第3話「善意で働くモブ護衛」
「お、サリー様。これ、内緒だべ」
「……ありがとうございます。私、これ好きです」
オラがサリー様の護衛になってから、かれこれ十年の時が流れた。
もう王都に出て来てから十三年ほど……日頃の激務ですっかり嫁探しは諦め、もう実家には仕送りの額で満足してもらっているような状態なんだけど、まあ楽しくやっているべ。
サリー様ももう15歳。立派なれでぇになってきたべ。
「今日は王子様のところだべか?」
「ええ。週に一度、お茶会をしろと命じられているので」
サリー様、聖女としての厳しすぎる教育は相変わらずなんだけども、最近は未来のお妃様って奴のための教育まで受けさせられている。
正直やりすぎ……というか、ぶっちゃけこれが王様の命令じゃなければぶん殴ってでもヤメさせてやるって過酷さだ。
「その……王子様とは上手くやれてるんだべか? なんかいつもお小言が多いけども」
ポリポリと頬を掻きながら、サリー様に問いかけてみる。
オラも護衛だから、お茶会にもいつもついて行っている。もちろん口を開くことはなく、離れた場所で立ってるだけだけども。
そんなわけで、サリー様と王子様の会話はいつも聞いているんだけども……いっつもとげとげしい事ばかり言うんだよなぁ……あの王子様。
相手のことを思っているからこそ厳しくなる愛の鞭って奴と取れなくもないけど、オラだったらとっくの昔に手が出てるようなことばっかり言うんだもの。
でも……愛って奴があるといいなぁ。あの予知夢を信じるならば期待はできないけども、予知が外れてちゃんと誠実な態度を取ってくれてるんならそれに越したことはないし……。
「いえいえ。あのボンクラ……もといお坊ちゃまは、庶民の血筋なんて本当は視界にも入れたくないようですよ?」
……まあ、オラのそんな期待はこの言ってることと540度くらい違う聖女スマイルで否定されるんだけども。
「何かえらい自信満々だべな?」
「口でも目でも心が透けて見えますから。一見、未来の妃としての礼節をもっとしっかりつけるようにという有り難いお説教にも聞こえますが、実際に言ってることはただの嫌味のオンパレードですよ」
「……愛の鞭って奴じゃなく?」
「愛が宿っていても鞭は鞭だと思いますけど、その愛すら無いのでただの言葉の暴行ですよ」
「はっきりいうだな……」
「わかりますもの。本当にサリーを守ろうとしてくれる人と比べれば、目が全然違うから」
「目だべか? オラにはよくわかんねぇけどなぁ……」
「……まあ、モーブさんにはわからないと思いますよ? この世で一番近くて遠い目ですから」
近くて遠い……?
うーむ……オラも護衛として聖女と王族の教育を受けているサリー様の後ろでいっつも同じ授業きいているはずなんだけども、生憎オラの頭じゃ毎度さっぱり意味不明なことを言っているばかりだ。
サリー様は内容を理解しているらしく、その成果なのか偶にオラには理解不能な言い回しをすることがある。
できればオラにも理解できるように言って欲しい……。
「さて、行きましょうか。あの自称婚約者様の嫌味を聞き流す無駄な時間ですけど、お茶と菓子だけは一級品ですし」
「なんか……逞しくなったベなぁ」
初めて会ったときは今にも壊れそうって感じだったけど、年々逞しくなってきた気がする。
予知夢でのサリー様は昔の面影のまま成長した感じで、必死に王子様に縋り付いてたもんだけど……今のサリー様、なんか強いもんなぁ。何者にも負けないというか、一人で立っているって感じだ。
聖女としての力に完全に目覚め、国を守っている自負って奴なのかなぁ? オラも短い休憩時間の度にサリー様にせがまれて田舎の肝っ玉母ちゃん達の話をしたりだとか、魔物を相手にしたときの話とかの延長で結界の凄さを伝えてみたりしてたけど、それが原因だべかな?
ああ、それとも……こっそりサリー様の母ちゃんと偶に会わせてるからか?
本当はダメって言われてるんだけども、やっぱり子供には親が必要だベ。子供の方が会いたくないとか、親の方に問題があるってんなら話は変るけども……子供が母ちゃんを求めて泣いていて、母ちゃんの方も娘に会いたいって泣いているなら遠慮する理由なんて、ねぇ。
神官様に頼んでも絶対に許可はもらえねぇから、こっそりとオラがサリー様抱えて夜中に偶に会わせに行ってやるくらいのことしかできねぇけども……やっぱ子供が安心して育つには親の愛が一番だべな。
(森の獣の眼を欺くことに比べりゃ、神官様の監視を抜けるくらい楽勝だべ)
まあ、それ以外にもいろいろサリー様と喋ってるオラに神官の兄ちゃん達は『聖女様の教育に悪い』とか文句つけてくることも多いけど……弱いよりは強い方がいいし、守っている一般人のことを知るのの何が悪いんだベかって聞いたら皆黙るし問題ねぇベ。
神官様を無視しても何もないしな。……無理矢理に言うと、最近鍛えてるオラ以外のひょろい神官様達だったら怪我するかもしれねぇ事故が何件かあったこととか、泥棒が入ってきたりとか、食堂に出てくるメシの味がちょっと変ったりしたくらいだし……実害ないから問題ないべ。
事故は怪我人なしで済んだし、泥棒は全員引っ捕らえたし……それに、あの味はオラの村の近くにいっぱい生えていたキノコとそっくりだったし、もしかしたら食堂のおばちゃんがオラの出身を知って仕入れてくれたって親切の可能性の方が高いしな!
◆
「……聖女入手作戦が上手く行っていないようだな」
私は配下から届けられた報告書に目を通し、不機嫌を露わにする。
「申し訳ありません……隣国の神殿は既に掌握しているのですが、邪魔者がいまして……」
「隣国に誕生した貴重な聖女から愛国心を奪い我が国に迎える下準備をすると共に、他者に依存する人格に育てることで操り人形にする……それがこの計画の概要だ。聖女が育てられ教育される神殿を掌握しているというのに、一体何が問題となっているのだ?」
私は部下に問いかける。
この計画は、一人いるだけで国の繁栄を約束する聖女を手に入れるためにも絶対に失敗は許されないものだ。
女を手に入れるならば愛や恋を利用するのが一番容易い。隣国の王も同じ気持ちで自身の息子の婚約者という立場において国に縛るつもりのようだが……あのボンクラではとても成しえないだろう。
女の心を掴むこともできないボンクラなど、いくらでも誘導できる。時を見てボンクラを女で操り婚約を破棄させ、他者への依存心を高められた聖女の前に偶然現われたこの私……次期皇帝であるフィリップが彼女の心を癒やし縛る。
それが計画の大まかな流れなのだが、肝心の聖女が他者への依存心を持たないのでは話にもならない。
「それが……隣国の王がつけた護衛が全ての原因なのです」
「護衛? 護衛が何故教育に?」
「はっ! 何でも常に護衛として張り付いていることもあり、聖女はその護衛を強く信頼しており、また世間話などで情緒を成長させる手助けにもなっているようです」
「……誰にも頼れない空間に長年押し込め、手を差し伸べる者には無条件で尻尾を振るように躾ける計画だったが……既に頼れる人間がいるということか」
由々しき事態だ。
国を守る聖女としての自覚、覚悟、意思。そういったものを身につけられては計画は失敗なのだ。
国を見捨てることで起きる災害、失われる命、そして都合よく現われた愛する者への疑わしさに全く知恵を回さない愚鈍さと単純さこそが聖女に求められる人格であり、まともにそういった感性や情緒を持たれてしまえば我が国の聖女として手にすることは簡単とは言えなくなってしまう。
と、なれば……
「消せ」
「は?」
「その護衛とやらを早急に殺せ。頼れる者がいなくなれば、聖女の心は一気に不安定になる。そのタイミングでかねてから準備を進めていたボンクラによる婚約破棄を行えば、私に依存させることは難しくないだろう」
「……御意」
「方法は任せるが、タイミングはそうだな……一月以内としよう。信頼していた護衛の死と婚約の破棄はなるべく同じタイミングであることが望ましい。その方がより心を揺らせるだろうからな」
「畏まりました」
「本来の計画よりも数年ほど早まってしまうが……問題はあるまい。この私がその気になれば、心を操れない女などいるはずもないのだからな」
当初の予定では、あのボンクラが成人した辺りでことを起こすつもりだったのだが、これ以上時間をかければ本当に読めないことになりかねない。
準備不足は否めんが……この美貌と鍛え上げたスマイルの威力、見せてくれようぞ……!
……などと思って部下の仕事を待っていたのだが……
「何故まだ死んでいない?」
「はい。そのぉ……死なないんです、どうしても」
「なんで?」
「事故に見せかけようと荷物の崩落に巻き込んでみたり五階から自然に壊れた風に偽装した落とし穴で落っことしたりしたのですが、普通に身体能力で無傷のまま耐えきられました。ならばと食事にとある辺境にのみ存在する超がつく猛毒キノコを混ぜたのですが、何故か笑顔で完食。もう多少の不自然さなど知るかと手練れの暗殺者を送り込んだのですが、全員返り討ちになる有様でして……」
「……優秀な護衛だな」
軽く人間の域を越えているような気がするが、そこまで無茶苦茶な武人となるといっそ私の護衛に欲しいな。
いや……それにしても、ちょっとおかしくないか? 百歩譲って事故死に見せかける工作と暗殺者返り討ちは凄まじい実力ってことで納得するとしても、猛毒キノコを完食してノーダメージはおかしいだろ。
「……いっそ、勧誘してみるか?」
「勧誘ですか?」
「うむ。聖女はその護衛に心を傾けているのならば……その護衛が我らに付けば解決するのではないか?」
「それは……そうかもしれません」
「資料に書いている情報からみて、聖女とその護衛は恋愛感情が発生するにはちと無理がある年齢差がある。恋人よりも親子と言った方が正しい関係性だろう。ならば当初の計画も完全に不可能……というわけではないしな」
当初の想定ほど簡単ではなくなるだろうが、そこは私が頑張ればいいことだ。
気弱で依存心の強い女に優しい言葉をかけてやるだけの簡単なお仕事が、やたらめったら強い父親もどきが側にいて精神的に安定している女を口説く作業に変わるだけ。
せっかく向こうの王が確保の妨げになるだろう聖女の父親を暗殺してくれたのが無駄になってしまうが、まあ別に私に損はないしな。
難易度は跳ね上がるが、私のこの美貌に不可能はない。
よし、この作戦で行こう!
◆
「折り入ってお話があるのですが……」
「侵入者だべー!!」
「ぶぼばっ!?」
「怪しい奴はぶん殴れ! 知らない人の話は聞いちゃダメだべ!」
◆
「……勧誘に向かった間者が問答無用でぶっ飛ばされて捕まりました。その後は、歯に仕込んだ毒薬にて自害を」
「ムムム……思ったよりも愛国心が強いのか……」
聖女を人とも思わない教育をしている神官。聖女の婚約者でありながら最低限の礼節も払わない王子。
そんな人間ばかりみているはずの護衛なら、簡単に靡くと思ったんだが……計算が外れたか。
「……仕方が無い。確実性に欠けるが、ボンクラに婚約破棄を宣言させよう」
「……それでどうするので?」
「国外追放を同時に宣言させ、聖女と護衛をまとめて引き取る。裏切らないならば裏切られてもらうのだ」
「なるほど、聖女の任が解かれれば、自然と護衛もセットで……ということですか」
「うむ。国の方から裏切られてなお義理を通すことはあるまい」
ただ勧誘してもダメならば、状況を整えてやればいいだけのことだ。
「しかし、いくらなんでも王子の一存で国外追放は無理があるのでは? そのまますんなり聖女を受け入れてしまえば、我々の国が準備万端整えて関与していたと認めるようなものですぞ?」
「多少の不自然さは致し方ない。そのまま放置すれば問題は出るだろうが……どうせ聖女不在で滅びることになる国だ。後のことなど何とでもなるだろう」
普通に考えれば、国外追放されたからと言って我が国が受け入れる道理はない。入ってこようとすれば普通に不法入国だし、流刑地扱いされて黙っているとなれば国の威信は地に落ちる。それでも聖女を迎え入れてしまえば、少し勘の働く人間ならば我が国が騒動の影にいたと悟ってしまうだろう。
だが……まあ、聖女が手に入ると思えばそのくらいは目をつぶろう。後であの国が滅びる様を宣伝しておけば、こっちの不名誉なんていくらでも返上できる。
「隣国の国王には、既に我らと手を結んだ公爵令嬢が王子の愛人として接近していることは知られていない。当然婚約破棄……聖女を手放す等ということになれば反発してくるだろうが、その対策は万全だ」
「はい、全て滞りなく済ませてあります」
「特に公爵令嬢のリーゼリアとの繋がりが露見することだけは避けろ。確実に消せ」
「御意」
当初の予定とは大分違ってしまったが……今度こそ、聖女を我が手に収めてくれるわ。
多少想定とは違っても、私にはこの美貌がある。大体の場合、偶然を装っての出会いの演出と過剰な褒め言葉、そして正直自分に言われたら馬鹿にされているのかと腹が立つくらい過保護に守ってやるという態度で女の心なぞ思うがままなのだからな!
「……殿下は優秀なんだけども、あのナルシストっぷりだけは何とかならないだろうか……」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も。散々仕草だけで女を誑かして夢中にさせた挙句『僕にそんなつもりはない』と指一本触れずに被害者の立場で信奉者を増やしまくる悪癖をどうにかして欲しい……なんて言ってませんよ」
「フッ……。人心掌握術の鍛錬と言う奴さ。そう褒めるな」
「褒めてないです」
等と配下との心温まる交流を終えた後、私は早速計画発動を命じるのだった――。
◆
「……あの? サリー様? これでよかったんだべか?」
「はい。こうなることは予想済みでしたし」
……ある日、突然サリー様は婚約者のクレイン王子に呼び出された。
そこで婚約破棄だ~とか真実の愛が~とか騒いだのだ。それ自体は予知夢のとおりだったけんども……思ったより早かったベな?
なんてぼんやりしてたら、サリー様怒濤の勢いで全て承知したとだけ言い残して城から脱出してしまった。
まあやったことはいつものようにサリー様をオラが背負って走っただけなんだけども……これでいいんだべか?
「……いくらあの元婚約者がボンクラであると言っても、国王の許しなくこんな大それた事をするほどの大アホであるはずがありません。あれでも一応、王族としての教育を受けたエリートですしね」
「ほうほう?」
「確実に、彼をそそのかした黒幕がいます。それが誰か、何が目的かは……正直どうでもいいですね。それよりも、はやくこの王都から離れるのが肝心です」
「そうなんだべか?」
「そうなんだべです。何が起きるかはわかりませんけど、確実に何かを起こそうとしているのは確かですし」
「ふーん……あ、ところでサリー様の母ちゃんはどうするんだべ?」
「はい。母さんの無事なら確認済みです。モーブさんに再会させてもらって以来、私の力で保護していますから」
「え? いつの間に……?」
「これでも聖女ですから。国一つ守ることに比べれば、人一人を守るくらい造作もないですよ」
うーん……オラにはさっぱりわかんねぇけど、聖女様の力ってのはやっぱすげぇんだな。
「高確率で、国王は私の親を人質にして……とでも考えるでしょう。その前に助け出したいのですが……助けて、くれますか?」
「ん? オラだベか? あったりまえだ!」
何だかんだ言っても、もう十年もサリー様とは一緒にいるからな!
とっくに結婚の適齢期は過ぎてもう嫁さんは諦めてるけども……サリー様はもう、オラにとっても家族みたいなもんだ。
家族が助けを求めているのに拒むなんて真似、オラは絶対にしねぇ!
「……ありがとうございます。母さんもモーブさんが迎えに来てくれれば喜びますよ」
「ん?」
「うふふ……何でもありません。では、いつもの場所まで急いでもらえますか?」
「おっしゃ!」
意味深に笑うサリー様を背中に乗せたまま、ジャンプする。
十年も聖女様の護衛として鍛え上げたオラの脚力を見よ! 田舎から出て来たときよりも数段ぱわーあっぷだべ!
「……そりゃ聖女の加護は与えているんですけど、それにしたって規格外だよね……モーブさんって」
「なんだべ?」
「いえ。モーブさんがいてくれてよかったなーと思っただけです」
何か、サリー様が妙に優しい笑顔を浮かべてるんだけど……なんだべかな?
こうして背中に乗っけて神殿をこっそり抜け出した事なんて何度もあるし、今更驚くことでもねぇべ?
まあ、最初の頃よりも一回のジャンプで飛べる距離は大分伸びたけども。
今ならそうだな……小さな山なら、本当にひとっ飛びできるからな!
「……お? 街が見えてきたベ」
「母さんは家にいるみたいです。どうやら、国王の手の者よりも先につけたようですね。……まあ、馬を置き去りにできるモーブさんが全力出したんだから当然ですけど……」
サリー様の言葉どおり、扉をノックしたらすぐにサリー様の母ちゃんが出て来てくれた。
「あらサリーにモーブさん。いつもと時間が違いますね? 何かありました?」
「うん、ちょっと非常事態。今すぐ逃げ出さなきゃいけないんだけど、荷物まとめられる?」
「ええ? ……わかったわ。理由は聞かないで動いた方がいいのね?」
「うん。ゴメン、突然で」
こうして、オラ達は無事にサリー様の母ちゃんと出会うことができた。
そのまま、急いで荷物を纏めてとんずらって寸法だ。問題は逃げる先だけども……
「本当にいいんだべか? オラの村で?」
「はい。巻き込んでしまうのは本当に心苦しいのですが……」
「気にすることはないべ。オラの紹介なら村の連中も嫌とはいわんだべ」
サリー様の母ちゃんを加えて三人組となったオラ達は、今度は普通に荷馬車でオラの村まで行くことになった。
流石のサリー様も逃げる先に心当たりはなかったらしく、オラの村に住めないかって頼まれたんだ。
もしかしたら国王の軍勢が村に差し向けられてしまうかも……ってサリー様は申し訳なさそうだったけど、まあ気にすることもないべ。
そもそも軍隊ではどうにもならない魔物を押さえ込めるのが聖女って存在なんだし、人間の軍隊じゃ本気で抵抗する聖女に手を出すなんてできるわけねぇだろうし。
それに……いざとなればオラが全部ぶっ飛ばせばそれで解決だしな! 家族の頼みなら命懸けで叶えるのがオラのぽりすーって奴だ!
「いつもご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
「気にすることねぇべ、サリー様の母ちゃん」
「もう……いつもミリルでいいと言っていますのに」
なんて、いつもの会話をしつつ、ちゃっちゃとオラも荷造りを手伝う。
サリー様の母ちゃん……ミリルさんはオラといつも親しくしてくれる。外見も流石は聖女の母って言うべきか、綺麗な人なんでいっつもドキドキしちまうよ。
一児の母とはいえ、年齢的にはオラと同じくらいだしな。産まれてこの方、村のおかん連合以外の女の人と関わった事なんてほどんどねぇオラみたいな奴にも優しくしてくれて、いっつも赤くなっちまうベ。
「んじゃ、いくべ!」
荷物もあるから流石にオラが抱えて飛ぶわけにはいかないと、こっから先は馬に頑張ってもらう。
せっかくなら親子水入らずの時間にするべきだろうし、顔の火照りを冷ますためにもいっちょ御者はオラが頑張るとするか!
「……あ、ところでよ?」
「はい?」
「サリー様が王都を離れても結界って大丈夫なんだベか? 何にも関係の無い他の田舎の人が犠牲になるのは気が進まねぇんだけども……」
「ああ、それなら大丈夫です。結界の起点は王都に置きっぱなしですから、中心がズレない限り私が動いても規模は変わらないので」
「そんなことできるんだべか?」
「できますよ。というか、できなかったらこっそり神殿を抜け出したとき大惨事になってるでしょう?」
うーん……言われてみれば。
本当、サリー様は成長したなぁ。夢の中じゃそんなこと全く考えてなかったのに。
……ま、いいことだベ!
◆
「……まだか?」
城を追い出され、途方に暮れた聖女の前に偶然現われる予定の私は……一人寒空の下ただひたすら待ちぼうけであった。
王都を出るなら空でも飛ばない限りは絶対にこの道を通るのだから、ここでならば自然な出会いを演出できると完璧な計画だったのだが……なんで来ないんだ?
既に公爵令嬢を使ってボンクラ王子を誘導する計画は発動しており、婚約破棄も宣言されたと報告を受けている。
後はただ待っていればいいだけのはずなんだが……なんで、誰も来ないんだろう?
「ヘクシュッ!」
よりロマンチックな演出のため、護衛も隠れさせて一人ただただ待ち続けている内に身体が冷えてしまい、風邪をひいたかもしれない。
……耐えるのだ、私。鼻水など気合いで止めろ。私は不幸な聖女を偶然にも救うヒーローなのだ。どこの世界に鼻水を垂らしたハンサム王子がいるというのだ……!
そう思って気合いで耐えてきたのだが……結局聖女がこの道を通ることはなく、私は風邪で寝込むことになったのだった。