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第2話「護衛になったモブ農民」

 ――王都に出稼ぎに出て、早くも三年の月日が流れた。


「うんぬりゃ!」


 オラは、今王都で警備兵の仕事をしている。

 畑の知識しかない田舎者の仕事など、肉体労働一本だ。幸と言うべきか、畑仕事と偶に入ってくる魔物退治で鍛えられた身体は都会のヒョロガリ共に負けることは無く、土木作業の労働なんかで一生懸命働いた。

 一年くらいの間だ。これから先どうしようと悩みながらも、オラは何の答えも出せなかった。だからとりあえず仕送りしながら働いていたのだが、ある日オラの身体能力がとあるお貴族様の目にとまり、気がつけばそのお貴族様のお屋敷を守る警備兵として雇用されることになったのだ。

 言葉遣いもある程度矯正されたんだけども、まああくまでも本職は警備兵。お屋敷の貴族様に恥さえかかせなければそこまで礼儀作法にはうるさく言われることもねぇんで、割と良い生活を送っている。


「フン! ハッ!」

「グ――ぶへっ!」

「そこまで! 勝者モーブ!」

「勝ったベ!」


 オラの正拳突きが決まり、見事拳闘試合に勝利した。

 今やっているのは、オラが雇われたお屋敷の警備兵の能力向上のために行われている格闘訓練の一環で、警備兵同士が素手で戦うって催しだ。

 偶に屋敷のご主人様やそのお嬢様が見物に来ることもあるけど、オラはいつも勝っている。何だかんだ言っても、聖女様の結界で守られたこの国の兵士は実戦経験って奴が少なく、魔物相手に割と命懸けで戦うことも多かったオラのが強ぇ。

 オラの村じゃ、最低でも牛や熊くらいは素手で軽くねじ伏せる強さはねぇとモヤシ扱いされたもんだけど、ここはそういうわけじゃねぇみてぇだし。


「痛てて……ホント、お前のパンチは効くなぁ」

「ここに来たときは腕力だけのド素人だったのに、ちょっと教えただけであっという間に追い抜いていくんだもんよ」

「本当、田舎者パワーってのはすごいもんだな」


 今では、このお屋敷の警備兵最強はオラであると自負している。

 初めの頃は武術って技の差であっさりと転がされたりもしていたけど、他の警備兵と同じように戦闘教育を受けて一年もするとオラが最強になった。

 ま、アレだな。田舎者舐めるなってところだべな。


「精が出るね」


 と、警備兵同士の訓練を和やかにやっていたら、この二年で聞き慣れた上品な発音の声が聞こえてきた。

 このお屋敷の主、ターサイト様だ。

 オラ達は一斉に頭を下げ、礼を取る。護衛の時はそんなことをしていたら仕事にならないので不動の構えを取るけど、今はそうではない。だったら、雇い主でありお貴族様であるターサイト様を前にしたときは頭を下げるのが当たり前……らしい。


「これは……このようなところに、如何さないましたか?」


 オラ達を代表して喋っているのは、屋敷の護衛団長。喧嘩ではオラが最強だと言っても、腕力以外のことはさっぱりのオラは当然組織って奴で何かできるわけではない。

 というわけで、下位貴族出身で書類仕事とかもできる人が団長を務めている。もちろん、オラにも異論は無い。


「うむ……実はね、少々厄介な話があるんだ」

「厄介……ですか?」

「ああ。これは内密にしてもらいたいんだが、この国の王子……クレイン殿下の婚約者が決まりそうなんだ」

「それは……」

「ああ、皆まで言わなくてもいい。そんなことを言われても何も関係ないのにどうしろと――ということだろう? 本来ならば君たちには何の関係もないことなのだが、少々困ったことになっていてね。実は、その婚約者候補というのは……平民なのだ」

「は?」


 ターサイト様のお言葉を聞いて、団長は何を言われたのかわからない――という様子だった。

 でも、オラにはわかる。その平民って、間違いなく……


「名はサリーという少女なのだが、君たちも聖女様のことは知っているね? サリー嬢は、次期聖女足りうる力の持ち主として、つい最近発見されたのだよ」

「……なるほど」

「今の聖女様もお歳だし、そろそろ引退されるだろう。そうなったときはサリー嬢が聖女としてのお役目を継ぐことになるのだが、陛下は聖女の力を王家に取り込むおつもりらしい」

「わからなくはないですが……」

「ああ、それが成されれば大きな力になることだろう。しかし、貴族達の反発は必至だ。聖女候補とはいえ、今の今まで極普通の庶民の子供でしかなかったのだ。礼節やマナーの点で言えば合格不合格以前の話であり、教育を施そうにもそれより優先される聖女教育の方が忙しく、とても未来の王妃に相応しい教養など身につけることはできまい。正直、つけいる隙などいくらでもあるだろうな」


 ……お貴族様ってのは、やっぱり大変なんだベな。

 まだ十にも届いていない子供に嫁さん……婚約者なんて用意したり、その婚約者が気にくわないと周りの大人が騒いだりと、本当に大変だベ。


「王派閥の私としては王のご意志に従うつもりなのだが……反王派閥からすれば格好の攻撃チャンスと言える。正直なところ、王派閥の中にも今回の判断に疑念を持ち、離反する動きを見せているものがいるくらいだ」

「……なるほど」

「王への反発とは別に、自分の娘を王子の伴侶に据えようと動いていた者も多いからな。そういった者達からの妨害も考えると、未来の聖女様にはそれ相応の護衛を付けなければならん。それも、貴族出身者ではないという条件でだ」

「貴族出身者ではない……?」

「聖女候補とはいえ、まだ幼い少女だ。その所作の一つ一つに嫌な顔をされては、最悪心が壊れかねない。それを危惧し、いわゆる庶民の常識に理解ある護衛を付けたい――というのが表向きの理由だ」

「裏の理由は、派閥を問わずどの貴族から命を狙われてもおかしくない少女の護衛に、貴族出身者を付けるわけにはいかない……というところですか」

「如何にも。しかし、当たり前だが王直轄の宮廷騎士団は全員貴族出身だ。もっと下を見れば平民出身の一般兵などいくらでもいるが、そこまで行くと今度は実力か忠誠心に不安が出る。普段王の目が届かないような末端兵だと、どこで反対派の息がかかるかわからないからな」


 ……難しい話だけども、要するに平民出身の護衛を聖女様候補……つまりサリーに付けようってことか?

 将来追放される聖女様の護衛とか、大変そうだなぁ。


「そこで、昔から出生を問わず実力ある者を取り上げてきた私にお声がかかった……というわけだ。私のところになら忠誠心と実力を兼ね備え、それでいて他の貴族の息などかかっていない兵士がいるだろう、とね」

「なるほど……して、選定はどのように?」

「今挙げた条件を満たす者の中で、一番腕の立つ者を推薦してもらいたい。一応改めて調査した後、王へ推薦する」


 その言葉と同時に、集まっていた同僚達が一斉にオラの方を見た。

 ……な、なんだべ? なんか、悪い予感が……。


「それならば、このモーブ以上に相応しい者はいないでしょう。腕は護衛団一、出身は宮廷貴族では存在すら知らないであろう辺境、裏切りなど不可能な単純明快な性格の持ち主であり、超庶民的な男です」

「ほう? それはいいな。よし、ではキミにお願いしようか」

「……へえ」


 雇い主であり貴族様であるターサイト様の言葉は、オラみたいな庶民にとっては絶対だ。逆らうなんて絶対にあり得ない以上、お願いと命令に差はない。

 うん……うん? つまり、オラって聖女サリーのお付きの人になるんだべか? あれ? これって、もしかしてチャンスなのでは……?



「サリーです。よろしくお願いします」

「あ、オラ……じゃなくて、私はモーブといいます。これから、よろすく」


 トントン拍子に、オラは聖女候補のサリーの専属護衛に抜擢された。

 オラの背後関係を調べるとかで少々時間を取られはしたけども、生憎オラは生粋の田舎者。調べられて困る事なんて何一つなく、腕試しとかでお城の兵士と何回か試合をした後で正式採用になった。

 まさか、オラが王子様の婚約者なんて雲の上の人と関わり合いになるチャンスを得るなんて……人生、わかんねぇもんだなぁ。

 ……給金も今までの倍じゃきかない量に跳ね上がったし、王様ってのは太っ腹だべ。何かよくわかんない称号とかももらったし、それのせいなのかな?


「……モーブさん。これからよろしくお願いしますね」

「聖女様、これから座学の時間です。こちらへ」


 教育係っつうお人が、オラとの挨拶もそこそこに早速サリー様を呼び出した。

 何でも、分刻みのスケジュールって奴が組まれているらしく、とにかく最低限の知識を詰め込もうとしているらしい。

 オラには難しいことはわからんけども、とりあえずサリー様の後について回るのがオラの仕事だ。

 オラがサリー様に何か教えるなんてことはもちろんなく、勉強やら祈りの練習やらをやっているサリー様について歩いて警護するのが仕事だな。

 それぞれの場所を守る警備兵はもちろんいるけど、オラはサリー様だけを守るのがお仕事ってことだ。


(にしても、オラも警備のためだってスケジュール表を渡されたけども……きつすぎでねぇか?)


 護衛対象の予定を把握するのは護衛として当然のこと。でも、渡されたスケジュールどおりに行動って、こんなの子供が耐えられるとはとても思えねぇな。

 もうこの神殿にサリー様が来てから一年くらい経っているって話だけども、本当に大丈夫なんだべか?


(オラがこの子くらいの歳のころなんて、畑仕事抜け出して山を走り回っては母ちゃんに叱られるのを繰り返していたベ……)


 サリー様は、今五歳らしい。王子様とは三歳差だべな。

 そんな遊びたい盛りの子供が、やれお稽古だのやれお勉強だのと、そんな生活していて耐えられるんだベか?

 お貴族様の子供は皆そうだって言うけど、サリー様は俗世の穢れに触れないようにとかでこの神殿から出ることも叶わねぇ。オラも息苦しくって溜まらねぇのに、ついこの間までその俗世の住民だったサリー様は、きっともっと辛いべ……。


(神官様たちは、皆厳しいしなぁ……思えば、予知夢でサリー様が面だけは立派な浮気性の王子に本気で惚れていたり、ぽっと出の怪しく気色悪い隣国の王子様にあっさりと惚れちまうのも、こんな環境で育てられたからかもな)


 神官様ってのは、神に仕える聖職者だからなのかはわからんけども、どいつもこいつも堅物だ。そりゃプライベートではまた別なんだろうけども、神官の制服に身を包んで神殿にいる限りは規律正しく融通が全く利かないってのが当然のことらしい。

 それは立派なことなんだろうけども、子供ってのは……そんで、人ってのは遊びと余裕が無けりゃ壊れちまうもんだ。神の代行者は人であってはならないとか言っていても、やっぱりどんな立派な服を着ようが肩書きを持っていようが、人は人だからな。

 情より規律を重視する世界で育てば、分かりやすい愛情って奴からも遠ざかる。そんなんだから、どれだけ胡散臭くても愛情って奴を与えてくれる人に依存するようになるのかもしんねぇ。

 そりゃ、良くないことだベ。


(オラは庶民派として呼ばれているんだから、サリー様にも庶民的に接して良いはずだ。それが仕事なんだからな)


 オラは、警備の兵士でしかない。でも、同時にサリー様に安心感を与えられるような庶民の空気を持っていることも採用理由に入っているんだ。

 だったら、ちょっとでも寂しい心を慰めることができれば、それが一番だべな。


(結婚式の招待って村を救う方法は無理になっちまったんだし、ここはいっちょ、サリー様と一緒にいることで解決策をみいだすっぺ!)


 そう決意して、オラのサリー様の後ろについて歩く生活が始まったのだった。


「サリー様、私、頑張りますだ」



「……聖女様、食器とお皿をぶつけて音を出してはいけません」

「は、はい。申し訳ありません……」


 ……息が詰まる。

 私は、聖女候補って呼ばれて、この神殿に連れてこられた。お父さんが死んじゃって、お母さんと二人きりになっちゃったけど、それでも二人で幸せに暮らしていた私やお母さんの言葉なんて聞かずに、無理矢理に連れてこられたのだ。

 こんなの、誘拐だ。でも、王様の命令だったらこれは誘拐にならないらしい。そんな身勝手な理屈で連れてきておいて、今度はマナーがなってないだとか作法を身につけろとか、そんなこと言われても知らない。

 ついこの間までただの庶民だったのに、いきなり聖女としての気品を身につけろとか、そんなこと言われてもよくわからないよ。

 食事の時間ですら、ナイフとフォークの使い方一つ何か間違える度にお小言が飛んできて、全然楽しくない。家では毎日御飯の時はお母さんと笑いながら食べていたのに、ここでは食事中に物音一つ建てることすら許して貰えないのだ。

 出てくる料理も、今まで見たことのない高価なものであることはわかるんだけど、こんなことを考えながらじゃ味なんて録にわからない。お母さんの御飯が食べたい。


 でも、逆らったらぶたれる。顔ではなく、服に隠れる場所を狙って罰を受ける。

 これは愛なのだ。神の愛なのだと、粗相をする度に家畜のようにムチで打たれる。私って言う、サリーっていう一人の人間を殺して、神官様達が望む聖女様を造り上げようとしてくるのだ。


(……私、死んじゃうのかな?)


 本来の私は、よく笑う子供だったはずだ。少なくとも、お家にいるときはよく笑っていたはずだし、どちらかというと外遊びが好きで活発な性格だったはずだ。

 でも、ここでは感情を表に出したら叱られる。だから、最近の私は神官様達がいう『神秘性を感じさせる慈愛の表情』……私的には白々しい作り笑顔で固定されてしまっている。

 何でも、聖女は慈悲と慈愛に満ちていなければならないらしい。気軽に声を荒立てたりはしてはいけない、感情を表に出してはいけない。常に微笑みを湛え、慈悲の心を持って生きなければならない。

 そうでないと、聖女の力は上手く扱えない……らしい。聖女が心を荒げればそれはそのまま力に影響し、乱れてしまう。それを避けるため、聖女は常に自分の感情を殺す術を身につけなければならないというのだ。


 でも、そんなの私じゃない。私の感情を無くしてしまえば、それはもう私じゃない。


 そうは思っても、どうしようもない。聖女様だなんて言われても、私には神官様に逆らう力なんてないんだから。

 そう思い、心が日々死んでいくのを感じながら過ごしていたある日、お世話係という名目の神官様が、私に一つの業務連絡を入れてきた。


「聖女様、今日から専属の護衛騎士が配属されることになりました。これから先は、彼が聖女様の身をお守りすることになります」

「そうですか」


 神官様が望む微笑みのまま、私はその連絡に頷いた。

 護衛騎士……さぞや、立派な人なんでしょうね。きっと、(サリー)ではなく聖女様を守る、由緒正しい騎士様。私を救うのではなく、私にトドメを刺して聖女様を作ることを目的にしている、新しい大人。

 私は、そんな人間がまた一人増えるだけなんだろうと気にもしていなかった。

 その人と、実際に会うまでは。


「サリーです。よろしくお願いします」

「あ、オラ……じゃなくて、私はモーブといいます。これから、よろすく」


 ……オラ? よろすく?

 私がまだサリーとして生きていたときですら滅多に聞かないような、もの凄い訛りを感じさせる言葉。

 これ、絶対貴族出身の由緒正しい騎士様とかじゃないわ。街で偶に話すことがあった、出稼ぎのおじちゃんとかの類いだ。


(何でこんな人が来たのかしら……?)


 聖女の微笑みを維持したまま、私の心は疑問に満ちあふれていた。

 聖女お付きの神官様っていうのは、何というか皆浮世離れした雰囲気がある。私にはまだよくわからないけど、整った顔立ちというか、一定の美しさがあるのが条件なんじゃないかって感じの人間が集められている。

 でも、この人は違う。ド庶民というか、安心できるというか、懐かしいというか……そんな空気が感じられるのだ。


(なんだか、懐かしいな)


 何となく、もう思い出の中にしかいないお父さんを思い出した。お父さんも昔は田舎の方に住んでいたらしく、この騎士様のように笑っていたのを覚えている。

 神官様のような、そして今の私のようなどこか作り物のような整った笑みではない。心からの、人の心の暖かさを感じさせるような、素朴な笑みを浮かべているのだ。


「……モーブさん。これからよろしくお願いしますね」


 聖女の微笑みは崩さないけれど、私はいつもよりもほんの少しだけ自然に笑えた気がした。

 我ながら単純だと思うけど、久しぶりに『人』と出会ったような気分だったのだ。


 しかし、挨拶をしている暇もないと、教育係の神官が私を呼び出した。

 そう、これからは、また聖女の時間。聖女に相応しい知性という奴を身につけるために、神々の教えを学ぶのだ。


「サリー様、オラ、頑張りますだ」


 教育係の言葉にいつものように頷き、歩き出した私の後ろから、そんな言葉が聞こえてきた。

 その言葉に、私は何故か泣きそうになってしまった。

 何でだろうと自分の心に聞いてみたら、それは単純なことだった。私は、ただ――


(……サリーって名前で呼んでもらったの、久しぶりだなぁ……)


 ――名前を呼ばれた、ただそれだけのことだった。

 聖女様じゃない、サリーって名前。本当は様もいらないんだけど、私の名前で呼んでもらったことで、私は久しぶりに得体の知れない聖女様からサリーという人間に、少しだけ戻れた気がしたのだった……。

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[良い点] サリー目線がとても好きです。これからどうなるのか気になります
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