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19 え! 浮気は私のせいですの!?

 サロンに向かって歩む速度はゆったりとしていて、隣にいるロワイ様を見ると、穏やかで優しく、それでいて少し寂しそうに私を見ていました。


「ん、どうした? イレタ」


「あ……その……ロワイ様はサロンで、どのようなお話をされるのかしら、と思いましたの」


 目があった理由を聞かれると思わなかったので、私は内心とても慌てたのですが……とっさにそれっぽい理由を返せましたわ! さすが私ですわ!


 ロワイ様も合点がいったご様子で、表情もいつも通りに戻って、私の疑問に応えました。


「色々、イレタに私の手の内をさらけ出そうと思ってる。そして、もう遅いかもしれないが……やり直したいんだ。イレタと」


 ロワイ様の言葉に、私は呆然(ぼうぜん)としました。

 なぜ? 意味が分かりませんわ? だって。


「……ロワイ様には、マリア様がいらっしゃるじゃありませんか。両方なんて、過ぎた欲ですわ」


「マリアとは、そんな関係じゃない」

「は……?」


 私は、ありったけの理性をかき集めて、なんとか冷静に会話しようと努めていたのに……ロワイ様のあまりにも不誠実な物言いに、結局、怒りを抑えることができませんでした。


 階段の踊り場で、ロワイ様の手を振り払って、後ずさって、立ち止まって、肩を怒らせて。


「じゃあどんな関係ですの!?

学園中がお2人の浮気を知っていますわ!

私だって幾度(いくど)となくその様子を見てきましたわ!

浮気をやめるよう何度も申し上げましたわ!

なんで、そんなっ、なんで今さらそのようなっ、明らかな嘘をつくんですの……!?」


 ですが私の怒りは、ロワイ様の次の言葉で、あっさりと霧散し、戸惑いに変わりましたの。


「マリアは、私の依頼通りに仕事をしただけだ。

……歩きながら話そう、イレタ」


****


 今の私達は手を繋ぐ前の距離感に戻っていて、手も離れています。でも、なんとも思いませんわ。

 だって、慣れ親しんだ、婚約者の距離ですもの。


「本来のマリアは、苦労人で……アルバイトと家事を背負い、幼い弟妹と父親を養いながら、貧困から抜け出す為に学園に通い懸命に努力していた。

悪い噂が立っても気にしてなくて……私が提案したい内容を思うと好ましかった」


「そう、ですのね……」


 ロワイ様と目があって、私は先をうながす為に、うなずきました。


 マリアの家庭の事情は存じ上げませんでしたが、マリアの噂は私も耳にしたことがありますわ。


 曰く、貴族科の男子生徒に立て続けに声を掛けている、玉の輿狙いの平民科の女子生徒がいると。


 ですが爵位や影響力、財力が大きい家の生徒は、たいてい幼少期から婚約者が定められています。


 婚約者がいない人は、例えば一代限りの男爵家のご子息や子爵家の3男等、相続がなく学園卒業後は自身の実力で身を立てていかないといけない人か……なんらかの理由で婚約解消された人ですわ。


 ですから私、マリアの噂を聞いた時は『玉の輿を狙うのなら貴族科よりも平民科の男子生徒を狙うほうがいいんじゃないかしら』と思っていましたの。


 ……ロワイ様が、マリアを選ぶまでは。



 ですが……『提案』?『仕事』?


 ロワイ様の話は続きます。



「私はそんな彼女に提案した。学園にいる間、イレタの前で浮気相手のフリをしてくれれば、アルバイトで稼いでいる金額と同等の報酬を支払うと」


「浮気相手の……フリ、ですか?」


『なぜ?』という疑問を口にする前に、サロンに着いたので、私達は一旦会話を中断しました。


 私は相変わらず意味が分からなくて、でも、私の怒りはなんとなくしぼんでしまって……今は、素直にロワイ様とサロンに入り、その不可思議な話の続きを詳しく聞いてみようと思いましたの。


 それはたぶん……ロワイ様の話すロワイ様とマリアの関係が、私とジャン様の関係に、似ているように感じたからですわ。


 まあ、なにはともあれ、ロワイ様が全て話すと言っているのですもの。私は受けて立ちますわ!


****


 突然ですが私イチオシの学園グルメは『クリームホイップメロンパン』で、限定30食、早い者勝ちの人気パンですわ! でもブリジット様はなぜかいつもあんパンを選び、お昼時になると毎回1人でどこかに行ってしまいますの。


 その理由がロワイ様達の観察だと知ったのは最近で、『その趣味はやめたほうがいいと思いますわ』と私、正直な感想を申し上げましたの。


 するとブリジット様は良い子のお返事をしたので、今日からランチをご一緒する約束ですわ!


 そんな学園のランチ事情ですが……学食や購買の利用料は学費に含まれているので、基本的にこの学園内ではお金を使わなくても済むような仕組みになっていますの。


 ですが、集団生活や庶民的な感覚に馴染みづらい子息子女もいるので、新校舎の4階には有料の個室サロンが設けられています。


 サロンの壁は実はスライド式になっていて、施錠を外して全て開放するととても大きなサロンに変わります。卒業パーティーは毎年ここで行われますのよ。


 尚、私は購買のパンに夢中ですし、庶民的な感覚がむしろ楽しかったので、サロンは存在さえもすっかり忘れていましたわ。


 そのようなわけで、私は3年間全く縁のなかった学園のサロンを、この日初めて利用しましたの。


「ロワイ様、さっそくですが先ほどの⎯⎯」


「イレタ、ワンドリンク制なんだ。まずはこちらに来て好きなドリンクを選べ」


「あ、はい」


 うう……出鼻をくじかれましたわ。私はロワイ様の隣でメニューをのぞき込み、オレンジとレモンが2層に分離したようなジュースを選びました。


 そしてジュースが運ばれて来るまでは、本題に入るわけにもいかないので、気持ちを切り替えて他愛ない会話をすることにしましたの。



「こんなに開放的な空間でしたのね……!」


 室内の装飾もさることながら、私は大きな窓から学園中を見渡せることに感嘆しましたわ!

 普段は木々が邪魔して見えない旧校舎も、学園の外の風景もとてもよく見えます。


 いつも過ごしている学園の違う一面が見れたようで、私はこのままあと30分くらいは、眺めてもいいと思うような景観でしたわ!


 旧校舎の3-Aクラスものぞいてみましたが……ジャン様の席は窓から遠くて見えませんのね。


 私が窓際にいると、ロワイ様も隣に来て、一緒に同じ景色を眺めました。


「イレタは高い所が好きだったな。木に登るのも、外を走るのも」


「ええ、とても。ロワイ様は苦手でしたわね。

……って、この高さから見下ろして平気ですの!?

窓から離れたほうが……っ」


 そういえば私が好きなものは、だいたいロワイ様の苦手なものでしたわ!? そして、逆もまたしかりですの……。私は自分がお化け屋敷に閉じ込められるのを想像して、それと同じような無理を、ロワイ様にさせていると気付いて蒼白になりました。


「いや、大丈夫。慣れたんだ、いつの間にか」

「そうなんですか?」


 心配してロワイ様を見ると微笑んでいて、本当に平気そうでした。そして、いくつかあるティーテーブルの中で、窓際のイスを引いて私にうながしましたの。


「おいでイレタ。せっかくだし窓際の席にしよう」

「本当に大丈夫ですの?」

「ああ、本当に大丈夫だ」


 するとタイミング良く飲み物が運ばれてきて、私達は向かい合いました。


****


「浮気のフリを提案したところまでは話したな」

「ええ、なぜそのようなことをしたのですか?」


 私はストローで柑橘系のジュースに口をつけながら、改めて質問しました。ちなみにロワイ様は炭酸入りのブルーハワイを飲んでいます。


「最終目的を端的に言うと、イレタと触れ合いたかった」

「な、なぜそれが浮気のフリになるんですの!?」


 逆ざまぁ作戦を提案したジャン様にも最初はとても驚きましたし、頭のいい人の考えは難解過ぎて、私には到底理解できませんわ!?


 というかやっぱり、どう考えても逆効果ですわ。



「手詰まりだった……君が急に『婚約者として適切な距離を取りたい』と言い出して、理由を聞いても『婚約者だから』の一点張りで意味が分からない。……だが、手に触れようとすると、イレタが本気で嫌がっているのは分かった。私はいつの間にかイレタに、嫌われてしまったんだと思った……」


 ロワイ様の顔が、苦しげに歪み、それでも私に心の内を話します。


「家が決めた婚約者……心は元々ないという意味かもしれないとも考えた。高い所が苦手なことや、足が遅いこと、木に登れないところ……そういった情けない部分を克服したり、共通の話題を増やしたり、君が勉強を頑張っていたから、私も真面目に取り組んだりした。

でも……1年だ。イレタが宣言してから1年間……思い付くだけの努力を重ねて、君の笑顔を見る機会が増えても、君の意思は変わらなかった」


「あ……」


 ロワイ様の話を聞いて、私の口から、言葉にならない音が漏れました。


 ロワイ様が3年に進級した時にAクラスになったこと、今では高所が平気なこと、マリアと付き合う前のロワイ様はよく私を気に掛けてくれていたこと。


 そして……以前私が拒絶して、その時のロワイ様の手が震えていたことを、なぜ、私は、忘れていられたのでしょう。


「ごめん……なさい、ロワイ様……私……」

「いいさ。私もその後の1年間、君を傷付けたんだ」


 私の言葉はあっけなく打ち消され、ロワイ様の話は続きます。


「普通の努力では効果がなかった。そこで、揺さぶりをかけてみることにした。イレタの本音を引き出せるかもしれないと。

するとイレタは、マリアといるタイミングで現れては『ロワイ様の婚約者は私です』『他の女性と仲良くするのはやめてください』と言ってくれるんだ。

……心地よくて、やめられなかった」


 ジュースの中の氷が動いて、カランと音を立てました。


「そして……ついに君は、私を見限った。

突然現れた君の恋人が……私の前で君の肩を抱き、君の頬に……キスをした……」



 私は、全てのあらましを語り終えたロワイ様を見つめて、1つの決意を固めましたわ。


 ジャン様と2人だけの秘密にしていた『逆ざまぁ作戦』を……全てロワイ様に話そうと思いますの。



 ……ごめんなさい、ジャン様。


 私は心の中でジャン様に謝り、口を開きました。

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