12 私はついでにスカウトされます
12 私はついでにスカウトされます
羊飼いさんの投石に、プルちゃんの魔術を受け、羊を襲うまでにいたらない狼たちは、一進一退を続けています。とは言え、野生動物よりも捕まえ易い家畜、中でも小さな羊は狩りやすい動物なので、賢い彼らは中々諦めようとしません。
羊を背後に、ジリジリと街に向かい移動していくのですが、送り狼よろしく群れは私たちの後を距離を測りながら追いかけてきます。街に狼を近づけるわけには行かないのですが、なかなか難しい事になりました。
「くっ、このままでは……」
羊飼いさんから焦った声が聞こえます。私は、近寄る狼の前に剣をかざして威嚇していますが、実力がばれているようで逃げたりしてくれません。グスン。
羊を襲う機会を狙う狼の群れに、横合いから何かが飛び出してきました。まさか、狼が隠れていたのかと思うと、それは狼ではなく犬でした。もし仮に、その犬と街で出会ったら道を譲るくらいの怖そうな犬です。マッチョ犬とでも言えばいいでしょうか。
「行け!!」
騎乗し、狩人のような姿の狼の毛皮の頭巾を被った男の人が声を上げて馬を走らせています。あっという間に狼の群れに分け入ると、馬上から弓をいかけ、犬たちの奇襲で混乱している狼たちに矢が次々に射込まれて
行きます。
「……狩狼……官だな……」
古代帝国の軽装歩兵のような狼の毛皮の頭巾は、とても目立つ衣装です。そして、彼が狼から人を守るという仕事の対価として特権を有する存在であることを意味しています。
よく見ると、他にも数人の徒歩の狩人風の人と、犬の世話係と思われるひとが姿を現しました。私自身は「助かった」と思うのですが、羊飼いさんは「面倒なことになった」と呟きます。はて、何がどう面倒なのでしょうか。
狩狼官は狼を専門に狩る世襲のお仕事で、その昔、帝国が王政であった時代に定められた官職でもあるのだそうです。
狩狼官は、下士官、猟犬係、衛兵、特別の訓練を受 けた犬の群れをもつ『狩狼隊国王補佐官』とも称され、狩狼官の任務は国中を碁 盤目状に分割して派遣され、一年に三回狩り出しを行うことだそうです。 彼らは、8キロ四方の範囲に住む納税義務者一人一人から狼一頭につき銀貨二枚を受け
取ることができる権利を持っているのだそうです。
「特権都市は対象外だろうが、それでも『金払え』と言いかねないやつらなんだよ」
「……な、なるほどですね……」
羊飼いさんの心配をよそに、私自身は何かあったら市の参事会などに父から相談すれば何とかなると考えました。
――― そう思っている時代も私にはありました。
∬∬∬∬∬∬∬∬
羊飼いさんに立会を要求し、彼らは倒した狼六頭が存在していることを確認させました。私は臨時職でもありますし、冒険者でもあるので、特に絡む事もなく、羊の番をしながら成り行きを見守っています。
「……なるほどね。メインツでの支払いは……無理ですか」
「はい。冒険者ギルドで支払うとは思いますけれど、あくまで常時討伐の範疇ですかね」
馬に乗っている『狩狼官』と、その下士官? でしょうか徒歩の狩人さんが話している声が聞こえます。
勿論、メインツの周辺にも農家は存在するので、六頭×銀貨二枚であるところの納税者一件につき銀貨十二枚を請求することが出来ます。私は塔守の仕事を思い出し……ちょっといいじゃない? と思ってしまいます。
とは言え、狩狼官の方達の評判はあまり良いとは言えません。狼狩り自体は冒険者ギルドでも常時依頼ですし、討伐報酬もそれなりに貰えますが、専門で行っている冒険者はいません。
狩狼官は無償で狼狩りの『勢子』を近隣の農民に命じることが出来る特権を持っています。言い換えれば、「命じない代わりの対価」を要求する事もできるのです。なので農村では狼を狩れば金をとられ、勢子を免れるためにもお金を払わされることになるのだと言います。
実際、狩りやすい地域でしか狩りをしないという事もあり、狙い撃ちされる村も少なくありませんし、碁盤目状に虱潰し出討伐せず安全地帯がある分、狼の数自体は減らし続けることが出来ていないのです。
プルちゃんと羊を見ながらそろそろ戻る時間じゃないかと私が考えていると、狩狼官さんが私たちに近寄ってきました。
「やあ、そこのオチビさんは……魔術が使えるのかな?」
「……」
プルちゃん、無視は良くありませんよ。どうやら、先ほどの狼を追い払っていた様子を森の中から観察していたらしく、プルちゃんが魔法で撃退しているところを見て、是非狩狼官の部下にスカウトしたと話し出したのです。
「君なら、月に金貨一枚以上稼げると思うよ」
金貨一枚は銀貨百枚に相当します。狼一頭一納税者当たり銀貨二枚ですので、プルちゃんなら数日でその金額を稼げるでしょう。つまり……働き損です!!
「狩狼官様」
「……ん、君はこの子の姉かな? アドルフと呼んでもらえるかお嬢さん」
「こ、この子はプル、私はビータです。私は羊飼補助の依頼を冒険者で受けていて、この子も同じパーティーのメンバーとして受けているのです」
「なるほど。つまり、引き抜きはパーティーで……という事かなビータ」
いや、そうじゃないでしょう。受けませんよー というお話ですよアドルフさん。私は、プルちゃんは友人が保護した子供で、少し大きくなったら生まれ故郷に向かう旅に出る予定で、今は冒険者をしていることを伝える。
「つまり、君は保護者でもなく、尚且つこの子は孤児ということだね。なら、遠慮なく連れて行くことにするよ。じゃあ、さようなら!!」
狩人たちに押さえつけられ、私と羊飼いさんは身動きが取れなくなります。
「プルちゃん!!!」
プルちゃんは馬の鞍の前に座らされ連れ去られようとしています。ですが、口パクで「し・ん・ぱ・い・な・い」と言ってくれます。確かに、鉱山奴隷にされかけたときも、プルちゃんは一人で逃げ出せましたし、今は大人しくその状況を受け入れるしかなさそうです。
連れ去ろうとする狩狼官の馬前に、金髪の偉丈夫が立ちふさがります。そして、背後から聞き知った声が聞こえます。
「ねぇ、何やってるのビータ」
「……ヴィー……あなたこそ……」
周りには既に倒された狩人たちが転がっています。そして、ヴィーは私を立ち上がらせると、付いた土汚れを落としてくれました。




