3 逆ざまぁ作戦!?
鐘の音が5限目の授業の終わりを告げて『悪役令嬢ざまぁ物語』を読み終わりわなわなと震えていた私は、ルヴォヴスキ様に今日中にどうしても会わなくては! と思いましたの。
もはや、優雅な白鳥だなんてのんきに言っている場合ではなかったのです!
ブリジット様が私と話したそうにしていらっしゃいましたが、私は「ごきげんようブリジット様!」と言うや否やカバンを持って疾走していましたわ。
廊下を走っていると、前にいる生徒達が驚きながらも道を譲ってくださるので「ありがとう、ごきげんよう!」と言ってより加速しました。私、実は足がとても速いんですのよ。
そうして旧校舎3-Aの中に駆け込み、びたりと立ち止まると、私のつややかかつ豪奢なウェーブのアマ色の髪の毛が、1拍遅れてふわりと広がり、さらに1拍遅れて薔薇の香りが広がりました。
実は私、瞳の色が深紅なので『薔薇のお姫様』と呼ばれているのですわ。お父様に。
ですから私はより一層薔薇らしくなるように、薔薇の香水を身にまとうようになりましたの!
教室に残っている方々が驚いた顔をして私を見ています。
「ごめんあそばせ。ジャン・ルヴォヴスキ様はこちらにいらっしゃいますか?」
私がそのように要件を告げると、周りの生徒達が場所を開けて、黒い森の中の1本の道のようになるその先に、驚いた顔のルヴォヴスキ様がいらっしゃいました。
「イレタ・ル・ブロシャール様……!?」
ルヴォヴスキ様が私の名前を呼びながら、席を立つ頃には、私はもうルヴォヴスキ様の机を挟んだ真ん前におりました。
「ルヴォヴスキ様……私、このままでは、ざまぁされてしまいますわ」
私、淑女としてあるまじきことですが、とても動揺しておりました。廊下という廊下を走ってきましたし、今は、恐怖に震えて涙がぽろぽろとあふれていました。
だって、とても酷い未来ですわ。
私の婚約者ロワイ・ド・ガグリアーノ様が、平民マリア・ジュリアンの巨乳と谷間と甘い声にデレデレなんですのよ!
そんな、痴女のような誘惑を休み時間の度にするおバカさんっぽいマリアは、それでいて毎日半泣きで授業の復習をしている私より頭がいいんですの。マリアは平民科3-Bクラス、私は貴族科3-Cクラス。
ロワイ様をこのままでは略奪されてしまうのに、それをとがめると、なぜかこの先、私が悪者にされてしまうのですわ!?
そうしてロワイ様が卒業パーティーで私を断罪して、マリアと結婚して末長く幸せになる一方で、私はなぜか1人ぼっちになって島流しされるのです!
──なんでですの!?
きっと、数学の公式みたいに、私には難解かつ複雑な定理がこの世界にはあって、それを小賢しいマリアは理解できるけれど、私には理解できないのですわ……。
だから、私がやることなすことは、なにもかもが後手後手に回って、対策する頃にはもう遅いとなって、悲しみの島流しとなるのです。
家庭教師にも、上手く説明できる気がしません。
そうなると、今日出会ったばかりのこのお方──ジャン・ルヴォヴスキ様──に頼るということしか、私は、妙案を思いつかなかったのです。
私がルヴォヴスキ様を心細く見つめていると、ルヴォヴスキ様はにやりと笑ったように見えました。ですがその口元を手で隠し、また口元を見せた時には、作り物めいた微笑みを浮かべていましたわ。
そうして、こう言いましたの。
「ご安心を、ブロシャール様。私がついています。妙案もあります。『逆ざまぁ作戦』なんて、いかがでしょうか?」
「逆ざまぁ作戦!?」
「しー……声をひそめて……これから先のことは、周りに知られてはいけません。詳細は人の目のないところで話しましょう……イレタ様」
ルヴォヴスキ様は蠱惑的な微笑みを浮かべて、私の耳元で囁きました。耳に息がかかり、ぞくりとしましたが、私達はこの時に手を組みましたの。
「わかりましたわ……ジャン様」