第6話 好きな勝ち方
シオンの一撃でレオンハルトは吹っ飛び、瀕死状態。まさかあの場で拝借しておいた力の種があそこまでのパワーを引き出すとは。あの宿屋の女に助けられちまったな。力の種は今後も使えるかもしれない。早速売ってる店を調べる必要があるな。
「凄い…勝った!私達が勝ったぞ!!」
そしてシオンは今まで感じた事もないようなパワーを出せたせいか心なしか調子に乗っているように見える。まだあいつが死んだと断定出来ない以上、気を抜かれては困るのでトドメを刺すように促すことにした。
「安心するのはまだ早い。油断せず、確実に息の根を止めろ」
「…そうか?考えすぎじゃないか?」
「姑息なレオンハルトの事だ。死んだフリをして、俺達の隙を狙っている可能性がある。あるいは…」
「そこまで考える必要があるか?オーバーキルだろう」
…そうか、未だに魔王が倒せてない理由が何となく分かったわ。
こいつら自体の実力は恐らくそこまで低くないにしても戦闘というものを知らなすぎる。転移初日の俺が偉そうに言える話じゃないかもしれないが、それにしても敵を確実に殲滅するという意識が欠如している。
もしもレオンハルトが生きていたら発生する二次被害等やされる煽りを全く想定していない。
「オーバーキルは相手に煽られないための必須事項だ。煽られたら腹が立つ。当然だろう?」
「それはお前が今まで散々相手にやってきた事だろう!!」
「死体蹴りだったら死体蹴りで良いじゃん。別に」
「死体蹴りで良い訳あるか!!」
現実、フィクション。どちらにもよくある話だ。死んだフリでその場を乗り切られる、あるいは最後の力を振り絞られて安心しきったところを殺される。なんとも滑稽な話だ。確実に相手を潰すことは追い詰められた奴に何もさせない。いや、追い詰められたという段階にすら至らせないための必須事項だというのに。
今は奇跡的に誰も致命傷は負ってないし、建物も壊れてない。このまま犠牲0で終わらせるためにはレオンハルトを確実に殺す必要がある。
だが、俺はレベルが低すぎてあいつを殺せない。今回はシオンが協力してくれているが、今後魔王や四天王を確実に倒すのならシオンや他の勇者、ギフトをあてにしてはダメだな。汎用的な魔法、武器。あと毒や呪い、アイテム。無論、直接的に殺せる方がベストだが、最低限二種…いや、三種類。何かしら四天王クラスの相手にも通じるモンスターを殺す技を会得するのが当面の課題だな。
今回はシオンをあてにしすぎた。だから俺は今こうやってシオンに不平不満を抱き、文句を言っているわけだ。反省しなくてはならないな。
ただ今の俺でも煽る事は出来る。シオンにレオンハルトを殺すように煽ろうか。
「俺には煽る事以外能が無くてな。悪いか?」
「なら何故この世界に来たんだ」
「文句はシルフィと女神達に言え。俺がただの煽りゲーム実況者である事を承知で呼んだんだからな」
参ったな。このまま理由を説明して納得してもらう以前の話を続けるわけにはいかない。もしかしたらレオンハルトは獣人特有の自己治癒能力があって、回復待ちをしているのかもしれない。もしもそうなら確実に俺達は死ぬ。それもレオンハルトなんかにボロクソ煽られ、煽り返す事も出来ずに。それは死ぬ以上の屈辱だ。だったら…
「デュランダルで串刺し、頭を踏み潰す、生き埋め。何でも良い。とにかく確実にトドメを刺せ。早く殺せ。さぁ、さぁ、さぁ!殺せ殺せ殺せ!!」
今の話をどう殺すかの話にすり替えよう。それも全部物騒なやつを命令する。
人は外部から命令されるとお前が勝手に決めるなとその命令を拒否したくなる。
そんな心理があると本で読んだ記憶がある。名前は…そうだ。「心理的リアクタンス」だったか。簡潔に例を挙げるなら親に宿題をしろと言われたらやりたくなくなるアレのことだ。
そしてトドメとして、ひたすら煽る。そうすればシオンは普通に殺してくると言い、動いてくれるだろう。いや、むしろそう動いてくれ。力の種の効果がいつ切れるか分からない以上はまだ安心出来ない。
レオンハルトが聞いている可能性を排除しきれない以上は時間制限がある事を悟られてはいけない。バレたら最悪時間切れまで逃げられた後に殺される。だから可能であればこのまま殺しに行ってもらいたい。
「うるさい!それに随分と物騒だな!?分かった。分かったからもう黙れ!!今から奴の首を落とす!それでいいな!?」
なんとか動いてくれたか。あとはレオンハルトに真の力があるかどうか。死んでいるなら死んでいるで問題はないし、死んでなきゃ確実にトドメを刺してもらおう。
「分かっているな!?ちゃんと首を狙って、確実に!だぞ!!」
「くどい!!」
そして念には念を。更に保険をかけておくか。
「レオンハルト。これで…終わりだ」
「魔王様!俺に闇の力を—」
やはり予想通り死んだフリで隙を狙っていたか。シオンが剣を振り下ろそうとした瞬間で強化して、初見殺しって算段なのだろう。図体がデカい割に随分とまあこすい手を使うんだな。
だが、問題はない。
「ハイド…お前には見せていない技だ」
手の甲を短剣で刺されたレオンハルトは痛みで闇の宝玉を落とした。これでどうにか力の解放を阻止出来た。もし力が解放されていたら俺達は負けていただろう。
「ば、馬鹿な…お前の匂いはそっちのはずじゃ…」
「あぁ、匂いは確かにそっちかもな。そっちにジャケットを置いてきているからなぁ!」
「なっ、そんなチンケな小細工に…!!」
レオンハルトが油断していた可能性ももちろん否めないが、ハイドが匂いも消す事が出来るのならこれは大きな収穫と言えるだろう。今後ゆっくり時間がある時にスキルの向上や性能確認をしていこう。
「確かにチンケな小細工だ。しかし、今のお前のように五感の一部が使えなくなれば残りが研ぎ澄まされる。視覚がない分、他に頼り切りになるからな。お前は嗅覚にも自信があったみたいだが、それに頼りきった末路がこの有様だ。…ふっ、お・つ・か・れ!さん!!」
そして決定的な隙が出来たところに無言でシオンに最後は任せたと合図を送る。シオンも「分かっているからいい加減黙れ」と言いたげに顔をしかめながらもレオンハルトに向かう。
レオンハルト。確かにお前は強かった。戦闘の天才でありながら手段を選ばず、確実な勝利を手にしてきたのだろう。だが、お前は知らなかっただろう。世界にはお前よりも遥かに姑息で卑劣な作戦を使う奴がいることを。そして…
お前よりも遥かに凄まじい才能を持った奴がいることを。
「闇の宝玉が無かろうと…俺が貴様なんぞに負ける通りはあるまい!!」
レオンハルトがシオンに詰め寄るが、シオンは微動だにしない。ゆっくりと呼吸し、精神を落ち着かせているのだろう。それで良い。それがベストだ。
「お前にもう魔力はあるまい!終わりだぁぁぁ!!」
レオンハルトが凄まじい速度でその爪を振るったが、シオンに届くことは無かった。
それより速く。すれ違い様にレオンハルトの胴体を細切れにしたからだ。
「女神アテナの秘儀。アテナ・アサルト…」
そして切り刻まれたところから大爆発が発生し、レオンハルトは完全に再起不能となった。
『アテナ・アサルト』それにしてもあんな技持っていなかっただろうに。ステータス一覧の偽造か?いや、あれは恐らく隠し事が出来るタイプの人間ではない。それに偽造が出来ないからこそあのステータス一覧に刻まれた女神のサインで転生者の確認を取ったのだろう。
はぁ…これだからテンプレ勇者という奴はご都合主義すぎる。
せめて醜い断末魔をあげるレオンハルトを散々煽っておくか。
「俺はアオイ、こいつはシオン。いずれ魔王を倒す者だ。覚えておけ。生きて帰れたらなぁ!?」
「やった…やったんだな。もう辺りに嫌な気配はしないな」
緊張の糸が切れたのかシオンがその場に倒れた。こんな真夜中に死闘を繰り広げていれば流石に眠気と疲れで動けなくなるか。
「あぁ、最後に一仕事。闇の宝玉をお得意の光魔法で破壊しておけ。それで全ては終わりだ。寝るのはその後にしろ」
本来であれば闇の宝玉とやらは仕組みをしっかりと分析し、次の敵に備えるべきだ。そうすれば自ずと対策は見えて来る。だが、闇の宝玉が人間に悪影響を及ぼすかもしれないし、闇の宝玉が魔王様との通信機の役割を兼ねているかもしれない。あるいは…いや、これ以上は机上の空論だ。やめておこう。
「分かった。これは私が完全に壊しておこう」
シオンの光魔法で完全消滅を確認。流石、チート聖剣勇者。火力は中々優秀だな。
「よし!これで!完全に!終わったな!!ざまぁ見ろ!俺に歯向かうとこうなるのだ!!あーはっはっは!!あーはっはっは!!」
四天王とかいう勇者共が手を焼く奴らを俺達は倒した。せっかくなのでレオンハルトの死体の近くで思わず殴りたくなると評判のウザい笑みを浮かべ、高らかに高笑いをすることにした。
「ア、アオイ…元気そうだな…」
やめろ。俺は今ドーパミンが出まくっているスーパー深夜テンション状態なんだ。四六時中このテンションじゃないんだ。変な目で見るのはやめろ。
「お前はこれが元気そうに見えるのか」
確かに俺は傷一つないわけだし、元気っちゃ元気だが今のは完全に空元気だ。あんま当てにされると困る。
「…ありがとう。お前がいなければ私は勝てなかっただろう」
「…そんな話か。俺は何もしてない。ただお前が強かっただけだ。羨ましい事にお前は才能に満ち溢れてる。その解放を俺は手伝っただけだ」
これは別に社交辞令とかお世辞。ましてやその気にさせる煽りですらない。俺の本心だ。腹立つぐらいこいつは強い。異世界に召喚されるに相応しい勇者だ。ただそれを完全に活かしきれていないだけでな。
「…そうか」
「そうだよ」
「…宿屋に戻ろう、アオイ。私はもうくたくただ。早く眠りにつきたい」
【攻撃予測】
アサルト・ファング
よし、先程の布石が生きたな。よもやここまで分かり易いとは。
「俺さ、一番好きな勝ち方があるんだ」
「いきなり何だ?もう帰るぞ。早く宿屋で休ませ—ひぃっ!?」
往生際が悪いことに生首だけで俺達の首筋に喰らいつこうと力を振り絞って飛んできた。全く、細切れになった自身の死体の山に隠れていたのか?どこまでも意地汚い男だ。非常に気持ち悪い光景にシオンは珍妙な叫び声をあげ、腰を抜かしている。だが、これも計算済みだ。
「俺はここで死ぬ…だが、アオイ!シオン!貴様らもここで死ぬが良い!」
ここまで来たら最早シオンの力は必要あるまい。デュランダルさえ借りればあとは的確に口の中へ剣を突っ込むだけだ。
「うっせ。寝かせろ」
「何ぃぃぃぃぃぃぃ!?」
「何ぃでもダニィでもいいからはよ寝かせろ。…ふわぁ…」
「お前…お前お前お前お前お前!!最期の最期にまで邪魔しおって!!お前なんぞにぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「俺の好きな勝ち方。それはあえて隙を見せ、その誘いに乗った相手をぶっ潰すことだ。一人で逝ってろ」
完璧に布陣を組むと余程の馬鹿で無ければ基本攻め込まない。崩すために新たな策や技。抜け道を探す。だが、そこで勝てると思い込ませるためにあえて一つだけ道を作る。
すると人は面白いように大した準備もせずに突っ込む。自身の敗北を疑わないのだから。そうして負けそうなフリをして、相手に勝ったと思わせてから大逆転するのが最高の勝ち方だ。
そうこうしている内にシオンの光魔法がレオンハルトの頭部を飲み込み、全てを消し去った。もう、これで勝負は決まった。そろそろ寝るとしよう。
あの後、勝手にデュランダルを使うなだとかさっきはよくも私を囮にしたなだとか思い出したかのように散々文句を言われながら二人で宿屋に戻った。やれやれ、村人は四天王が襲ってきたことにも気付かずに朝を迎えることが出来たのだからそんな些事に目くじらを立てないで欲しいものだ。
『アオリ!起きなさい、アオリ!!』
『…ん、あぁ。レオンハルト戦も全く役に立たなかった女神シルフィさん。こんちゃっす』
この女神は本当に大事な時は雲隠れするくせにそうでもない時は羽虫のように湧いて出てくるな。
『舐めてんのか、その挨拶!!』
『てか何なんだよ、この空間。俺眠いんだけど』
『ここはあんたの夢の中!今からとても大事な事があるからよく聞きなさい!』
『人の夢の中にズカズカ入りこんでおいて、用事がストレス太りしたからダイエット宣言します!とかだったらアテナ様に言いつけますよ』
『んな訳あるか!てゆーか女神はストレス太りなんてしねーし!!』
『なら何だ。勿体ぶらずに早く言え』
俺達にはあまり時間がないだろうに。しかし、だからこそ寝不足になるのは防がなくてはならない。ただでさえ寝不足なんだ。せめて効率の良い睡眠をさせてくれ。
『それは…』
『それは?』
『…』
『…』
『何だったかしら…えっと…確か…』
『忘れる程度のどうでも良い報告ならするな。おやすみ、認知症女神様』
『やかましいわ!いいから、起きなさい!起きろ!起きろっての!!』
やかましいのはお前だっての。とりあえず四天王とやらは倒したが、あの知能の低さから推察するに恐らくあれは四天王最弱なのだろう。この先どうなるのやら。だが、今は疲れた。先の事は未来の俺に任せる。今は精一杯睡眠を謳歌しようじゃないか。