一生護ると誓った相手はヤンデレでした
前作「ヤンデレ王女は年下男子を囲い込む」の続編になります。
途中、ルーファス視点とマルグレーテ視点で同じシーンを語る部分が何回かありますので、あらかじめご了承ください。
二人の馴れ初めのお話がメインです。本作のみでも読めるように書いたつもりですが、前作をお読み頂ければ前後関係や人物関係などがより分かると思いますので、お時間のある方は是非前作もお読み頂ければ幸いです。
「ルー君!お父様に婚約をご了承頂いたわ~」
マクガーレン公爵令嬢との婚約破棄後、俺、ルーファス・サラトガは護衛を務めていたマルグレーテ王女からの求婚を受けた。
そして今まさに姫様が国王陛下から婚約のお許しが出たことを知らせに来たのだが、息切れはしてるし目は血走っている。嬉しい知らせを持ってきた人間には到底見えない。
「ルー君、すぐこれにサインして」
持ってきたのは婚姻届。
だが、片手には血判用のナイフ、血走った目でサインしろというその姿は「これは悪魔との契約書ですか?」と聞きたくなる。
「姫様、婚姻届に血判は必要ありません。それに王女殿下が、いや平民の女性であっても婚約即日で結婚できるわけないでしょう」
「いやー、ルー君と結婚出来ないなら貴男を殺して私も死ぬ!」
「ナイフ片手に言うセリフじゃない!」
「だって~早く結婚しないとまた邪魔が入るも~ん」
婚約破棄騒動の後、過去の罪の執行猶予取り消しを含めてマクガーレン公爵家は没落、代わりとしてマルグレーテ様が臣籍降下し、侯爵として旧公爵領を継承する事が決定すると、公爵家の後釜を狙う有象無象の連中が騒がしくなってきた。
美しさは小さな頃から折り紙付き、長じるに従い益々磨きのかかる美貌とスタイル、誰もが羨む美女にも関わらず、これまで縁談には全く興味を示すことの無かった彼女に、国内外の王族貴族から次々と縁談が持ち込まれ、彼女が誰を伴侶とするのかに注目が集まった。
たが、数多くの釣書には目もくれず、彼女は「ルーファス・サラトガを夫といたします」と国王陛下に宣言したものだから、縁組みを目論んだ一部の貴族から反対の声が上がった。
曰く、サラトガ家が第二の公爵家と成りうる恐れがあるというのがその理由だ。
これに対して彼女は「国家のため、王女という地位を捨て難局に向かう身、せめて夫となる者は自分の望みを叶えてほしい」とか、「ルーファスは長らく自分の護衛を務め、その為人はよく分かっている。私利私欲に走る男ではない」と言って押し切ったそうだ。
彼女が侯爵になりたい理由を知っているので、この啖呵には苦笑するしかない。やっぱり腹黒いよこの女。
「そういうわけで早く結婚しないと、また横槍が入りそうなの。だから今すぐ結婚しよ!」
「王女殿下の結婚式なんですから色々準備が必要です。周りの迷惑も考えましょう。それに陛下が既にご了承であれば貴族連中が何を言っても覆りはしませんよ」
「むぅ~、仕方ないわね」
何とか結婚式は一年後ということを了承させ、これからの準備についての相談を始めたのだが、姫はおかしな事を言う。
「婚約しても護衛騎士の任は継続します」
「俺、婚約者ですよね。これからずっと側にいるんだから護衛騎士じゃなくてもいいですよね」
「何を言ってるの?婚約中どころか結婚後も貴男は私の護衛騎士よ」
「何で?」
「自分で言ったじゃない。まさか…忘れたの……」
◆
マルグレーテとルーファスの出会いは10年前に遡る。
サラトガ辺境伯領には聖山と呼ばれる山があって、毎年夏に王国の繁栄を願う重要な儀式が行われる。
儀式は毎年王族の列席、最近では王弟が参加していたが、この年は諸事情により12歳になる第二王女マルグレーテが参加することになった。
〈sideマルグレーテ〉
毎年参加していた叔父様がぎっくり腰で動けないため、代理を申し受けた。
お父様いわく、王女が列席すれば叔父様の代理としては十分箔も付くだろうし、12歳になりそろそろ単独で公務をしてもよいだろうという考え、そして信頼するサラトガ辺境伯家の手配なので危険は無いだろうという理由だ。
初めての単独公務。辺境伯領までは7日の道のり、王都からこれだけ離れた所に行くのは初めてだけど、避暑地としても有名な所だから楽しみだわ。
〈sideルーファス〉
父から今年の儀式はマルグレーテ王女殿下の御列席を賜ると聞いた。
毎年王弟殿下が御来訪されるときは父や大人達がお相手していたが、今年は若い王女殿下ということで、息子である僕達もお相手することもあるだろうから、失礼の無いようにと申し受けている。
王女殿下は確か12歳だから、年齢的にお相手するのは二人の兄のどちらかだろう。どんな子か気になるけど、失礼の無いように気を付けなくてはという気持ちの方が大きいな。
やってきた王女来訪の日、サラトガ家の邸前で家人が総出でその来訪を待っていると、程なく黄金色に装飾された王族専用の馬車が到着し、待ち構えた集団から一人の男、サラトガ辺境伯グスタフが前に進み、馬車から降りた王女に恭しく礼を取った。
「マルグレーテ姫殿下の御来駕を賜り、このグスタフ、家人を代表して御礼申し上げます」
「グスタフ卿、丁重なお出迎え痛み入りますわ。若輩の身ゆえ、色々とご教示くださいませ」
一通りの挨拶が終わると、グスタフが妻と息子達を紹介する。
「息子達は姫と年も近うございますので、何かありましたらこの者達に遠慮なくお申し付けください」
「では案内役はルーファス君にお願いしますわ」
グスタフの言を受け、マルグレーテは案内役にルーファスを指名する。
「姫殿下、案内役であれば年長の兄もおりますが」
「いえ、構いません。私、長らく兄弟の一番下でしたので、一緒に遊べる弟や妹が欲しかったんですの。ルーファス君は今何歳?」
「今年で9歳になります」
「私の3つ下なのにしっかりしてるわね。グスタフ卿、構わないでしょ」
「御意。ルーファス、失礼の無いようにな」
「畏まりました」
〈sideマルグレーテ〉
サラトガ領に到着しました。馬車の旅って思ったより疲れだけど、結構空気が澄んで気持ちいい所ね。
サラトガ邸でグスタフ卿の出迎えを受け、続いてご家族を紹介されました。四人のお子様も王国一の名将グスタフ卿の薫陶を受けているようで、若年ながら見事に鍛えてられている。ただ、どうしても厳つく見えるのよね。
その中で目を引いたのが三男のルーファス君。厳つい顔の兄弟の中で唯一お母様似というか、柔和な顔立ち。でも間違い無く鍛えられた体、はっきり言ってタイプだわ。
どうも王都にいる貴族令息は物足りない。ナヨッとしてたり、ガサツ過ぎたり、頭スカスカだったりと色々だけど、総じて貴族である事を鼻にかける男が多くてあんまり相手にしたくないのよね。
いずれは然るべき相手に嫁ぐのは王女としての宿命なのは分かっているけど、今のところ心ときめく相手には巡り会えていない。
そんな私の前に現れたルーファス君。鍛えられた体つきと9歳とは思えない礼儀正しい振る舞い、会ったばかりなのにこの子は将来有望よと訴える女のカン。代理で訪れた公務先で巡り会った彼との出会いを運命と言わずして何というのよ!
でも待って、私はこれでも王女。ここであからさまにグイグイ行ったら公務に行くと見せかけて男を漁りに行ったと噂されるわ。そう思われないようにするためには…
「では案内役はルーファス君にお願いしますわ」
これよこれ、彼を案内役にして少しずつ仲良くしていくのよ。幸いにグスタフ卿の了解も取れたし、まずは仲良くなるところから始めるのよ。
うふふ、逃がさないわよルーファス君。
〈sideルーファス〉
お姫様は美女と決まっている、絵本の中では。そう思っていた。
たがマルグレーテ姫はそれ以上だった。サラトガ領という小さな世界しか知らない僕は、彼女の立ち振る舞いと美しさ、僕を見つめるその視線(ヤンデレ発動中)にこれが同じ人間なのかと戦慄すら感じた。
その姫の希望で僕が案内役になった。兄上達の方が適任だと思っていたのだが、なんで僕なんだろう?
姫は弟が欲しかったと仰っていた。弟君である第二王子殿下は昨年生まれたばかりで、一緒に遊ぶのは確かに難しいだろうから分からなくはないが、僕は姫様が眩しすぎて目を見て話せる自信すらありません。
だけど、父上が了承し僕に任せると言われた以上はサラトガ家の名にかけて恥ずかしいマネは出来ない。
姫を居室に通すと、早速領内の話などを色々聞きたいとお茶の時間になった。姫様は早く仲良くなりたいからと僕をルー君と呼び、自分をマギーと呼ぶよう命じた。
恥ずかしいけど命令ならばと、「マギーお姉様」と呼ぶと姫様はウットリした表情でもう一回言ってと強請る。もう一回言うと今度はこんな感じの口調で言ってと強請る。
何回言わせるんだ、この人実は頭おかしいのか?と不敬なことを考えていると、姫様はハッと何かに気づいたように話を変え、領内に関する質問などをしてきた。
…領内に関する質問なのにおかしい。何故かチョイチョイ僕に関する質問が入ってくる。好きな食べ物とか、普段どういった勉強や訓練をしているのか、どんな女の子が好みかとか。
好きな子はいるかと問われたときに、「仲のいい女の子は何人かいます」と答えたら、姫様からどす黒いオーラを感じた。訓練の時に指導の先生から滲み出る殺気とか覇気に似た感じでちょっと怖かったです。
幼なじみで仲がいいだけで、異性として好きとかは無いと付け加えると、途端に黒いオーラが消えた。何だったんだ一体?
〈sideマルグレーテ〉
ルー君かわいいよ~。
彼が目を合わせてくれないから、強引に案内役にして嫌われた!?って思ったけど、「姫様が美しすぎて顔を見て話せません」だって!もう~ニヤニヤが止まらない。
さらに私は距離を縮めるためマギーお姉様と呼ぶよう命じると、モジモジ恥ずかしそうに呼ぶのよ。その瞬間は何者にも代え難い至福の時間。
今まで経験したことのない高揚感を感じた私は抑えが利かずに何度もお姉様呼びを強請ってしまったら、ジト目で見られてしまった。これは危険ね、正に麻薬だわ。クスリ、ダメ、絶対。でもルー君はやめられない、麻薬中毒者の気持ちが分かったかも。
ところが、その後の質問コーナーでウキウキの私は冷や水を浴びせられた。迂闊だった、この子既に女の影があるわ。
そりゃ格好いいもんね~。仲のいい女の子の一人や二人いるわよね~。ましてや三男だもの、家臣や寄子の中で娘しかいない家だったら婿に欲しいって家もあるよね~。
恋愛感情は無いと言っていたけど、この先どうなるかなんて分からない。放っておけば女の影で足の踏み場もなくなるわ。邪魔が入る前に全部排除しないとね。うふふ…
〈sideグスタフ〉
「姫様の様子は変わりないか?」
「はい、今のところは異常ございません」
執務室で家宰に状況を確認する。姫殿下来訪の知らせと同時に姫殿下暗殺の企てあり、警戒を怠らず暗殺者を排除せよとの命を受けた。全く厄介な話だ。
暗殺者の素性を調べると、数年前に取り潰しとなった伯爵家の生き残りらしい。
伯爵は密貿易や不正会計の罪により王都で逮捕され、伯爵領の接収を当家が命じられたのだが、伯爵の一部家臣が武装蜂起し少なくない血が流れた。逆恨みとは言え、生き残った者には当家や王家に恨みを持つ者もいるのだろう。
「足取りは掴めぬか」
「申し訳ございません。ですが暗殺の可能性は登山の途上が一番高いと思われます」
「やはりそう見るのが順当か。してルーファスは?」
「はい、この事をお伝えしてより、常に周囲への警戒は怠っておられぬようです。姫殿下も坊ちゃんのことをお気に入りなのか、片時も側から離れませんので好都合かと」
「あの子は下手な大人より暗殺や闇討ちへの対応が出来るからな。だがまだ9歳の子供、いくら出来る子だとはいえ、他の護衛騎士達にも万全の注意を払うよう改めて申し伝えよ」
「御意」
我が領内で王族を暗殺し当家に責任を負わせ、私と王家に復讐するつもりだろうが、そう簡単に事を為せると思うなよ。
そして式典当日。集団はグスタフが先陣を指揮し、中ほどに王女とルーファスの一団、後陣をルーファスの兄達が指揮して山を登る。
この式典は一般人も見物可能な祭りのようなものだが、王族が列席する事もあって登山道は一般人用とこの集団用で完全に別になっている。
なので、ルーファスは狙われるとしたらこの途上が一番危険だと思い周囲を警戒するが、その様子を見てマルグレーテが声をかける。
「ルー君どうしたの、そんな怖い顔して」
「姫殿下の護衛を仰せつかっておりますので、警戒は怠れません」
「もう、お姉様って呼んでいいのに」
「既に公の場でございますれば、失礼であると父に叱られますので今暫くはご容赦ください」
「仕方ないわね。じゃあ終わるまでよろしくね」
そうして山の中腹にさしかかる頃、王女付きの侍女の一人が目眩を訴えたことで集団の歩みが一旦止まるが、ルーファスはその様子を怪訝な表情で窺う。
(あの侍女さっきから周囲をチラチラ気にしていて、目眩を起こすような素振りは一切無かったはずなのに…)
さらに立ち止まった場所から周囲を伺うと、側に木々が生い茂り、登山道の中で最も幅員が狭い箇所であった。
(もし兵を伏せるなら一番最適なのはここだ…)
そう思い最大限の警戒をした瞬間、木々の間から何本もの矢が撃ち込まれてきた。
「敵襲!」
ルーファスがそう言ってマルグレーテを連れ岩影に隠れると同時に木々の中から武装した暗殺者が現れる。
周囲が騒然となる中、ルーファスが「姫殿下をお守りしろ!」と叱咤すると、護衛兵と暗殺者が戦闘に突入する。
「姫殿下は我が護る、半数は姫の周囲を護り、残りは敵の殲滅を最優先、伝令はすぐに父上と兄上に伝えよ!」
ルーファスの指揮により暗殺者は一人、また一人と討ち取られ先陣と後陣から救援が来る頃には既に全ての暗殺者を討ち取ることができた。
「姫殿下、お怪我は?」
「少し膝を擦り剥きましたが、ルーファスのお陰で助かりましたので、彼を責めませんよう。ですがこれは一体どうしたことですか?」
グスタフがマルグレーテの安否を確認し、暗殺の企てがあったことを報告する。
「姫殿下、申し訳ございません。事前に事態を把握しながらこの体たらく、お詫びのしようもございません。責めは如何様にも」
「グスタフ卿、頭をお上げください。我ら以外に気付かれない所で起こった事はむしろ僥倖。負傷した者は下がって手当てを受けさせ、無事な者はこのまま山頂まで参り粛々と式典を進めましょう」
「では姫殿下も治療を」
「私が下山しては何事かと騒ぎになります。大した傷ではありませんので、ここで手当てをして式典に参加いたします」
グスタフは王女の意志が固いことを知るとこれを承諾し、すぐさま家臣に負傷者の確認と治療を命じた。
〈sideルーファス〉
何とか暗殺者は殲滅できた。でもまだなんか引っかかるんだよな。
木々の中に隠れてこちらからは姿が見えないのだから、もっと矢を射かけてもいいはずなのに、最初の射撃が終わった途端姿を現した。まるで自分達で暗殺者は全員ですよと言わんばかりに…
暗殺を狙うなら相手が油断した瞬間が一番確率が高い。とすれば、敵を殲滅したと思っている今、まだ暗殺者が残っていれば…そして不自然に隊列を止めたあの侍女…
ふと嫌な予感が頭をよぎり、侍女の姿を探すと治療を終えた負傷者を見舞っている姫殿下の背後にヒタヒタと忍び寄っている。
その目を見て、本能的にコイツはヤバいと思った僕は一目散に姫の元へ走り出すが、案の定暗殺者の一味だったこの侍女は姫を刺殺せんと手にしたナイフを振り下ろす。
「マギー!」
間一髪で彼女を押し倒すと侍女のナイフは庇った僕の背中を切りつける。
「ぐああっ!」
切りつけられた痛みに加え、焼けるような皮膚の痛み。コイツのナイフ毒仕込みだな、これはヤバいかも。
侍女は改めてナイフを振りかぶるが、僕の叫びに反応した兵士が侍女を押さえつけると、彼女は何かを喚きながらその場で息絶える。どうやら仕込んでいた毒薬で自害したようだ。
その後、皆が僕に駆けより、マギーが泣きながら僕の名前を呼んでたような気がしたが、僕の意識はそこで消えた。
〈sideマルグレーテ〉
襲撃の後、無理を押して式典を執り行った。
緊急事態にグスタフ卿は式典の中止を申し出てきたけど、このまま式典を止めるのは護ってくれた皆に申し訳が立たないと強行させてもらったわ。
そして、邸に戻ってから暗殺計画の全貌を聞いた。グスタフ卿によれば暗殺するのは私個人ではなく、今日この式典に参加する王族であれば誰でも良かったのだと。
そして、ルー君はその企てがあることを知らされていた。だからこそ登山中、怖いくらいに周囲を警戒していたんだ。
私を命を懸けて護る心づもりで…そして、彼は本当に自分の身を挺して私を護ってくれた。その時の光景が鮮明に思い浮かぶ。
バカだよ私、何やってんだろ。一人で浮かれてルー君ルー君って、彼がどんな思いで私の側にいたのかも知らないで。
グスタフ卿は「息子は護衛として為すべき義務を果たしただけなので、姫様が責任を感じる事はありません」と言ってくれたけど、これで責任を感じなかったら私は王女どころか人間ですらいられなくなる。
ルー君はその場で薬師が毒消しの処置を施した後に邸へ運ばれたけど、短時間で体内に回る毒らしく、背中の傷や出血もあって医師の話ではここ数日間が山場だという。
神様お願いします。どうか、どうか、ルー君をお救いください…
「…君、…ー君」
「ね…え……様」
「ルー君!」
あれから5日、毒の影響による高熱にうなされていたルーファスがようやく目を覚ました。
その姿を見て、マルグレーテは涙を流しながら喜び、意識を取り戻したとの報を受け駆けつけたグスタフや家族が一堂に安堵の表情を浮かべる。
「ルーファス、気分はどうだ」
「まだ背中がひどく痛みますが、それ以上にお腹が空きました」
「腹が減るのは生きてる証だ。すぐに粥でも用意させよう」
そう言って苦笑するグスタフがすぐに食事の用意をさせる。
「そうそう、礼を申すなら姫殿下に申せ。お前を今日までずっと看病していたのは姫殿下である」
「姫殿下が!?」
「そうだ。お前が熱にうなされている間、ずっとお前の手を取り声をかけ続けておられたのだ。」
「左様でしたか…」
「病み上がりであまり話し続けるのも疲れるであろう、ゆっくり休め。姫殿下、この愚息に粥を食べさせてもらってもよろしいですかな?」
「もちろんです、グスタフ卿。看病は私から申し出たもの、最後まで面倒を見させていただきますわ」
「なっ、ちょ、父上!」
「あまり喚くなルーファス。傷に障るぞ」
そう言うとグスタフはニヤニヤしながら部屋から退出していった。
〈sideルーファス〉
気まずい、すごい気まずい。
姫に粥を食べさせてもらうとか何の罰ですか。姫様に満面の笑顔で「あーん」とかされて、食べたら「ルー君美味しい?」とか聞かれて気恥ずかしくて傷口開きそうです。殺す気か!
〈sideマルグレーテ〉
気まずい、すごい気まずい。
ルー君にお粥を食べさせてって言われて有無を言わさず承諾したけど、去り際のグスタフ卿のニヤニヤ顔がなんか気になる。
もしかしてルー君ラブなことバレてる!?
そんなはずはない。私は王女、淑女の鑑たるべき存在。平然と振る舞えていたはず。ルー君との距離を気付かれないよう少しずつ縮めていたことがバレてる訳がない…
でも気付かれてたらどうしよう…今頃部屋の外で「王女とルーファスはラブラブ~」とか言われてたらどうしよう…
えーい、考えてたって仕方ないわ。今はそう、カップルのアツアツ定番イベント、彼氏(候補)にあーんしてあげる大チャンスじゃない!
美味しく召し上がれ(意味深)
マルグレーテは式典が終われば数日で王都に戻る予定であったが、折角だから避暑も兼ねて長期の滞在をと国王に了解を取り、ずっとルーファスの看病を続けていた。
その甲斐もあってか、ルーファスは目が覚めてから一週間ほどで起き上がれるようになった。
看病を続ける王女の身を案じ、少し休むようにと言う周囲の声にマルグレーテは自分がやると譲らなかった。
多くの者は自分のせいでルーファスが重傷を負ったことに責任を感じてのことだろうと王女の慈愛の心を賞賛したが、本当はルーファスの側にずっと居たかっただけなのは、他でもない本人と薄々感づいていたグスタフ夫妻など一部の人間だけしか知らない。
「マギーお姉様、もう大分動けるようになりましたので、そんなに付きっきりでなくても大丈夫ですよ」
「そうはいかないわ。看病すると言った以上、快癒するまで面倒見るわよ」
「そんなことしたら年が明けてしまいますよ」
「しょうがないわね。じゃあ体洗ってあげるから一緒にお風呂に入りましょ」
「じゃあの使い方がおかしいです。だいたい何でこんな無理をしてまでお世話してくださるのですか」
ルーファスの疑問は尤もだ。仮にも自分は姫を護る役目、大怪我をしたとはいえ、それは姫の責任ではない。よしんば責任を感じていてもここまでしてもらう道理がない。
するとルーファスの疑問にマルグレーテは「貴男が私を護ってくれたからです」と答えた。
「ルー君は命を懸けて私を護ってくれ た。でも私はルー君がそんな覚悟でいたことを知らずに脳天気にはしゃいでいた。そのせいでルー君が死んじゃうかもと思ったら、もう一緒に遊ぶことも、その声を聞くことも出来ないと思ったら、私は…私は……」
いつの間にかマルグレーテの声は涙声に変わっていた。
「お姉様、泣かないでください。僕は凄く誇りに思っているんですよ」
「誇り?」
「はい。僕は辺境伯家とはいえ三男、いずれは家臣や寄子の家に婿入りするか、家を離れ役人か軍人になる道しかありません。そんな僕が姫殿下を護る騎士になれたんです。一時のこととはいえ、こんな栄誉を受けられる男はそうはいませんから」
「私の騎士…」
「だから泣かないでください。もしあの時命を落としていたとしても、僕にはとても名誉なことだったんですよ」
ルーファスがそう言うと、泣いているのか怒っているのか、マルグレーテがプルプル震えている。
「ダメ、死ぬとか言っちゃダメ」
「お姉様?」
「ルー君は死んじゃダメ!ルー君が死んじゃったら、これから誰が私を護るのよ」
「それは、きっと立派な護衛騎士の方が就かれますよ」
「ルー君はやってくれないの?」
「何をですか」
「私の護衛騎士よ。いずれ家を離れてというのなら、私の護衛騎士になる道もあるわよね」
ルーファス囲い込みプラン第一弾発動中です。
「僕がお姉様の護衛騎士ですか」
「さっき私の騎士になれたのは光栄だって言ってたじゃない。これからずっと私を護る騎士になるのよ」
「考えもしませんでした…でも、お姉様がお望みならば頑張ってみます」
「一生だからね」
「え?」
「ルー君は一生私の騎士になるの。分かった?」
「一生はさすがに…」
「出来ないの?(ニッコリ)」
ルーファスが言い淀むとマルグレーテの背後に黒いオーラが舞う。
「ハイ、頑張ります」
それから3年後、マルグレーテの進学を機に若干12歳の若さでルーファスは護衛騎士に任命された。その任命の裏にマルグレーテの暗躍があったのは言うまでもない。
◆
「思い出した?」
「ああ、思い出しましたよ。言わされましたね確かに」
「言わされたとはひどいわね。間違い無くルー君の発言よ」
マルグレーテが記憶にないというルーファスに10年前の思い出話をして思い出させる。
「あんなどす黒いオーラを放って、私に抱きついて傷物にした責任とれとか脅迫ですよ」
「抱きついたのは事実じゃない」
「あれは、そうしないと間に合わなかったんだから不可抗力です」
そう、マルグレーテを助ける瞬間、ルーファスは間違い無く抱きついて押し倒したのだが、そのことを言っているのだ。
「俺はマギーを護るって純粋にその一心だけだったのに、まさかそれにかこつけて自分を囲い込むとは思いませんでしたよ。ピュアな少年の心を弄んで楽しかったですか?」
「酷い言われ様ね。でもそのお陰で護衛騎士になるためにって色々学んだじゃない」
「たしかにあの時の教訓もあって、暗器の扱いや毒、薬の知識は習得しましたけど、それは腹黒王女様からどこぞの誰かを暗殺しろって命令が下っても対処できるための準備でもあります」
さすがに暗殺を命令するほど黒くないわとマルグレーテが否定するが、いやいや時々どす黒い殺意のオーラが浮かんでましたとルーファスが答えるとマルグレーテは思い出したかのように苦笑する。
「今だから言うけど、それはルー君が他の女の子と仲良くしてたからよ」
「その後必ず俺にベタベタ引っ付いていたのは何のためですか?」
「マーキングよ。この子は私の物だって知らしめるために。嫌だったかしら」
「いや、押し付けられた胸の弾力を楽しんでおりました。ありがとうございます」
「変態!」
ルーファスの変態発言を非難するが、「自分でやっておいてそれ言う!?」と反撃されたマルグレーテは自分のしたことを思い出し顔を真っ赤にさせ、「私の胸を弄んで楽しかったかしら」とちょっと涙目である。
「楽し、いや柔らかかったです。控え目に言って極上の感触でした」
「もっと触ってみたい?」
「はしたない!でも是非、いや恥ずかしい、でも触りたい!」
「お預けです」
「なら聞かないでください!」
「夫婦になるんだからお触りくらいはいいんだけどさ、その前に言うことがあるんじゃない。私ルー君からまだ一度も聞いてないんだけどな~」
マルグレーテがそう言うと、ルーファスも何のことかピンときた。
口にするのは恥ずかしいが、ここで言わねば男が廃ると意を決してマルグレーテの前に跪く。
「マギーのことは初めて会ったときから美しい人だと思っていました。ですが、女性として意識しだしたのは護衛騎士になってからです。大人になるにつれ益々美しくなるその姿、貴女のことを意識しない日はありませんでした。胸とかお尻とか押し付けてこられるから余計です」
「そこは触れないで欲しかったな~」
「真面目に言ってるんだから話の腰を折らないでください。」
「ごめんごめん」
「貴女に女性を意識し出した自分がいる。でも自分は護衛騎士、相手は王女殿下。護衛騎士がそんな邪な考えを持ってはいかん。これは昔からの姉と弟としての仲の良さだと無意識に心の底に押し止めていました」
「ルー君…」
「今なら言えます。マギー、愛してる。俺に君のことを一生護る騎士の役を与えてくれますか」
そう言うとマルグレーテの手を取りキスをした。
「ルー君、ありがとう。私は最初からそのつもりだったよ」
そしてこれからもずっと…
貴男との仲を裂くような奴はみんな排除するから。ルー君は一生私のものよ、うふふ。
後日譚~国王の居室にて~
「ルーファス、お前に話しておかねばと思ってな」
「何のお話でしょうか」
「マルグレーテのことよ。婚約を承諾したときのあふれんばかりの笑顔、あの娘がそのような顔を見せたのは人生でも2回目じゃ」
「2回目…?」
「1度目は…そうそう、自分で護衛騎士の候補を選んだ時じゃ。僅か12才の子を護衛騎士にと言うので皆驚いたわ」
「……」
「我が娘は普段からニコニコすることは多いが、あのような笑顔を見せたのは人生でたった2回だけじゃ。あの笑顔はただ一人の男のためにあると言っても過言ではないな」
「……」
「多くの縁談に見向きもしなかったのもその男のせいじゃろうな。お陰で娘は嫁き遅れと言われかける年まで浮いた話一つ聞こえもしなかったわい」
(そんなこと言われたって…貴族の三男坊が王女殿下をどうにか出来るわけ無いでしょ…)
「はっはっは、そのような顔をするでない。既に婚約も決まったことだ、其方と一緒なら娘の笑顔が絶えることは無いであろう。だが…万が一にも娘の笑顔が泣き顔に変わろうものならば……殺すぞ(ニッコリ)」
え?ナニ?姫のドス黒オーラって国王譲りなの!?
俺はとんでもない人に一生を誓ってしまったかもしれない…
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お読み頂き、ありがとうございました!