04 私は恋文を代書します
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04 私は恋文を代書します
以前、ヴィーもトラスブルの街で定期的に受けていたと聞いている『代書屋』の助手の仕事を見つけることが出来ました。今度会ったときに、私も経験していれば、共通の話題で盛り上がれるかと思って、受けてみる事にしました。
その代書屋さんは、メイヤー商会とも取引のある方で、取引先の娘という事もあり、相応に丁寧な対応をしてくださいました。
とは言え、私はヴィーのように王国語に帝国語、古代語の読み書きができるほどの能力はなく、帝国語だけ。それも、契約書なんてのは見たことはありますが、それほど詳しく理解しているとはいいがたいです。
これを機会に、実家の商会の取引書類なども読み解けるようになれば良いかと思って、前向きに考えていたりします。
「ビータさん、丁度良いところに。あなたに是非お願いしたいことがあります」
店主さんが私に是非と言われた仕事……それは『恋文』の代筆でした。恋文を誰かに渡すには、読み書きができなければなりませんが、街に住む多くの女性はそれが出来ません。私は母から習い、またゲイン修道会でもそういったお手紙の類は扱いましたので、帝国語でしたらそれなりに使いこなす
ことが出来ると思います。
とある来客用の部屋に通されると、そこには一人の私よりやや年上の女性が座っていました。美人ですが少し険がある感じの方です。
「コリンナさん。あなたの手紙の代筆をするビータ嬢です。年齢的にも近いですし、何より女性的な文字の方があなたの気持ちを伝えやすいと思いますので、彼女に依頼したいと思います」
「……ふーん。若い女もいるんだね。よろしく」
顔をこちらに向けることなく、ぶっきら棒に言われ、ちょっと挙動不審になりましたが、ヴィーと一緒にいた経験からすれば、可愛いもんです。怖いけど。
私は早速、どのような内容で手紙を書くのか、少しお話を聴くことにしました。
コリンナさんは実家の酒場を手伝っているんだそうです。そろそろ結婚をと両親にも言われていて、そんな中で、酒場によく顔を見せる商人の息子らしい男性に好意を持ったのだという。
「親のすすめってのもあるけど、友達もみんな結婚し始めてさ。あたしだって、その……結婚する気はあるんだけど、仕事がね……」
夜中までという事はないけれど、夕方が稼ぎ時の商売なので、その辺りで人が仕事を終える時間に自分が働いているので、紹介されても中々時間が作れないというのもある。自分自身がそれほど執着のない人だから、会うのも億劫だったりする。
「で、ダフィードだったら……いいかなって。その、は、話も出来るし……優しいし……親切だし……」
ダフィードさんは、下品な冗談やコリンナさんを揶揄う事もなく、軽い世間話や、髪形を変えたことに気が付いて「似合う」とほめてくれるようないわゆる「良い」お客さんなのだという。
「うちは娼婦を置くような店じゃないし、そういうお客はお断りなんだけど、勘違いしてあたし……しつこくする客がいたんだよ」
少し前に、「酌をしろ」とか「一晩付き合え」といったことを言ってくる男に困っていたコリンナさんをダフィードさんが庇ってくれたのだそうです。その時、とても男らしかったのだそうで、一気に好きになったとか。あー ホッパーさんとえらい違いですねー
「だ、だ、だだから、その、お礼を書いて貰って、それで、その、婚約者とか恋人とか? いないって周りからは聞いているから……よければ……お付き合いして……って感じの恋文? ってか、まあ、お誘いの手紙を書いて欲しいわけ」
なるほど。最近私とは縁遠い『コイバナ』っぽい内容でウキウキします。私も少ししたら、そういう良い人探さないとだめかもですね。あ、でも、私の行商人になるって夢を認めてくれる人じゃなきゃダメです。そこは、譲れないところですね。
私は、何通か書いてみて、その内容を読み上げました。簡単な文章ならコリンナさんも読めるようですが、書くのは名前くらいだけなのだそうです。
「こ、これがいいね。うん、すごくいい……」
選ばれた文章は、日ごろのコリンナさんの口調からは察する事の出来ないとても可愛らしい内容のものでした。サバサバ系ではありませんが、威勢のいい感じのコリンナさんが実はとっても乙女なのが分かり、凄く可愛らしく見えたのは本人には内緒です。
私って、意外と恋のキューピット役に向いているのかも……なんて思うのでした。
――― そう思っている時代も私にはありました。
コリンナさんの手紙を封書にして、私はダフィードさんの実家の商会まで届ける事にしました。書いたついでに渡すのも引き受けたわけです。
ダフィードさんの努める商会は、彼の実家の同業他社で、何年か修行した後に、暖簾分けするか実家で働くことになっていると、お父さまから聞いています。メインツのそこそこの商家の各家は、それなりにつき合いがあるのです。
お父さまに聞いたところ、ダフィードさんは婚約者や恋人はいないと聞いているそうで「ビータの為なら一肌脱ぐよ」と言われましたが、自分が代書した恋文の相手であることを伝えると酷くガッカリしていました。
そんなにがっかりするくらいなら、最初からあの婚約者にしなければよかったのではないかと思うわけ。あの阿保の所為で、私の婚活も就活以上に大変になっちゃってるわけですからね。
ダフィードさんのお勤めのお店に伺い、ダフィードさんを呼び出してもらうことにします。
「……あ、あなたは……」
「始めましてダフィード様。私はメイヤー商会の娘のブリジッタと申します」
「そうですか……あなたがメイヤーさんのご自慢のお嬢様ですね。初めまして。それで、私に用件があるのでしょうか」
私は、代書した手紙を差し出し「あとでお一人の時にお読みください」と付け加えました。ダフィードさんは「え」とか「はっ」とか声を上げて驚かれていましたが、手紙を恭しく両手で受け取られると「必ずお返事します」と応えてくださいました。
とても誠実そうな優しそうな男性だったので、コリンナさんが好きになる気持ちがとてもよくわかりました。え、私の好みはもう少し荒っぽくてもいいので、迫力のある人でしょうか。自分で行商の護衛をしたり、山賊のニ三人切り伏せるくらいの……そうです、ヴィーくらい強ければ言う事ありません。顔は商売に差し障りのない程度で十分です。
翌日、コリンナさんが代書屋に現れ、私を呼んでくれと大きな声で叫んでいるので、手紙を渡したかどうかの確認かと思っていたのですが……
「ビータ……あんたダフィードに横恋慕したの!!」
「……はい?……」
昨日の夜、お店に現れたダフィードさんが私に恋文をもらって、とても嬉しかったという話と、どういう返事をすれば女性は喜ぶだろうとコリンナさんに相談してきたのだそうです。
えーと……はっ、もしかして宛名は書いたけど、差出人は後で名前だけコリンナさんが書くからって言ってたので空白にしてあったのを思い出しました。
結局、勘違いから始まる恋ですが、コリンナさんとダフィードさんはめでたくお付き合いを始めたとあとで伺いました。よ、よかったよ。