表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゼノン王国恋愛譚

もう遅いですか?

作者: 凛蓮月

 魔が差した。

 どうかしていた。

 正気じゃ無かった。

 過去に戻れるならあの時の自分の愚行を全力で止める。

 後悔してからでは遅いのだ。


 ヴィンセント・フォルス侯爵令息は、「真実の愛」に浮かされ、婚約者であったリリエル・ヴァーナ伯爵令嬢に自ら婚約破棄を言い渡した。

 リリエルは粛々と受け止め、婚約は速やかに破棄された。


 その後、浮気相手は「本気では無かった」と、ヴィンセントの元を去った。

 恋の浮かれから冷静になった彼は、元婚約者のリリエルが猛烈に気になった。

 苛烈な想いは無くとも、穏やかに関係を育んできた。思い返せば彼女の微笑みが蘇る。

 しかし同時に婚約破棄を言い渡した瞬間の涙を堪える歪んだ顔も思い出させる。

 今さら気付いても、彼女を傷付けた事実は覆らない。

 愛を囁くにはもう遅い。

 その事実はヴィンセントを苦しめた。

 自業自得。

 己の愚行に頭を抱えるしかなかった。


 リリエルは、婚約破棄されたあと自室に引きこもりがちになった。

 最初こそは泣き暮らしたが、あとは虚ろに生きているのみ。

 朝起きて、朝食を少し口にするが食欲は湧かない。体力は落ちる一方で、ベッドに横になる事が増えた。

 穏やかに過ぎたあの頃を思い返せば枯れたはずの涙が頬を濡らす。

「なぜ、どうして、」

 ぶつける相手を失い、自問自答を繰り返すしか無く、答えの出ない問いは、彼女の心をどす黒く蝕んでいった。


 そんなリリエルを見かねた侍女のマーサは、思い切って外に出ての気分転換を勧めた。

 暗い部屋に閉じこもってばかりでは鬱屈した気分は晴れない。

 まずは座ったまま庭の花見から、慣れてきたら庭を散歩して、気が向いたら四阿でお茶を飲む。

 刺激なく、淡々と過ごす日々にリリエルの気持ちは次第に落ち着き、街歩きに出かけてみたいというところまで回復した。


 街娘の格好をしたリリエルと、マーサは辻馬車に乗り、王都の中心まで出て来た。

 久々の外歩きはとても新鮮で、天気の良さもあり、少し浮わついていた。

 王都で人気のカフェでお茶をし美味しいスイーツを食べれば、リリエルの心も幾分慰められた。

 そのあと少し小物を買おうと思い、雑貨屋へ足を運んでいたとき、前から歩いてくる人物を見て足がすくんだ。

 ヴィンセントだ。

 先程までの芽ばえた楽しい気持ちは消え、心臓が嫌な音を立てる。

 指の先、足のつま先が冷えていく。

 そばにいるはずのマーサの服を、無意識に掴むと、マーサもハッとしたような顔をした。


 なぜこんなところにいるの?

 あの人と来たの?

 私とは来なかったのに?


 聞けもしない質問が次々湧いてきて、心に淀みを作る。

 段々近づいてくるその人を、なるべく見ないようにしていたが、震える足は離れることを許してくれなかった。


 やがてヴィンセントからリリエルを視認できた時、マーサはリリエルを守るようにして立った。

 リリエルに気付いたヴィンセントは、一瞬驚きに目を開き、声をかけようとしたのか手を上げ、口が少し動いた気がした。

 だが、すぐに上げた手を下ろし、小さく会釈して、二人と距離を取ってすれ違った。


 ヴィンセントの姿が見えなくなってから、

「……お一人、でしたね」

 マーサが呟くと、リリエルは彼女を見た。

「てっきり浮気相手と一緒かと思いましたが」

 そうなのか、とホッと息をつく。

 その事にハッとし、まだ自分がヴィンセントを忘れられていない事を突きつけられた。

 今日はたまたまかもしれない。

 もし次見かけたら、もう浮気相手ではなく婚約者としてあの腕に絡め、エスコートしているかと想像するだけで、リリエルの心は重くなった。


「そろそろ帰りましょうか」

 マーサの気遣いに素直にうなずき、心が沈んだまま帰途に就いた。


 その後何回か街歩きをしたが、度々ヴィンセントに遭遇した。が、彼は常に一人だった。

 お互い姿を認識するが、言葉も交わさずすれ違うだけ。

 恋人がいるなら二人で歩いていても不思議ではないのに、なぜいつも一人なのかは、リリエルの親友から情報が入ってきた。


「リリエルと婚約破棄して、すぐにフラレたらしいわ」


 親友のマリアは紅茶を飲むとそう言った。

 彼女の兄がヴィンセントとは友人で、笑い話として教えてくれたらしい。

 そういう事なら街で会っても気まずくて声をかけられないだろう。いつも一人でいる理由にも納得した。

「それでね、笑えない話なんだけど。フラレてから、リリエルの事が気になって仕方ないらしいわ」

 思いがけない言葉にリリエルは一瞬思考が止まった。

「そうなの?……今さらだわ」


『今さら』

 気になって仕方ないと言うならどうして浮気したのか。あとから気になるなら浮気などしなければ良いのに。


「ねぇ、リリエル?あなたフォルス様に報復したいと思わない?」

 マリアはお菓子をつまみながらリリエルに問うた。

「報復……?って…」

「フォルス様に、ヨリを戻す気がある体を装って、最後に思いっきり振るの」

 親友の可憐な口から物騒な話が出てきて、どきりとした。

「むちゃくちゃにわがまま言って困らせてやるのもいいわね」

 心なしかマリアの目はきらきらと楽しそうだ。

 けど、報復とまではいかないまでも自分が受けた傷を返したいという仄暗い気持ちが微かに湧いてくる。

「だけど、わざわざこちらから連絡取るのも気まずいわ。縋ってるみたいで」

「それなら任せて。最近お兄様の元をよく訪ねて来るの。偶然を装って会えばいいのよ。今日も来るかもしれないわ?

 ……あ、言ったそばから、ほら」

 今日はマリア宅の庭でお茶をしていた。そこへマリアの兄のアベルと、心なしか表情の硬いヴィンセントがこちらへ歩いてくるところだった。


「やあ、リリエル嬢。お茶会は楽しんでいるかい?」

 気さくなアベルはにこやかに近寄って来る。リリエルから見た印象は、軽いなぁといったものだ。

「ごきげんよう、アベル様。美味しいお菓子とともに楽しませていただいてますわ」

 淑女の笑みで返すとアベルもほんわかと微笑んだ。

「仕事が一段落したんで休憩しようと思っていたんだ。一緒にいいかな?」

 マリアに目配せすれば、目を細めてかすかに口角を上げた。

「断る理由はありませんわ。おかけになって。……そちらの方もどうぞ?」

 マリアの言葉に分かりやすく肩を跳ねさせたヴィンセントは、硬い表情のまま「失礼します」と腰掛けた。


 アベルが中心になって他愛も無い話をしていた。ヴィンセントは言葉少なに、居心地悪そうにお茶を飲んでいた。

「そう言えば、フォルス様はあの、何でしたっけ?ナントカ令嬢とはうまくいってますの?」

 空気を読まない体でマリアが爆弾を放つ。

 ヴィンセントは飲んでいたお茶をむせかけた。

 カップをソーサーに戻し、咳払いをしてから、一瞬リリエルを見て口を開く。

「…彼女とは、今は会っていません。『そんなつもりでは無かった』と、言われ、それきり、です」

 そう言って、ヴィンセントは俯いた。

 元婚約者の前で、浮気の顛末を暴露させられたのだ。不敬と取られても仕方ないが、ヴィンセントは気にしていない。そんなことよりリリエルの反応が気になったが、それを確認する事はできなかった。

「では、今はお独りですの?また新たに善い人はおできになってませんの?」

「今は独りです。…多分、これからも…」

 後半部分はか細く、対面にいたマリアには聞き取れなかった。

 リリエルは隣だったので聞こえたが『これからも』というのが引っかかった。

 今も、この先も、独りでいる覚悟なんだろうか。何だか胸の奥がツキンと痛んだ気がした。


「それでしたら、リリエルと再びお会いになっては?」

「えっ」

 マリアの思いがけない言葉にヴィンセントは弾かれたように顔を上げる。何を言っているのか図りかねた。リリエルとマリアを交互に見ながら驚いたまま目が泳ぐ。

 もしもリリエルが良いと言えば、再び会えるようになるのはヴィンセントにとって嬉しい誤算だ。だがそれが容易では無い事は重々承知している。

 返事ができずにいると、リリエルが紅茶を一口飲んで

「私は構いませんわ」

 にっこり微笑んだ。


 ヴィンセントは目の前で起きている事が信じられなかった。

 罠でも何でも良かった。

 再びリリエルの側にいられるなら、彼女に気持ちが無くても。婚約者は無理としても、親しい友人として会えるなら満足だった。


「…あんなことをしでかして、再び会えるようになるとは思わなかった。時々でいい。こうしてお茶を飲む間柄になれたら嬉しい」

「一応お父様にまたお会いする事をお伝えしますわね。次の機会は後日連絡を、という事でよろしいでしょうか?」

「も、もちろんだ。楽しみに待っている」


 ヴィンセントは分かりやすく辺りに花を散らしながらお茶を飲む。

 マリアとリリエルは目を合わせ、微笑み合っている。

 その様子を黙って見ていたアベルだけは、妹とその友人が何かを企んでいる事に薄々気付いていた。


 ♤


 リリエルから話を受け、リリエルの父はかなり渋っていたが、ヴィンセントが今の所改心している事を知ると、二人きりではなく侍女と護衛立会のもとの交流ならしても良いと許可を出した。

 リリエルはその旨を記した手紙をヴィンセントに出した。

 以下のやり取りはこうだ。


『夢のようだ。ありがとう。早速約束を取り付けたい。

ヴァーナ令嬢が良い時を教えてほしい。 都合をつけて行く』


『以前のようにリリエルと名前で呼んで下さい。

 では3日後の午後からはいかがでしょうか?

 お仕事の都合がつかなければフォルス侯爵子息様の都合に合わせます』


『リリエルと再び呼ばせて貰えることがとても嬉しい。ありがとう。

 もちろん、リリエルも私のことはヴィンセントと呼んでほしい。

 3日後、そちらに伺うことにする。会えるのを楽しみにしている』


 情熱的なやり取りに見えるが、リリエルの気持ちは冷めていた。

 ヴィンセントと呼ばず、あえてフォルス侯爵子息様と呼ぼうかしら、と思うくらいにはささくれていた。

 やられた事は忘れていないし浮気のあと自分を好きと言われても「はぁ、そうですか」としか思わない。だが、ヨリを戻すを装い振る報復の為には少しでも夢中になってもらわないといけなかった。


 3日後、ヴィンセントは定刻通りにやって来た。

 表情はかたく、緊張しているのが目に見えて分かる。

「今日はありがとう。これを君に」

 差し出されたのは花束だった。

「まぁきれい。早速部屋に飾りますね。ありがとうございます」

 花束を受け取り、侍女に手渡す。

「こちらへどうぞ」

 案内されたのは、リリエルの私室ではなく応接室だった。

 以前と違う場所に案内され寂しさはあったが、贅沢は言えない。彼にとってはまたリリエルに会えるのがたまらなく嬉しかった。


 お茶会は他愛も無い話をした。

 浮気の話には無かったかのように触れなかった。ヴィンセントとしてはきちんと謝罪したかったが、リリエルがその話をする雰囲気を作らなかった。

 マイナスからのスタートだと、改めて感じた。

 あわよくば再び婚約にこぎつけられるかもという淡い期待は泡沫のように消えた。

 それでも、穏やかな時間はヴィンセントを幸せにした。せめて友人として付き合えたら。

 そう願わずにはいられなかった。


 ヴィンセントとは週一回お茶を飲むようになった。短い時間だったが、リリエルはヴィンセントに会う度に心が黒く染まる気がした。

『なぜ、どうして、浮気したのか』

 未だに聞けずにいたが蒸し返すのも気分悪いしあえてその話題に触れずにいた。

 ヴィンセントからは初回から謝罪したそうな雰囲気は感じていた。が、無視した。

 時折熱のこもった瞳に見つめられると、居た堪れない気持ちになった。


 ヴィンセントは会うたび贈り物をくれた。

 可愛い花束、美味しいと評判の焼き菓子。

 元々婚約していた時は誕生日に贈り合いするくらいだったから変わり様に笑えた。

 ヴィンセントと話すのは楽しかった。

 リリエルを飽きさせないように色んな話題を提供してくる。

 これも、以前には無かった事で、リリエルの気持ちはさらに黒くなるようだった。


 ヴィンセントは必死だった。

 沈黙するのが怖かった。

 贈り物も、本当は宝石やドレスを贈りたかったが婚約者では無いし、リリエルから断られるのが怖くて花やお菓子に偏った。最悪使用人に分けられるからだ。

 いつも「ありがとう」と微笑む姿を見るとほっとした。

 宝石などではない贈り物をして、お礼を言うのは彼女だけだった。

 会う度自分の過去を呪いたくなるほどリリエルに惹かれていく。

 離れて惜しくなり手が届かないから余計に欲しくなるだけかもしれない。しかし、リリエルに会う度新しい驚きでその瞬間惚れ直してしまう。

 今まで自分は何を見ていたのだろうと、やるせない気持ちでいっぱいになった。


「順調そうねぇ。なんならホントに元サヤになっちゃえば?」

 友人の令嬢らしからぬ物言いに目を向けながら、リリエルはため息をついた。

「順調に見えるなら成功してるのね。だけどあまり長くは続けられそうに無いわ」

 出された紅茶を一口飲み、カップを戻す。

 マリア宅自慢の料理長が作ったお菓子をかじったマリアは、リリエルを怪訝そうに見ていた。


「ずっと一緒にいると、裏切られたことが頭の中でぐるぐるするの。どうせまた裏切られる。贈り物だって以前は儀礼的にしか無かったのに。だけどこんなに尽くしてくれるから本物かもしれない。何を期待してるのかしらね」

 自嘲する友人の、おそらく初めて吐露する本音。面白ければいいと思っていた自分が恥ずかしくなったのか、マリアはお菓子をそっと皿に置いた。

「リリエル、辛かったらやめてもいいわ。さっさと振って、次行きましょ次!」

 しかし努めて明るく、友人が気負わなくて良いようにニッコリ笑う。

「そうね。無理に続ける必要ないものね」

 ホッとして、紅茶に口つけた。


 そんな二人の会話を、扉の外で聞いていた人がいるとは、このときは分からなかった。


 ♤


 いつもと同じ、週一のお茶会の日。

 リリエルはヴィンセントに贈り物をした。

「……これを、私に……?」

 それは片手に納まるほどの小さな包み。震える手で受け取り、リリエルを見る。

「もうすぐ、誕生日でしたでしょう?大したものでは無いのだけど」

 少し緊張しているのか、指先が冷えていた。

「…開けても…?」

 おそるおそる尋ねられ、目線で「どうぞ」と促す。ヴィンセントは未だ信じられないような気持ちで包みを開けた。

「これは…」


 それは刺繍入りのハンカチ。

 ヴィンセントのイニシャルと侯爵家のモチーフが入っていた。

 見事なもので、言葉も失い見入っていた。

「暇でしたので」

 あっけらかんとして言うが、裏切った相手に贈るには勿体なさすぎるくらいの代物だ。

 自分の為にしてくれた事がヴィンセントには堪らなく嬉しく、過去を思うと居た堪れなくなった。

「…ありがとう、大切にする」

 少し声が上ずってしまったのは気付かれたくなかった。ハンカチを丁重に懐にしまうと、ヴィンセントは一旦目を閉じ、再び開いてリリエルに向き合った。

「リリエル、その…すまなかった」

 いきなり謝罪された事に目を瞬かせたリリエルは、持っていたティーカップをソーサーに戻した。

「なんの、謝罪ですの」

 自分で思うより低い声が出て、ドキリとした。

「私は、君に対して不誠実な事をした。君を裏切り、傷付けた。謝って、許されるとは思っていない。だが、それでも、………すまなかった」


 リリエルに頭を下げるヴィンセントを見て、リリエルは心が冷えていくのを感じた。

「…私が気になったのは、彼女に振られたから?」

「違う!」

「あなたは裏切った…。私を捨て、違う女性を愛した。違う人に逃げられたから、私に戻って、」

 はらはらと涙が頬を伝う。感情が昂ってはうまく喋れないからどうにか止めたかったが、意志とは関係無く溢れて止まらない。

「あなたを裏切った事は変えようが無い事実だ。何を言っても言い訳にしかならないだろう。だが、今は君を「聞きたくないわ!」

 耳を塞ぎ、ヴィンセントの言葉を遮る。

 ヴィンセントは延ばしかけた手を止め、静かに下ろした。


「どうして、どうしてよ?どうして心変わりしたの!」

 心に溜まった黒いものをヴィンセントにぶつけたかった。汚い言葉で罵りたかった。同じ傷を付けたかった。だが、あとからあとから溢れ出る涙で思考はまともに働かず、ただどうして、としか言えない自分が情けなかった。

「…君の気が済むまで罵倒してくれていい。全て受け止めるから」

「傲慢よ!許さないんだから!」

「…うん、」

「婚約破棄されて、いい笑い物になったわ!もう社交界に出られないわ!」

「…すまない…」

「浮気したのに相手に逃げられるなんて、いい気味だわ!」

「…うん、笑ってくれていいよ…」

「女に逃げられて、私が気になり出すとか、その前は、じゃあ好きじゃ無かっ…」

「…君の魅力に気付かなかった愚か者だよ」

「………私はっ…好きだったのに!」


 好きだった。

 好きだったのに。

 ヴィンセントのことが、誰よりも。

 だから他の人に心変わりしたことがショックだった。

 そのあとにやっぱり君が好きだと言われて、ハイソウデスカとやすやすと許せるほどには好きだ。だけど傷付いたから簡単には許したくない。また浮気されたらという恐怖と、リリエルの意地だった。


「許さなくていいよ。憎み続けていい。だけど、たまに、会いに来る事だけ許してほしい」

「…いやよ」

 間髪を容れず拒否されて、ヴィンセントは怯んだ。

「…抱き締めてよ」

 ぽつりと聞こえたリリエルの言葉に、さらに怯む。

「抱きしめてくれなきゃ絶対許さないんだからぁ…!!」

 リリエルの言葉が終わらないうちにヴィンセントは抱き締めた。

 きつく、愛おしく。

 泣きじゃくるリリエルの頭をかき抱き、その温もりを貪るように。

 リリエルもヴィンセントの背中に手を回し、その温もりを甘受する。

「あなたなんか大きらいよ!ヴィンセントのバカぁ!!きらい!大きらい!」

 嫌いと言いながらその腕は力強く。

「俺は愛しているよ。リリエル、君だけを愛している」

「大嫌い」と「愛している」を繰り返し、愛しい人を二度と離さないと、二人はきつく抱きしめ合っていた。


 ♤


「それで?あっさり元サヤに戻っちゃったの?」

「ええ、まぁ」

「そして?半年後に婚姻?」

「…ええ」

 あのあと落ち着いてお互いに気持ちを確かめ合ったあと、ヴィンセントは即座にリリエルにプロポーズをし、リリエルは承諾。

 そのままリリエルの父に土下座して婚姻の申し込みをし、条件付きでしぶしぶ承諾してもらった。

 条件はもちろん、浮気をしないこと。万が一すれば即離婚。そういう噂が出てもだめ。

 そうなった場合、子どもがいてもリリエル共に二度と会わせない事を念書にしたためた。

 それからリリエルを泣かせないこと。

 婚姻前交渉をしないことなども口約束ではあるが条件を付け、唸る父に最後はリリエルが口添えして承諾を貰った。

 婚姻が決まってからヴィンセントは仕事帰りに必ずリリエル宅に立ち寄り、顔を見せて帰って行く。

 仕事が立て込んでどうしても行けない時は必ずその旨を贈り物と共に先触れを出した。

 あまりのヴィンセントの溺愛ぶりに、社交界では元サヤお騒がせカップルとして噂になった。


「ま、リリエルが幸せならいっかー」

 友人は呆れながらも祝福してくれた。


 ヴィンセントはマリアとの計画を知っていた。

 いつかの会話を偶然聞いてしまったらしい。


「例え振られてしまうとしても、束の間そばにいられるなら満足だった」

 リリエルの手に、髪に口付け、幸せを享受する。


 だが、リリエルは時折戸惑う事もある。何も疑わずにいられた時より信じる事はたやすくない。またいつ「真実の愛に目覚めた」とか言って裏切られるかもしれないという疑念は心の片隅に残った。

 その度ヴィンセントは愛を囁き、リリエルを抱きしめる。リリエルの苦しみをきちんと受け止め、謝罪し、労る事で彼女の信頼を少しずつ取り戻していった。


 半年後。

 大きな聖堂で愛を誓い合った二人は、末永く幸せに暮らしたそうだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ