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Tender ∈ Wonder  作者: VaBideBoo
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第3話 「本書の沈黙はかなり長い……。」

第3話 「本書の沈黙はかなり長い……。」


カツカツカツ。石畳を歩く音がだんだん大きくなってくる。誰かが沙月達の方に向かって歩いてくる。

「あー。よかった。やっと見つけたわ。」

沙月とシエラが見上げると、夕日を受けて輝く若い女性。読者の予想通り、グラビスが立っていて、微笑みかけている。

……

沙月とシエラはしばらく無言だ。言葉が出ない。ようやく沙月がつぶやくように言う。

「…………女神さま?」

「私、グラビスっていうの。お肉屋さんのおばさんがね、心配して私に知らせてくれたの。"見かけない若い女の子2人組が歩いてた"って。」

さっと、シエラが立ち上がる。

「私、シエラって言うの、よろしくね。」

さっきまで、うなだれてたシエラの変化ぶりに驚きながらも、沙月もつられて立ち上がる。

「私……、沙月です。よろしく。」

「シエラと沙月ね。よろしく。で、あなた達、今晩泊まる場所に、当てはあるの?お金持ってないって聞いたんだけど。」

すると、シエラだ。ブツブツ独り言のように言う。

「おじいさんは、多分、八百屋さん。お肉屋さんは……、隣の隣の隣?ぐらいだったかしら……、ということは……、商店街で話題になってるんだわ……。おじいさんの情報発信力……、恐るべしね……。」

グラビスは思わず吹き出してしまう。

「ぷっ……、そうね。この辺りはみんな知り合いだから、そういう情報はすぐに伝わるわ……、でも、みんないい人なのよ、悪く思わないでね。」

「いえ……、そんなつもりじゃないです。」

なぜか、沙月がフォローする。そして、沙月がそのまま続ける。

「あの……、そうなんです。私達、お金持って無くて……、行く当てもなくて……。」

「じゃあ、私の家に来ない?歓迎するわ。」

「やった!!」

すぐに反応したのはシエラだ。そして、沙月が大きめの声で被せる。

「いいんですか?ありがとうございます。」

シエラの発言を無かったことにしたいようだが、成功はしていない……、という感じだ。

「じゃあ、こっちよ、付いてきて。そろそろ、日も沈むし。お腹も空いたでしょ。」


沙月は歩きながら、チラチラとグラビスを見ている。丁度いい機会なのでグラビスを描写しておく。

グラビスは長身で、肉付きもよく健康そうな体格をしている。沙月より2,3歳は年上に見える。

髪は長く金色でポニーテールにしていて、瞳はブラウンだ。いわゆる、きれいなお姉さんタイプなのだが、かわいいという表現でも違和感がない。ニコニコ笑う笑顔がそういう印象を与えるんだろうと思う。

今は濃いブラウンのロングスカートに、黄色いダボダボの柔らかそうなニットセーターを着ている。

沙月から見れば、優しくて、しっかりしてて、かわいいお姉さん……、という印象だろう。


グラビスの家に向かう道すがらシエラがグラビスに話しかける。

「ねえ。グラビス。あなたって魔道士でしょ。どうして、町娘の服なんて着てるの?」

「えっ?分かるの?」

「もちろんよ。私クラスになると、一目で分かっちゃうのよ。丸見えよ。」

「えっ?……、丸見え……、なの?……。ちょっと、恥ずかしいわね。」

グラビスはそう言ってチラリと沙月を見る。沙月には分からないわよね……、と確認しているようだ。

「大丈夫よ。私クラスになると……、って言ったでしょ。めったにいないから。」

「そ、そう……。私、両親と弟がいるんだけど、家族の中で魔法が使えるのは私だけなの。お母さんの話だと、おばあちゃんの妹さんが少し魔法が使えたらしいんだけど。」

「じゃあ、周りに魔法を使える人がいなかった……、ってことね。それで、魔道士のローブを着てないの?」

「ううん。……この街じゃ魔道士のローブを着てる人なんていないから……。」

「え?……、そう言えば……、そうね。確かに一人も見なかったわ……。」

こんな感じだ。沙月はシエラの物怖じしない性格がありがたかった。シエラのおかげで、気まずい沈黙が流れることはなかった。ただ、シエラがまた、"歌を歌い出さないか……"と心配はしたが……。


「ここよ。さあ、入って。」

グラビスに案内されたのは、すごい豪邸だった。来る途中、豪邸の間を歩いてきたので、ある程度予想はしていたが、2人はしばらく、門の前でポカンと口を開けて眺めている。

グラビスがザクザクと敷石を踏んで歩いていく。その敷石もきれいに掃かれていて、踏むのも憚れるような雰囲気を醸し出している。2人は恐る恐る、忍び足でグラビスの後を付いていく。門からは歩道が敷かれているが、グラビスは無視して歩いている。歩道が繋がっているのは客人用の玄関で、グラビスが向かっているのは住人用の玄関……、ということのようだ。

住人用の玄関も重厚で立派な観音開きの扉で沙月はポカンと口を開けて見上げている。

カランコローンという上品な音がして、しばらくすると、扉が開く。

出迎えてくれたのは、メイドだ。

「お嬢様。おかえりなさいませ。」

「ただいま。エリス。お客さんを連れてきたの。」

グラビスはニコニコしながらそう言って、振り返る。

「こちらが、沙月。そして、こっちがシエラよ。」

「沙月様とシエラ様。メイドのエリスです。宜しくおねがいします。」

答えたのは沙月だ。やはり、戸惑っているようだ。

「あ……、こちらこそ……、宜しくおねがいします。」

一方のシエラは沙月から一歩下がって、ここは沙月に任せたわ……、という表情でペコリとする。

「2人を二階に案内してもらえる?今晩、泊まってもらうの。あと、お風呂の準備もお願いできる?着替えもね。」

「かしこまりました。」

エリスにそう指示をして、グラビスは再び振り返る。

「晩御飯はお風呂の後にしましょう。」

「あ……、はい。」

「では、こちらです。沙月様、シエラ様。」


さて、ここは少し説明が必要だろう。グラビスの家に向かう……、という時点で、沙月もさすがに、グラビスが一人暮らし……、などとは思わなかった。とは言え、挨拶するのはお母さん?お父さん?……、おばあちゃんだったらいいな……、などと考えていた所に、若いメイドが出てきたわけだ。"メイドなんてはじめて見たんですけど……"と沙月が戸惑うのも無理はない。

(「え?……、超豪邸!!……、え?……、メイドさん!?……。」) そんな感じだ。


もう、沙月とシエラはポカンとするしかなかった。上履きに履き替えて、すぐ近くにある階段を登る。たったそれだけの距離なのに、何から何まで豪華にしか見えない。階段の手摺は複雑な彫刻が施されていたし、天井の灯りはたくさんの光で構成されていて、シャンデリアのようだ。飾ってあるツボは見たこともないような大きさで、複雑な模様が描かれている。

「こちらです。」

階段を上がって、いくつかの部屋の前を通り過ぎてから、エリスが扉を開けて2人を部屋の中へと誘う。

大きな部屋ではなかったが、大きなベッドが2つ、カフェにありそうなおしゃれな机が1つ、小さな丸い座卓が1つという構成だ。真っ白なシーツは見るからに気持ちよさそうだし、絨毯に座ってくつろげる……、という日本スタイルなのも沙月には嬉しかった。

「では、お風呂の準備をしますので、少々お待ち下さい。」

そういって、エリスは右手の扉の向こうに消えていく。


沙月がベッドに腰掛けるとシエラもニコニコしながら隣に座る。沙月が独り言のようにつぶやく。

「はあー、……超展開すぎてついて行けないわ。……一時は野宿も覚悟したのに……、一転、豪邸だもの。」

一方のシエラはニコニコだ。

「ほんと。ラッキーだったね。……ん?……、私、自慢じゃないけど、ラッキーとは無縁なの。アンラッキーで有名だったのよ。……ということは、このラッキーは沙月のおかげね。私のアンラッキーを打ち消すなんて大したものだわ」

これを聞いて沙月は首を傾げながら言う。

「私がラッキー?……、うーん……。記憶がないから分からないわ……。」

「へー。記憶がないの?」

(「しまった……、そう言えば、まだ喋ってなかったっけ?……、まあ、いいか……。」) 沙月は一瞬で、まあ、いいか……、という結論に達したようだ。

「うん……。全くないわけじゃないんだけど……、特に最近の記憶がなくて……、なんか、隨分昔の記憶はあるって感じ。」

「そう……、私、回復魔法は得意なの。でも、記憶は、治るかどうか分からないわ……。でも、今度やってみる?」

「え?ううん。いいの。思い出したい……、って思わないし。」

「そう。」


右の扉からエリスが戻って来て言う。

「沙月様、シエラ様。お風呂の準備が出来ました。お着替えも置いておきましたので、お使い下さい。」

「あ、ありがとうございます。」

沙月がそう答えると、エリスはニコリと笑って、部屋から出ていく。

「シエラ、先に入る?」

「え?一緒に入らないの?」

「……え?……、多分、そんなに大きなお風呂じゃないと思うんだけど……。」

「え?……、ああ、そうね。じゃあ、私、先に入るわ。」

「ええ。」

そして、シエラが右の扉の向こうに消える。


シエラがお風呂に入ったのを音と雰囲気で確認してから沙月はファイと会話を始める。

「ねえ、ファイ。」

「はい。何ですか。」

「私、考えたんだけど……、シエラってこの世界でもなくて、日本でもない世界から来たんじゃないかしら。ほら、私って元々、日本にいたでしょ。それで、転生した。だから、そもそも、日本じゃないってことを受け入れてるの。でも、シエラは日本じゃないことを残念に思ってるでしょ。」

「はい。第3の世界ですね。確かにそう考えるしかなさそうです。」

「第3の世界ねー。よくわからないわね……。」

「そのうち、聞けるかも知れませんよ。」

「そーね。私も人のこと言えないけどね……。」

「はい。でも……、見直しました。」

「え?何を?」

「沙月様がお友達のことを考えていたことです。」

「え?そう?」

「はい。お友達のことを考えるっていうのはとても大事なことです。」

「そ……、そうね……。分からないと、どう接していいか分からないし……、でも、ほんと……、超展開すぎてついて行けないわ……。"私は沙月"から始まって、シエラに出会って、ギルドはなくて、野宿を覚悟して、グラビス、エリス……。」

「はい。今晩はぐっすり眠れますよ。藁のベッドじゃないですから。」

沙月はゴロンとベッドに横になる。足が熱を持っているのを感じる。今日は相当歩いた。このまま、寝たいな……。でも、やっぱりお風呂には入りたい。それに、お腹も空いていた。"今日のご飯はなーにかな?"そんなメロディーが頭の中を巡っていた。


「沙月、沙月、」

「う?うん?……、シエラ?……、あっ、私、寝ちゃってたのね……。」

「お風呂、開いたわよ。ちょー気持ちよかったわ。入ってらっしゃい。」

お風呂……、と聞いて、一気に目が覚める。

「う、うん。入ってくるわ。」


脱衣所らしきところに、シエラの服と着替えの服を見つける。

意外なことに、シエラの服はちゃんときれいに折り畳まれている。

服を脱ごうとして、気がつく。

「ねえ……、ファイ、あなたって男性なの?」

「いえ。男性でも女性でもありません。」

「そ、そう言えば、どんな形にでも変われるって言ってたわよね。」

「はい。何にでもなれますよ。」

「でも……、アニメ化することを考えると、ここで声優が入れ替わるって事になっちゃうわね……、それは、マズイ……、のかな?」

……

………

ファイは沈黙だ。ちなみに、本書の沈黙はかなり長い……。漫画で言えば、1ページ、2ページくらい平気で消費するくらいだ。沙月はファイが反応してくれないので仕方なく続ける。

「そ、そう……。それで、お風呂も一緒に入るの?」

「はい。嫌ですか? 姿を消すことも出来ますよ。でも、無意味ですよ。常に沙月様のそばにいることに変わりはありませんから。」

「そうなんだ……、まあ、いいわ。」

そう言って、服を脱いで風呂場に入る。

お風呂は洋式を想像していたのに、意外にも和式だった。壁も木、床も木、湯船も木だった。木のいい香りがする。

「わあ……、和式だ……。ちょっとした、旅館の温泉みたいね。」

辺りを見渡す。蛇口やシャワーのようなものはないようだ。手桶と椅子、それと小さなシンクのようなものがある。

取っ手のついた手桶で2度、掛け湯をして、湯船に浸かる。

「はあーーー。」

思わず、声が漏れる。入るときはちょっと熱いかな……、と思ったが、慣れると丁度いい温度だった。

天井の照明は普通の部屋と同じで、シャンデリアのようなかたちで、小さな光が50個くらい集まったものだった。

「ねえ、ファイ。あれってどういう仕組なの?」

「魔鉱石ですね。」

「うっ……。どっかで聞いたことがあるような……、ないような……。」

「魔鉱石は魔力を貯められる鉱石のことで、いろんな種類があります。あれは、光を発する魔鉱石です。多分、このお湯も魔鉱石が作ってるんじゃないかと思いますよ。」

「そうなんだ……。まあ……、魔法があれば何かと便利よね。……っていうか、魔法って最強だと思うのよねー。なのに、なぜか時代設定は中世っていうのも、お約束よね……。まあ、魔法で未来って、ピンと来ない?……、ううん。違うかも……、やっぱり、剣で戦わないとダメってことなんだろうなー。」

……

当然、ファイは無言だ。


十分体が温まると、湯船から上がって、体を洗うことに挑戦する。

"挑戦"だ。何せ、石鹸もシャンプーもリンスもない。あれ、何だろ?……、そういう物があるだけだ。

「体を洗うのはこれかな?網の中に薬草?みたいなのが入ってる……、あっ、泡が出てきた……、なるほど……、石鹸はいらないわけね……。シャンプーないわね……、この大きめの葉っぱ、ぬるぬるする……、これで洗うのかな?……、シャワーはないから、湯船のお湯を使うのかな?……。」

「沙月様。さすがです。ほとんど正解です。お湯はシンクの中のものを使えばいいかと思いますよ。」

「え?ああ、これってお湯なんだ。これを手桶ですくえばいいのね、分かったわ。」

手桶ですくってみると、自然とお湯が追加される。……どういう仕組?……、と不思議に思いながら、体を洗い始める。


「はあー。すっきりした。シエラ。上がったわよ。」

「おかえり。ちょー気持ちよかったでしょ?もう、晩御飯準備できたって、行きましょ。お腹ペコペコだわ。」

「え?、そう……。でも、髪が未だ乾いてないのよね……、ドライヤーみたいなのも見当たらなかったし……。」

「ああ、それなら、私に任せて。……"ドライ"」

そう言って、手を沙月の頭付近にかざす。ほんのりと青く光って暖かくなるのを感じる。

「はい。乾いたわよ。」

手で触ってみるとほんとに乾いている。ほんの数秒だ。

「ありがと。シエラ。」

「これくらい、お安い御用よ。グラビスもこの魔法使えると思うわ。私がいないときは頼むといいわ。」

(「何でそんなことわかるのー?」)って聞きたい所だが……、グラビスを待たせるのもマズイ。

「じゃあ、行きましょ。」

そう言って、気がついた。確か、両親と弟さんがいるってことだった。ちゃんと挨拶しなきゃ……、とか、どんな質問されるんだろ……、って思うと、ちょっと緊張してきた。


部屋を出るとエリスが待っていて、

「ご案内します。」

そう言って、2人を先導する。

階段を降りて、右に曲がって、左に曲がって、右に曲がって、3つめの右の扉の前で立ち止まる。

「……案内がなかったら、辿り着けなかったわ……。」

シエラがそう言うと、エリスがククッと笑って、扉を開ける。

「こちらでございます。」

「ありがと。エリスさん。」

そう言って、中に入る。


お金持ちの食堂。ということで、ものすごく長いテーブルを想像したが、そうでもなかった。とはいっても、20人くらいは座れるくらいの長さだったが。

座っていたグラビスが立ち上がって、

「こっちよ。」

といって、2人を誘う。グラビスの前の席に、2つお皿が見える。

今更ながら、

(「私、テーブルマナーなんて、知らないんですけどー」)と、叫びたくなるのを沙月はぐっと我慢する。

「ああ、よかった。服もサイズ、ぴったりね。」

「え、ええ、ありがと。ぴったりだわ。」

「それに、髪も乾いているわね。これは、シエラ?」

「ええ。お安い御用よ。」

沙月は椅子に腰掛けて、テーブルの上を確認する。ナイフ、フォーク、スプーンはいいとして、お箸が置いてあるのを見て、思わず、吹き出しそうになる。

(「お箸、、置いてあるんですけどーー」) 叫びそうになるのをぐっと堪える。

「ああ、お箸も用意したの。そっちがよかったら使ってね……。さ・つ・きさん。」

グラビスは、沙月さん……、を意味ありげに強調した。固まる沙月をシエラが救ってくれる。

「ああ、お箸、お箸。私も練習したのよ。練習の成果、見せてあげるわ。」

(「グラビス……、何者?ーーーー」) またまた、叫びそうになるのをぐっと堪える。

グラビスがじっと沙月を見つめているのを感じる。だめだ……、目が合うと吹き出してしまう……、沙月は気が付かない振りをしてテーブルを凝視している。するとグラビスが言う。

「そうそう、2人共、マナーなんて気にしないで食べましょ。私達、3人しかいないんだから。」

(「しめた!! ここだ!!」) 沙月はそう思って、話題を変える。

「そう言えば、両親と弟さんがいるって……。」

「ああ、両親と弟はガラ地区に住んでるの……、ってガラ地区って知らないわよね……、とにかく……、この家には私しか住んでないのよ。」

3人だけ……、ということにほっとしつつ……、いや、逆にピンチは広がったのかも知れない。広い食堂に3人だけ。しかも、目の前に座っているのはグラビスだ。ボスキャラ、グラビス…………。沙月はそんな風に感じている。


料理が運ばれてきて、食事が始まる。

シエラがお箸で食べているのを確認する。グラビス……、を見ると、お箸を持って微笑みながら、沙月をじっと見ている。

(「グラビス……、こわいよーーー」)

そう思いながらも、沙月も腹を括ったようだ。もう、いいや……、と思って、お箸を使って食べ始める。

結局、3人ともお箸を使っている。


「ねえ、ところで、その子、まだ紹介してもらってないんだけど。」

沙月がスープを飲んでいるタイミングで、グラビスが沙月に語りかける。

視線の先は……、明らかに、沙月の左側……。つまり、ファイだ。

そう………………。フラグは実は2本立っていたのだ。無事に2本目のフラグが回収できた。

沙月は急いで、手に持ったスープをテーブルに置く。勢い余って、ドンという音がする。慌てて、手で口を塞ぐ。

危ない、危ない……、というか……、ちょっと吹き出してしまった。

なかなかスープを飲み干せなくて、沙月は慌てている。

ありがたいことに、シエラが助け舟を出してくれる。

「ああ、その子、ファイっていうのよ。サポート……、サポート……、」

「サポートピクシー」

グラビスが、助け舟を出す。

「そう。それ。……あっ、でも、普通の人には見えないっていう設定なのよ。……で、同士なら、見えるっていう設定にしたのよ……。ね?沙月。」

(「ね?って言われてもーー」) と沙月は思って、吹き出しそうになるのを必死で堪えている。

助け舟……、ではなかったようだ。……まるで、側面の味方からも攻撃されている気分だ。

……

長い沈黙の後、

「……うん。」

何とか……、何とか……、そう言って、首を縦に振ってごまかす。

(「だ……、だ……、だ……、第2村人キターーーー。」) という感じだ。

グラビスは優しい目つきでファイを見つめて言う。

「私、サポートピクシーってはじめて見たわ……。よろしくね。ファイ。」

「……はい。宜しくおねがいします。」

本日2度目。ファイも慣れた?ようだ。グラビスが続ける。

「同士……ってことなら、私も仲間ってことでしょ。ねえ。私もパーティーに入れてくれる?」

「ええ、いいわ。大歓迎よ。あなたみたいな、魔道士がいてくれたら、心強いわ。……それに、お金持ちだし……、私達お金ないし……。」

シエラが即答する。え?……、私達パーティー組んでたの?……、と沙月は思っている。

「沙月は?」

「うん。」

沙月はさすがに超展開に戸惑っていた。でも、沙月とシエラはこの世界に来たばかりだ。この世界の住人であるグラビスがいてくれたほうがありがたいのは明らかだ。"うん"しか選択肢はない……。という感じだ。

「よかったー。ほっとしたわ。……とりあえず、拠点はこの家にするとして……、やっぱり、パーティーメンバーは同じ部屋で寝起きしなきゃね。……今日はさっきの部屋で寝てもらって、明日から、三人部屋に移りましょう。……いろいろ、積もる話は明日以降にして……、今日はゆっくり休むといいわ。……ねえ。それでいい?」

「ええ。いいわ。」

やっぱり、シエラは即答する。そしてやっぱり、沙月は、

「うん。」

と答える。

(「私、うん。しか言ってない?……、いや……、両親のことは聞いたっけ……。」)

その後、グラビスはニコニコして上機嫌だ。シエラは、"おいしいわ"とか"これは何?"と次々に出てくる料理に興味津々だ。それは沙月にとっても同じだったが、どうしても考えてしまう。グラビスは何者?……、目的は?……、私達とパーティーを組むメリットなんてあるの?……。でも……、私とシエラは、明日、どこへ行って、何をすればいいのかさえ分からない……、うん。そうだわ……、"うん"という選択は正しかったのよ……。


食事が終わって、執事のセバスチャンを紹介される。

「セバスチャン。こちらが、沙月。そして、こっちがシエラよ。」

「沙月様にシエラ様、執事のセバスチャンです。宜しくおねがいします。」

「こちらこそ……、宜しくおねがいします……。」

(「執事でセバスチャン!! 定番キター!!」)沙月のテンションが少し回復したようだ。

「私もパーティーに入れてもらえる事になったの。」

「パーティー?……、ですか……。」

グラビスの嬉々とした様子とは対照的にセバスチャンは残念そうな表情だ。

グラビスは気にせず続ける。沙月とシエラに向かってだ。

「セバスチャンはすごく優秀だから、大抵のことは何とかしてくれるわ。困ったことがあったら、相談してね。」

沙月とシエラがコクリとうなずく。


部屋に戻ろうと、扉を開けると、エリスが待っていた。エリスに先導されて、部屋に戻る。

部屋に戻ると、エリスが一通り部屋の説明をしてくれる。灯りの消し方、洗面道具、お湯の出し方、寝間着等々だ。

「お飲み物と軽食をこちらに置いております。よろしかったら、召し上がり下さい。それでは、沙月様、シエラ様、おやすみなさいませ。」

「ありがと、エリスさん。おやすみなさい。」

エリスが退出すると、早速、シエラが動く。

「なになに?……、おー、お菓子だわ……。沙月、一緒に食べましょ。」

そう言って、ベッド脇に置いてあるテーブルに運んでくる。

もう、お腹いっぱい……、と思いながらも、沙月もつまむ。甘いものは別腹……、ということのようだ。沙月が言う。

「ご飯、おいしかったね。……私、ああいうのって初めてで、もうお腹いっぱいって思ってから、2皿来てちょっと、困っちゃったわ。」

「え?少食なのね。私は余裕だったわ。あの飲み物も美味しかったわね。」

「そうそう。甘くて、ちょっと酸っぱい感じ。何かの果物かな?シエラ、何か知ってる?」

「わからないわ。あんまり気にしないの。お肉はお肉。お魚はお魚。果物は果物。あとは、おいしいかおいしくないかね。」

「そ、そう。まあ、私もそんな感じだけど。」

「それと、お腹いっぱい食べられるってことに感謝しなきゃダメだわ。」

「う、うん。」

なんだか、シエラがまともなことを言うと意外に感じるんだけど……、意外にまともなのかも知れない……。そんなことを沙月は思う。

「そう言えば、おじいさんがくれたのも美味しかったね。いつかお礼しなきゃ。」

「……そーね。大怪我しないかなー。……そしたら、私の回復魔法でちょちょいのちょいよ。」

……

これには沙月はノーコメント……。のようだ。


お菓子を食べて、ジュースを飲んで、歯を磨いて、灯りを落として……、いつでも寝れる、という体勢になると、すぐに、シエラがスースーと寝息を立て始める。シエラも疲れていたようだ。

「シエラ、寝たの?」

返事がない。

「寝たみたいですね。」

ファイが答える。

「ファイ。第2村人よ。」

「はい。分かってます。……でも、街を歩いたときに気づいた人はいなかったので、第2ではないと思いますが……。」

「すれ違ったのは、、200人くらい?……、第201村人……。まあ、どうでもいいけど……。」

「はい。私もビックリです。」

「それに、グラビスも日本のこと知ってるのね……。はー。ごめんファイ、私も寝るわ……。」

「はい。おやすみなさい。沙月様。」


3話完

挿絵(By みてみん)

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