最終話「喧嘩じゃ負けないモブ村民」
「これ食わねぇのけ? ちょっと癖があるけどうめぇよ?」
「あ、その……それは普通の人間が食べたら死ぬのでちょっと……」
モーブさんのお母さんにせっかく出してもらった料理だけど、私は引きつった笑みでお断りした。
ゴトゴトと馬車に揺られること数ヶ月。ド辺境……というかもはや未開の地みたいなところ……モーブさんの田舎に私は母さんと共にやってきた。
今までもいっぱいお話は聞かせてもらったし、神殿の中に閉じ込められてた時と違ってモーブさんにこっそり外に連れ出してもらったりして色々と見てきたつもりだけど……正直ここまでとは思わなかったわ……。
(すっごい瘴気の残滓……これ、もう人が住めるレベルじゃない……)
私が真っ先に思ったのは、この村は既に人が住める領域にはないということだった。
聖女――つまり私は結界で国を守っているわけだけど、具体的に何から守っているのか。
多くの人はこの問いに『魔物』と答えるだろう。実際、結界に弾かれている姿を見ることができるのは魔物くらいのものだ。
その魔物ですら大半は結界の気配に気がついて途中で引き返すので、結界の効力を自分で確かめた者など数えるほどもいないかもしれない。
だから、人々は聖女の価値を忘れた。聖女なんていなくても明日の生活は変わらない――と、思っている者が増えた。
私は別に、その思考を責めるつもりはない。神殿の中に引きこもってひたすら結界の維持だけをするお人形として育てられてしまえばあるいは『自分はこんなに頑張っているのにそれを理解しない人達』と恨んだかもしれないが、幸いにもそうはならなかった。
所謂「普通の人」の生活に触れ、その思考を私は学ぶことができたのだ。そのため、彼ら一般市民が聖女の重要性を理解できないことは「仕方が無いことだ」と自分を納得させることができる。流石にそれでは済まない王族の無理解まで許せるということはないけど、結界を外してこの国の生命全部死んでしまえなんて思うことはない。
だって、結界を外してしまえば……聖女が本当に防いでいる『瘴気』が国の中に入ってきてしまうのだから。
(瘴気は人間にとっての猛毒で、魔物にとっての酸素のようなもの。もし瘴気が結界を越えて広がれば、人々は死に魔物は何の憂いもなくこの国を踏み荒らす……)
瘴気とは、毒だ。
人間の身体を破壊し、魔物に活力を与える人類のとっての災厄だ。
瘴気がどこから出てくるのかはわからない――そもそも大半の人間が存在すら知らないのだけど、結界の本当の意味は瘴気を人の世界に入れないこと。
結界自体に物理的な障壁としての機能があるのは確かだけど、魔物が入ってこない理由もほとんどが瘴気を弾いているからというのが大半だ。
いくら人の国の中にはエサが沢山あると言っても、まともに呼吸もできない地獄のような環境に進んで飛び込もうという酔狂な者は魔物にだってそうはいない。いないとは言わないけどね。
まあとにかくそういうわけで、瘴気を封じた場所が人の住める世界。瘴気がある場所には人以外の怪物の世界。これがこの世界のルールということになる。
だから瘴気を弾き、浄化できる聖女には価値がある。聖女がいなければ国は滅び、逆に増えれば領土を広げられるのだから支配者からすれば喉から手が出るほど欲しい異能……ということになる。
そんなわけで私はうまれたときから苦労の多い人生が確定してたわけだけど、今重要なのはそこじゃない。
この、モーブさんの故郷である村が今まで思い返した私の常識に真っ向から喧嘩を売っていることが問題なのだ。
(とりあえず全力で浄化して結界張り直したから、もう瘴気は無いんだけど……何でこの村の人達生きているのかしら?)
我ながら物騒なことを考えていると思うけど、もう本当に疑問しかない。
誠に申し訳ないんだけども、王都から張っていた――先代聖女から引き継いだ結界は、この村をギリギリ有効範囲外としていた。単純に届かなかったのだ。
全く届かなかったわけではなく、端の方がちょっとだけ引っかかっているくらいの効果はあったので多少瘴気を払う効果くらいはあったと思うんだけど……それでも人間が住める環境じゃなかった。
実際、村で普通に食されているキノコやら野菜やら肉やらも、瘴気の影響が強く出ていて人間が口にすれば良くて瀕死、普通は即死ってものがかなりあるし……。
「王都のメシも旨かったけど、やっぱ故郷の味が一番だあぁ」
「おう食え食え。たんとあるでな。おめぇがこんなべっぴんさん連れて帰ってくるとは思わなかったけぇ、今日は張り切っちゃる!」
「いや、別にオラ達そんな関係じゃねぇべ」
「何いっとるんだがや。娘さんまで連れて男が女連れて帰ってくるってのはそういうことだぁ」
「母ちゃん! ちょっと失礼だべよ!」
そんな料理を普通に食べるモーブさんとお母さん。いや、村の人全員が昔から当然のように食べているらしいのだ。
私のお母さんは事前に浄化した食材だけを使った料理を食べてもらってるし、仮に瘴気中毒になっても私さえいれば治せるから問題は今のところないんだけど……この村、やっぱり謎だわ。
まあでも、今はとりあえず平穏に暮らせているわけだし、このまま平和が続くのが一番よね……。
◆
「聖女を連れ戻す……進め!」
俺は渋々ながら軍に命令を出した。
俺――この国の王子である高貴なるクレイン様は、頬の腫れがひかない顔のままわざわざ労働しなければならなくなったのだ。
あの忌々しい女――庶民聖女のせいで。
(まったく、あの馬鹿オヤジめ。迷信に縋って下らん命令を出すどころか、俺の顔をこんなになるくらい思いっきりぶん殴りやがって……!)
俺は俺に相応しい本当の愛する人を見つけ、それを以て婚約を破棄したのだが……なんかもの凄い勢いで書類その他が準備され、一切抵抗されることがないどころか抵抗する余地がない勢いで婚約破棄が成立してしまったのだ。
本当はその後罰とかいろいろ考えていたのだが……そのままあの庶民聖女は護衛に連れられて出て行ってしまった。
結局、俺はオヤジに事後報告でそのことを伝えた結果……この腫れた頬をこさえて、聖女を連れ戻すという王命を受けてしまったのだ。
逆らったらその場で殺すと言わんばかりの殺気に、俺は文句を言うことすら叶わず出陣することになってしまった。
あの庶民聖女を見つけ出した時にも使った、聖女の居場所を特定する術があるとか何とかで、聖女の居場所はわかっている。その術の発動にかなりの時間が取られてしまったが……どうやら国の領土の端の端を目指してひたすら進んでいるということだ。
もしかしたら国から逃げるつもりかもしれないとオヤジは泡を食って軍隊まで呼び出した。場合によっては隣国と事を構える覚悟で連れ戻せってことだ。
(そんなことまでして連れ戻す価値なんてないだろうに、酔狂なことだ)
聖女……などというただの神輿に拘るオヤジの考えは全くわからない。なんならリーゼリアを新たな聖女としても全然問題ないだろうに。
そうは思うのだが、王命は絶対。これに逆らえば最悪身分の取り上げも有り得るとまで言われては、俺も腰を上げるしかないだろう。
(まったく、年寄りのワガママに付き合わされるのは疲れるぜ……)
今この世界で一番不幸なのは間違いなく俺だ。リーゼリアだってそう言っていた。俺は俺自身の寛大さに感心しながら、本来ならば一生足を踏み入れることなどなかっただろう辺境目指して軍を進めるのだった。
◆
「まさか私の知らないルートで王都を脱出するとは……! こうなれば仕方が無い! 大急ぎで追うのだ……ブゥアックッション!」
「殿下……まだ風邪が治ってないのですから、あまり大声を出さないで」
結局一晩中『偶々通りかかった、可哀想な少女を保護する優しい男性』の仮面を被って路上に放置された私はあれから三日寝込んだ。常に最高の環境で暮らしていた私にとって、寒空の下というのは些か適応できない環境だったらしい。
それからは、どこからか逃亡した聖女を探すために全力を尽くした。
一番最初に向かう可能性が高かった、彼女の母親の住居は――既に抜け殻。連れ出された後だった。
となれば、次に向かう場所は? 幾つか候補はあったが、如何に上層部にまで影響力を伸ばしているとは言えここは他国。流石に大手を振って大人数を動かして探すことはできない。
仕方が無いので諜報の少数精鋭で候補地を一つ一つ潰していく非効率的な手段を取らざるを得なかったのだが……ついに発見したのだ。
今聖女は、隣国の中でも正直誰もその存在を知らないんじゃないか? とも思える辺境を通り越した秘境の村に身を寄せているらしい。何でも例の護衛の故郷らしく、一部の暗殺者の間では有名な毒の産地として知られている場所らしいが、普通ならまず知られることはない。中々いい隠れ場所を見つけたものだ。
「既に隣国は軍まで動かしている。もう小細工をする余地は無い……!」
こうなってしまった以上、力で攫うほかない。
本当ならばお互いに幸せになれる『愛と情』で協力させたかったが、別に他の方法はいくらでもあるのだ。
「私の情けを拒んだ、君が悪いのだよ……聖女サリー」
本当ならば偶然出会い、愛を育み、幸せの中で協力して貰えるはずだったのだが、ね……。
◆
「……んあ? 何か来るベな?」
サリー様とサリー様のかあ……ミリルさんを招いてきてしばらく。
今まで貰った給料で残りの人生田舎で過ごす分には問題ないくらい貯金もあると、オラは普通に畑仕事を手伝って暮らしていた。
オラを推薦した元雇い主様のことはちょっと気にかかるけど、今はもう何の縁もないしな。今更出稼ぎに出る理由もないし、このまま田舎でのんびりと……と思っていたんだけども、今日はちょっと空気が違うっぺな?
「……あれ? 王子様でねぇか? それにあの面は……夢に出て来た隣国の?」
何か知らんけど、オラが一方的に知っているだけの高貴なお方々が村の側まで来てた。
あれ……喧嘩してんだべか?
「何故我が国に貴様がいるのだ!」
「やかましい! 元はと言えば、貴様が碌でなしだから悉く上手くいかんのだ!」
一触即発……ってやつだべか?
お互いに物々しい物騒な兵隊を引き連れて怒鳴り合ってる。何だか知らねぇけど……邪魔だし危ないしうるさいから余所でやってくれねぇかな?
「モーブさん!」
「お、サリー様。危なそうだからこっち来ない方がいいだよ?」
この騒ぎを聞きつけたのか、サリー様もやってきた。ミリルさんは奥の方に避難したみたいだな。
「あ! 庶民聖女!」
「ム……あれが今代の聖女か」
向こうさんもこっちに……というかサリー様に気がついたみたいだな。
あの様子だと……目的はサリー様か。
「さあ帰るぞ! 不本意ながら、お前を父の元へと連れて行く命令なのでな!」
「こんな奴の言うことなど聞くことはない! 私の元へ来るのだ!」
「ええと……まず片方は誰ですか?」
突然二人の王子に迫られて困惑気味のサリー様だが……そもそも片方とは初対面だったな。
まあオラも初対面なんだけど。一回10年以上も前に夢で見ているだけで、ぶっちゃけ為人も『聞いていてこっぱずかしくなるような台詞ばっかり口にする奴』って程度しか知らね。
「おっと、申し遅れた。私はフィリップ。君の生まれ育った国より西にある帝国の次期皇帝だ」
「え? 次期皇帝……? 何でそんな身分の方がこんなところにいらっしゃるので?」
「君を迎えに来たのだよ。このような愚か者の魔の手から君を逃がすためにね」
……何か突然爽やかスマイルを浮かべてるけど……うさんくせぇべ……。
「えーと――」
「貴様! 誰が愚か者だ!」
「真実を口にすることの何が悪い? 貴様は浮気者の愚か者だろう?」
「黙れ! 俺は真実の愛を見つけ、幸せを追求しただけだ! 誰にも否定される謂われはない!」
もう片方こと、我が国のクレイン王子様は相変わらずだべな。
とりあえず……こいつらは仲が悪いのは間違いなさそうだっぺな。
「……なるほど。つまり、不法入国者ですね?」
「え?」
「聖女を連れ出すなんて目的での入国が許可されるはずがありません。かといって、何か別に大義名分を用意して来たのならばここに来ることはあり得ないでしょう。流石に、偶然立ち寄る場所ではありませんから」
「それは……」
「結論として、聖女目当てで不法入国してきた誘拐未遂犯……という推測が成り立つわけですが……何かありますか?」
「わ、私は君を救いに来たのだ!」
「誰も頼んでません。それに……私、貴方みたいに自分のことを格好いいと思っているタイプの男は守備範囲外なので……ごめんなさい」
「なんだと!?」
……サリー様、容赦ねぇべ。
夢の時は一言二言でコロッとついて行っちまったのに……やっぱ、人って奴は環境で変わるんだなぁ。
皇太子様は……人生で初めて女にフラれるって経験をしたのか、雷にでも撃たれたんかってくらいの衝撃受けてるみたいだけど。
「ハハハッ! お前のそのムカつく笑みは通用しなかったようだな! さあ帰るのだ庶民よ。まったく、こんなド辺境まで俺の手を煩わせて――」
「いえ、貴方との関係は完全に断ちきりましたよね? 正式に書類まで用意して。ですのでもう貴方の言葉を聞く義理は一切ないんですが?」
「なんだと? 俺様の命令に逆らうというのか!」
そして、我が国の王子様は本当に相変わらずだ。
何というか……一国民として、辛くなってくるだな。
「とにかく、私はどちらにも従うつもりはありません。この村は結界で守っていますし、手を出すことはできません。……それとも、聖女の結界に挑んでみますか?」
そう言って、サリー様は挑発するように手招きした。
……今、オラ達とお偉方は丁度結界を挟む形で対峙している。もしこれ以上近づこうと思えば、聖女の結界の餌食ってわけだべ。
「舐めるんじゃねぇ! 俺様の屈強な軍勢が見えないのか! 貴様如きの手品なんぞ瞬く間に踏み潰してくれるわ!」
いや、それができないから聖女は凄いって話……自体を信じてないんだっぺな。
「ハ……ハハハッ! それは不可能だ。少なくとも、人力で破れるほど聖女の結界は甘くない」
「お、復活したべ」
放心状態だった隣国の王子……えっと、帝国で次期皇帝だから皇太子様だべか? まあとにかく、フィリップ様が復活したみてぇだな。まだ頬が引きつってるけど。
「聖女の結界の力……ご理解いただけたようで何よりです」
「だが……方法がないわけではないぞ?」
さっきあんなに衝撃を受けてたのに、突然自信満々の様子になった。
さて……なんだべかな?
「聖女といえども人の子……籠城する相手を攻撃する策など私を連れてこなくてもいくらでもあるとも。例えば、結界に籠もったままではいずれ尽きる食料を狙う……とかね?」
「……結界の大きさは変えられますよ」
「確かにね。仮に結界内部の食料を全て消耗したとしても、結界を広げて更に手を伸ばせば解決するかもしれない。でも……広げた結界は、我々を拒絶できるのかな?」
「……!」
「もし結界を広げる方式が膨張である場合……確かに私達を弾き飛ばせるだろう。しかし、それでは結界の外を無意味に破壊するばかりだ。肝心の食料だって弾いてしまうだろうからね。それとも……君の結界は、受け入れるものと受け入れないものを細かく区別できるのかな?」
「……聖女について、よく調べているようですね」
「私は無知のままでいることを許容するほど愚かではないつもりだよ」
……うーん、全部知られちまってるんだなぁ。
オラもずっと一緒にいたから聞かせてもらったことあるけど、一度張った結界を広げるには外のものを全部弾くか全部受け入れるかのどっちかしか選べない。
だから、食料調達のために結界を広げようとすると外の連中も中に入れちまう……ってわけだ。基本的に一度国を覆ったら後は動かさないのが結界だから、そういうところはあんまり融通が利かねぇらしい。
「つまり、私はただ待っていればいいんだよ。君たちが耐えられなくなるまで、この結界のすぐ側でね」
勝ち誇った顔をするフィリップ様……うーん、そろそろいいだかな?
「なぁ?」
「うん? そういえば……誰かね? 君は?」
「この村の住民兼サリー様の護衛だ」
「護衛……そうか、君が例の」
「とりあえず、邪魔なんで帰って貰えねぇかな? 普通に迷惑だベ」
一村民として、これは主張する権利があると思うだ。
……人の村の側に、軍隊置くんじゃねぇって。
「フッ……それはできない相談だ」
「いや、そもそもアンタは不法入国だからこの村どころかこの国から出て行かなきゃダメだベ?」
「そうだ! 貴様はとっとと消えろ!」
「クッ……! 滅ぶ国の雑草共がピーチクパーチク喧しいぞ」
痛いところを突かれたって感じでフィリップ様がちょっと狼狽えた。
いやまあ、だからといってクレイン王子様の方にやる気になられても困るんだけど。
「そして、俺の言葉は王の言葉だぞ! 俺は父……国王陛下の命令で来ているんだからな! いくら婚約者って関係が白紙になったって、こんな田舎の平民に王の言葉に逆らう権利があると思ってんのか!」
うーん……こっちからすると今更何言ってんだベって話だけど、一応そのとおりだなぁ。
結局、権力って奴はどんな理不尽も正当化できる力があるもんだ。オラだって王都暮らし長いんだし、そのくらいはわかる。
「ですが、私に戻るつもりはありません。それでもなお権力を盾に無理を通すというのならば……抗うだけです」
サリー様は完全にやる気モードだし、まあ……仕方がねぇっぺか。
「よっしゃ! んじゃ、オラが追っ払ってやるベ!」
「え? モーブさん?」
結局口で言っても無駄だ。この二人は、どっちも権力っつう馬鹿でかい力があるんだから、口論なんて問答無用の強権でひっくり返せる。
そんな相手に通用するのは……拳だけだっぺ!
「流石に無茶ですよ! 一人で軍隊に立ち向かうなんて!」
ここで、初めてサリー様が焦った顔を見せた。
まあ確かに……流石にオラでも軍隊を一人でぶちのめせるなんて思うほど馬鹿じゃねぇべ。聖女様パワーで援護して貰えることを前提にしても……まあ無理があるな。
ということで、助っ人呼ぶべ。
「おーい」
「出陣だベ!」
「こんな喧嘩は久しぶりだなぁ」
オラに遅れて、村の方から何人も出て来た。そりゃ、こんな騒ぎになったら皆様子見に来るよな。
「……あの、村の皆さん? ここは危ないので……」
「そうだ。アブねぇからサリーちゃんは下がっとけ」
「モーブの娘に怪我させちゃあ男衆の名折れって奴だぁ」
「魔物相手にするよりずっと楽な相手だっぺ!」
これは想定していなかったのか、サリー様も目を白黒させてる。
いやでも……この村の男衆なら全然問題ねぇから安心してくれていいっぺよ?
皆ただの農民だけど、畑を魔物やらなんやらから守り続けてきた全員現役の戦士だから。王都でデカい顔してる実戦経験0のひよっこ共よりも百倍強いから。
「いや、まだ娘では……」
サリー様はアタフタしてるけど……娘、か。
嫁さんすらもらってないのに娘ってのも変な感じだけども……確かに、そんなもんだっぺな。
「そうだなぁ……要するに、オラの娘拐かそうって悪漢共だ。皆、遠慮はいらねぇっぺよ!」
『おう!』
オラは護衛としての剣を、村の皆は特製の鍬やら鋤やらを持って次々と結界の外へと出て行く。
聖女の結界って……外側から中へ入ろうとする物を防ぐためのものだから、中から外へは簡単に出られるんだっぺな。
「フ、フフフ……まさか本当に出てくるとはね。この人数が見えないのかい?」
「そうだ! 王族に逆らうとは……この場で縛り首にしてくれる!」
「君に賛成するのは癪だが……聖女を引っ張り出すには、効率がいいかもしれないね」
二人の王族は、舐めきった態度でオラ達を殺そうと兵士を動かした。
サリー様は蒼白な顔色で何とかしようとしてるけど……フフフ。
「心配しなくていいっペよ」
「え?」
「護衛として長年仕えてきたオラと、オラの故郷の強さを信じるんだ……サリー」
安心させようと、あえて『様』を外して笑顔で落ち着かせる。
んじゃ、始めるか!
「フンバッ!」
「鍬攻撃だべ!」
「オラの鎌はよく斬れるぞ!」
拳で、鍬で、鋤で、鎌で、トンカチで、オラ達農民軍団は攻撃を仕掛ける。
オラは、王都に出て殴り合いが本職の仕事について、一つだけはっきりわかったことがある。
それは――
「都会もんは、みんな貧弱だぁ!!」
ルール無用の殴り合いをするならば――オラ達の方がずっと強いってことだ!
「ギャアッッ!?」
「な、なんだこの化け物共は!?」
右を見ても左を見ても、オラ達が優勢圧勝大勝利。
何というか……大人数を雑にぶっ飛ばすのって、何か気分いいな!
「嘘……いくらなんでも、強すぎない?」
サリー様は唖然としてるけど、まだまだこんなもんじゃねぇよぉ?
「モーブさんが規格外に強いのは知ってたけど、村の皆さんまで……? ……瘴気の影響? もしかして、モーブさんの幼少の頃の流行病の正体は瘴気を浴びた中毒症状……? 今生き残っている村人は、中途半端な結界の効果で薄まった瘴気を少量ずつ取り込んだことで肉体が変質……いえ、そもそも強靱な肉体の持ち主だけが生き残る天然の育成機関がこの村に誕生していた?」
ムッハー! 矢でも鉄砲でも持ってこいだべ!
「瘴気を取り込み、肉体能力を飛躍的に高めた……いわば、人の理性を持った魔物。魔人とでも言うべき進化人類ということなの?」
お? なんかサリー様が格好いいこと言い出してるな?
魔人……なんか、いい響きだベ。
「結界に感知されず、少量ならば瘴気の影響を受けず、人間よりも圧倒的に強い……こんなことがあるなんて……。彼ら一人一人を知恵のある魔物と仮定するのならば、そんなもの……一国の軍事力程度でどうにかなる相手じゃないわ」
「んあ? そうなんだべか?」
「加えて、私の聖女の加護まで入ってるんだからもう……こんな勢力をどうにかできる存在なんて、神くらいなものね……」
「神様?」
大砲の弾を拳で相殺しながらも、何か気になる呟きに反応してしまったべ。
神様、かぁ……。もしかしたら、オラにあの夢を見せたのが……神様だったのかもしれぇねなぁ……。
だとしたら感謝だベ。おかげで、こうして村も国も守れるんだから。
「……ま、よくわがんねぇけど?」
オラは余計なことを考えるのは止めて、すっかり怯えて盾を構えて縮こまっている兵隊さんに拳を振りかぶる。
「勝てればそれでいいべ!」
拳を振りかぶって――ぶっ飛ばす!
これだけで世の中、大抵のことは何とかなるってもんだべ!
「あ、あわわわわ……」
「こんな、馬鹿な……」
何てことを考えている内に、気がついたら終わってたみてぇだな。
軒並みぶっ倒して、残っているのは蒼白な顔で震えながら抱き合っている二人の王族様だけだ。
「んで……こいつらどうするっぺかな?」
「埋めるか?」
「ほっときゃ魔物に食われるんでねぇか?」
「いやぁ。最近はサリーちゃんが結界とか言うのを張ってくれたおかげで魔物も出てこねぇベ」
「んじゃ獣に食われればいいだ」
「んだんだ」
村の皆はもうこいつらぶっ殺し方面で一致してるみてぇだな。ま、余所もんの扱いなんて、しかも賊に対する扱いなんてこんなもんだ。
こんな田舎に魔物を相手にしながら住んでると、生き物の命を奪う事なんて慣れっこになるしな。
「待ってください!」
「んあ? どうしたべ?」
なんて思ってたら、サリー様が待ったをかけてきた。
「今彼らに死なれると、後が面倒になります」
「そうなんだべか?」
「はい。もしそうなれば、次はこの倍では済まない数で攻められ、それでもダメなら更に増やして……と泥沼になってしまいます。皆さんが強いのは十分わかりましたけど、そんな殺し合いは望みではないでしょう?」
「ま、そりゃそうだ」
「喧嘩するのはいいけど、好き好んで殺したいってことはねぇ」
命を奪うことには慣れてるけども、だからって進んでやりたいわけじゃねぇ。それもまた、オラ達の総意って奴だべな。
……にしてもサリー様。さっきまで動揺してたのに、一瞬で立ち直っただな。やっぱ、心が強くなったなぁ。
「そこでですが……後の交渉は、任せていただけませんか?」
「ん? 別にいいベよ?」
「おお! それじゃ任せるベ!」
村の生活は助け合いが基本。できないことはできる奴に任せるのがルールだ。
オラ達の中に交渉とかそういうのは全然得意な奴いねーし、ここはサリー様に任せるのが一番だベ。
と、言うわけで……連れてきた兵隊全滅させた後に行われた『交渉?』だったのだが……全部サリー様の独擅場だったべ……。
逆らえる力も気概も根こそぎ奪っちまったから、仕方が無いっちゃあ仕方がねぇ。
んで――
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……………………………………
「というわけで、今後私が聖女として活動するに当たってお給金を国から出すこと、二度とこの村には手を出さないこと。これを破った場合は結界を本当に外すって釘を刺しておいたので、これで安泰でしょう」
何とも逞しいことに、停戦に加えて金までしっかり取ったらしい。ま、本来働いたら金をもらうのは当然のことだし、今までがおかしかったんだべな。
「それに、あの王子と皇太子にはじっくりとお話ししておいたんで、これで一安心ですね。国王と皇帝にも話はつけましたし」
何とも豪胆なことに、両国のトップまで引きずり出してきっちり契約を交わしたらしい。
まぁ……息子が一方的に浮気して婚約を破棄した挙句連れ戻そうとして返り討ちになったとか、国境破りに女誑かすのを失敗した挙句他国での武力行使をやらかしてとっ捕まったとか、そんな恥をさらしておいて今更親連中がどうこう言えることがあるわけねぇんだけども。
「これで、ようやくのんびりできますね……」
サリーは肩の荷が下りたと、最近は随分と安らいだ表情を見せるようになった。
本当に、いいことだべ。
「ところで……母さん? 私、弟でも妹でもどっちでもいいですけど、新しい家族が欲しいな?」
「……親をからかうもんじゃありませんよ」
……こんな風に、余裕出すぎて自分の母ちゃんを捕まえて何やら新しい企みを始めたりしてるのは気にかかるところだけども。
ま、いずれにしても――
(あの予知夢は完全に外れたってことで、一件落着だベ)
これでもう、「ざまぁ」とかいうオラ達に無関係なことで迷惑かけられることはなくなった。
それだけは間違いないべ……。