01 私はエールを作ります
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01 私はエールを作ります
帝国ではブドウを使うワインより、麦から作るエールが良く飲まれます。水が飲料に適していない為、エールにして発酵・殺菌してから飲むようにしているんだそうです。
え、何言ってるんですか、わざわざ水を煮沸してって、どれだけ燃料代を無駄にする気ですか!! そんな勿体ない事できるわけないじゃないですか。薪って、村なら自前で調達できますけど、街中では薪屋さんから買うんですよ。まとめてパンを焼いたりするのも、パン焼き窯の薪代が高価だからですね。
だから、お湯を沸かすお風呂は高級なものです。家にお風呂がある家は、それだけで豊かであると言えますね。風呂付の宿は=高級宿ですし、お風呂を提供するのは歓迎のしるしとして喜ばれます。
パン焼き窯の熱でお湯を沸かすので、パン屋の隣はお風呂屋であったりしますし、パンを焼く時間が朝なので、風呂屋は朝営業しています。
余談になりましたが、そういうことでエールを家で作る事は少なくありませんし、宿や食事を提供するところでは自家製エールもあります。ですが、専業でエールを作って売る工房もあります。
私の今日の仕事は、エール工房の『臨時職』になります。
え、飲めないから、こっそり飲んだりしませんよエール。
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「随分と細い女の子……と子連れか……」
「こ、この子は大人しいので、端っこで座ってじっとしていますから……だ、大丈夫です!!」
「……まあいいか。よろしくなお嬢ちゃん」
「よ、よろしくお願いします!!」
洗濯女の職場は一応、定められた期間の最初の区切りで終了したので、ギルドの『臨時職』評価は加点されている。ランクや経験職業、派遣先の評価などが記録され、積重ねる事で信用が得られランクが上がるのは冒険者と同じみたい。まあ、先は長いんだけどね。
今日もプルちゃんを一緒に連れてきている。大きな倉庫のような職場だけど、ここには沢山のエールの樽とその原材料が並んでいる。
「最初にやるのは、資材の運搬だな。声かけられれば即座に、あとは、巡回して減り具合を見ながら、素材を足していく。簡単だろ?」
「が、頑張ります!!」
エールを作る作業は職人さんが行うので、その手伝いというか補助をする遣い走りが私の仕事のようです。さあ、頑張りますよ!!
――― そう思っている時代も私にはありました。
エールは『液体のパン』なんて呼び方もされる存在で、修道士さんたちが修道院で作ることも少なくないそうです。自給自足であることや、巡礼者や貧窮者への施しの為にエールはとても重視されているのだそうです。
修道士さんたちのエール好きは相当なもので、断食中にもエールは好んで飲まれるのだそうです。それって修行になるのでしょうか……
「嬢ちゃん、小麦持ってきてくれ」
「はーい!」
私は小さな台車に乗せて工房の中の小麦を運びます。だって、手で持てる数なんてたかが知れていますし、一回分ずつ、入れ物に仕分けされていますから、臨時の私でもお手伝いができるわけです。
因みに、最近法律で『エール純粋令』というものが発せられました。粗悪なエールを提供して健康被害が発生する事があり、領主様たちがエールの作り方を法律で定めたのです。
エールの素材は麦芽・ホップ・水・酵母のみとすると定められました。
とは言え、家庭で飲む分を自作するには問題はないので、私の家のものはハーブで香りづけしたりしているちょっとフルーティーなビール風の飲料になっています。アルコールも弱めで飲みやすいです。
「嬢ちゃん、ちょっと味見しな」
「えー 悪いですよ」
「味見も仕事のうちだ。ほら、飲め」
出来立てのエールはほんのり甘く生暖かい飲み物です。これはこれで、美味しいですよね。
因みに、各家庭で作られるエールには、その家の工夫がなされている秘伝のレシピとされていて、母から娘へと継いでいくものだとされています。そのレシピ持ちの妻の事を『エールワイフ』といい、良いところの娘である事の証であるとされます。
確かに、エールを自分の家で作るには、それなりの収入と材料を購入する経済力に保管する場所が確保できる家が必要ですもんね。
麦が発酵する匂いは悪くありません。あの洗濯場より格段に良い環境です……鼠さえ出なければ。そう、エールの素材を食べにくる鼠退治も……臨時職の大事な仕事なのだと言われて……かなり涙目です。
「お、嬢ちゃん、そこにいるぞ」
「ひ、ひぃぃ……」
「なんだなんだ、ゴブリンが出たみたいな声出して」
いや、ゴブリンが出た方がまだましです。小さくて黒い獣が走り回っています。黒くて小さな虫よりははるかにましですが……素手で捕まえるのはむりです。絶対無理!!
そ、それに、さっきからちょこちょこエールを頂いているので、動き回ると酔いが回って……足がふらつきます。いや、鼠よりそっちの方が不味い気がします。
「それ、そっちへ行ったぞ!!」
「よし、きた、任せろ!!」
なんて職人さんたちも掛け声だけは良いんですけど、足元はおぼつきません。皆さんもほろ酔い気分な気がします。これで、仕事上がりにまた酒場に行くのですから、どれだけ飲めば気が済むのでしょう。
あー あっちにもこっちにも鼠がいます!! はっ ど、どうしましょう……段々目が回ってきました。
『雷電』
「ピィッ!!」
あ、あれ。もしかして今のは……
『雷電』
「キューッ……」
端っこに座っているプルちゃんの目の前を通り過ぎる鼠たちが、パチっパチっと何かに弾かれて倒れています。なにか、また精霊さんにお願いしたみたいですね。
――― 正直、助かりました!!
エール工房は屋内での荷物運びや樽の掃除など、割と楽しい作業が多く、鼠駆除も得意(プルちゃんの手柄を横取りしちゃいましたけど)という評価を頂き、繁忙期にまたおいでと言われました。
なんで続けなかったかというと……お母さまに「いつも仕事中にエールを飲んでるそうね」とばれてしまい、暫く別の所で働くように言われてしまったからです。確かに、毎日エールの匂いのする娘と婚約したがるまともな若者がいるわけないですもんね。