11 私はついに街の外で羊飼いの依頼を受けます
11 私はついに街の外で羊飼いの依頼を受けます
あの鉱山の事件以来、私の行動は大きく制約されています。確かに、名の知れた商人の娘としては不用意に依頼を受けてしまいましたし、家族にも少なからぬ心配をさせてしまいました。
それに……ヴィーとの差を大きく感じました。焦る気持ちと憧れる気持ちを抱えながら、私はコツコツと冒険者ギルドの採取の依頼や臨時職の街の中でも依頼、そして、修道会での奉仕活動を頑張りました。
そして、それから一年、私も『星一つ』の冒険者に昇格することができたのです。
「……これからよろしく」
「あの、プルちゃんはまだ小さいですけど……」
「そうですね。年齢と比べると背は小さいですが、魔術も簡単なものは使えますし、考えもしっかりしているので問題ありませんよ」
プルちゃんは「孤児・身元不明・年齢不詳」という悪条件を逆手に取り、「十歳だけど孤児で栄養不足なため成長が遅れている」という主張でゴリ押しして冒険者登録をしてしまいました。
本来冒険者登録は十五歳からなのですが、十歳から「星一つ」までの昇格・依頼を受けることが可能になる「見習」枠として登録が可能なのです。孤児や貧しい子供に非正規の依頼をし、その結果、幼い子供が危険な目にあい、怪我をしたり命を落とす事があり、ギルドとしては仮登録させて簡単な
雑用を行えるようにしたものです。
討伐依頼を受けることはできませんが、常時討伐対象を討伐した場合、報奨を得ることは可能です。普通はしませんけれど。
「それに、貴方の昇格はプルちゃんとセットが前提条件だから。パーティーで行動してちょうだいね」
「……」
どうやら、私が主ではなく、プルちゃんが主の冒険者パーティーとなるようです。グスン。
プルちゃんの冒険者登録も無事終了。私たちは夕食時にその事を報告し、両親から今までの「街の外への依頼受注禁止」を解除してもらえることが内々に決まっているので嬉しいのです。今日の夕食は一段と美味。
「プルちゃんが冒険者登録したそうですね姉さん」
弟が最近「お姉ちゃん」から「姉さん」呼びになり、ちょっと寂しい気がします。
「やっぱり、プルちゃんが冒険者としてビータに付き添ってくれるなら安心ね」
「ああ、ビータはちょっとぼんやり……穏かな性格だから冒険者の仕事は向いていないと思っているのだが……本人の意思もあるし、一度の失敗でそれを否定するのはマイヤー家として戴けない。幸い、プルちゃんがいればビータのおかしな行動も修正してくれるだろう」
「まかせて」
うん、とってもおかしいよね。私、もう十六歳で成人しているし、修道会や商会の手伝いだって問題ないじゃない。プルちゃんは確かにしっかりしているけれど、自称十歳、本当は多分五歳か六歳だよね!!
「ビータ、人を年齢で推し量るのは良くない。自分より若くても、優秀な人は多い。それを認められずに失敗するベテランの商人は多いんだぞ」
お父さま、良いこといってらっしゃる風ですけど、幼児に成人した娘の世話を頼むのは色々間違ってますよね。
「そうでなければ、街から親の付添無しで外出することは認めないがな」
「も、勿論、わ、私たちは最高のペアよね!」
「……ヴィーの方が優秀。将来は合流する……」
う、う、それは私も同じです。
∬∬∬∬∬∬∬∬
「これが良い」
「……羊飼補助……」
メインツでも自給できるように数は少ないのですが羊毛と肉をとるために羊を飼っています。羊を市街から外へ連れ出し定期的に草を食ませるお仕事が羊飼いです。え、それの補助って何なんでしょうね?
「これって大変ですか?」
「いいえ。星無の未成年の男の子が受けることが多いですね。羊飼いも一人では全部の群れを扱えないので、そのアシスタントです。ほら、群れからはぐれたり逃げたした時にその場を離れられないじゃありませんか」
なるほど。牧羊犬という犬を使って群れを誘導する者もいるのだが、それだけではなく、人間の手伝いもいるのかな。
私はプルちゃんの選んだ依頼ということもあり、素直に羊飼補助の依頼を受けることにした。なんだかピクニック気分で楽しそう……
――― そう思っている時代も私にはありました。
羊飼の男の人は、どうやらよその村から移って来たそうなのですが、もう十年も続けているのに、いつまでたってもメインツの街の民になれないそうです。聞くところによると、一年と一日続けて住めばその街の住人として登録されるのだそうですけれど、その近くになると、遠くへお使いに出されるのだそうです。
「毎年その繰り返しさ。まあ、羊飼いってのは余所者がやる仕事だから覚悟はしていたが、ちょっとひでぇよな」
近くの村から食い詰めた人が入り込まれて大変なこともあったので、そういう期間を設けて一時滞在が永住にならないようにする配慮なのですが、なにごとも例外は存在するようです。
羊たちがカラカラとベルを鳴らしながら歩いて行きます。毎日少しずつ移動しながら、草の伸びた場所を少しずつ移動していきます。天気もいいですし、羊を追いながらゆっくりと散歩をしているような気持になります。
羊飼いは孤独なお仕事なので、時に『魔女』扱いされ、吊るし上げられる事もあるといいます。給料は安い、待遇は最悪、時につまはじきにされ、立場の弱さから虐めのターゲットにまでなり兼ねない損な役回りです。
「まあでも、羊と犬と草原とのんびり過ごすのも悪くない。悪くないんだが……」
犬がうなり声を上げ始め、羊たちが怯えて集まってきます。
「うん、たまに、本当にたまになんだけど……狼と出会う事がある。嬢ちゃんたち、悪いが今日はツイていないみたいだ」
そこには、数頭の狼が森の裾から現れるところでした。一頭の羊を犠牲にして群れを助けるという選択肢もありますが、それでは羊飼いの能力を疑われることになるので、追い払って見せねばなりません。
ですが、私はヴィーのように魔術も使えませんし、精々、持っている短剣を振り回すくらいしかできそうにもありません。噛みつかれたら……多分大怪我ですし、一年振りに嫁に行けなくなる危機到来です!!
「まあ、任せな」
懐から何やら取り出した羊飼いさんは、その紐と革で出来たものに石を包むと、ぶんぶんと振り回し、近づいてくる狼の鼻面に投げつけます。
バシッ!!
ギャン!
狼たちは命中した石に一瞬怯みますが、逃げ出す程ではありません。すると、ササッと走り出す小さな影が見えます。
『雷電』
「ギャウゥッ!!」
プルちゃんの魔術で狼たちは大いに怯み始めました。




