10 私は鉱山奴隷から逃げ出します
10 私は鉱山奴隷から逃げ出します
鉱山奴隷……それは死刑に次いで重い処罰の一つです。
噂で聞いた話ですが、鉱山の中で働く奴隷の寿命は平均で三か月ほどだと言います。狭い坑道の中で空気も薄く、また、鉱石は掘り出す時に有毒な物を出している事、また真っ暗な中での作業もであり、ドンドン体が蝕まれていくのだそうです。
さっきから、嫌な咳や顔色がどす黒い……半ば死にかけているような人も沢山見受けられます。一体この人たちはどこから連れてこられたのでしょう。
「嬢ちゃんも運が悪かったな。まあ、長く楽しませてもらうつもりだから、食事はちゃんとした物を食べてもらおうか。うひひひひ」
舐め廻すような……どこかのホッパーさんのような雰囲気を纏った現場監督らしき鞭を持った男が私を品定めするように見つめます。
「まあ、夜は楽しみだな」
別の男が、私を脅かすように言います。うう、涙が出そうです。
でも、私は諦めません。プルちゃんは、色々魔術が使えるようなので、隙を見つけて逃げ出す事も出来るでしょう。何とか渡し場まで辿り着ければ、少なくとも、メイン川まで辿り着ければ、メインツに助けを求めに向かってくれると思います。
プルちゃんは賢いですし、中々アクティブですから、数日我慢すれば……助け出されるでしょう。でも、その間に、私はすっかり傷物にされてしまうでしょうし、身から出た錆とは言え……素敵な男性と結婚したかったなと思ったりします。
でも、そうであれば開き直ってヴィーと行商人として旅から旅への生活をすればいいでしょうし、若しくは山奥の修道院で俗世から離れて心を穏かに過ごす生活を送る事も出来るかもしれません。
両親や弟には申し訳ない気持ちもありますが、運が悪かった……いいえ、私が浅はかだったと諦めなければなりません。
――― そう思っている時代も私にはありました。
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炊事場に連れていかれ、先ずは夕食の準備を手伝わされることになりました。そこには、私と似たような年齢の身なりの貧しい若い女性が何人かいて、「新入りだ」と私を紹介しました。
私は頭を軽く下げ、そこで一番年かさで仕切っているような女性に何をすればいいのかを聴きます。
「井戸で水を汲んできておくれ。そこにある甕を使ってね」
「は、はいぃ!!」
「あんた、鉱山に入らずに済むみたいだからまだまし……いや、長く生きて地獄を見るかもしれないけど、その内助かるチャンスもあるだろうから、諦めずに頑張んな」
粗野な言葉ですが、私の心を気遣った優しい思いを感じます。
鉱山奴隷たちには麦がゆ、そして、山師とその仲間たちには、白いパン(固め)と肉と野菜たっぷりスープに、ソーセージなどが山盛りでつきます。私たち女には黒パンとスープの残りで、そこまでひどくありません。
身なりこそ汚れていますが、女性はそれなりに食事に気を配られているようです。自分たちの楽しみの為に。
食事が終わると、誰とはなしに、今日これから起こる事を話し始めました。
「食事の後、酒を飲み始める時点で最初に呼ばれる子がいる。それは、一緒に酒の相手をした後……夜の相手もする。夜中になると、男どもが誘いに来るから黙ってついて行く。ただそれだけさ」
う、う、それだけなわけないじゃないですか!! 言わなくても分かるだろっていいたいのでしょうね。ええ、わかります。
すると、炊事小屋のドアが勢いよく開き、山師の子分の一人が大声で私に怒鳴りつけました。
「おい!! 白いガキどこへやった!!」
プルちゃんは案の定、姿を隠したようです。彼女は魔術も使えますし、ヴィーと同じように暗くても目が見えます。小さいから、隠れる事も容易でしょう。でも、そんなこと何一つ教えるつもりはありません。
「知りません!! どこにやったんですか!! あんなに小さい子に酷い事しないで!!」
私は心から怒りを込めて大声で答えます。ええ、演技というのは、本心を込めないと嘘くさくなりますから。
「知るか! おめぇが隠したんじゃねぇのか」
「馬鹿言ってんじゃないよ! あたしら、ずっと一緒に作業してたんだ。この子が余所に行っている暇なんてありゃしないよ。それに、鉱山奴隷と同じ場所に押し込んでたんなら、あたしら近づけないじゃないか」
男はモゴモゴと口ごもると、「み、見つけたら知らせろ」といい、慌てて外に出て行きました。
すると、外から「悪魔だ!!」「白い悪魔がいるぞ!!」と大きな声が聞えてきます。慌てて外に飛び出した女の人達が「奴隷小屋が燃えてる!」「やばいよ、みんな焼け死んじまう!」と叫びました。
「助けに行くよ!!」
「「「「はい!!」」」」
鉱山奴隷を人と思っていない山師の子分たちなら、そのまま燃える小屋の人達を放置するだろうと誰かが叫びます。私も、皆に続いて走り出します。
木の板を適当に並べ、渡した木の梁に適当に枝葉をのせただけの小屋とも言えない建物の屋根がぼうぼうと燃えています。中の男たちは、壁を叩き割ろうとしていますが、上手くいかないようです。
「あたしに任せな!!」
一番年かさの姐さんが蹴りを入れると、バキッといた壁が割れ、そこからバリバリと板を剥がし、中の人を引きずり出すように助け出します。
背後では男たちの断末魔が聞こえるのですが、何やら賊が侵入しているようです。
「コボルドだぞ!!」
「なんだ、この火事はあれのせいか!」
「ぐわぁ、長剣、長剣で武装してるぞ!!!」
小柄な少年くらいの背格好で、どこかで見たことのある曲剣をもった集団と山師の子分共が斬り合いをしています。その中央には、一際背の高い戦士の姿。あれー どこかで見たことがあります。
「ねぇ、何やってるのビータ」
「……ヴィー……あなたこそ……」
「やっぱりそうか。山師に連れられて行く二人の後ろ姿がビータとプルに似ていたから、まさかなと思ってたんだけど」
「そのまさかです。そ、それより、ぷ、プルちゃんがいないの」
「ああ、ここにいるわよ」
ヴィーの背後には短剣をもったプルちゃんの姿。私は思わず抱きしめて泣いてしまいました。
山師をはじめ、主だった者たちは全員ヴィーとビルさんに捕えられていました。知人の公爵閣下から直接、勝手に鉱山を運営している山師討伐の依頼を受けてここに潜入したんだそうです。コボルド? 驚き桃の木山椒の木のヴィーの子分たちなのだそうです。
「山師ってのは貴族と同じで特権を相続できるのよね。だから、帝国の中で好き勝手やる山賊や傭兵団の首領みたいなことをする奴もいるの。今回のあいつも、どこかの貴族の配下で『男爵』でもやりながら鉱山利権を山分けすればよかったのに、独り占めするから処分されることになったわけ」
ヴィーの口振りからすると、山師の子分はそのまま別の鉱山に奴隷として売りとばされ、その利益はヴィーの報酬となるみたい。山師のおっさんは……洗いざらい吐かされて運が良ければ処刑……だって。なにそれ、怖い。
こんな事があったので、私の仕事探しは一旦中止になりました。でも、諦めたわけじゃないんですよ。次の機会を狙うだけですからね。
『就活乙女の冒険譚』第一幕終了です。読んでいただきありがとうございます。
もう十話ほど『灰色乙女の流離譚』の第一部完結後投稿したいと思っています。
ビータとプルにやらせてみたい健全なお仕事があれば感想欄でお聞かせ下さい。
(ただし採用するとは言っていない☆)




