16 逆ざまぁは終わりですわ!
昼休みの次に長い、2限目の休み時間を迎えたものの、私は自身の教室である貴族科3-Cで仁王立ちしておりました。
先に牽制することにしましたの。
お相手はもちろん……素知らぬ風を装いつつも私のあとをつける気満々なブリジット様達ですわ!
私は隠し切れない威厳と共に無情に告げました。
「もしあとをつけたら……今日1日絶交ですわ?」
「そんなっ……まだ2限目の休み時間なのに、イレタ様と今日丸1日も絶交!?」
「ええ。ついでに連帯責任ですわ?」
「ええ!? 連帯責任ですの!?」
「厳し過ぎますわ!?」
「わわわ、ブリジット様そのようなお顔をこちらに向けないでくださいませ!?」
ブリジット様は私の最初の一言だけで激しく絶望してその場に崩れました。
そして連帯責任としたことで、ブリジット様の庇護欲と罪悪感をかき立てる必殺うるるん涙目が、無言で令嬢ABCのほうに向いたので、令嬢ABCの行動も流れるように封じましたわ!
ほーほほほ! 実に他愛ないですわ!
島流しを回避する為に悪役令嬢にはならないよう心に決めたはずの私でしたが……なぜか相手を手玉に取れるようになってきましたわ。
以前の私よりも今の私のほうが悪女らしいような気がしないこともないのですが、まあ……それはそれ、これはこれですわね!
なにはともあれ、ブリジット様達を無効化したのを確認してから、私は小箱を持って旧校舎に向かいましたの。
****
ジャン様といつもの空き教室に入ると、私は昨日の放課後にマリアとどのようなやり取りをしたのかを話しました。
『ロワイ様は諦めるんですかぁ?』と言うマリアの問い掛けに『私はロワイ様と婚約関係のまま、ジャン様と恋をすることもできますのよ』と返したくだりには、浮気相手扱いされているのに「悪い人だ」と感想を述べて笑っていらっしゃいましたわ。
「でも、相手の挑発を上手くかわしましたね」
「ええ、我ながら素晴らしい切り返しでしたわ。
するとマリア様は捨て台詞を置いて立ち去られて、私はマリア様を逆ざまぁすることができましたの」
これが昨日のやり取りの全てですわ、という合図として、私はここで言葉を切るとにこりと笑いました。正面に座るジャン様も、同じように目を細めて逆ざまぁを喜んでくださいましたわ。
「逆ざまぁ、おめでとうございます、イレタ様」
「ええ。ありがとうございます、ジャン様」
昨日は若干へこんでいたのに、こんな反応を返してもらえると、なんだか、逆ざまぁをしてよかったと思えてくるから不思議ですわ。
さて、会話も一段落したことですし、もう1点の目的を果たしましょう。
私は持ってきた小箱を机に置きました。
そっと開けると、ふわふわなクッションの上に、髪飾りやネックレスやおはじき等が、たっぷりキラキラと可愛らしく収まっています。
「イレタ様、これは?」
「私が幼い頃のアクセサリーですの。
もう使うことはないのでずっとしまいこんでいたのですが……作り手がいなくなって希少価値がついているものもございますわ。逆ざまぁを手伝っていただいたお礼に、持ってきましたの」
「おはじきやビー玉も入っていますよ?」
「たぶん宝石と同じくらい価値があると思っていたのですわ。……なんで笑うんですの?」
これは良さをわかっていない感じですわ!?
なので私は、いかに心踊る素敵なものなのかを、アピールすることにしましたの。
ですが、小さくて丸いフォルムの愛らしさや、1つ1つに入っているマーブル模様が全部違っていて同じものは2つとしてないこと等を力説しても、ジャン様は、子どもを見るような目で笑ったままです。
なんでも、平民にとってはとてもありふれたオモチャだそうですわ。
「じゃあこれは差し上げるの止めますわ!」
少しずつ集めては小箱にしまって大事にしていた私は、内心頬をふくらませて言いました。
1つたりとて渡すまいと、ビー玉とおはじきをカチカチとつまんで手のひらに乗せていると、いつの間にかジャン様も手伝ってくださいましたわ。
私の手のひらからこぼれ落ちないように、コトコトとバランス良く乗せてくださいます。
そして、赤と黄色と白のマーブル模様のおはじきを1つだけつまみ取りましたの。
「でもせっかくなので、1つだけいただきますね」
「あげませんわ。大切にしなさそうですもの」
「大切にしますよ」
「嘘ですわ! だってありふれてるって……あっ」
ジャン様からおはじきを取り返そうとして、空いているほうの手を伸ばしたら、もう片方の手のひらに満タンまで乗っていたビー玉達を全部落としそうになって……そしたらジャン様が、とっさに手を包んでくれました。
そして、手を離しながら誓うのです。
「……ちゃんと、大事にします」
「本当に?」
「ええ。もし他の全てを手放すことになったとしても……ずっと大切にします」
「……じゃあ、差し上げてもよろしくてよ」
「ありがとうございます、イレタ様」
なんだかとても甘いやり取りみたいになってしまいましたわ。ジャン・ルヴォヴスキ様が大事に大切にするのは、おはじきのことですわ!
でも、私は少し恥ずかしくなって、目線をポケットに移しました。そしてビー玉達をポケットに入れることに集中することにしましたの。
私がそうしている間も、ジャン様は言葉を続けます。私も目線を上げないまま声だけで返事をしていましたわ。
「次はどんなことをしましょうね?」
「次はありませんわ」
「え?」
「逆ざまぁはもう、止めようと思いますの」
ジャン様が息をのむ気配がしました。
私はガラス玉達をしまい終わりジャン様を見つめます。ジャン様は、契約を切るのが信じられない、といった顔をしていますわ。
「……まだ、約束の2週間にもなっていませんよ?」
確かにジャン様の仕事は完璧でしたから、そう思うのも分かりますの。
私だけではどうにもできなかったことを、たった2日間で好転してくれたんですもの。すごいですわ。
「ええ。思ったよりも短い期間でしたけれど……私はとても満足しておりますの。ただただ、やられる一方だったところからやり返すことができましたし……ロワイ様もマリア様も、クラスメイト達も、私を見る目が変わったと思います。全て、ジャン様のお陰ですわ」
「では、なぜ?」
「もう、充分だからです。これ以上の逆ざまぁは、少しばかりやり過ぎですわ。だから、おしまいでいいと思いましたの」
だって、ロワイ様は青い顔をしていましたし、マリアは泣いていましたわ。……いくら、憎い相手でも……何度も見たいものではなかったのです。
ロワイ様とマリアが仲良くするのも、もういいですわ。追い掛けてもどうにもならないということは、とうに分かっていましたもの。
ロワイ様が学園で愛しい人を見つけたように、私も良い人を見つけた、というていなら、きっと卒業式くらいまでは、私の体面も保てます。
だから、これまでのことは昨日の逆ざまぁで全て手打ちにして、これからは楽しいことに時間を使いたいと思いましたの。
あと残りわずかな、限りある学園生活ですもの。
そのほうがきっと有意義だと思いますわ!
というわけで、私の今日の目標はこうですわ。
ジャン様との雇用関係を終わらせる。そして今後は……対等な友人関係になりたいのです。
だってせっかくこの学園は『平民も貴族も垣根なく平等に』という理念があって、立場を気にすることなく過ごすことができるのに……雇用関係で縛られては、お互いに遠慮してしまいますもの。
でも、もしもジャン様がお金を必要としていて、これからも私と契約継続していくことを見込んでいたら、急な雇い止めは困るかもしれませんわ。
それに、仕事が早い人のほうが損するなんておかしいとも思いますの。だから私は、早期成功報酬として、この小箱を渡そうと考えたのです。
私は昨日の夜に練習した言葉を、さりげなく言いました。
「……でも、ジャン様の冗談をもう聞けなくなるのは、少し寂しいですわ」
そして続く言葉はこんな風にするつもりでした。
『ですからこれからは、友人になってくださる?』
でも言えませんでした。だって……ジャン様の様子がおかしかったのですもの!
「……嫌だ」
「ジャン様?」
「冗談じゃない」
ジャン様は暗い声でそう呟くと、ジャン様を呼ぶ私の声掛けには応じないまま、私の手を荒くつかみ強引に引っ張りました。
「きゃっ……ジャン様、なんですの!?」
私は驚きながらも、抗議の声を上げて……それからすぐ、今いる場所に気づいて混乱しました。
な──!? ななななんで私、ジャン様に抱き締められているんですの!?
「……冗談じゃない。少なくとも、あの言葉は……冗談じゃなかった……っ」
ジャン様は、私を強く強く抱き締める一方で、そんな風に、とても弱々しく言葉をつむぎました。
そして私は……まさかのジャン様の抱擁に……身体中が沸騰して、蒸発してしまいそうですわ!?




