18 私は決闘を替わりに引き受けます(涙)
18 私は決闘を代わりに引き受けます(涙)
帝国には決闘で裁判の判断をするという文化があります。
帝国内では領邦を跨いだ裁判が困難であり、犯罪を犯した者でも他領地に移動してしまうと訴えて刑罰を受けたとしてもそれを強制することが出来ず、遣ったもの勝ちの問題が存在するからです。
とは言え、誰もが自分の力で裁判代わりの決闘に参加するわけではありません。従士や騎士にその代役を委ねる事も認められています。
そこで、決闘裁判を専門に引き受ける職業があります。それを『代闘士』と呼びます。
そもそも、決闘裁判が行われるのは、裁判に足る証拠が不十分で判決が下せないものの結論を出さざるを得ない場合です。
――― 神々は正しい者に味方する
それは、御神子教が広まる前の古の神々の時代の考え方ですので、教会はこれを認めていませんが、貴族の間では頻繁にこの裁判が行われます。そして勝者の意見が「真実」と見なされるのです。
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それは、以前臨時職でお世話になったコルセット工房長のアレッソさんからの相談でした。
「……というわけで、帝国語に不慣れな私にはその契約内容が、このように解釈されるとは思いもよりませんでした……」
この地では、解釈が二通りできる場合は、それぞれが自分の有利になる解釈を主張し裁判を行います。ええ、勿論結論は出ませんので、普通は解釈する余地のないように細かに条件が決められます。代書屋さんでお手伝いしたり、実家の商会での契約書を見ると、それはそれは細々と要件が記入されている物です。
アレッソさんの結んだ契約はとてもシンプルなものでした。
「この『利害が対立した場合、メインツの裁判にてお互い誠意をもって話し合う』という部分ですね」
「はい。私の故国では、商取引は慣習法に則っておりますので、口約束や簡単な契約内容でも道理に反するようなことは行われません。ですので、そのつもりで簡単な取決めだけ結んだのです」
帝国では、商人同盟ギルドに加盟している商人同士でならともかく、仲裁する機関がほとんどありません。商人同士は、どちらか一方が損するようなやり取りをしてしまうと今後の取引に支障が出る事があるので、定められた契約の範囲で互いに譲り合い妥協が成立することが多いのです。
例えば、契約書通りに相手に損害賠償をしたとしても、別の取引で利益や便宜を与え貸し借りのない状態にすることが出来ます。
ですが、このコルセットにまつわる取引は、工房と貴族の間の契約です。
「貴族の方なら、このようなことをするのではなく、後払いですがこちらの言い値で取引するのが普通ではないでしょうか」
「はい。ですから、この方の目的は……裁判に勝利してこの私の工房自体を手に入れる事なのです」
よく理解できました。帝国に来て日が浅いアレッソさんには資産は工房だけと言っても過言ではないでしょう。裁判に負けることで発生する損害賠償請求を支払えなければ相手が工房を合法的に差し押さえ、自分の物にすることが出来ます。
「コルセットはこれから帝国でも大いに流行する貴婦人には欠かせない道具。それが、クジラの骨から幾らでも作り出せると分かれば、鉱山を持っているのと変わりません。宝石を見つけるのは大変ですが、コルセットは職人さえいれば幾らでも作ることが出来ますから」
そんな方法で、他人の工房を取上げ自らの資産にするとは、時代が五百年は昔の話ではないでしょうか。最近でも、『鉄腕』と呼ばれる義手を持つ帝国騎士が爵位持ちの商人を誘拐し身代金を要求したり、因縁をつけて決闘を申し込み半ば強盗同然に金を奪い、最後には城まで購入するほど稼いだという話がありました。
当然、皇帝の騎士ですから、皇帝陛下から改めるように命じられ、できなければ騎士の叙爵を取り消すと宣言されたので、裁判に出頭し、今ではどこぞの牢獄に収監されています。
お金に困る貴族や騎士がいるのはわかりますし、特権を利用して多少お金を強請るのは「税金の内」と思わないでもないです。しかし、職人の全てである工房ごと取り上げるというのは、いくら「戦う人」の身分であっても許されることではないでしょう。
「それで、決闘に出る人を探しているのでしょうか」
「……はい。心苦しい話ですが、冒険者や騎士の方に私は知り合いがおりませんし、他国の出身者で頼れる人もおりません。ですので……」
ようは、私に知り合いを紹介して欲しいという事なのだろう。ヴィーは……ちょっと強すぎるので、ビルさんなら引き受けてくれるのではないかと思わないでもありません。けど、今どこにいるのか……探すが間に合わない場合どうしたらよいか分かりません。
「ひと頼みは良くない」
「……えー……」
で、でもさ、私、使えるの弓銃だけだし……決闘で弓銃は駄目だよね。
「可能」
「なんですと!!」
どうやら、離れた場所から互いに向き合い、交互にマスケットを打ち合うという決闘方式もあるのだという。
「胸鎧と兜を装備して、向かい合って打ち合えば問題ない」
「……問題あるよね……突き抜けたらどうするのよ!!!」
――― そう思っている時代も私にはありました。
数日後、結局、ビルさんもヴィーもメインツに現れる事は無く、私が街の広場で『代闘士』を務めることになりました。グスン。嫁入り前に死にたくありませぇーん!!
「これから、決闘裁判を始める!!」
「「「「Woooooooo!!!!!」」」」
出店は出るし、様々な街の人が見物に来ています。当然私の家族や商会の人、ギルドの職員さんに、お世話になった人たちの顔が見えます。
「プルちゃん、だ、大丈夫かな」
「知り合い沢山。絶対盛り上がる」
いやぁぁぁぁ!! でも、プルちゃん曰く、「知り合いの顔が見えているなら落ち着いている」と言われ、なるほどと納得します。弓銃の訓練は、突進してくる狼を想定しているものです。向かい合って撃ちあうのはそこまで怖く……無いわけがない!!
「大丈夫、必ず相手は外す」
プルちゃんが何かしてくれることを期待します。
相手が先攻で、私が後攻です。弓銃で私を狙う如何にも弓銃兵らしいおじさん。そして……
『風壁』
バシュッという発射音と共に矢が飛んできますが、何故か大きく頭上に跳ね上がり、広場の周りの建物の壁にあたりカランと音を立てて落ちます。
『疾風』
私の矢は、凄まじい加速をのせて相手の肩の付け根に突き刺さり、腕から持っていた弓銃が滑り落ちます。
「しょ、勝負あり!!」
ふへぇ、周りの大歓声が聞こえないくらいようやく緊張し始めたようです。膝の震えが止まりません。
「やるじゃないビータ!」
「お見事です、ブリジッタ嬢」
なんてことでしょう、見物人の中から、ヴィーとビルさんが現れます。はぁ、プルちゃん、二人がいる事に気が付いていたでしょう……




