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クワちゃん

作者: 海京

 クワちゃん。今どこに居ますか?無事ですか?

 クワちゃんとは、私が小学生の頃飼っていたクワガタのことだ。

 ペット何ぞ、小学5,6年の頃に男子が持ってきたザリガニをクラスで分担しながら飼った経験しかなかった。しかも、私は水を変えるだけの単純な作業。餌もあげたことのない人間なのに、どうして飼うことになったのか。

 時を遡る。兄が高校生の頃、テニス部に所属していて、大会の帰りか、練習帰りかで、「海京!これ見ろ!」と得意げに筆箱のチャックを開け、クワガタを見せてきたことが始まりだ。

 その時、女の子らしくキャーッとはリアクションはしていないことは断言できるが、きっと驚いただろう。だって、黒い筆箱に黒いクワガタだから。一瞬、ハテナになったと容易に想像できる。

 そんな経緯があって、ホームセンターで虫かごと餌の蜜を買ってきて、近くの公園で木の枝を拾い、運動できるように試行錯誤したものだ。私が小学生の頃は確か2012年だったと思うが、その頃、私はまだ携帯もスマホも持ち合わせていなかった。その1年後ぐらいにウチはリサイクルパソコンを貰うことになったが、それまではインターネットと無関係な生活だった。

 だから検索もできなかった。クワちゃんと名付けたのは、名前が浮かばなかったから、そのままクワちゃんにした。デジカメで写真を撮ったのに、姉が勝手に消した。そうだ、思い出した。そうだった。姉が消したんだ。何だか書いてる今、沸々と怒りが湧いてくる。

 とりあえず、日の当たらない物置に置き、毎朝、餌を木の枝につけ、身体を優しく撫でた。時に自分の指に乗せたりもした。初めて母性が芽生えたのはその頃だったかもしれない。

 とにかく可愛かった。虫嫌いなのに、どうしてか、ウチのクワちゃんは可愛かった。

 親が自分の赤ちゃんを可愛いだろーと親戚や友人に写真を見せつけるのと同じ感情だと思う。

 だが、ある時、クワちゃんに元気が無くなり、餌も減らなくなった。

 今なら、きっと救えた命。でも当時はどうしていいか分からず、頼れる兄に相談したが、兄もまた困惑していた。

 今なら分かる。自然で育っていた生物を勝手に育てたからに違いない、と。急に運動しにくい箱の中に閉じ込められ、食べたいときに食物を食べれないのは、相当なストレスだったと思う。

 このままだと死んでしまうと恐れた私は、自然へ放すことを決めた。だがその少し前、弱っていたのが目に見えて分かったことがある。それはクワちゃんの手が自然と取れたのだ。

 人間の腕や足はそう簡単に取れやしない。それを虫側で考えれば、相当衰弱していたに違いないと分かる。その時、初めて、罪悪感が募った。

 傲慢な私は、恐怖から家のすぐ前の木に放ち、「ありがとうね。ごめんねクワちゃん」と言ってさよならした。その時、なかなか木に登っていけなかったような気がする。

 曖昧な記憶が憎い。私は1つの命をちゃんと見届けることから逃げた。

 そして、私は高校3年生の時に、自律神経失調症になった。心労から生まれたことだと悟ったと同時に、その時クワちゃんのことが浮かんだ。

 「あの時の罪だ」そう思った。そして、書いてる今もクワちゃんのことを想っている。たぶん私は、憎まれて、その怨念で病気になったんだろう。でも、もうその木は伐採されたし、

放して数日後、やっぱり気になって周辺を探したけど、どこにも居なかった。

 もし、私が若くして亡くなったら、それはクワちゃんを飼育できる環境と知識が無いまま、育て、情けというベールを包んだ、ただの無責任さのせいだと思う。

 悪いことをすると、必ず報いを受けると言う。私の母は言った。「人を傷つけた人は地獄に行くんだよ」と。きっと、私も地獄へ行くだろう。でも、クワちゃんだけは天国に行ってほしい。そんな想いを言う私はまだ、善人ぶっているに違いない。



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