2 悪役令嬢ざまぁ物語?
私はマリアを思い出すと、ついいつもの癖で怖い顔になってしまいました。
人前で……しかも出会ったばかりの方とお話ししている最中になんて失礼な!
私はごまかすように笑いました。
「失礼。なんでもありませんわ! ほーほほほ!」
するとジャン・ルヴォヴスキ様は微笑んで、おもむろに1冊の本を取り出すと、私に渡されましたわ。
「『悪役令嬢ざまぁ物語』……?」
挿し絵つきの、女性向け小説のようですが。
ざまぁってなにかしら。
聞いたことのない言葉ですわ。
私が本のタイトルを読み、首をかしげていると、ルヴォヴスキ様が講釈してくださいました。
主人公をいじめる悪い人を断罪してカタルシスを得る物語を『ざまぁ』と呼ぶ文化が、一部の文化圏であるそうですわ。
「この本を、ブロシャール様に読んでいただきたくて。ブロシャール様の今の境遇ととても似ていると感じるんです」
「似ている? 私が、この物語の登場人物と?」
「ええ。すみません、突然ぶしつけに」
私は戸惑ってしまいました。ルヴォヴスキ様はとても真面目な顔をしておりますの。
「いえ。では、読んでみますわね?」
私がそう言うと、ルヴォヴスキ様は今一度、微笑まれました。
私……私は、婚約者がある身にも関わらず、少し見とれてしまいましたわ。
よくよく見ると、ルヴォヴスキ様はとても整った顔立ちをしています。
つややかな濃紺の髪と、茶色い瞳。シャープなあごに、薄い唇。背も高くて。
は! いけませんわ、婚約者でもない殿方をこのようにまじまじと見つめては。
私は内心の動揺を隠して、ぷいっと横を向きました。
こう言ってはなんですが、私の婚約者であるロワイ・ド・ガグリアーノ様も甘いマスクをした素敵な殿方なんですのよ!
金髪で! 碧眼で! ただ、いつもちやほやされているので、思考回路も甘いですが。
それに、ちょっとでも色目を使われると、すぐにデレデレ~としますけれども……くっ、負けませんわ! くっ!
私、そしらぬ顔でこれからのお話をしました。
「この本はいつまでお借りしていいのかしら?
あと、ルヴォヴスキ様の教室を教えてくださいますか? 読み終わったら返しに伺いますわ」
「返すのはいつでも、と言いたいところですが……なるべく早く読んでいただきたいです。
私は旧校舎の3-Aクラスに在籍しています」
100年以上前に建てられた旧校舎は平民の教室です。学園に通える平民はただでさえ優秀なのに、クラスは成績順で分かれているので平民科Aクラスはそのさらに優秀ですわ。なんということでしょう、この方、成績優秀ですわ。
「わかりました。ではなるべく早く読みますね。ルヴォヴスキ様はとても優秀なのですね」
「いいえ……見ず知らずの平民に、そのように柔らかく接してくださるとは、思っていませんでした。
すっかり長く話し込んでしまってすみません」
ルヴォヴスキ様のその言葉で、私、マリアに怒りに行く時間がすっかりなくなってしまったことに気づきましたわ!
こういうのは現行犯じゃないといけませんのに!
困りましたわ、どうしましょう……。
ですが、マリアならまたやるでしょうから、次に現行犯で捕まえたらいいですわね。
なので私は気を取り直しました。
「いいえ、とても有意義な時間でしたわ。それではごきげんよう、ルヴォヴスキ様」
「はい、ごきげんよう、ブロシャール様」
そうして、私は教室に戻りましたの。
「……これは、大変ですわ」
放課後。私は呆然としていました。
私、授業中にも関わらず、ルヴォヴスキ様から借りた本がとても気になってしまいましたの。
なので、普段なら決してこんなことしないのですが、つい出来心でやってしまったのですわ!
授業の開始と終了部分の、教科書にチェックをつけてさえいればいいかと思って。
教科書を立ててその内側に『悪役令嬢ざまぁ物語』を忍ばせて、こっそりと授業中にも関わらず、ざまぁ物語に夢中になりましたの!
そうしたら意外とやりきれてしまったのですわ。
残りの授業3限と休み時間を全て使って完全読破です。
私にこのような才能があっただなんて……。
いえ、大変なのはそこではないのです。
ブリジット様が休み時間の都度、マリアの新たなる悪行を見つけて私に教えてくださいましたが、そのことでもありませんわ。
ルヴォヴスキ様から借りた本を持つ手が震えました。
これは……預言書?
私がこの本の悪役令嬢なら、全く同じことをやる未来が見えるのです。
そして、今の私はまさに、本の中の悪役令嬢と非常に似通った境遇の中にいることに気づいたのですわ!
どうしましょう、私……。
このままでは『ざまぁ』されてしまいますわ!?