやま……けしからんやつじゃ。ワシ……いや勇者を差し置いて金と名誉と美女を独占しておる!」
「その冒険者さえいなければ全てが丸く収まる気がしてきました。」
「強力な武具や稼いだ金も勇者に渡せば有効活用できそうだな。」
「「「「世界のために、その冒険者には犠牲になってもらおう!」」」」
共通の敵である魔王、世界の危機という脅威、そしてちょっぴりの嫉妬心によって世界の国々は一つにまとまりました。
そして数日後、一人の冒険者が失踪しました。
最近難しい依頼を次々に達成して注目の冒険者であり、装備などを置いたまま行方不明になったということでしばらく話題になりましたが、すぐに忘れ去られました。
冒険者が突然いなくなることは珍しいことではありません。
◇◇◇
「うぐぅあぁあああー!!!」
俺は激痛で目を覚ました。
痛い、痛い、全身が痛い。痛みでこのまま気絶しそうだ。
やべぇ、これ致命傷だ。今意識を手放したら、そのまま死ぬ!
グッ、動け、動け!
焦る気持ちとは裏腹になかなか動かない右腕を必死に動かす。
胸元にぶら下がっているお守りを引っ張り出し、中から丸薬を取り出す。そしてそのまま口に放り込む。
無理やり薬を飲みこむと、わずかに痛みが和らいだ。
「敵は、どこだ?」
まだ残る痛みを無視し、少しだけ明瞭になった意識で周囲を見回す。
見える範囲に、魔物の姿はない。他に危険そうなものも見当たらない。
俺は一息ついて、ゆっくりと体を起こした。
まだ気は抜けない。俺のピンチは続いている。
さっき使った丸薬は非常用の高価な品だが、死にかけから即時に完全回復するほど強力なものではない。
しばらく俺はまともに戦えないだろう。
俺は周囲を警戒しながら、安全な場所を探す。
そもそもここはどこだ?
どうしてこうなった?
おかしい。現状に至る過程が全く思い出せない。
今日は仕事、休みにしたよな?
冒険者は体が資本だ。疲れを残したまま危険な依頼を受けても事故を起こすだけだ。
金に余裕のある冒険者は依頼が終わったらしっかりと休みを入れる。余裕のない冒険者は危険の少ない依頼で糊口をしのぐ。
俺は余裕があったから、しっかりと休みを取っていた。ずっと安全な街中にいたはずだ。
だがこの場所はどう見ても危険地帯だ。この空気はおそらくはダンジョンの中、それもかなり深いところだ。
ふと自分の体を見下ろす。普段着だった。武器も防具もその他の装備もない。どう考えても、街中の格好だ。
頭でも打ったはずみで依頼を受けて仕事に出かけた記憶が抜け落ちている、と言うわけでもなさそうだ。
えーと、最後の記憶は……
酒場で飯食っていたんだよな。
そうだ、見慣れない若い男がやって来て冒険者の話が聞きたいと言って一杯奢られたんだ。
それから……? 憶えていない。
まさか一服盛られた? それでダンジョンに連れてこられた? 何のために?
うーん、分からん。とりあえず、保留。
次、ここはどこだ?
改めて周囲を見回す。
薄暗くてよく見えないが、全方向に壁のようなものがある谷底、あるいはすり鉢の底のような地形に見える。
真上を見上げると、ぼんやりと星空が見える。
そしてこの場の空気はダンジョンのそれだ。
俺はこの場所に心当たりがあった。
『深淵』と呼ばれるダンジョンだ。
大地に穿たれた深くて巨大な縦穴。それが『深淵』だ。
その大穴の側面にできた螺旋状の深い溝、そこが『深淵』のダンジョンと呼ばれ、冒険者の仕事場になる。
俺の暮らしていた街は迷宮都市などと呼ばれ『深淵』のダンジョンに挑む冒険者が集まっている。俺も冒険者の一人だ。
『深淵』のダンジョンは、『深淵』の底にまでつながる長い一本道だ。大穴を一周回れば一階層深くなる。
まあ、一本道と言っても小さな村ならすっぽりと収まるほどの幅があり、数々の魔物に障害物や罠なんかもあって簡単には進めない。
そして『深淵』のダンジョンの特徴は、巨大な縦穴を利用してショートカットできることだ。ダンジョンを道なりに進まなくても、『深淵』の壁を降りれば一周分飛ばして下の階層に行くことができる。
昇り降りしている状態で魔物に襲われるとひとたまりもないから、魔物のほとんど現れない安全地帯でないと使えない技だがな。
それでもショートカットできるのは便利だから、十階層辺りまではショートカットできそうな場所が調べられ、昇り降り用の縄梯子が架けられている。
上と下の階層が両方とも安全地帯でないといけないから、ショートカットできる場所は限られているのだ。
安全地帯と言っても絶対に魔物が現れないわけではないし、魔物が出なくても足を踏み外せば終わりだから、年に一人くらいは『深淵』の底に落ちるんだがな。
……俺もその一人かよ!!!
そうか、薬で眠らせた俺を『深淵』に投げ込んだのか。酔っぱらって『深淵』に落ちたという体裁か? 無理があるだろう!
それにしても、よく生きていたな、俺。
見上げると、『深淵』の底から地上までは山のような高さがある。
そう言えば、『深淵』は何もない穴のように見えてもダンジョンの一部だから、階層と階層の間に魔力障壁のようなものがあるらしい。
たいして力のある障壁じゃないが、勢いの強い物ほど強く作用するという話だ。地上から下の方の魔物めがけて石を投げ落としても、障壁で減速するから大した威力にはならないらしい。
それで俺は助かったのか。ギリギリだったけどな。
冒険者の冗談で、「『深淵』の底が見たかったら飛降りればいい。」と言うのがあるが、まさか実践することになるとはな。
因みに、過去に挑戦したバカはいたかもしれないが、生還者はいない。墜落死しなくても、ダンジョンを踏破しないことには地上に戻ることはできない。
当然のように深い階層には強い魔物がいる。このダンジョンは未踏破だから、最下層にはどれ程恐ろしい魔物がいるか分かったものではない。
どーしよう。俺、武器すら持っていないんだけど!
改めて持ち物を確認するが、何も無い。着の身着のままでダンジョンに放り込まれてしまった。
非常用に日頃から肌身離さず持っていた薬のおかげで一命をとりとめたが、あの丸薬はあと二錠のみ。高価なだけあって毒でも怪我でもなんにでも効くが、魔法薬ほどの即効性は無いから戦闘中には使えない。
着ている服に防御力は皆無だし、靴も悪くはないがダンジョンを踏破するには心もとない。
食糧無し、水も無し、作業用のナイフすらない。
あっ、財布もない。盗られたか。まあ、金があっても使えないが。
冒険者証は無事だが、これもダンジョンの中では役に立たない。
詰んだな。
ダンジョンを進むには圧倒的に装備が足りない。
特に武器が無いのが致命的だ。俺がいくら優秀な冒険者でも、ダンジョン最深部の魔物を素手で倒すのは無理だ。
もちろん十分な装備があったとしても、未踏破ダンジョンの最深部の魔物と単独で戦うのは無謀だ。基本は魔物から逃げ隠れしながら進むことになる。
だが、いざとなった時に戦う手段があるかないかで取り得る行動が大きく変わって来る。
特にダンジョンで水や食料を調達する手段は限られているから、あまり慎重すぎると餓死する。もちろん大胆に魔物と鉢合わせしても死ぬ。ただ、魔物を傷付けられる武器があれば牽制くらいにはなるし、倒せないまでも逃げ出す隙を作る役には立つ。
うーん、どこかに剣の一本でも落ちていないだろうか。
この話は最初、短編にするつもりで書き始めました。第一話に人名が入っていないのはそのためです。
ただ、実際に書いてみると、短編では勇者のへっぽこぶりを描く所まで収まりそうもなかったの連載にしました。
とりあえず、勇者が登場するあたりまで毎日投稿する予定です。