第1話「予知夢を見たモブ農民」
全五話(本編四話+おまけ)となります。
――絶望した。本当に、それしか言葉はなかった。
「……笑えねぇってか、まじどうしろと……」
オラは、生まれ育った農村にある家で、いつものように日が昇ると共に目が覚めた。
しかし、今日のオラの精神はいつもどおりじゃなかった。夢見が悪かった――なんてもんじゃない。恐らくは、今後の人生を含めて最も最悪な目覚めを経験しているのだ。
「――なんだべ! ざまぁって!」
オラがこんな気分になっている理由。
それは、今日の夢であった。しかし、ただの夢ではない。証明はできないが、オラは鮮明に見えた夢――予知夢を経験したのだ。
予知夢なんて、自分で経験するまではうさんくさい占い師の戯れ言だと思っていた。確かに貴族様の中には魔力とか言う摩訶不思議な力を持つ人もいるらしいけど、こんな国境の外れ、もはや辺境と言われても文句は言えないド田舎の農村で暮らしてきたオラにはお伽噺とさほど変わりは無いものだ。
それなのに、何故か見てしまったんだ。理屈ではない、何かに操られているんじゃないかというくらいに確信してしまう、未来の映像を。
「……聖女様と王子様の婚約破棄から始まる惨劇とか、オラ達に何の関係があるだよ……」
予知夢の内容は、華やかなパーティ会場から始まる。
はっきりと「見たことがない」と断言できる豪勢な飾り付けやらオラの想像力を超えている未知の料理やら、そういったものが並んでいたのもオラがこれを特殊な何かが関与した夢であると確信する根拠の一つなんだべが、とにかくお貴族様だらけのキンキラキンパーティから始まる。王子様の二十歳祝いパーティってことらしいな。
そこで、クレインと呼ばれていたイケメン男――王子様らしい人が、これまたオラの村じゃ絶対に見ることのないような上から下まで真っ白な色白美人さんに『婚約破棄だ! ニセ聖女め!』と怒鳴りつけたのが最初のシーンであった。
何でも、クレインってのがオラの住んでいる国の第一王子……つまり次期王様らしく、色白美人はサリーって名前の聖女様らしい。
んで、この二人はサリー様が聖女の力に目覚めて以来から決まっていた婚約者って奴だったらしく、王子様が二十歳になった後――つまりパーティの後に結婚して、そのまま将来は王様と王妃様になる関係だったらしい。
……下の毛も生える前から嫁さんが決まってるって、スゲーよな。オラだって、そろそろ嫁さん迎える頃だなんて言われている歳になっても彼女すらいないのに。いや、それ以前にオラの村には嫁さんにできる年頃の女の子いないから、街に出て嫁探ししない限り可能性ゼロなんだけども。
オラの産まれた歳に流行病があって、それで赤子がバタバタ死んじまったらしいんだよな。偶々オラは生き残ったけど、おかげで同世代って奴が周りにいねぇ。
まぁ、それはどうでもいいべ。
とにかく、そんな具合で将来夫婦になることが決まっていた二人だったんだけど、ここで第三者――リーゼリアって名前の女子が登場してくる。
このリーゼリアもまたお貴族様の娘さんらしいんだけど、サリーって人は聖女の力を持っているだけでうまれは平民で、身分的には圧倒的にリーゼリアの方が上らしい。オラ的には貴族様も聖女様もすんごい偉い人ってことしかわかんねーけど、きっといろいろあるんだろう。
んで、クレイン王子様がそのリーゼリアと浮気したらしい。本人曰く真実の愛を見つけただとか真の聖女は由緒正しき血筋を引くリーゼなのだとかなんとか言っていたけど、まあまだ式を挙げていないとはいえ嫁さんがいる身分で他の女子に手を出すとか立派な浮気だべな。
サリーはそんな浮気王子の言葉にガタガタ震えているばっかりだったけど、とにかく王子様がなんか突然怒りだして破談になったっつうことだな。
「……普通に考えたら、これ王子様とリーゼリアって子が悪ぃべな。サリーって子も確かに性格浮世離れしているつうか、まあ一緒になるのは無理って感じだったけど、浮気はいかん」
田舎の村でそんなことをすれば、村八分間違いなしだ。
浮気は男の甲斐性……なんていうおっさん達もいるけど、村の最強権力者であるおかん連合を怒らせればもう村で生きていくことなんてできねぇんだから。
もし一度一緒になるって誓った後でそれを反故にしたいんだったら、地に頭こすりつけてその子と親父さんに殺される覚悟決めるのが最低限の礼儀って奴だ。
それなのにあの態度……やっぱ、貴族様はわかんねぇな。
といっても、ここまでならばまあ、正直どうでもいい。サリーって子は不憫だと思うし、権力を悪用して浮気三昧の王子とか死ねばいいと思うけど、オラには関係ねぇ。修羅場でも血みどろ展開でもなんでも好きにしてケロって感じだ。
でも――その後の展開が不味すぎる。
「実はリーゼリアって子は聖女でもなんでもなくって、サリーって子が一人で国の平和を守っていたって何だベそれは……」
オラ達みたいなド田舎の辺境もんならまあまあ見ることもあるし、身体張って畑を守れって殴ることもある魔物ちゅう化け物だけど、普通魔物は国の中には入って来れねぇらしい。理屈はさっぱりわかんねーけど、聖女様の結界とかいうので入ってこれねぇらしい。
それでも結界の端の端、実はちょっと入ってない疑惑もあるオラの村みたいな場所はまあちょっとばかり例外だけども、それでも現状はかなりの数を抑えてくれてるらしいな。とにかく、国が滅ぶような数が入って来れないようにするのが聖女様のお仕事だ。
まあ、オラ達みたいな田舎もんにはお伽噺というかそういうこともあるんだなーって程度で話半分にしか聞いてないような雲の上の話なんだけども、その結界を今まで張っていたサリーって子を偽物扱いして追い出してしまったわけだな。リーゼリアも同じ力を持っているなら、どうせ嫁にするなら庶民の娘よりも貴族のお嬢様ってことらしい。
王子様ってのはクソ野郎なのかって言いたくなるけど、最悪なのは『実はリーゼリアは聖女の力なんてさっぱり持っていない』ってところだ。
確かに魔法とかいう不思議パワーって怪我を治したりはできるらしいんだけども、聖女って言う程の力は全くない。おかげで、この国を守っていた結界はサリーが維持していたときの余剰パワーが切れると同時に消滅って未来が確定するわけだな。
(聖女の力なんて眉唾もんだって考えはわかっけども、王様になるお人がそんな短絡的でいいんだべか……)
オラだって、聖女様がいなくなればどうなるのかなんて昨日までは知らなかったし、聖女様が実は祈っている振りをしているだけの詐欺師で本当は何もしていなかった、聖女なんて必要ないんだって偉い人が言えば素直に信じる程度の知識しかねぇ。
でも田舎の農民でしかねぇオラと、王子様の知識量が同じってのはどうなんだべ? 王子様もリーゼリアに聖女の力なんて無いことは薄々気がついていながらも、聖女なんてどうせ飾りなんだから、王妃としての振るまいができるリーゼリアを嫁さんにしたかったってことらしい。
だったら初めから聖女だからってだけで嫁さん候補にするなって言いてぇけど、そこはお国の事情らしいな。国の繁栄に必要不可欠な聖女の血を王家に取り込むためとかなんとか……。
(王族の結婚って、夢がねぇんだな。そこまでして取り込みたかったサリーの重要性を、息子に教えてない王様もどうかとは思うけど……)
でも、実際には聖女様の力は偉大だった。結界の力で今日までの繁栄がこの国にはあったんだって、すぐに証明されることになった。
結界の力がなくなったら魔物がじゃんじゃん国の中に入ってきて、更に瘴気とかいう毒の空気が蔓延して、国は大パニックの大損害。このままでは国が滅ぶってところで聖女様を偽物扱いしたニセ聖女のリーゼリアの正体が暴露、速攻で二人目の婚約者を見限った王子様に実家の公爵様ごと責任を取れと投獄されちまう。
早急に本物の聖女であるサリー様を連れ戻せって話になるんだけども、サリー様は追放された後偶然出会った親切な美男子に連れられて隣の国に行ってしまって、偉い人達が気がついたときにはもう連れ戻すことができなくなっちまっていたんだ。
なにせ、その偶々出会った美男子ってのが、隣の国の王子様だってんだからなぁ……。しかも出会って五秒で恋をしたと言わんばかりにトントン拍子で隣の国の王子様の婚約者になっちまってて、もう戦争でもしない限り連れ戻すのとか不可能になってんだこれが。
その後、オラ達の国は魔物に蹂躙され、残すは王都のみってところまで追い込まれた辺りで事情を聞きつけたサリー様が隣の国の王子様と軍隊引き連れて魔物を排除してくれる。
聖女様を連れ戻すために隣の国にほぼ宣戦布告みたいな誘拐未遂を起こしていたクレイン王子様は処刑され、その後この国の再建と統治は隣の国の王子様とその婚約者……つまりサリー様が行うことになり、腐敗した国は清廉な聖女の国に生まれ変わったのでした、めでたしめでたし。
ってのが、夢の内容だ。
「めでたくねぇっぺよ!」
そう、全くめでたくはない。サリー様からすれば自分を貶めたクレイン王子とリーゼリアに裁きを下し、自分はちゃっかりと隣の王子様と結婚して地位も権力も男も手に入れて幸せになったのかもしれねぇけどよ?
その前段階で、確実にオラの村滅んでいるべ! なんならまだ聖女の重要性にお国が気がつく前の段階でもう皆死んでいるっぺ!
「後世ではこのお話が物語となり、愚かな王子と公爵令嬢は読者に皆そろって『ざまぁみろ』と後ろ指指される存在になったとか、それどころじゃねぇっぺよ! こっちはざまぁどころかあの世見てるんだよ!」
そりゃサリー様は可哀想だと思うけどな? 幼い頃に聖女の資質が見いだされて神殿に幽閉されて、ひたすら聖女として働かされ続けた挙句の婚約破棄とか辛いと思うべよ?
でも、だからって何にもしてねぇオラ達が死ぬことで溜飲下げないで欲しいんだけども?
ぶっちゃけ、知っていたベ? リーゼリアの聖女の不思議パワーがないこととか、聖女パワーでわかっていたっぺ?
それに、王子の心変わりに悲しんでいたけども……自分だって隣の国の王子様と恋に落ちるの早すぎだべ? 傷心とか数秒で忘れて速攻別の王子様に惚れてるベ? ある意味お似合いのカップルだったべ?
あの聖女様、絶対都会に沢山いるちゅう詐欺師にコロッと騙されるタイプだべ。相手がいけめん? だったら何でもいいってタイプだべ。
「それに、あの隣の国の王子様ってのもうさんくせぇっぺ」
ある日突然、なんの脈絡もなく王子の暴走で決定された婚約破棄と国外追放命令があったその日、偶然オラの国に隣の国の王子様がいて、それが追放された聖女様とこれまた偶然出会って恋に落ちる?
……学のねぇオラでもわかる。そんなの、出来すぎだべって。
「夢の中じゃ、隣の王子様……ただひたすらに気色悪いことを言っているだけで全然本心ってのが見えねぇんだべ……」
何故かサリー様は喜んでいたけど、あの隣の王子様、オラだったら死んでもいわねぇようなキザな台詞並べまくってただけだべ。
家の父ちゃんが母ちゃんにあんな言葉投げかけたら、熱でもあるのかと心配されるだけだ。大体『キミと一緒に居られない時間が辛いんだ、今までこんなこと無かったのに』とか『キミのためならば僕はどんな痛みにも耐えてみせる』とか……よく素面で言えるっぺな。
なんか、端から見てっとウブな娘っ子を適当に誘惑しているだけにしか見えなかったベ。年頃の女子はああいうのがのが嬉しいんだって言われたらオラには何ともいえねぇけど、聖女追放の日に偶然婚約者すらいない未婚の王子様に出会って後はひたすらに優しく溺愛してくるとか……何か怖いべ。
「多分、知ってたんだベなぁ……隣の王子様。リーゼリアに入れ知恵して一連の事件を引き起こした黒幕だったんでねぇか?」
それで騙されるオラの国のクレイン王子様やリーゼリアが一番悪いのは変わんねぇけど、そう考えるのが一番しっくりくるべ。
多分、一人いるだけで国一つ分が繁栄を約束されるような希代の力の持ち主であるサリーが欲しくて、バカ貴族様を上手く利用したってところだべな。
実際、最終的には半壊状態とはいえこの国と聖女様を丸々手に入れて一番得したのがあの王子様だし。
聖女様パワーで土地の回復はすぐに終わって、自国であぶれていた労働者の就職先も確保できた上に、面倒な口出しをしてくるような古参の貴族とかは全滅状態からスタート……もうシナリオどおりって思った方が自然だぁな。
「はぁ……ま、隣の王子様黒幕説はこの際どうでもいいんだべが、オラはどうしよ……」
まず、予知夢の内容のまま進めば、オラもオラの家族も皆死んじまう。いくら魔物相手に殴りあいした経験も結構あるなんて言っても、限度ってものがあるべ。
ならどう回避するかって話なんだけども……まず、逃げるのはねぇべな。
「許可無く領地から出るだけでもとっ捕まるのに、国から逃げ出すなんてことになれば間違いなく殺されるベ……」
領主様に許可を取れば好きに移動できるんだけども、産まれてこの方村から出たことがない農民のオラが許可なんて取れるはずもねぇし、取れたとしても家族全員ってのはまず無理だ。労働力である農民が逃げ出さないように、必ず一人は領地に残すってのが当たり前だなんだべ。
しかも、仮に逃げ出せたとしてもだ。父ちゃんも母ちゃんも、そしてもちろんオラも畑のことしか知らねぇ農民だ。そんなオラ達が畑のねぇ場所に行ってどうやって暮らしていけってんだ?
つまり、逃げた後この村へ戻ってくることができるだけの大義名分って奴が必要になるってことだな。
「となると、何とかして婚約破棄から始まる惨劇を止めなきゃいけねぇってことになるんだけども……無理だベ」
村のカップルの痴話げんかならばともかく、王子様の婚約問題とかオラにどう干渉しろと?
追放宣告を受けたサリー様を隣の国の王子に連れて行かれる前にオラの村で保護するって方法も……そんなのただの誘拐犯だべ。聖女様自身が強く希望するってんなら何とかなる気もするけど、突然見知らぬ農民が保護しますなんていくらあの騙されやすそうな聖女様でも頷かんだろぉなぁ。
「うーん……あ、そうだべ!」
惨劇を止めることは不可能で、国外に逃げることも不可能。
そんな八方塞がりな中で、生き残れる可能性のある場所が、一カ所だけあるっぺよ!
「王都だ! 王都に行けばいいんだっぺ!」
オラは、希望が見えたと立ち上がった。
予知夢でも、最終決戦の舞台である王都だけは辛うじて被害を受ける前に事態は収束していた。だから、王都にいれば比較的安全のはずだ。
……いやなんで聖女様に石を投げた王都の住民だけは助かってんだよとオラとしては強く抗議したいんだけども、まあ後々の統治とか考えたらきっと王都は残っていた方がいいとかそんな計算の結果だろうな。
「母ちゃん! オラ、王都に出稼ぎに行ってくるっぺ!」
「はぁ? アンタいきなり何じゃね?」
村の若者が都会に出稼ぎに行き、ついでに嫁探しもするなんてのは極当たり前のこと。
オラだってそろそろ都会に出て行ってもおかしくはない歳だし、村から家族全員……何なら知り合い一同を連れて行くなんてことも『結婚式に招待する』って大義名分があれば許される。
そう、オラが王都に出て、惨劇が起こる前に家族友人一同を王都での結婚式に招待すれば、後は魔物被害が危険だからとか理由付けて王都に留めることができる。
んで、全てが解決したら改めて嫁さん連れて村に戻れば万事解決だべよ。こんなちっちゃな村、家族友人一同だけでほぼ村民全員呼べるしな。
それでも年寄り連中とかその家族は難しいかもしれねぇけども……オラにはそれが限界だべ。
そんな理由を正直に話しても頭おかしくなったと思われるだけだから、オラは素直に嫁探しついでの出稼ぎとだけ言って両親を説得する。
何にもおかしいことはないんだからオラの言葉が疑われることなんてなく、すんなりとオラを送り出してくれることになった。有り難いことだべ。
そうして、オラはオラだけが知っている未来を変えるために旅だった。
そこで、オラを待っていたのは――
「なんか、祭りか?」
「おう! 今日はクレイン王子様の誕生祭さ!」
「王子様も、もう五歳か。いずれは立派な王様になってくれるといいねぇ」
「……へ?」
数ヶ月の旅の果てに、初めて見るはずなのに何度も見た王都。
そこで行われていた祭りは、二十歳になる頃に婚約破棄事件を起こす王子様が五歳になったことを祝うものなのだった。
(……予知夢って、結構先の未来だったんだなぁ……)
悲劇が起きるのは、今から十五年後。もちろん、その頃にはオラの結婚適齢期なんてとっくに過ぎていて、結婚式招待作戦なんて使えるはずもない。
「……ど、どうしよ」
王都に来て早々、出稼ぎの田舎者ことオラ、モーブは途方にくれてしまうのであった……。
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