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23 両思いですわ!?

 ジャン様はついに木の根元にたどり着き、木の上にいる私へ、このような2択を打ち出しましたわ。


「そこから降りるか、このままでいるか、どちらがいいですか?」


「……このままでいますわ」

「そうですか、分かりました」


「って、ジャン様もここに来るんですの!?」

「ええ、イレタ様は木の上にいたいのですよね?」

「そうですけれど……」


 私はてっきり、木の上と下の距離で話すのだと思っていましたわ。ですが、ジャン様も木の上に来るのなら、先日、肩を抱かれた時くらいの距離感になってしまうのではないかしら!?


 私はまさかの認識違いに動揺しましたが、ジャン様が枝に手を掛けたので、仕方なくジャン様の居場所を作りました。木登り中に、下手に声を掛けて、注意をそらすのは危険ですもの。


 するとまもなく、ジャン様が私の隣に腰掛けましたわ。


 さわさわと葉っぱが揺れて、木漏れ日がキラキラと揺らめいています。


「良い場所ですね」

「ええ、お気に入りですの」


 明後日の方を向きながら応えたから、ジャン様が苦笑いしていますわ。


「こちらを向いてもらえませんか? イレタ様」

「嫌ですわ!」


 私はぷいっと、余計に顔をそらしました。だって私の顔は今、涙ですごいことになっていますもの! ですが、今、ジャン様からは私の後頭部しか見えないはずですわ。


「では、授業中になにがあったか教えてください」


「……ロワイ様と話して、お別れをしましたの」


「そうですか」


 意外と私達は、この距離でも指1本触れ合わず、会話も途切れて、草葉の揺れる音だけがしました。


 涙が止まり落ち着いてきたので、後々目が腫れないようにそっとハンカチで目元を押さえていると、ジャン様が、まるで他愛ない話のように、こんな提案をしましたわ。


「……詳しい話を聞かないと、断定はできませんが……たぶん、やり直す方法はありますよ。

復縁を望むのなら、手を貸しましょう……いかがされますか? イレタ・ル・ブロシャール様」


 それは、やっぱりジャン様は、私を恋愛対象とは思っていない、ということでしょうか。


 私は震えるように息をはいて、首を横に振りました。


「それは、結構ですわ」

「なぜですか?」


「その件はちゃんと、吹っ切れていて……お別れも、私から言いましたの」


「本当にそうなら、泣いてる理由がない」

「これは……違う、やつですわ」


「違う理由? なんですか?」

「なんでもです! これ以上は言いませんわ!」


「……イレタ様」


 ジャン様が私の左肩をつかんで、もう片手で私の腰をつかみました。その力は決して強くも痛くもありませんでしたけれど、私の意志を無視して、無理矢理に振り向かせましたわ。


 私は、怒りに目を燃やして、ジャン様を見上げました。


「ジャン様! 急に、なにをっ……」

「力になります」


 私の怒りはそんな一言であっさりと霧散しましたわ。いえ、ジャン様の言葉を聞く前から……その表情を見た時にはもう、私の怒りは立ち消えてしまいましたの。


 ジャン様の表情が、暗く、悲しそうで。

 それでいて、強い意志を持った紅茶色の瞳が、真摯に私を見つめています。


 ですから私は、ただ戸惑い質問しました。


「どうして、手を貸そうとしてくれますの?」

「……笑って欲しいからですよ」

「なぜですか?」


「あなたが好きだと、言ったでしょう?」


 ジャン様の一挙一動に、悲しみ、怒り、かと思えばあっさり許したりして……今は喜びでいっぱいになっている私は、なんて単純なのかしら。


 でも、私ばかりが振り回されるのは悔しいから「手は貸さなくていいので、もう一度言ってくださる?」と、ジャン様にさりげなく聞きましたの。


 するとジャン様になにかを気付かれてしまって、少し驚いた顔で見つめられ、先ほどまであった暗く悲しい雰囲気がすっかりと消えましたわ。


 そして今は、楽しく嬉しそうで、それでいて若干意地悪な目で微笑んでいます。そしてこう言うのです。


「次はイレタ様が言う番では?」


「な、なにをですの?」


「あなたの好きな人を教えてください」



 いっそここから飛び降りて逃げようかと思いましたが「危ないですよ?」と笑うジャン様が、私の腰をつかんだまま離してくれませんわ!?


「……ジャン様です」

「ん?」


 仕方なく応えると、ジャン様は『小声過ぎて聞こえない』みたいなフリをしています。私はやけになって言いました。


「ジャン・ルヴォヴスキ様ですわ」

「……光栄です」


「つ、次はジャン様の番でしてよっ」

「そうですね」


 そう応えるジャン様の表情と声は甘やかで、この頼りない足場での見聞は実に危険ですわ。


 それなのにジャン様は私の耳元に唇を近付けてくるんですの。それと同時に、私の腰にあったジャン様の左手が、私の背中へと回り、上に這い上がっていくのです。耳も背中もゾクゾクしますわ!?


 み、みみみみみ耳打ち! なんかいつものと少し違う気もするけれど、これは普段とちょっぴり違うパターンの耳打ちですわ! たぶん! ジャン様の! よくやるやつ!


 私はジャン様の今だかつてない最大級の色気に当てられて、激しい動悸息切れにあえぎながら、心の中で必死にそう唱えました。


 ですがただでさえ2人きりなのに、さらに耳打ちだなんて、ジャン様は一体どのようなすごいことを私に言うつもりですの!?


 恥ずかしさ4割、緊張3割、ワクワク2割9分5厘で、じっとしていると……頬に、柔らかな感触。


 それがジャン様の唇だと気付いたのは、ぽかーんとジャン様を見つめてしばらくしてからでしたわ。



 そうしてジャン様は『降りてからにしたらよかった』と後々苦笑することになりますの。


 私は記憶が曖昧なのですが、ぐらりと木から落ちかけて、間一髪だったそうですわ。


 それから大変な思いで私を木から降ろして、保健室に連れて行くと、保険医に尋問されたりと散々だったそうです。


『口裏を合わせてくださいね』なんて言うので……想像すると面白くて、ジャン様には申し訳ないけれど、笑ってしまいましたわ。

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