9 逆ざまぁ対象が増えましたわ!?
「……ええ!?」
シーンと静まる教室で、再び私の口から驚きの声が上がりました。先ほどまで私のことを妬み嫉みと羨みを込めて見つめていた令嬢ABCもポカーンとしておりますわ。
ブリジット様は、私が意味を理解できなかったと知ると、きらきらと瞳を潤ませた顔を上げて、再び懇切丁寧に私に訴えましたの。
「で、ですからぁ、普通のご令嬢は浮気されると泣いたり落ち込むばかりで、つまらないのですわ。
でも、イレタ様はなぜかいつでも自信満々で、高慢ちきで高笑いしていて、浮気も悪いのは全部マリア様のせいだと疑ってなくて、戦いにいくから楽しいのですわ!」
「り、理解できませんわ?」
聞けば聞くほど理解に苦しみ、私が素直にそう言いますと、ブリジット様は声高らかに演説します。
「ロワイ様はお金持ちで地位が高くてお顔立ちが良いけれど、人たらしで浮気症のクズ野郎ですわ! ですが、イレタ様に悲壮感がないので、ロワイ様の浮気はある種、最高のエンターテイメントですの! 今回の浮気相手であるマリア様はいまだかつてない強敵ですが、だからこその手に汗握る白熱のバトルは毎日の楽しみですの! 私だけではありませんわ! イレタ様の強靭メンタルは、どクズ系婚約者に『浮気は貴族の甲斐性だ』などと言われては、涙を飲み我慢している令嬢達や、言いたいことを言えないこんな世の中に絶望している人達の渇望であり、憧れであり、心の清涼剤なのです!」
普段おとなしいブリジット様が、一息にそう言いきると、その謎の情熱にクラスメイトの中から小さく拍手が沸き起こりました。
「わからなくもない!」「イレタ様を見ると安心しますわ!」などという声も聞こえてきます。
私は眉間に指を当ててしばし思い悩むと、恐る恐る質問しました。
「ええと、つまり……私がロワイ様とマリア様の浮気に奔走する姿は、皆様に面白がられていた……?」
「はい! 少なくとも私はそうです!」
ブリジット様がとても良い笑顔で答えます。
私も微笑んで「そうでしたの」と返しました。
そして……ブリジット様に指を突き付けて叫びました。
「絶っ……対に幸せになってやりますわ!」
「ええ!?」
「『ええ!?』じゃありませんわ!?」
私はもう、ブリジット様を押し退けたら可哀想だなんて考えは捨てまして、普通にドアを開けて廊下に出ました。
「イレタ様ああーー!?」
ブリジット様の泣き叫ぶ声を背中に受けながら、急いで旧校舎に向かいます。
とはいえ、もう休み時間はあとわずかなので、ジャン様に遅れたことを謝って、改めて時間を作ってもらうつもりですわ。
それにしても、なんと嘆かわしいことでしょう。
私は絶対に幸せになって、ブリジット様も逆ざまぁしようと心に誓いました。
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急いで旧校舎に向かった私は、待ち合わせ場所に向かう前に念のため平民科の3-Aクラスをのぞいてみましたの。すると、ジャン・ルヴォヴスキ様がいましたわ!
空き教室で無為に時間を過ごしていたわけではなさそうで、私はほっとしました。ジャン様は自席の机にもたれながら、黒板前にいるクラスメイト達とお話ししています。
廊下のほうはずっと気にされていたようで、ジャン様はすぐに私に気づきましたが、ジャン様が話しかける前に、私は小走りで近寄ってジャン様に謝りましたの。なぜならこういう時は先手必勝だからですわ!
「ジャン様、私の為に時間を割いていただいたのに、遅くなってごめんなさい」
ジャン様は少し驚くと、すぐに許してくださって私に微笑みました。
「いえ、構いませんよ。ですが、もうあまり時間はなさそうですね」
「ええ、改めて伺いますわ。またお時間いただけるかしら?」
「もちろん。ですが今、少しだけ話せますか?」
「5分くらいでしたら構いませんわ」
「結構です。では場所を変えましょうか」
ジャン様も話があったようで話しながら空き教室に向かう私達です。
「なにかトラブルですか?」
「ええ、クラスメイトと少し……でも、トラブルというほどではございませんわ」
どちらかというと、ブリジット様の特殊な趣味に驚いていたら時間があっという間に過ぎましたわ。
『十人十色』と言いますしあまり人の趣味嗜好に口出ししたくはありませんけれど、こればかりは私、ブリジット様に断固抗議したいと思いますの。
「そうですか。では、あの後はいかがでしたか?」
『あの後』というのはジャン様が私の教室で、私に嘘のキスをした後のことですね。私はついつい思い出してしまって、再び『ぽっ』となりました。
「ロワイ様が嫉妬していらっしゃいましたわ。クラスメイト達もとても羨ましそうにしてましたの。ジャン様はおモテになりますのね」
そんな話をしているうちに空き教室について、ジャン様のエスコートで教室に入ると、ジャン様は教室の時計を見つつもまだ本題には入りません。
「では効果は充分、感じていただけた?」
「ええ! ジャン様とお会いしてから、私の周りでは目まぐるしい変化がありましたわ!」
私がうなずくと、ジャン様も微笑んでうなずき返しました。そうしてようやく本題に入りましたわ。麗しい顔に作り物めいた……営業スマイルで。
「ありがとうございます。では、これから先は有料になります」
「お金取るんですの!?」