5 さっそく試練の時ですわ!
翌日。私は、逆ざまぁ作戦の第1歩『ロワイ様とマリアの言動に心を乱さない』を実践しようと心に誓っていましたの。
ですから、朝、私のクラスである貴族科3-Cに着くや否や、級友のブリジット様に『昨日放課後のロワイ様とマリアの言動報告』をいただきましたが……瞬間的に爆発しかけたマリアへの怒りを、私すみやかに鎮めましたわ!
こんなこと私、初めてです!
なんということでしょう、私ってやればできるレディでしたのね。憤怒をすみやかに鎮めたことに、私自身が驚いていますわ。
「イレタ様? マリア・ジュリアンがロワイ様の腕に胸を押し付けていたのですよ? ロワイ様はデレデレ~っとしていらっしゃいましたわ!」
すると、反応のない私に、ブリジット様がもう一度同じことをお話しくださいましたが、私はにこやかに宣言しましたの。
「あの2人のことは、もう捨て置いて構いませんわ、ブリジット様」
「な、なぜですか、イレタ様!?」
「それは……」
と、私はついつい、ブリジット様に逆ざまぁ作戦を話しそうになりましたが……我慢できました!
エクセレントですわ、私!
「それは!? それはなぜですの!?」
「と、とにかく、もう構いませんの!」
「ええ!? でもでも」
「捨て置きくださいまし! ほーほほほ!」
そうして笑ってごまかします。
すると効果はテキメンで、2限目の休み時間にさっそく物事が大きく動き始めたのですわ!
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私の婚約者であるロワイ・ド・ガグリアーノ様が、浮気相手のマリア・ジュリアンを連れて、わざわざ私の前に現れましたわ!
ロワイ様はマリアと恋人の距離でイチャつきながら、私と会話しようと近寄って来たのです。
ちなみに、私とロワイ様は婚約者の距離ですわ!
婚約者の距離とは、手を伸ばせば届きそうな距離ですが、基本的には触れ合いませんの。最後に手を繋いだのは2年前のパーティーだったかしら。
いつか結婚するその日まで、体は遠く心は近く。
ですが、最近は心も遠く……と、とにかく、私達はとても清い間柄ですの。
「ろ、ろろろろろロワイ様!?」
私は、ロワイ様の大胆不敵すぎる行動に、恐れおののきました。だって、普通は浮気って隠れてやるものなのではありませんこと!?
私はオロオロと周りを見渡しました。
そうしたら周りのクラスメイトも「うわひでぇ」「あんまりですわ」「イレタ様お可哀想に」とロワイ様達の言動にドン引きしています。
私の感覚は平凡でしたわ!
わざわざ私の教室までやって来て、私の前で見せつけるようにイチャイチャするなんて、どういうことですの!?
驚きと戸惑いと『それは人としていかがかしら』という思いから、結局私の怒りは怒髪天を衝き、ロワイ様とマリアに指を突きつけて、こう言いましたわ!
「わざわざ私の教室までやって来て、私の前で見せつけるようにイチャイチャするなんて、どういうことですの!?」
すると、いつになく暗い表情だったロワイ様の表情が『ぱああ』と明るくなったのです。
私、ロワイ様の表情が急に明るくなったのを見たことによってようやく『あら、先ほどまでは暗い表情だったのですね』と気づいたんですの。
外がいつの間にか暗くなっていても、ずっと部屋にいるとわからなかったりしますものね。
ロワイ様があのような表情をされるのはとても珍しいですわ。
でもそんな表情はあっという間に鳴りをひそめて、今のロワイ様は私を見ながらにやにやと笑い、憎きマリアの腰をより強く抱いています。
マリアも調子に乗っていて、ロワイ様の胸にうっとりと頬ずりをしながらも、ちょくちょくと私のほうを見ては『にやり』と笑っておりますわ!?
私は心の中で呪文のように『逆ざまぁ、逆ざまぁ、今は耐えるところですわ』とつぶやきつつも、私のこめかみの血管が、ピキリと鳴る音を聞きました。ピキリ、ピキリ、ピシッ。
ああ、このままでは私の血管がどんどん大変なことに……っ!
そのような中でロワイ様が私に話しかけました。
「やあイレタ。昨日、今日と私に会いに来なかったが……どうしたんだ? 腹でも壊したのか?」
えっ!? 私が浮気現場に行かない日は、お腹を壊していると思われているんですの!?
私はとても衝撃を受けましたわ。だってご令嬢の中には『私はトイレに行かない』という設定の方がいるくらい、自分とトイレを結びつけて欲しくないものなのです。それが乙女心というものですわ。
でも、もしかして、ロワイ様は……お腹を壊してるかもしれない私を心配して、わざわざ私のクラスまで様子を見に……?
一瞬だけ私、うっかりと好意的な解釈をしそうになりましたけれど、マリアとイチャイチャべたべたしている様子を見て正気を取り戻しました。
本当に婚約者の心配をしていたら、浮気相手は連れて来ませんわ!?
ですが、マリアがロワイ様の胸にのの字を書いて「ロワイ様ぁ、早く2人きりになりましょうよぅ」と言っているのに、ロワイ様はデレッとしながらも「まあ、待て待て」とマリアをなだめて、私のほうを見るのです。そして、あろうことか……私に空いてるほうの手を伸ばしてきたのです!
「どうした、イレタ? 本当に具合が悪いのか?」
そうして私のおでこへと伸びてくる手を、私は後ろに下がり避けました。
下がり過ぎて後ろの机にガタリとぶつかりましたが、私はロワイ様の手をとても苦しい思いで見つめたのです。
私達は、婚約者ですわ。
他の……ロワイ様に近づいては消えていく、その他大勢の女性と同じように、私に気軽に触れられたくないと、思ったのです。
私は机に置いたままだったノートを盾のように前に持って、首を横に振りました。
「ご心配痛み入りますが、どこも悪くありませんわ。私のことはもう、お構いいただかずとも結構ですの!」
「……それは、どういう心境の変化だ?」
ロワイ様は目を見開くと、一転して不機嫌になりましたが、私が答えるよりも前に、間に入った人物がいましたわ。
「あなたの浮気癖にほとほと呆れたからでしょう。イレタ様のことは、今後は私が責任を持ってお構いいたしますので、ロワイ様にはお気遣いいただかなくとも結構ですよ」
白い制服の貴族達の中に混じる黒い制服の男子生徒。内心では居心地悪く感じているだろうに、そのようなそぶりは欠片も見せません。
少し息を切らせたその立ち姿はとても堂々としていて、口元には人を魅了する微笑みをたたえておりました。
だから私は、今日一番の驚きを持って彼の名前を呼んだのですわ!
「ジャン様!」