4 なるほど、そういう作戦ですのね!
ジャン・ルヴォヴスキ様は、旧校舎にある教室の1室へと、私を連れて行きました。
「この教室ですと、内緒話ができますの?」
なんだかとても不思議ですわ。だって、平民科3-Aクラスからほんの3つだけ奥にある教室です。
ジャン様はそんな私の疑問に答えます。
「平民の場合は、全ての学費が免除される代わりに、1教科でも60点を下回ると退学になるのです。
必然と最終学年の教室が余るので、この教室は、入るところを見られないよう気をつけて、明かりもつけなければそうそうバレません」
「でも、放課後も残っていたい生徒同士が集まって、お茶したりはしないのかしら?」
「……平民科においては、まずないですね。
皆、落第点を取らないよう必死なので、まばたきすら惜しんで勉強する人がほとんどですよ」
そういえば平民科は3-Dがありませんわね?
貴族科ですとFクラスまでありますのに。
ちなみに貴族科の場合、赤点は30点で、赤点を取ってしまった場合は裏金を積めば学園に残れます。
──私は取ったことありませんわよ!?
「大変ですのね」
「はい、大変なんです。さて、場所が整ったので、あなたの話をしましょうか」
「ええ、お願いしますわ。逆ざまぁ作戦とはなんですの?」
私が前のめりになって聞きますと、ジャン様はシニカルに微笑まれました。普通の微笑みよりもジャン様の場合、こちらのほうが、似合っていますわ。
そうしてつむぐ言葉も、なかなかに悪い響きがあって、私、わくわくしましたの。
「逆ざまぁ作戦とは……ロワイ・ド・ガグリアーノと、マリア・ジュリアンの裏をかくこと。
あの小説の中の悪役令嬢のようにはならないよう、振る舞いに気をつけながら、小説のヒロインの立場へと、イレタ様が成り代わるのです」
「──すごいですわ!」
私は驚き目を見開いて、感嘆の声をあげました。
なんという逆転劇なのでしょう……!
これが、平民科3-Aクラスの頭脳なのですね!
私は、先ほどまでの心細く泣いていたか弱い姿がすっかりと鳴りをひそめて、いつものような自信が満ちあふれてきましたわ!
ジャン様が言います。
「イレタ様が最初に取りかかることは、ロワイ様とマリアを見ても、心を乱さないことですね」
「わかりましたわ!」
私は力強くうなずきました。
ですが、私、素朴な疑問が湧いてきましたの。
「とりあえず悪役令嬢と逆の言動を心がけたらいいということは理解できましたが、ヒロインにどうやって成り代わるのかが、私、わかりませんわ?」
「そうですね……イレタ様も別の学生と浮き名を流したら、ロワイ様に今のイレタ様と同じ状況を味わわせることができるのでは?」
私、目から鱗が落ちるようでした。
小説の中の男女逆転という発想!?
それなら、私のこれからの言動については、あの小説を今後も参考にすることができますし、ロワイ様にジェラシーを感じさせることもできるかもですわ! 実に画期的なアイデアです!
「なるほど。それは確かに、逆ざまぁですわ!」
「では恋のお相手は、私なんていかがですか?」
ジャン様は次々と提案してくださいます。
ジャン様が夕日の射し込む教室で微笑む姿は、とても妖しい色気がありました。
私がその姿に思わず見惚れていると、おもむろに私へと近づいて、ゆっくりとした動作で私の手を取り、優雅に胸の高さへと持ち上げました。
そこでようやく私、ぼんやりとしていたことに気がついて、自分が今どのような状況にいるのかを理解したのですわ。
私は、ジャン様の手をしっかりとがっちりと力強く握り、握手しました。
まだ出会って間もない私の為に、ここまで考えてくださるなんて、なんて良い方なのかしら!
そんな方の握手を返さないなんて、私ったら、呆れるにもほどがありましてよ! 実に危ないところでしたわ。
私は、そんな自身の不甲斐なさを挽回するかのように、力強く熱く、この感動を伝えましたの。
「ええ、実に素晴らしいアイデアですわ! ぜひよろしくお願いいたします、ジャン様」
すごいですわ。ジャン様の手にかかったら、これほどの難題にも難なく、解決案を打ち出して、行動力もあるものだから、次々と方針が決まっていきますのね!
あら? ジャン様の様子がおかしいですわ?
なにやら、戸惑っていらっしゃるような……?