06 私は素敵なコルセット作りを手伝います
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06 私は素敵なコルセット作りを手伝います
調香師の工房での失敗はギルドには報告されませんでしたが、やはり私には難しいという事で、最初の契約で終了となりました。また、機会があればお願いしたいとお話しましたが、プルちゃんが大きくなったらおいでと言われ、私はお祈りされてしまいました……
ということで、私はいま商人ギルドで再び臨時職の求人を見ています。色々あって悩ましいですね。
「この求人、どうでしょうか……」
「うーん。割と力仕事ですけれど、若い女性には向いているかもしれません」
最近、帝国でも女性のウエストを細く見せる魔導具『コルセット』なるものが流行り始めています。若い頃からウエストを胴衣で絞る事で、お腹を細く、胸を大きく見せることが出来るというのです。
貴族の女性が今は主な利用者ですが、裕福な商人の女性も利用者が増えています。
何故なら、短いウエストまでの上着と、ふんわりと広がったスカートの組合せが流行り始めているからなんです!! まあ、庶民寄りの商人の娘には関係ないお話ですが。でも興味はあります。
その工房は、私が思っているよりも鍛冶師や建具師の多い場所にありました。衣料系なので織物や縫物の工房の傍かと思っていましたが、中を見てとても納得しました。これは、女性が出入りする場所ではありません。
だって……白い骨みたいな柱がドンドコ並んでいるんですよ!!
「いらっしゃい。えーと ご注文で?」
「あ、いいえ。私、臨時職で商業ギルドから紹介を頂いています。ブリジッタと申します。ビータとお呼びください」
「おお、手伝いの方ね。えーと、そのちっこいお連れさんは?」
「プルと言います。大人しい子なので、工房の隅にでもいさせてもらえませんか」
「かまわないけど、その辺の素材が倒れてくると危険だから、くれぐれも悪戯しないようにね」
工房長のアレッソさんは南の隣国の出身で、あの国で流行しているコルセットやスカートの職人が帝国には少ないという事で何年か前にメインツに工房を開く為に移ってきたのだそうです。でも、帝国語お上手ですね。
「はは、あの国も帝国よりの所は帝国語を話す人も多いからね。人を雇うのに、両方使えた方がいいから覚えたんだよ。おかげで、自分の工房を持つことが出来た。あっちにいたら、一生職人だったから、ありがたいことだけどね」
なるほど、腕の良い職人さんでもお客さんは限られていますから職人の数が増えれば腕が良くてもどうにもならないわけですね。アレッソさんの腕が悪いというわけではないでしょうが、彼は帝国語ができるという長所を生かして、いえ、最初から帝国で独立するつもりで故郷で準備をしてきたのかもしれません。慧眼です。
鯨さん一匹? 一体から鯨のお髭はなんと300本も取れます。長さは3-4mほどだそうです。一本当たりの重さは……5㎏ほどですね。そこそこの重さです。当たれば痛そうですね。
「えーと、私の仕事は……」
「素材の扱いは職人の領域だから、嬢ちゃんは触んなくていいから。素材を組んで、その後、コルセットの形に整えて布を付けて縫い上げる。その工房の下働きだな」
なるほどです。こちらの骨を加工して組み上げるのが男性の職人さんのお仕事。それを、ドレスの下に着られるように布を加工し、紐穴を付けて整えるのが女性の仕事。その女性のお手伝いをするという事ですね!!これなら私も出来そうです。刺繍や裁縫は女性の嗜みとして家でも、修道会でもそれなりにこなしています。
大体、夫の日常着や子供たちの服も布を買い求めて仕立てるのはその家の女主人の仕事です。貴族様なら職人任せか、雇いの専門のメイドの仕事かも知れませんが、礼服以外なら庶民は自分で縫いますから当然です。
さて、工房に行くと……
「あら、可愛いぼくちゃんだねー」
「あ、お菓子食べるかな」
「……うん……」
「「「かわいい!!」」」
お、おう。プルちゃん大人気です。女性の多い職場では、間違いなくマスコット的存在となりますね。みなさん、お母さまくらいの年齢の女性ばかりです。やや太ましいのは、庶民の奥様方だからでしょう。
どうやら、アレッソさんは以前お針子をしていた女性で、出産育児などで職を離れて、そのまま復職しなかった女性に声をかけたのだそうです。腕はそこそこでも、お針子として必死に働かなくてよい条件の方を探したのだそうです。
「腕はある程度でもいいから、家庭が安定している人がいいからね。うちは余所者だし、安定するかどうかわからなかったから」
なるほど。それと、コルセット自体がかなり高価なもので、生活苦の方に関わられるのが怖いという事もあるのでしょうか。
ここなら、プルちゃんも安心だし、女性も多く仕事内容も難しくなさそうです。長く勤められればいいな……
――― そう思っている時代も私にはありました。
胴衣の下に着るものが『コルセット』でウエストを細く見せるために、紐でお腹周りを絞り上げます。なぜ、そんなことをするかというと、ウエストが細ければ胸も大きく見えますし、お腹の肉を寄せて上げる事も可能だからという……女の夢もあるわけです。
ウエストが細い分、スカートは大きく膨らませ、教会の鐘のようなデザインのスカートにして内側にそれを支える骨組みを入れます。『クリノリン』と呼ばれるもので、これを入れてカーニバルの山車にある張りぼての人形のように布を鐘の形に整えるわけです。
「ビータちゃん、これ、仕上がり確認したいから付けてもらえる」
「畏まりました!!」
コルセットの仕上がりを確認する為に、私が試着をします。
「苦しいかもだけれど、が・ま・ん してちょうだいね。女が美しく装うには、対価が必要なのよ」
「「「そーれ!!」」」
掛け声をかけ、何人かでつけたコルセットをグイグイと絞っていきます。い、息が……できないくらい……苦しいです……
どうやら、工房の皆さんではコルセットを試着できる胴の寸法ではないということで……臨時職の若い女性がその担当に必要なんだというのです。
最初は珍しかったのですが、一日に何度も締め上げられるのは正直……苦しいですし、お腹の当たりが内出血してしまって大変です!!
「これもお願いね」
今度はスカートの下に入れる『クリノリン』の試着です。これを嵌めると、座ることも出来ませんし、トイレもいけませんん……確実に拷問です。
コルセットでお腹を締めあげられる拷問、立ったままトイレにずっと行かせて貰えない拷問と、貴族の女性は美の為には苦難を乗り越えなければならないのだという事を思い知りました。私は庶民で全然いいなと思います。
とは言え、パニエとかならぜんぜん大丈夫ですし、足をふんわりと隠す長い丈のスカートはとても可愛らしいと思います。上下別々に着られるのも便利ですし、流行すると良いなと思いました。
コルセットとクリノリンはNo ですけどね。