表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

千年ダンジョン「狭間」

千年ダンジョン「狭間」第87層



「ガ…ハッ……!!」


「フリードさん!!」


フリードと呼ばれる男が敵の発した衝撃波によって壁に叩きつけられた。

ゴポッと口から血を吐き、苦痛に顔を歪める。

傷が深い。恐らく致命傷だ。即座に治癒魔法を施さなければ命が危ないだろう。


「き……気にすン……なぁ…!!」


瓦礫に埋もれた体を起こし、膝を震わせながらヨロヨロと立ち上がった。


「無理しないでください!今、治癒魔法を…!」


後方で支援していた1人の僧侶が、結界を解除してフリードに駆け寄る。


「ば、馬鹿…野郎……!!!」


結界を解除した瞬間、3本の黒い矢が僧侶に向けて放たれた。


「あっ……」


放たれた黒矢は空を裂き、一直線に僧侶へと迫る。

防壁も相殺も間に合わない。運動能力の低い僧侶に回避は不可能。


直撃して即死。

僧侶はコンマ数秒後に自分が貫かれて死ぬイメージが鮮明に思い浮かんだ。


「伏せてルミエ!!」


黒矢を小盾(バックラー)に受け、ルミエと呼ばれる僧侶の前に1人の女戦士が立ち塞がった。

黒矢を受けた小盾は焼け焦げた様に黒煙を上げながらボロボロと崩れ落ちる。


「ア、アンリさん…」


「…遅れてごめんね。怪我は無い?」


砕けた盾を放り投げ、背を向けているルミエに問いかけた。


「私は大丈夫です…でもフリードさんが…」


ルミエが指差す先には、小石を当てれば倒れそうなフリードが息も絶えだえに立ち尽くしていた。


「間に合う?」


「分かりません…けど…助けに行きたいです…」


「…30秒、時間を稼ぐわ」


「……はい!」


ルミエは震える脚で立ち上がり、フリードの元へ駆け出す。


「これが魔神…か」


眼前に漂う人型の魔物。

全身が漆黒に覆われており、頭部からは湾曲した深紅の大角を生やしている。


その人型の姿からは想像もできない禍々しさを孕んだ(プレッシャー)を放ち、今まで出会った凶暴な魔物すらも道草程度にしか思わせない魔力は、魔神と呼ぶに相応しい強さだった。


剣竜(ソルドラ)の闘いでも壊れなかった守護精霊の加護(ブレス)を受けた小盾が一瞬で……受け切る事は不可能か………なら)


魔神が手をかざし、再び黒矢を放つ。

アンリに向けられた黒矢は、先程ルミエに放たれた物とは比べ物にならない数だ。


完全破壊(フルブレイク)


バラバラの軌道を描く黒矢が、アンリの一振りによって霧散する。


「受け切れないならブッ壊すまで、ね」


「…!」


緋色の魔力を剣に纏い、アンリが黒矢の中を突き進む。


「ハァァァ!!!」


魔神の喉元に辿り着いたアンリが剣を振るう。

しかし、一閃、二閃と繰り出した渾身の斬撃が虚しく空を切る。


「この距離で躱した…!?」


必ず当たる、自身の戦闘経験からそう確信していたはずの攻撃を空振った事で、空中にいたアンリの体が少し泳いだ。


(…躱したんじゃない!今のは…転移魔法!!)


背後に転移した魔神が黒皮の下でニィと笑った。


(しまっ…!!隙が…)


「クッ…!!」


泳いだ上体を強引に体を捻りながら背面に剣を振るう。しかしーーーーーーーーー


雷光(ライトニング)


耳を裂く様な轟音を上げ、黒い雷光がアンリの体を貫いた。


「……あ………か…」


凄まじい衝撃を受けたアンリは、苦痛の声を出す事も出来ずに口をパクつかせながら地に落ちる。


(ただの……雷光(ライトニング)で…この威力……ッ…)


雷による麻痺で指先一つ動かせないアンリを他所に、魔神がルミエの方へと歩み出す。


「––––––––––キリシマ流奥義」


魔神から五間ほど離れた場所に、白髪混じりの男が深く腰を落とし、腰元の刀に手を添えた。


「–––––居合一刀・黒波(くろなみ)


空を裂く音速の一閃が、五間先の魔神の角を切り飛ばす。不意の一撃に、魔神は大気を震わす程の咆哮を上げながらのたうち回った。


「ふむ。首を落とすつもりだったが。あれを躱すとはやりおるやりおる」


無精髭をジョリジョリと擦り、ニヤリと笑った。

男は胸元から小瓶を取り出しアンリの口に含ませる。


「アンリ殿。()()()()()ですぞ」


「アカツキ殿…すまない」


小瓶を口にしたアンリが立ち上がる。


「…戦況は」


「エルネ殿とガラン殿の部隊は全滅。自隊の者共も拙者以外は討ち死に致した。しかし、()()()()は此奴のみですな」


「……そう、か」


「アンリ殿が気を落とす事ではありませんぞ。()()()()()()()は勘定に入っておったはずでしょう」


アンリが唇を噛み締め、強く剣を握った。


「……行くぞ、アカツキ殿」


「それは、出来かねますな」


アカツキの口から予想外の答えが返る。


「アカツキ…殿?」


「行くのは()()1()()、ですなぁ」


「馬鹿な事を!いくらアカツキ殿であっても、奴を一人で倒す事など不可能だ!」


「ルミエ殿と合流して地上に退きなされ」


「なっ……!」


アカツキの言葉に呆気を取られた。


「若造!!いつまで寝とる気だ!!生きとるなら死ぬまで戦わんか!!」


怒号を浴びせられたフリードがムクリと起き上がる。


「やかましンだよ!せっかくルミエの太腿を堪能してンのによぉ!!」


「ダメですフリードさん!!傷がまだ……!!」


怒号を返したフリードの口から血飛沫が舞った。


「いンだよルミエ。もう助からねェよ」


「そんな……なんで……なんで傷が……治らないの…!!」


涙を流しながら治癒魔法をかけ続けるルミエ。

しかし、黒い魔力の残滓に治癒魔法を阻害され、フリードの傷は一向に治る気配を見せていなかった。


「泣くなァ……ルミエのおかげで痛みは無くなってきたからよォ」


滝の様な汗を流し、歯を食いしばりながらフリードはニカッと笑った。


「エ、エリクシル……エリクシルなら……!!」


「すまぬルミエ殿。先の物が虎の子だったのでな」


背を向けたアカツキの背中を見たアンリはある事に気付いた。

足首まで垂れた青色のだったはずの羽織が()()なり、羽織の下の袴からは血が滴り落ちていた。


「アカツキ…殿…」


「む、気付かれましたか。脱いでいた羽織があったので隠し通せるかと思ったのですがな。背中の傷など見苦し物をお見せする訳には、と思いましてなぁ」


カッカッカ、とアカツキもまた笑った。


「……なぜ私に使ったのだ!!」


「…分からぬかアンリ殿。魔法が通じない彼奴が、アンリ殿の()()()()()()だけは避けておった事を」


「……!」


「だが今の其方に彼奴を討つことはできぬ」


「アカツキ殿とならば…!」


「口惜しいでしょうが退きなされ。手負いの拙者とアンリ殿だけで討ち取れる敵ではありませぬ」


圧倒的な力の差。

魔神と対峙し、その力の差を身をもって味わったアンリが最も分かっていた。


「拙者と若造(フリード)殿(しんがり)を務めまする。その隙にルミエ殿の帰還魔法で戻りなされ」


「ダメだ!私も最後まで戦う!今逃げ出したら死んで行った者達に顔向けができない!!」


「死人に会わせる顔などない!!!」


普段怒ることなどなかったアカツキの鬼気迫る顔にアンリは体を震わせた。


「倒れた者達の無念を背負って得られる力などたかが知れている!!其方がここで共倒れする事が散った者達の望みか!否!!魔神を討ち倒す事!!それが彼等の望みであり、願いであるのではないのか!!」


「……アカツキ…殿…!」


「…刻が惜しい。ルミエ殿、帰還の支度を」


「…は…い……」


涙を拭い、掠れた声で詠唱始める。


「ルミエ…!待って……」


「アンリよォ…お前は何のためにここへ来たンだァ」


フリードが言葉を絶え絶えに語りかけた。


「死にかけの…仲間を助ける…ためじャあねェ。あの…黒光りした化けもンをぶっ殺すためだろォ」


「……フリード」


「行けよォ。そンでいつかこいつをぶっ殺してくれりゃあいいからよォ」


魔神が大きく咆哮を上げて魔力を放つ。

黒い魔力が辺りを侵食し4人を飲み込もうとする。


「逃す気はねェってかぁ?ルミエ、あとどンぐらいかかりそうだァ?」


「あと……20秒くらい…ですっ!!」


「任せとけェ。行くぞォ、じいさン」


「流石はルミエ殿。20秒ならお釣りが来ますなぁ」


「アカツキ殿……フリード……」


「借しにしといてやるからよォ。そンかわり、ルミエのことよろしくなァ」


「…来るぞ若造。格好付けるのは構わぬが、さっさとくたばってくれるなや?」


「やかましィわ。付き合ってやるンだから感謝しろォ」


魔神に向き直った2人の男が、闘気を纏い戦闘態勢に入る。


「さァ。『拳聖』と『剣聖』の最後のコラボレーション、よォく噛み締めて味わえよォ!」


(おお)よ。腹一杯、皿まで喰らうて貰おうかのぉ!」


そう言い放ち、2人の男は魔神に流星の如く立ち向かっていった。


「……必ず…必ずここへ戻って来るから!!あいつを、魔神を倒せるくらい強くなって戻って来るから!!!」


魔神との凄まじい打ち合いの中で、アンリの最後の言葉が届いていたかは分からない。


しかし男達は再び笑った。


いつか、アンリがこの魔神を倒す。

その一縷の希望に願い、男達は笑ったのだった––––––––––––。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ